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【終章完結】神谷神奈と不思議な世界  作者: 彼方
四.五章 神谷神奈と平和?な日常
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58.3 準備――チョコレイ島――


 時が経つのは早いもので二月上旬。

 二月といえば言わずと知れたイベント、バレンタインが存在する。

 世の女性が知り合いや友達、もしくは好意を抱いている者にチョコレートを贈るのは有名な話。神奈も例外ではなく、女子陣で才華の家に集まって作戦会議を始めようとしていた。


「みんな集まったし、これより作戦会議を始めます」


 才華の言葉に神奈、笑里、夢咲、泉が頷く。


「まずみんな、チョコレートを誰に渡すか決めているのかしら」

「とりあえず知り合いに渡すつもりだけど」


 知り合いと言っても神奈の知り合いはかなり多い。全員分のチョコレートを作るのは大変だし、毎年何人かには市販の物を配っている。


「私は友達全員にプレゼントする!」

「部活の仲間かな。斎藤君と霧雨君と隼君」

「私も左に同じだ、よ。あとお母さんにも渡そうか、な」


「いいわね。因みに本命チョコ渡す相手はいるのかしら」


 神奈達四人は揃って首を振る。

 本命チョコとは言わば告白のようなもの。神奈としては今そんな恋愛感情を抱いている相手はいないし、今後現れるかも分からない。周囲で怪しいと言えば泉と斎藤の二人くらいだ。


「泉さんは斎藤君と仲良いよな。本命じゃないの?」

「彼は揶揄うと面白い反応してくれるだけだから、さ」

「さすがに可哀想だと思う」


 確かに彼はお化け関連で良い反応をしてくれるし、つっこみスキルもかなり上達している。このままいけば神奈のキャラを完全に塗り潰す脅威を秘めているのだ。

 本人は否定しているが彼の天職はお笑い芸人だと最近全員が思っている。


「そっちこそ隼君と仲良さそうだけど本命なんじゃないの?」

「絶対ない。その話題は止そうか、変な勘繰りをした私が悪かったから」


 以前に隼家の騒動に巻き込まれてから、恋人云々の話題はもうこりごりだ。今でもたまに悪夢として見るくらいに嫌な出来事だった。出来ればもう思い出したくない。


「まあ何はともあれ、どうせ贈るなら特別なものがいいわよね。毎年作ったり市販品を渡したりもいいのだけど、たまにはオリジナリティを出したいっていうか。みんな、何かいつもと違う特別なチョコに心当たりないかしら」


 口から零れた涎を夢咲と笑里は服の袖で拭う。


「「特別なチョコ……食べたい」」

「お前らはプレゼントする側だろ」

「心当たりなんかない、よ」

「うーん、やっぱり何も案は出ないかあ……」


 特別感を出したい才華の気持ちも分からなくはないが、誰もが考えることだろう。そう簡単に特別感を出せるなら苦労しない。一応神奈も考えてみたが何も思い浮かばなかった。


「――才華! 話は聞かせてもらったよ!」


 全員が悩んでいる時、才華の自室の扉が開かれた。

 現れたのは全身真っ白な幼女。とんがり帽子、胸だけ隠したベスト、ソフトクリームのようにぐるぐるとクリームで出来たスカートを身に着けている。

 かつて宝生町をお菓子にしてしまった精霊、ポイップだ。


「ポイップ!? 部屋には来ないでって言ったのに……」


 才華は頭を抱える。

 夢咲と泉も目を丸くして愕然としているし、いくら超常の存在に耐性があるとはいえ精霊を見ればパニックに陥る可能性がある。


「何……この子」

「人間じゃない、の?」

「はぁ、来ちゃったものはしょうがないわね。二人は初めて会うでしょう。彼女はお菓子の精霊ポイップ、ひょんなことからたまに私の家に遊びに来るの」


「情報が凄すぎて話についていけないかも……」

「精霊……そんなものがこの世界に存在した、の?」


 今までの経験ゆえか二人がパニックになることはなかった。若干受け入れるのに時間は掛かっているが問題ない。二人ならすぐに受け入れ、神奈達のように気軽に接せるようになれるだろう。


「で、何の用かしらポイップ。あなたは別室で厄狐(やっこ)涼介(りょうすけ)と遊んでいたはずでしょう?」


「トランプゲームやってたんだけど負けた涼介が拗ねちゃってさ、一時中断。それにこっちの会話も気になっちゃったから丁度いいと思ってね。だってもうすぐバレンタインだよバレンタイン! みんながチョコレートを食べて幸せになれる日! お菓子の精霊としてはさいっこうの日なの! それでさっきの話だけど、特別なチョコを食べたいって言ってたでしょ!?」


