58.5 二月十四日――バレンタイン――
二月十四日。バレンタイン当日。
神奈が宝生小学校へ登校すると普段と違う空気を感じ取る。
当然というべきか、バレンタインとは子供達もかなり意識してしまうイベント。
男子達はチョコを貰えるか緊張してチラチラと気になる相手を見ている。前世で幼い頃は彼等と同じ立場だった神奈からすれば、見ていて思わず笑みを零してしまう光景である。
昇降口近くではもはや見慣れた禿頭が男女に囲まれていた。
すっかり評判も回復した熱井心悟だ。以前同様、人に囲まれている彼は近くの男女からチョコを貰い続けている。予想していたのか紙袋も持っているため持って帰るのも余裕だろう。
相変わらずの人気ぶりだと感心した神奈もチョコを渡して教室へ向かう。
教室ではチョコを待ち望む様子の男子達に市販のチョコボールを配り、端の席で頬杖をつく速人のもとに歩く。他の男子と違い彼は欲しそうな雰囲気がない……とはいえ、彼一人に配らないというのも客観的に見て酷い気がしてくる。
「よっ、これお前の家族の分な」
「……何だこれは?」
「見て分からないのか? チョコだよチョコ」
「いや、外見にチョコらしさが微塵もないんだが」
虹色の板は確かにチョコらしさがないかもしれない。しかし速人に渡したのはわざわざ遠出して手に入れたファンタジーチョコレート。れっきとしたチョコだし、味も精霊が保証している。世には出回らない貴重な一品……を溶かして板状にした代物だ。
「見た目に惑わされるな、超貴重なんだぞそれ。めちゃくちゃ美味しいから妹とか弟に渡してやってくれよ」
「仕方ないから渡してやる。菓子をあげれば喜ぶし」
「おーそうかそうか。じゃあこれはお前の分な」
そう言った神奈は鞄からチョコボールが三個入ったビニール袋を机に置く。
感動なんてしなさそうな速人がまじまじとビニール袋を見つめていた。少ししてからプルプル震え出し、鋭い目で睨まれた。
「なんっで家族の分は貴重なもので俺の分は市販のチョコボールなんだ……! しかも三個だけ! せめて丸々一箱渡せ!」
「悪い悪い、渡す相手が多くてさ。ファンタジーチョコレートは全員には配れないんだ。そっちの家族に渡すかは迷ったんだけど一応渡しておこうと思って」
「なら普通逆だろ、俺に渡せよ! 二年以上関わっているんだぞ俺は! 母さんとか弟妹は数回会った程度だろうが!」
まさか速人が文句を言うとは思っていなかった。何となく、それとなく、そんな感じでチョコボールを渡した神奈が悪いのだが。……来年からは一箱分を渡すと決めた。
居心地が悪くなったため逃げた神奈は斎藤や霧雨のもとへ向かう。
既に夢咲と泉の二人が傍に居たが、まだチョコを渡してはいないようだ。
「あ、神奈さんも来たね。じゃあ三人纏めてチョコ渡しちゃおっか」
「賛成だ、よ」
神奈達女子三人が虹色のチョコが入った袋を鞄から二個ずつ取り出す。
女子から貰えるのが嬉しいのか斎藤は「三人から一気に貰えるなんて照れるなあ」と後頭部を掻いていたが、机に置かれたチョコを見て目を細める。
「……一応聞いておきたいんだけど、何この食用とは思えない色」
「ファンタジーチョコレートっていう精霊が食べてるチョコだよ。すっごい貴重らしいから今年は特別に取りに行ったの」
「うん、分かったけど涎垂らしながらの説明は止めてよ夢咲さん」
目を輝かせて説明した夢咲の口からは多くの涎が垂れていた。さらに垂れた分は全て、彼女が置いたビニール袋に付着している。彼女の用意したチョコが入った袋だけ涎塗れになってしまった。
「……で、誰のものか分かってるけど、この虫の形は誰のチョコ?」
泉が「ああそれ私だ、よ」と手を軽く挙げる。
