58.4 試験――外見は飾りだ、よ――
少し前に知り合った冬の精霊、スノリア。
白い液体塗れになって登場したのは彼女だったのだ。
「ちょっとちょっと、どうして人間の神奈がチョコレイ島にいるわけえ? ここって精霊しか知らない場所のはずなんだけどお? それにお友達連れなんてさあ」
「ポイップに教えてもらったんだよ。ほら、もうすぐバレンタインだろ? ちょっと珍しいチョコ欲しいなと思って」
「神奈さん、この大人っぽい女の人……知り合いなの?」
才華からそう質問されたので素直に頷いて「まあな」と肯定する。
思い返してみれば今日一緒にいる面子が知っている精霊はポイップのみ。
神奈は以前精霊界へ行ったこともあり、精霊の知り合いが多いせいか全員面識があると思い込んでしまっていた。スノリアを知っているのは出会った当初一緒に居た霧雨くらいなものだろう。
初対面のメンバー同士が挨拶して自己紹介を終わらせる。
「それで? お前は何でこんな場所で泳いでたの?」
「いやあ、あまりに美味しいからつい飲んじゃってねえ」
スノリアの言葉を聞いた笑里が「え、じゃあ私も飲もう!」と言って広い川へと飛び込む。先程いっぱい食べたはずなのに、彼女の胃袋はいったいどうなっているのか疑問だ。彼女だけでなく大食いの人間全員の胃袋は謎に満ちている。
「やっぱ美味しいのか。才華、このホワイトチョコ川を持って帰るのはどうだ? さっきの木でもいいけど、十分特別だろ?」
「ええ、特別感満載。文句なしね」
「川の水を今汲むと秋野さんやスノリアさんの味がしそうだけど」
「それもまた特別じゃないか、な」
「嫌すぎるわそんなの。汲むのは笑里が川から上がってからにしようぜ」
海の環境問題的な話だ。ゴミを不法投棄する人間が増え、海が汚されていくのと同じ。人間が入った状態の川の水はあまり飲みたくない。まして他人にプレゼントする用なのだから清潔なものを送るのは当然だ。
「あなた達、ひょっとしてファンタジーチョコレートを貰いに来たんじゃないの?」
またしてもコテンと首を傾けてスノリアが疑問を告げる。
「ファンタジーチョコレート……? いや、知らないけど」
「ポイップは教えなかったのねえ。この島に居るチョコの精霊が作り出す最高に美味しいチョコレート。私、白正にプレゼントしようと思ってわざわざ貰いに来たのよお」
話を聞いていたらしい笑里が川から上がって「それ食べたいな!」と叫ぶ。
ホワイトチョコの液体塗れな彼女のことは置いておき、神奈達も食べたいと意見が一致する。バレンタイン用に持って帰るのは、満場一致でファンタジーチョコレートに決まった。
「それ、どこにあるんだ?」
「山の頂上にチョコの精霊がいるからおねだりしてみなさいな。私はもう帰るから道案内は出来ないけど、登山頑張ってねえ」
ファンタジーチョコレートを作れるチョコの精霊の居場所を吐き、スノリアは身を翻して帰っていった。スルーしていたが精霊もチョコを贈るのに感心する。……同時にちゃんと仕事をしているのか不審に思う。
「う、登山かあ。疲れるし厳しいなあ」
「まあまあ夜知留ちゃん、食べながら進めば楽しく登れるよ」
「秋野さん……私、満腹だから無理かも」
「まさか秋野さんはまだ食べられる、の?」
「胃袋ブラックホールね。食べてすぐに消化しているのかしら」
食欲の差が分かり易く表れる。
常に空腹に苦しんでいた夢咲よりも、食い意地が強い笑里の方が食べられるらしい。ここまで違うと人体も不思議なものだ。
「なあ、山なら飛んで行った方が速いだろ。私が全員運ぶよ」
わざわざ登山するのが面倒なので神奈はそう提案する。
登山好きなら歩くだろうが別に好きじゃない。空を飛べるのになぜわざわざ登らなければいけないのか理解出来ない。道中に用があるならともかく、頂上に用があるのだから歩く必要はないだろう。
才華は残念そうにしていたが他の面子は賛同してくれた。
思い出作りという点では登山もいいが今は遠慮したい。彼女は友達と登山してみたかったらしく、ゴールデンウイークあたりにみんなで行こうと約束した。土日のどちらかで行けばいいのだが登山は足腰に疲労が溜まる。慣れていなければ筋肉痛になるかもしれないので行くなら連休がベストだ。