 笑里と夢咲が「「食べたい!」」と元気よく叫ぶ。

 神奈達は自分で食べるのではなく誰かに贈る予定だったはずなのだが。


「それならいい場所があるんだよお。最近知り合ったチョコレートの精霊ってのが居てさ、この世界のどこかにぜーんぶチョコで出来た島があるって言ってたんだよ! しかもそこのチョコはすっごく美味しいらしいの! 名前はチョコレイ島!」


 あまりにそのままな名前すぎて「安直な名前!」と神奈がつっこむ。

 名前が安直なのは確かだが、興味を抱かせるには十分な内容。情報源が精霊なので通常手に入らない貴重な情報だ。物知りな才華もさすがに知らなかったようで驚いている。


「才華ちゃんそれだよ! 特別なチョコ!」

「行ってみよう。う、うう、今から涎が止まらない!」


「あなた達、もう自分が食べる気満々ね……。でもいいわ、貴重なチョコを手に入れられるだろうし面白そうだもの。行ってみましょう!」


 全員に興味を抱かせたチョコレイ島。

 もうじき訪れるバレンタインの日に向けて神奈達は、その不思議な島へと向かうことにした。



 * * *



 藤原家の【FUJIWARA】と書かれたヘリコプターがとある島へ降り立つ。

 不思議な島だ。島の大地は砂利やコンクリートではなく茶色の何か。同じ色の山が中心に聳え立ち、頂上から白い滝が流れている。島に生えている木々も幹が白い。


 この島はチョコレイ島。

 お菓子の精霊ポイップの情報で場所を知り、才華の父親が持つ自家用ヘリを拝借してやって来れた。情報通りなら全てがチョコレートで作られた島だ。

 島の風景を眺めた神奈達は目を輝かせる。


「すっごーい! チョコレートの島だあああ!」


「ね、ね、ねえ、この島がチョコなら実質食べ放題ってことだよね? 全部食べていいんだよね? ぐふ、ぐふふ、涎が溢れてくる」


「ちょっとならいいけど全部食べたら足場なくなるだろ」


 危うく垂れそうになる涎を服の袖で拭い続ける夢咲なら、本当に全て食べてしまいそうで恐ろしい。

 島自体がチョコなら実際に食べられる。……だが、衛生観念的に考えればあまり推奨は出来ない。特に靴を履いて立っているわけだから地面は細菌だらけだろう。過去に上陸した者が歩き回っている可能性がある以上、下手に食べてしまえば腹を壊すかもしれない。


「衛星カメラにも映らないし、特殊な海流のせいで船じゃ辿り着けない。おまけに一番近い陸からでも数十キロメートルはあった。サメとか危険生物も海に多く生息している。そりゃあ誰にも見つからないわよね」


「電子機器とか衛星カメラが役立たないのは精霊の力なのかも、ね」


「こんな島があるって分かったら絶対騒ぎになるし、対策してるってことか」


 なんせ全体がチョコで出来た島だ。

 童話で登場するお菓子の家のように子供の憧れだろう。


 一度情報が洩れてしまえば大ニュースになり、有名な観光地にでもなってしまう。精霊側としても望まないはずであるゆえ、情報漏洩対策は万全と見て間違いない。神奈達も出発前、他言しないようポイップに念を押された。


「さて、それじゃあ探検タイムといきましょう。美味しいチョコ探しよ!」


 才華の宣言に神奈達は「えいえいおー」と拳を天高く掲げる。尚、泉だけは「えいえい、おー」と若干最後がずれた。彼女の喋り方はこういった時に絶対揃わない。

 ちょっぴりグダグダになったが神奈達の探検は開始された。


 カカオチョコレートの大地を歩き、異質な森に入る。

 冬にもかかわらず白い幹の木には濃緑の葉が付いている。本物の樹木でないのが一目見て分かる、作り物感満載の木だ。島全体がチョコなら森もチョコ製。太陽光に照らされても溶けないのはチョコが特殊なのだろう。


「ねえねえ、この木もチョコなのかなあ」


 急に真剣な顔になった夢咲が「どれ、ここは一つ私が毒見をして進ぜよう」と、多く生えている木の一本に近付く。コンコンとノックしたら音で硬いのが分かる。そんな異質な樹木に彼女は――思いっきり齧りつく。

 硬度は予想よりも低かったらしく食べられたらしい。振り返った彼女の頬はリスのように両側が膨れており、バリボリと硬めのものを噛み砕く咀嚼音が聞こえてくる。


「ど、どうだ夢咲さん。美味しいのか? 不味いのか?」


「こ、こ、これは……ぷぎゃべぽぴぱらばば!」


「これ人体に有害だったんじゃねえの!?」


 白目を剥いた夢咲は全身を震わせた。

 いくら道端のキノコや雑草を日頃から食べている彼女といえど、ファンタジーの産物を口にするのはまずかったのかもしれない。仮に有毒ならこの場所を薦めたポイップを殴る羽目になる。