彼女の傍に置かれている虹色のチョコはリアルすぎる昆虫型。あまりに精巧な作りに才華すら感心したし、プロの職人すら文句の付けようがないだろう。ただ、虫好きな相手ならともかく、虫嫌いに贈るのは嫌がらせと言われてもおかしくない。
「僕、虫嫌いなんだけど。特に昆虫」
「私は好きだな、花には虫が寄って来るものだから、ね」
「君が好きでも僕が嫌いなんですけど!? しかも食べるの僕だし君の好み関係なくない!? 見た目が虹色なのもあって食欲失せるよ!」
確かに神奈も昆虫型のチョコはあまり食べたいと思わない。
ゴキブリ以外は可もなく不可もなくな神奈でさえ食べたくないのだ、虫嫌いな斎藤からすれば今すぐ払い落としたいだろう。……だがそれはバレンタインチョコでなければの話。
しょんぼりした泉が「なら、いらない、の?」とチョコの入った袋を回収しようとすると、斎藤が彼女の手を掴み「……た、食べる。せっかく貰ったんだし」と照れた様子で呟く。
バレンタインチョコを女子から貰うのは、斎藤のような男子にはありがたいはずだ。例えどんな形のものであろうと嬉しいはずだ。特に彼のようなタイプは女子を悲しませる行為はしない。……それを理解していると思われる泉がニタリと深い笑みを浮かべる。
全て計算だと察した神奈は戦慄した。
「泉沙羅……恐ろしい子……!」
「急にどうしたの?」
「あ、このネタ通じないのか」
前世では有名な漫画の台詞だったが今世では存在しない。
名前と内容が若干違うだけのパクリ感満載の漫画なら山ほどあるのだが、残念なことにパクられなかった漫画もある。
「さあどうぞ召し上が、れ」
「今食べろってこと!?」
「食べてくれない、の?」
「ああもう食べる! 食べるからその悲しそうな顔やめて!」
再び計算通りとでも宣うような顔をした泉に斎藤は気付かない。
彼は意を決してビニール袋を開け、昆虫型のチョコを口に放り込む。
少しの間咀嚼した後に彼は俯いて涙を流す。
「……悔しいけど美味しいよ」
「だよ、ね。見た目なんか味に関係ないんだ、よ」
「最初から形を虫にしなければいいだけだよね?」
彼の正論に泉は深い笑みだけを返す。
何を言っても無駄だと悟った彼は「もう……」と呆れ気味だ。
「あ、隼君にもチョコ渡さないと」
「彼にぴったりな形を見つけるの苦労したよ、ね」
それから頬杖をついている速人に二人がチョコを渡しに行った。
少し話をしてから渡したのだろう。時間が経ってから彼の「なぜお前達までチョコボール三個なんだあ!」という悲痛な叫びが教室に轟いた。
――時間が経ち放課後。
学校で関わった人達に渡し終わった神奈はとある場所へ向かう。
自宅へ帰る前にチョコを渡したい相手が校外に居るのだ。若干小さめな一軒家のインターホンを鳴らすと、玄関の扉が開かれて赤紫髪の少年が「はーい」と出て来た。
前髪は下ろし、後ろ髪が逆立っている彼は神奈を見た途端笑顔になる。
「神奈! 遊びに来たのかい?」
「いや、バレンタインチョコを届けに来たんだよ」
この家は惑星トルバ出身の宇宙人、レイが住む家である。
校外の友人の中で一番仲が良いと言っても過言ではない彼。実は何気にバレンタインチョコを渡すのは今年が初めてだったりする。神奈は去年この世界に居なかったし、一昨年は学校内の友人にしか配らなかったのだ。
「チョコ……だって!? まさかあのスンテプルプル人の天敵の!?」
「ごめん、ちょっと互いに想像しているチョコが違う。地球産の方を想像してくれる? 宇宙の話とか私分かんないから」
「ああすまない。まだまだ地球の常識は勉強不足でね、そうそう、今は漢字ドリルをやっていたところなんだ。言葉を話せても字は分からないものが多いしさ」
バレンタインを知らないなど知識不足もいいところだ。思えばサンタクロースを知らない時期もあったため、彼の言う通り常識不足は酷いらしい。来月はひな祭りもあるのだがそれすら知らなそうだ。漢字を覚えるのもいいが他に覚えるべきこともあるのではと神奈は思う。