飛行魔法〈フライ〉を発動した神奈は笑里、才華を両腕で抱きかかえる。泉と夢咲は両足に掴まり準備万端。これなら四人纏めて頂上まで連れていける。
ふわふわと飛んで行くなか、神奈は気球になった気分を味わった。
数分で標高三百メートルはある山を制覇し、頂上へ到着。
山の色は茶色だったため素材はおそらく市販でもよく見る色のチョコレート。食べれば美味しいのは分かりきっているが、靴で着地しているのだからあまり食べたい気分にならない。
「ここが頂上だ、ね」
「変だな、チョコの精霊なんてどこにもいないぞ」
茶色い山の頂上には誰も見当たらない。
スノリアが嘘を言うメリットはないだろうし、人型とも限らないので断言は出来ないが見当たらないのは事実。肉眼では視認出来ないほど小さい妖精の例もあるため、一応魔力で目を強化してみたがやはり何も見えない。
「ねえねえみんな見て見て! 面白いの見つけた!」
不思議に思って周囲を見渡していると、笑里が地面に落ちていた何かを拾う。
縦棒の上に横棒が乗っかっているこげ茶色の物体。それはまるで――。
「アルファベットの……T?」
「何でそんなものが落ちているのかしら」
「アルファベットの形をしたチョコなんじゃない? 他にも種類があるかもね」
「お菓子にもあるよ、ね。動物とか植物の形のやつ、が」
「――そんなものと一緒にするなあ!」
話し合っていた時、急に叫び声が聞こえた。
声の出所は不明だが神奈達でないことだけは確かだ。
「え、誰?」
「僕の体をやっすいお菓子と一緒にされちゃ困る。この誇りの詰まったボディを!」
「ま、まさか……それ」
自然と神奈達の視線が笑里の持つTへと集まる。
横棒にはクリッとした円らな瞳が現れている異様なアルファベット。
怒りで抗議するその物体は生きているかのように動いて、笑里の手から抜け出す。
「僕はチョコの精霊、名前はテイ! この体はチョコレートの頭文字であるTだ!」
「Tが喋ってるううううう!? でも口どこ!?」
道理で捜しても見当たらないわけだ、チョコの精霊は地面に落ちていたのだ。
見た目が完全にアルファベットなため生物だと判断出来なかった。考えてみれば精霊はおかしな体の者が多いので、アルファベットの体を持つ精霊がいても不思議ではない。
人型の精霊しか見たことのない笑里達は愕然としている。
今でこそ慣れた神奈も当初は驚いたものだ。笑里達も精霊界に行けばきっと慣れる……というか、慣れなければあの世界を見て回れない。誰かが視界へ入る度にフリーズしてしまう。
「人間……ポイップが言っていた連中だな。話は聞いているぞ」
「あ、一応話は通ってたのか」
「無断でこの島に足を踏み入れようものなら力尽くで追い出していたよ。まあ悪い奴等じゃないみたいだし、欲しいチョコがあったら持って帰ればいいさ」
少し気になった神奈は、戦闘力測定魔法〈ルカハ〉でテイの強さを確認する。
測定結果は総合数値280。残念ながらテイでは笑里にすら勝てない。
「ねえ、ちょっといいかしら」
困惑と驚愕を乗り越えた才華がテイに声を掛けた。
「さっきあなたの体はチョコレートの頭文字であるTだって言っていたわよね。……チョコレートの頭文字って、Cだったと思うのだけれど」
「……な、何……だと?」
初めて知ったのかテイは横棒を曲げて手を付く形になる。
チョコレートのスペルはCHOCOLATE。つまり、テイが告げていたチョコレートの頭文字という説明は思いっきり間違っていたのだ。
仮にもチョコレートのTだと言い張るのなら、最低限英語を勉強してほしい。
秋の精霊コウヨウは京都弁をマスターしていたし勉強すれば覚えられただろう。少なくとも、和英辞典を少し見るだけでチョコレートのスペルくらい知れたはずである。
「知らなかった……。ずっと、僕の体はチョコレートの頭文字かと思っていた。だって僕はチョコの精霊なんだぞ。……チョコレートのTじゃないなら何だって言うんだ。いったい僕の体は何を表しているんだ!?」
「何を表してるって言われても……何だろうな」