 少しの間震えていた彼女の動きが止まり、白目も元に戻った。


「はっ!? 美味しすぎて意識が飛んでいたみたい……」


「紛らわしいんだよ! ていうかそんなに美味かったの!?」


「今まで食べた雑草を遥かに上回る味だったよ」


「指標が下すぎて参考にならないんだけど!」


 市販品のチョコならそこらの雑草より遥かに美味いだろう。今得られた情報だけで市販品より格上と見なすには弱すぎる。

 ただ一応味については保障されたし、おそらく毒もない。


「夢咲さん、体に異常は?」

「活力が満たされた気がするかな」

「それはたぶん胃に食べ物を入れたからね。……となると、有害な成分はないと思っていいかも。ポイップも人体に有害なものを勧めないだろうし」


 才華の言葉を聞いた笑里が「私も食べる!」と跳躍して葉っぱをもぎ取る。

 便乗して神奈も飛行魔法の〈フライ〉を活用して葉を手に取った。クローバーのような形の葉を口に含めると、ほのかな苦みと強めの甘味が脳に刺激を与える。


「ねえみんな、葉っぱも美味しいよ!」

「抹茶味だ……。この味、幹も同レベルなら夢咲さんが気絶するのも分かるな」


 夢咲だけでなく神奈と笑里も味を褒めたためか、泉と才華も木に手を伸ばす。


「枝がパイみたいにサクサクしてる、よ」

「幹もすっごく美味しい。ホワイトチョコかしら……。強い甘味で脳が痺れて思考が乱れるわね。一口食べたら病みつきになるくらい癖が強い味だわ」


 神奈達……主に笑里と夢咲の二人だが一本の木を完食してしまう。

 かなりの量があったのは目で見て分かる。二人の腹部は丸々と膨らんでおり、その他三人も満腹状態。非常に満足して地面に大の字で寝転がった。


 暫くしてから起き上がった神奈達は探索を再開する。

 さすがにもう木を食べるつもりにはならなかったので普通に歩く。


 森の出口が見えてくると、水の流れる音が聞こえてきた。

 激しい水流の音を聞いて思い出すのは、上空からヘリコプターで眺めた山から流れる白い滝。想像した通り、森を抜けてすぐに白く広い川が視界に飛び込んできた。


「うわあ真っ白な滝だあ。これもホワイトチョコなのかな?」

「笑里お前、よく走れるな。お腹苦しくないの?」

「ぜんっぜん! 私まだまだ食べられるよ!」


 丸まったままの腹部はどう見ても苦しそうだが本人曰く平気らしい。

 珍しそうに白い川を覗き込んでおり、小さく「美味しそうかも」と零して唾を飲み込んでいる。まだ食べられるのも本当らしい。同じくらい食べた夢咲はもう限界で時折「うぷっ」と噯気(おくび)しているというのに、まったく信じられないほどの食いしん坊である。


「あれえ? 川に何かいるような……?」

「何かって何だよ。ホワイトチョコの川に魚なんか泳いでないだろ」

「ポイップが言うにはこの島に来る人間なんて滅多にいないし、野生動物に関しては全くいないらしいけど。笑里さんの見間違いじゃないかしら」

「えーでも本当に何かいたもん!」


 仮に人間が居たとしてもなぜチョコの川で泳ぎまくっているのか疑問になる。普通の人間にとって冬の冷たい川は地獄のような場所だ、凍え死んでもおかしくない。それに、前情報なしで辿り着くのは難しいチョコレイ島に人間がいるのは考えづらい。野生動物がいないという話なので野生動物の線もない。


「液体の流れが不自然な場所がある、よ」

「あ、私も見えた! 何かが泳いでる!」

「だよねだよね、やっぱり何かいるんだよ!」

「えー、本当に何かいんのかあ?」


 居るのが人間でも動物でも面倒なことになりそうである。

 気だるげな視線を白い川に向けてみると――何かが飛び出た。


「あああああ! おいっしいいいいいいいいいい!」


 チョコレイ島の川付近に歓喜の叫びが響き渡った。

 川から飛び出たのは白い着物を着た女性。白に近い青色の長髪を揺らしながら、右頬を片手で押さえ、幸福の表情で登場した彼女に神奈は見覚えがあった。デジャブではなく過去同じ状況に遭遇している。


 神奈達の隣に着地した女性の周囲にはダイアモンドダストが舞っている。余程嬉しいのか体を上下に揺らす度、豊満な胸部も上下に揺れる。濡れているせいで着物が張り付いてスタイルのいい体がよく目立つ。

 白い着物を着ている女性はようやく神奈達に気付き、コテンと首を傾ける。


「あれ? 神奈?」

「何でスノリアああ!?」



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