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【終章完結】神谷神奈と不思議な世界  作者: 彼方
一章 神谷神奈と願い玉
17/608

12.5 娯楽――あっちむいてホイ――

2023/11/03 文章一部修正









 休日。神奈はすることもなく、ただボーっとしていた。

 屋内でも特に、太陽光の入る日向が気持ちいい。ずっとこうしていたいとすら思っている。


 願い玉は探そうと思っても見つからない。おそらくはもう速人が言っていた女が、残り全てを手にしていると神奈は推測する。神奈はその女を捜してみたものの、手がかり一つ見つからなかった。この広い宝生町内で、人捜しのノウハウも知らない彼女一人で捜すなど元から無理があった。

 そういうわけで神奈は暇な時間を利用して日向ぼっこしている。これは無駄な時間などではない、ちゃんとした有効活用だ。だって日向ぼっこなんて忙しい時は出来ない。つまり暇なときにしか出来ないものをちゃんとやっているということだ。決して時間の無駄にはなっていない。


「あの、神奈さん……それ、楽しいですか?」


 昼食後、キッチンのシンクで皿洗いをしているリンナは問いかける。食べてすぐに窓の近くに寝転がる神奈を見て、あまりよくないのではと心配しつつ、どうしてそんなことをするのかと困惑している。

 一つ一つ皿を洗い終えるリンナを見て、神奈は洗い物の手際がいいななどと思いながら、真顔で返答する。


「ああリンナ、まったく楽しくないな」


「えぇ……? 楽しくないなら、なんでそんなことをしているんですか?」


「さあな? 人間することがないと、こういうことしか出来なくなるんだろ。ほら、最近だと電子ゲーム機とかあるけどさ……ああいうのもいいんだけどこうするのもいいというか……」


 転がっているとただただ気持ちがよくなってくる。コタツで冬に温まる猫のように、たまにはこうして寝て過ごすのもいいだろう。時間の無駄とされればそれまでだが、神奈も一日寝ていたいと思うときはある。

 時刻は午後一時を過ぎた。ちょうど日光が神奈のいる場所を照らしてくれる。


(眠くなってくるな……もういっそこのまま今日は寝ちゃおうか……? なんだろう? なんか変なものが見えたような? 小さくて黒い何かが……)


 漆黒の小さな何かが、神奈の傍で蠢く。

 眠気で目を閉じようとする神奈にはよく見えなかったが、リンナにはそれがはっきりと見えたらしい。小さく上擦った声を出し、顔を青ざめさせる。


「ひっ! か、神奈さん! そ、傍に!」


「え、なに一緒に寝る? いいんじゃーん……気持ちいいし」


「そうじゃなくて! ご、ごき! 黒い生命体が! あの素早いカサカサ動くあの虫が……ごきぶ――」


「はい起きましたあ!」


 何が言いたいのかを理解した神奈は勢いよく飛び起きる。そして動揺と焦りから冷や汗を噴き出し、目を血走らせて周囲を探し始める。


(ごきぶ……例の黒い生命体だ。うかうか寝ているとこちらに這い寄って来るだろう。さて私は分かっている、ごきぶ……あの黒き侵略者のことを。そうだ、ごき……そう、漆黒のアレ)


 必死に目を光らせるが見当たらない。


「どこにいったんだあのGは! ていうかあれがそんなに出てくる季節じゃないぞ! まだ夏でもない……それでも出る可能性はあるけどさあ? なんでよりにもよってこの家なんだよ! 黒いんだから隼の家に行けよ!」


「か、壁です! 壁にいます!」


 恐怖に顔を引きつらせながらリンナが白い壁を指す。そこには目にするのも悍ましい、漆黒の生命体()の存在。


「よし、じゃあ今すぐぶっ潰してくれるわあ!」


 壁で静止しているGに腕を振ろうとすると、危険を察知したのか――飛翔した。


「うわああ飛んだああああ! やっぱ無理だこれ、あれ、私の方に」


 大きく旋回したGは狙いを定めるかのように、神奈の右頬へ接近する。素早い飛行により五秒足らずで近付いていく。だが神奈は圧倒的な拒絶反応によって、奇跡的な反射神経と身体能力で避けることに成功。