チョコレートの頭文字でなくたって困ることはないはずだ。仮に別の頭文字だとして、それを知ることに意味があるのだろうか。正直神奈にとってはどうでもいい。
「チーズケーキのTじゃない?」
「笑里さん、チーズケーキも始まりはTじゃなくてCよ」
神奈も一応考えてみたが英語は不得意なせいか何も思い浮かばない。
こういった時、急に考えても良案は中々浮かばないものだ。
良案はふとした時いきなり思いつくことが多い。
「一旦食べ物から離れてみたらどうかしら」
「はっ、思いついた!」
悩み顔から、ぱあっと表情が明るくなった笑里がテイを掴む。
困惑しているこげ茶色のTに構わず自分の下腹部に当てる。悲鳴染みた大声を上げるのも構わず強引に横棒と縦棒の先を曲げ、くっつけた彼女はふふんと得意気に鼻を鳴らす。
「テイの体はTじゃなくて、廻しだよ!」
「廻し!? 相撲に使うやつ!?」
相撲で身に着けるふんどしの一種が〈廻し〉だ。
力士の腰部を覆い、転倒時の怪我防止や技を掛けやすくするのが目的だという。神事などに用いられることからか、着用時は邪念を消し去らなければいけないとも言われている。
「廻しはチョコと遠すぎるだろ。絶対違うと思うぞ」
「えーそうかなー。これだって思えたのに」
笑里の手から解放されたテイは息切れしてしまい苦しそうだ。
しかし休む暇もなく今度は夢咲が「私も思いついたよ」と告げ、T字の体を掴んで笑里と同様腰に巻きつける。ここも同じだが強引に曲げられたテイは悲鳴を上げている。
「これはどうかな。テイはおむつだったんだよ」
「さっきと同じ形だし! やっぱりチョコとの関連性が全くないし!」
かなりキツイ体勢だと思うので曲げるのは止めてあげてほしいと神奈は思う。
人間で言うなら寝ながら腰を後ろに曲げ、脚を上げ、円を描くように手を曲げる状態。体の硬い人間には厳しめの体勢である。
「なあ、もう自分の体が何の形なのかなんて考えるの止めないか? 私達じゃ碌な候補が出て来ないしさ。気にしたってしょうがない問題じゃないか」
「でも気になるじゃないか! 僕はずっと自分がチョコレートのTだと思っていたのに、違うって言われたら気になってしょうがないんだよ! こんなことなら僕はCの体で生まれるべきだったんだ!」
「君は勘違いしているんじゃないか、な」
意外にも声を発したのは泉沙羅だった。
「外見なんて飾りだよ、生命の大事な部分は中身だもん、ね」
「中身……?」
「CでもTでも君の中身は変わらな、い。気になる気持ちは分かるけど君がチョコの精霊のテイで、自分に誇りを持っていた事実はそのままだから、さ。Tのままでも今まで通り生きていけばいいと思う、よ」
泉の言葉はおそらく核心を突いている。
外見も大事だが、それより大事なのは中身だ。
笑里が「確かに中身は大事だよね。チョコは美味しくないと」なんて台無しになることを言っていたが、神奈がすかさず「味の話じゃないから」と説明しておく。
「……そうか、そうだな。そう言われるとTでもCでもどっちでもよくなってきた。外見は関係ない。今まで通りチョコの精霊として誇りを持って生きていくよ」
「じゃあその誇りあるチョコの精霊に貰いたいものがあるんだけど」
「僕に貰いたいもの? ああ、ファンタジーチョコレートのこと?」
スノリアが言っていた名前を出されたので神奈は「それだよそれ。私達はそれが欲しい」と素直に告げる。
「ファンタジーチョコレートは精霊用だからなあ。どうしても欲しいと言うのなら、僕の考えた試験をクリアしないとあげられないかな」
「えー、悩み解決してやったのに……」
試験があったとして、自分達にはタダでくれてもいいのにと神奈は思う。
意外とテイは真面目だった。いや、真面目でなければ自分の体の形で悩まないだろう。試験があるというならクリアすればいいだけの話。幸い、現状のメンバーならどんな問題にも対応出来そうだ……主に才華が。
「バレンタインは一種の戦争。他の誰かを蹴落とすための武力、確実に相手に渡すための知力、肝心な一歩を踏み出すための勇気が必要不可欠だ」
「お前はいったいどこの世界の話をしているんだ?」