詳細を分かっていないレイに対して神奈がバレンタインを語る。
チョコレイ島で披露された才華の知識を丸パクリすれば説明は簡単だ。ドヤ顔で語り終えたら腕輪から「ほとんど才華さんが言っていたことですよね」と指摘されたため、得意気な顔が一気に崩れる。
「ほれ受け取れ。三人分」
「ありがとう。大事に食べさせてもらうよ」
用件が終わったので帰ろうと思った神奈に「おいレイ」という新しい声が聞こえてきた。玄関の奥には、灰色のマフラーを巻いた細身の少年が腕を組んで立っていた。
「来客対応にいつまでかかっているんだ?」
「ディスト。ごめん、神奈とは久し振りに会ったから長話しちゃって」
「神谷神奈……そうか、久し振りだな。どうりで頬が痛むわけだ。どうやら視界に入っていなくても近くに居るだけで頬が痛くなるらしい」
「私って何かの災害だったっけ!? つかそれ虫歯じゃね!?」
外へ出て来た彼の名はディスト。
以前殴り倒されたのがトラウマとなり、彼にとって神奈は恐怖の対象だと言う。悪事を働いた方が悪いのに今では神奈の方が悪いように見えてしまう。
「ん? レイ、手に持っているそれは?」
「ああ神奈がくれたバレンタインチョコだよ。知ってるかい? バレンタイン。グラヴィーとディストの分もあるってさ」
「バレンタインチョコだとおおお!? か、神谷神奈、正気か!?」
「失礼な! 私だってチョコくらい贈るわ!」
前世のせいで普段男っぽい服装だったりする神奈だが今は女……というか、最近では男でも友人にチョコを渡す時代。関わってきた者達へバレンタインチョコを贈るくらい神奈も毎年やっている。確かにディストへ贈ったのは初めてだが、ここまで驚かれるとは想定していなかった。
「三人同時など……正気とは思えん。熱でもあるのか?」
「バリバリ正気ですけど!? 正気以外の何者でもないですけど!?」
「……ふむ、そこまで言うなら少し待て。俺も準備してくる」
家内へ戻って行った彼の行動に対し、神奈は「え、準備? 何の?」と困惑する。
日本では、バレンタインでチョコを贈られたらホワイトデーにお返しを贈る伝統がある。しかしホワイトデーは三月十四日であり、一か月も先の話。今すぐ準備する必要はないはずなのだが。
暫くしてディストは「待たせたな」と、服装を改めて戻って来た。
「……何その服」
「タキシードだが」
「……何でタキシード?」
「交際の申し込みをされたら正装するのが礼儀というものだろう。古着屋で買ったから質は悪いが、そこは勘弁してくれ。所持している衣服でこれが一番マシなんだ」
タキシードについてはどうでもいい。問題なのは着た理由。
「交際の申し込み? 誰が、誰に?」
「貴様が俺達に」
「してませんけど……」
「は? いやいや嘘を吐くな。バレンタインにチョコを渡すのは意中の相手だと教わったぞ。日本の法律では許されないだろうし、未だお前のことは恐ろしいが、お前に恩があるのも事実。受け入れる覚悟はしたぞ」
神奈は全てを悟った。
住んでいた惑星が違う彼等は未だ知識が不十分。得た知識も時代遅れだったり偏っていたりと正確性がない。つまり彼は義理チョコや友チョコの存在を知らず、世の中には本命チョコしかないと誤解している。
真面目な顔のディストの言動を真に受けたレイが「なるほど、そうだったのか」と納得しそうになった。さすがにややこしさが倍増するのは御免なので「勘違いだ!」と否定しておく。
「ディースートー。お前、友チョコってもんを知らんのか」
「トモチョコ? 誰だそれは」
「人の名前じゃねえよ! 友達に! 渡す! チョコ!」
勢いよく説明するとディストは信じられないとでも言うような表情になる。
「……まさか。貴様……俺のことを、友人だと思ってくれていたのか?」