「危なっ! ちくしょーこれでも喰らえや!」


 飛び回るGが白い壁に止まった瞬間、神奈は腕輪の部分をピンポイントで叩きつける。

 白い壁ごと粉砕されたGは、黒い肉体を爆散させて命を終わらせた。砕かれた壁に関しては、リンナが戻すと信じているからこそできたことだ。


「ぎゃあああああ! 神奈さんなんてことをするんですか!」


 突然腕輪が絶叫する。たとえ腕輪であろうとGは嫌いなのだ。


「悪かった……ああするしか、なかったんだ」


「いや絶対他に何かあったでしょう! なんで私を叩きつけるんです!? 私の綺麗なボディに黒い足がついてるじゃないですか!」


「ゴメン、それよりお前外れてくれない? 触るのも嫌だから、自分から外れて洗濯機の中に入ってきてくれ」


「酷い!」


 壁をリンナが元に戻し、腕輪が洗濯機に入ることで一件落着。一気に気分が最悪になったと神奈は落ち込む。

 そんな騒動があってすぐ、インターホンが来客を知らせる。


「あ、私出ますよ」

「そう? じゃあ頼むわ」


 リンナが玄関に向かいドアを開ける音がした。


(あいつ本当に働き者だな。家事ほぼ全てを担当するリンナがいなくなったら、私はもうダメかもしれない)


 神奈の家には滅多に来客がない。来ても訪問販売や配達業者、特に家主が出る必要もないのでリンナに全て任せている。


「あの、お客様です」


 珍しく、というか初めてリンナが誰かを家に入れた。

 リビングに帰って来た彼女の隣には、一人の男が立っていた。


 黒いTシャツに半ズボン、その上にチェック模様の服というラフな服装をしている。来客の正体は速人である。ちなみにTシャツには忍という文字が刻まれていた。その恰好は全く忍という感じではない。


「ふっ、今日こそ決着の時だ……俺と勝負しろ!」


「お帰り下さい出口はあちらです!」


「残念だったな、俺は許可を貰っているんだ。お前に追い出す権利があるのか?」


「あるよだって私が家主だもん! てかふざけんな、帰れよ! おいリンナどうしてこんな奴入れた!」


「え? 神奈さんの友達じゃないんですか?」


「断じて違う!」


 神奈と速人の言葉が一つとなった。こういうところは気が合うらしい。


「だいたい、お前しばらく勝負しないとか言ってただろ。なんでもう来てるわけ? しかも、わざわざ、私の家に」


「確かに実力による戦闘は控えると言ったが、それ以外の勝負ならばいいだろう? どうせ暇なんだろうから問題ないだろ」


「大アリだよ! 何で暇って決めつけてるんだよ! 私はさっきまで超忙しかったから! もうそれはそれはブラック企業並みにな!」


 勢いで言い放つ言葉の中に、ブラックという言葉が含まれていた。口にしてから神奈は先程までのことを思い出し、吐き気を催して口を押さえる。

 しかしそんな神奈の言葉など跳ね除けて、速人は勝負の説明を始める。


「勝負の内容だが……」


「おい! 話聞いてた!?」


「なんだ? 嘘を吐くな、さっきそこの女からゴキブリと――」


 禁句を速人が口にした瞬間、神奈はカッと目を見開いて拳を放つ。


「死ねえええええええええ!」

「なっ!? 身代わりの術!」


 いきなりの殴りかかったものの、速人は実践経験の多さから反応が間に合う。だがたとえ反応できたとしても躱すのは間に合わない。無事で済む方法はただ一つ、回避技では超一流である身代わりの術を使用する以外にない。魔力を用いた身代わりの術ならば、瞬間移動のようなもので近くの物体と位置を入れ替わることができる。