「つまり君達には武、知、勇を示してもらう! 三つの試験に三人が挑戦してクリアすればファンタジーチョコレートをあげるよ。申し訳ないけど失敗したら帰ってもらうからね」
百歩譲って勇気はまだ分かるが、武力と知力なんて試す必要があるだろうか。特に武力なんてバレンタインに一番必要なさそうな項目だ。この分だと、テイのと神奈達のバレンタインに対する気持ちや想像が全く違いそうである。
「じゃあまずは知力試験開始。デデン! 問題!」
「クイズかよ!?」
「バレンタインの発祥は?」
「しかも難しい! 知るかそんなの!」
神奈がバレンタインについて知っているといえば、親しい人などへ二月十四日にチョコレートを渡す日だということくらいだ。以前は恋愛感情を持つ者へ贈るだけだったらしいが、最近は友達や家族にも贈る人が増えている。神奈だけでなく、おそらく大抵の者がそれしか知らない。
「任せて。クイズは大得意なのよ」
「才華……よし行け! お前ならやれる!」
難しい問題だがウィキペディア並の知恵を持つ才華なら答えられるだろう。
「発祥で一般的な説はローマ帝国発祥説。皇帝であるクラウディウス二世は愛する人を故郷に残した兵士がいると士気が下がるからと兵士達の結婚を禁止した。それで嘆き悲しむ兵士達のために動いたのは当時キリスト教の司祭だったウァレンティヌス。兵士達のために秘密裏に結婚式を行ったのだけど、やがて噂が皇帝の耳に入って禁止されてしまうの。それでも止めなかったウァレンティヌスは処刑が決定。処刑日は二月十四日。全ての神々の女王であり過程と結婚の神、女神ユーノーの祝日」
まだ終わる気配のない解答を聞きながら神奈は「長すぎだろ」と小声で呟く。
「その翌日は豊年を願うルベルカリア祭。当時若い男女は生活が別で、十四日にくじ引きでペアになった男女は祭りの間だけ共に居ることを義務付けられていた。多くのペアはそのまま恋に落ちて結婚したと言われているわ。そして、そんな祭りの前日、二月十四日があえて処刑日に選ばれたの。祭りに捧げる生贄として死んだらしいわね。キリスト教の司祭が死んだ日だからか、キリスト教徒にとっても二月十四日は祝日になって、恋人の日になったと言われているわ」
「うん、凄すぎて僕がびっくりした。合格」
「バレンタインに愛する人へチョコを贈るのはそれが起源になったんじゃないかと私も思っているの。でも、この説を裏付けるには歴史的な背景がもっと必要になるわけで――」
「もういいって合格だよ合格! なに君、一度語ると止まらないオタクみたいな恐怖を感じたんだけど!? 最近の人間ってこんなヤバいの!?」
同類にしないでほしいと神奈達は首を横に振る。
静かに否定した神奈に対し、腕輪だけは「え、ゴリキュアオタクなのに」と呟いていたが無視した。確かに魔法少女ゴリキュアの話題になると饒舌になるが今の才華ほどではない。
「えー、ゴホン。気を取り直して次は武力を試す。僕が作り出したチョコゴーレムを倒せばクリアだよ。無理そうならリタイアしてくれて構わない」
「あ、それ私がやる」
手を挙げて宣言したのは神奈自身だ。
知力は才華、通称才ペディアのおかげでクリア出来たので、神奈は一番得意な項目の試験を受けることにしたのだ。武力の試験、しかも指定された相手を倒す部類なら自信がある。
何かを念じたテイの前に茶色い人形が生成される。
ゴツゴツとした岩のような見た目であり、チョコ製なのに美味しそうな感じが全くしない。因みに神奈からすれば強そうな感じも全くしない。
基本的に自分より強い操り人形など作れないはずだ。テイの実力が遥か格下なので、セオリー通りなら何一つ問題はない。余裕の笑みを浮かべて拳を握る。
「それじゃあ武力試験開始!」
「おりゃ」
「僕のゴーレムがこなっごな……」
決着は一瞬。急接近した後のパンチ一発でチョコゴーレムは砕け散った。
予想通り強度は大したことない代物であった。もちろんお菓子と同レベルではないし、鋼鉄以上の硬度だと思うが神奈の拳なら容易く破壊出来る。テイも予想していたのか驚きは少ない。