思っていると即答したいところだが生憎関わりはあまりない。改めて考えてみると、彼にトラウマを植え付けている以上仲が良好とは言いづらい。
「ごめん、やっぱり義理チョコな」
「ギリチョコ? 誰だそれは」
「義理で! 渡す! チョコ! 同じ流れ繰り返してんじゃねえよ!」
トルバ三人組ではっきり友達と言えるのはレイ一人だろう。
ここに居ないグラヴィーには殺されかけたり、助けてもらったりしたこともあるので判断しづらいが知り合いの範疇に収まる。それ以上に関わっていないディストは知り合いだと断言出来る。
「――あら、神奈さん?」
声がした方向へ振り向くと黄色いゆるふわパーマの少女が歩いて来た。
「才華。今日は徒歩で帰ってたのか」
「いいえ、車だったのだけど、運転手がこの辺りで用事があるって言っていたから少し散歩していたの。聞き慣れたつっこみが聞こえるなあと思っていたのだけど、やっぱり神奈さんだったのね。あとレイ君も。……そっちの彼は初めましてかしら」
初邂逅の二人は互いに自己紹介をする。
「ああそうそう、実はチョコが余っちゃって困っていたの。もしよかったら貰ってくれないかしら。味は保証するから」
「……ありがたく受け取ろう」
ゆっくり話が出来ると思いきやそうでもなく、才華はすぐに来た道を戻って行ってしまった。運転手に呼ばれていたのだから仕方ない。彼女が習い事などで多忙な日々を過ごしているのは承知している。
「すまない神谷、俺は考えを改めた」
「は、何が?」
急にディストが訳の分からない台詞を吐く。
「こんな気持ちは初めてだ。貴様より、彼女から貰った方が心躍った。一目惚れかもしれない。貴様には悪いが先程の話はなかったことにしてくれ。俺は彼女の婿になるとたった今覚悟を決めた」
「……お、おう。が、頑張れ」
彼の恋路は応援したいところだが、相手が才華となると無理と言わざるを得ない。
藤原才華は物語に登場するような完璧超人。将来は父親に婚約者を決めてもらう予定だとか、会社経営を手伝える人間がいいだとか言うような少女だ。ディストには荷が重すぎるとしか思えない。
面倒になる予感がしたので神奈は逃げるように自宅へ走った。
*
自宅が見える場所まで走ったので後は歩く。
玄関入口の前まで行くと思わず「あ」と声が漏れる。
何かを思い出したわけじゃない。ただ、意外な光景を目にしたため声が出てしまったのだ。
扉の前には人間と精霊が一人ずつ。
ピンク髪の少女ゼータ・フローリア。
ボロボロの黒いマントを羽織った灰色の肌の女性。右耳にはハートとスペード、左耳にはクラブとダイヤのイヤリングを付けている精霊デジザイア。
「え、何その組み合わせ。お前ら知り合い?」
リンナもといゼータの方は別にいい、以前からの友人なので家の前に居てもおかしくない。ただもう一人、先端に黒い毛玉が付いている三角帽子を被っているデジザイアは違和感しかない。友人と呼ぶにはあまりに関係性が薄すぎる。
精霊が神奈の家にやって来るのには碌な思い出がない。
冷蔵庫に閉まっておいたアイスクリームや冷凍食品を食べられたり、窓をお菓子にされた挙句割られたり、世界の存亡を賭けた争いに巻き込まれたりだ。デジザイアの用件も面倒なものに違いないと警戒しておく。
「いえ、知り合いではないんですけど神奈さんの話で盛り上がっていたんですよ」
「はっはっは! 私と戦った時の醜態を伝えてやったぜ!」
神奈は「……は?」と呟く。
まずい、非常にまずい。デジザイアと戦った時の醜態といえばあれしかない。
腹痛によりトイレに篭り、真上に現れた彼女のとある攻撃をもろに喰らったことだ。思い出したくもないし友達に伝わってほしくもなかった。今の気持ちをシンプルに表すと……死にたい、その一言に尽きる。
「き、聞いたの?」