「精霊界での事件は知ってたから負けるとは思ったけど……。せっかく作ったものを一瞬で粉々にされる僕の気持ちも考えてほしいよ」
「ごめんごめん。気を取り直して次に行こうぜ」
「はあ、そうだね。じゃあ次は勇気の試験か」
「知力と武力は分かりやすいけど勇気って何をすればいいんだ?」
「準備するから少し待ってくれ」
チョコゴーレムを生成した時のようにテイは目を閉じて念じだす。
今回は何も作られることがなく、暫くすると山全体が振動し始める。
グラグラ揺れたことで地震かと思い神奈達は周囲を見渡したが、揺れているのは島の中心にあるこの山のみ。何が起きるのか分からず警戒していると、次第に山が二つに割れていく。
「山が割れて……崖が作られた?」
標高三百メートル以上ある山なので崖の底は遥か遠くだ。
人間が二人いっぺんに落ちてしまうくらいの幅の崖。
加護の影響で闇夜でも目が利く神奈には、真下を覗き込めば底まで見える。頂上と底の中間辺りには一本の小樹が生えており、サクランボのような形の虹色の実がいくつか生っている。
「何だあれ、下にサクランボみたいなのがあるけど」
「こっから見えるの!? 凄いな。あれこそがファンタジーチョコレート、勇気の試験はファンタジーチョコレートを一個取って来てもらうよ。勇気を試すものだから飛べる人は参加禁止ね。他の試験を受けた人も禁止」
「いやいや待て待て。こっから飛び降りたら……」
神奈なら無事でいられる自信があるがルールのせいで参加出来ない。
同じ理由で才華も試験を受けられないが彼女の場合、降りたら百パーセント死ぬ。彼女だけでなく、笑里や夢咲が飛び降りても絶対に死ぬ。助かることはまずありえない。
「私と神奈さんは不参加ね。……となると」
才華の視線が未だ試験を受けていない三人へと向かう。
「ごめん、私は飛べるから受けちゃダメだと思、う」
申し訳なさそうにそう告げたのは泉だ。
彼女が飛べると言ったことに神奈達は驚く。彼女は山頂へと飛ぶ時に神奈の足に掴まっていたはずだ。自力で飛べるならなぜ飛ばなかったのかと問えば、場の流れで飛ばなかったと言う。
「つまり受けられるのは笑里さんと夢咲さん?」
「無理無理無理! 飛べないんだから死んじゃうよ!」
「……そうよね、夢咲さんの言う通りだわ。諦めるしかないのかしら」
例え泉が参加出来たとしても死ぬ。他の二人でも死ぬ。
詰みと言っていい状況の中、オレンジ髪の少女が勢いよく崖から飛び降りた。――笑里だ、笑里が物怖じせずに真っ逆さまに落ちていく。
「ちょっと笑里さん!?」
「ファンタジーチョコレートおおおおおおおおお!」
「これ勇気ってより食欲じゃねえ!?」
勇気……否、食欲を惜しみなく出した笑里が飛び降り、見事ファンタジーチョコレートをキャッチする。取れたのはいいが彼女は飛行出来ない。このままでは体がひしゃげて死んでしまう。
「笑里いいいいいいいいいいい!」
まさかバレンタインのチョコを入手するために友を失うなど誰が考えるだろう。
あまりのショックに膝から崩れ落ちた神奈は「バカ野郎……」と呟く。現実を受け入れられないせいか涙までは流れない。
「わああああああああああああ!」
死んだはずの笑里の声が聞こえた。
四つん這いのまま崖下を覗くと、笑里が両手を上げた状態で勢いよく戻って来た。上昇した彼女は泉にキャッチされたため五体満足で笑っている。呑気に「面白かったあ」などと言う彼女を見て神奈はホッとした。
「合格だね。心配させちゃったみたいだけど、これはあくまで試験だから。本当に死ぬような試験はやらないよ。真下がトランポリンみたいな地面になってるから誰が降りても大丈夫なのさ」
「……なるほど。確かに勇気のため試験だこれは」
「さあ、好きなだけ持っていっていいからじゃんじゃん飛び降りてくれ」
五体満足でいられると分かった神奈達は顔を見合わせて笑みを浮かべる。
ちょっとしたアトラクションのようなものだ。どうせなら楽しんで目的を達成したいので、全員一斉に崖へとジャンプする。
その後、無事ファンタジーチョコレートを手に入れた神奈達は藤原家に帰り、贈り相手の数だけチョコレートと袋を用意するのだった。