「実はとんだ変態だということは聞きました。その、この子のアレを食べたって」
「デジザイアこの野郎! ただの捏造じゃねえか!?」
実際は真上から脱糞されて浴びただけだ。
「思い返せば、神奈さんの変態性について思い当たる節があるんですよね。あれは私が出会った頃、確か全裸で土下座させて『グへへ、最高の体だぜ。ロリ最高』って言っていたような気が――」
「お前も記憶を捏造すんな! 全裸土下座はお前が自主的にやったんだろうが!」
実際は最初から全裸だったし、蹴り飛ばしただけだ。
「で、お前ら何の用だ……まさか私を辱めるためじゃないだろうな」
デジザイアが「違う違う」と手を横に振って否定する。
まずはどこから敵が現れても対応出来るよう精神を研ぎ澄ます。
「バレンタインの友チョコです、受け取ってください」
「ま、私も自由の身になったしチョコでも恵んでやろうと思ってな。人間界では今日、知り合いにチョコを贈る日だろ?」
二人は懐からそれぞれ違う形のチョコレートの入った袋を取り出す。
誤解していたのだと感じた神奈は「お前ら……」と感動のあまり呟いた。
ゼータの方はともかくデジザイアの方。彼女へ無駄に疑惑の目を向けていたことを謝りたいとすら思う。彼女は普通にチョコを渡しに来ただけなのだから。
「家族みんなで作ったんですよそれ。形だけは私が整えておきましたから、チョコの形だけは良い形だと保証します」
「そこは味を保証してくれよ!」
「私の方も精霊界でお前と関わった連中と作ったんだぜ。素材は知らねえけど」
「最後の言葉要らなかったんですけど!?」
両方とも味は何一つ保証されないらしい。片方に至っては材料すらまともじゃない可能性がある。本音を言えば食べたくないのだが受け取ったものは仕方ない。幸い神奈には防護の加護があるのだし、何を食べても死にはしないと思われる。
二人には「まあ、ありがとな」と礼を告げておいた。
「それじゃあ妹達の面倒も見ないといけないので、これにて失礼します」
用事を終えたリンナが帰って行くのに対し、デジザイアは留まっている。
バレンタインだから彼女の用事もチョコを渡すだけだろう。また精霊界の危機なんて言われても困るし、そんなトラブルが頻発する世界は遠くないうち確実に滅ぶ。
「お前は帰らないのか? 話くらいなら付き合うけど」
「……い、いや別にいい。……その、お前、気付いてないのか?」
「は? 何の話だよ。まさかお前、性懲りもなく悪戯でもしたんじゃないだろうな」
悪戯好きなデジザイアのことだし何かしていてもおかしくない。ただそれにしてはソワソワしているというか、気まずそうにしている。罠に嵌まるのを待つ感じでもないため狙いが分からない。
「あの、神奈さん」
同じく気まずそうに声を発したのは神奈の右手首にある白黒の腕輪だ。
「どうした腕輪」
「魔力で目と耳を強化してみてください。デジザイアさんがまだ帰らない理由、分かりますから」
妙なお願いだと思いながら神奈は腕輪の言う通りにする。
まず視力を強化して……見えた。途轍もなく小さな体の少女が何か叫んでいる。
ピンク色のドレスを着た、長い金髪の少女も神奈の友人の一人。通常時の視力では姿を見ることすら叶わない妖精――ドラ。
姿を視認した瞬間に神奈は全てを察した。
なぜデジザイアが帰らなかったのか? 他に同行者が居たからだ。
「バーカバーカバーカバーカバーカバーカバーカバーカバーカバーカ!」
耳にも魔力を多めに流して強化すると語彙力のない罵倒が聞こえてくる。
何だか前にもこんなことがあったような気がするなあ、と神奈は遠い目になる。
「……うん、その……ごめん。見えてなかった」
「バカあああああああああああああああああ!」
ドラは泣き叫びながら飛び去って行ってしまう。
神奈は追いかけ、許してもらえるまでめちゃくちゃ謝罪した。