 咄嗟の判断が間に合い、速人の姿はテーブルの上にあったマグカップに変化する。マグカップは神奈の拳で粉々に砕け散った。


「お、おまっ! 殺す気か!」


 マグカップが存在していた場所に立つ速人は慌てて叫ぶ。振り返った神奈は般若のような恐ろしい顔をしていた。


「そうだ、あの黒き害虫の名を呼んだものは死すら生温い」


「な、ふざけるな! たかがゴキブ……アレを呼んだだけで、その仕打ちはあんまりだろう!」


「黙れ慈悲はない」


 拳が握ったまま威圧しながら神奈は歩く。

 ここまで神奈がG嫌いなのには理由がある。前世にて魔法習得のために山籠もり修行していた時、就寝中にGが口の中に入り、朝起きた時に口の中で噛み千切られて死んでいるGが出てきた悲惨な過去があるのだ。大半の虫は問題ないが、Gだけは悲鳴を上げるレベルで苦手なのである。


「神奈さん落ち着いてください! 隼さんは何も悪くないですよ!」


 家の中で撲殺死体が出来上がるところだったが、さすがにリンナに止められて神奈は話を聞くことにする。


「……そうだな、悪い隼。どうにもアレのこととなるとさ。それで? 勝負って何するんだよ」


 冷静になったのを感じ、速人はテーブルから下りる。


「勝負内容は――あっちむいてホイだ!」


「あっちむいて……ホイ?」


 予想に反して平和的な勝負名が口にされ、神奈はいつもの速人から遠すぎるので困惑する。


(それはあれだろうか? あのジャンケンした後で方向を選んで、相手が同じ方向に向いたら勝つあの遊びか? それ以外には心当たりないしおそらくそれなんだろうが、隼のキャラから離れているというか……ナニコレ? キャラ崩壊?)


「そう、有名なあの遊びだ」


「なんでそんなことに?」


「フッ、知っているだろう? 俺は強いぞ? なんせあのプリン争奪戦を終わらせたくらいだからな」


 プリン争奪戦。ようは給食で出たプリンが、休みの人がいるおかげで一つ余った時に起きるジャンケン勝負だ。プリンが大好きな生徒は多いので、その時間は戦場と見間違えるくらい殺伐としている。殺気に呑まれるなか、速人は一人優勝してプリンを一人占めしていた。


「なるほど自信アリってところか。まあいいよ、平和的に戦うんならなんだってな」


 実戦形式の勝負は神奈もできれば避けたいと思っている。白い素肌に傷はつかなくても、衣服は破れる可能性がある。そういう面では神奈も戦いを好まない。


「あの……」


 神奈が腕まくりをし、速人が邪悪な笑みを浮かべたそのとき、リンナが口を挿む。


「あっちむいてホイって……何ですか?」


 有名な遊びを知らないという言葉に、神奈と速人は信じられないという目でリンナを見る。


「お前……本当に知らないのか?」

「はい」


 疑惑の目を向けられるリンナは一回首を縦に振る。


「フッ、いいだろう。おい神谷神奈、まずは簡単な説明お前と戦い実戦形式でルールを説明するぞ」


「なるほどね、まあその方が分かりやすいなあ。口頭よりも実戦形式の方がさ」


「ルールは簡単だ。その一、ジャンケンをして勝敗を決める。その二、勝った者が負けた者に対して方向を指定、負けた者はそれと同時に上下左右の四方向のどこかに顔を向ける。同じ方向に向いてしまったら負けだ。その三、勝者は何でも敗者に命令出来る」


「ちょっと待てええ!」


 説明を聞いていると、聞き捨てならない言葉が届いたので神奈は叫び出す。


「どうした?」


「いやおかしいよね? 最後のおかしいよね?」


「どこがだ、勝者の言うことを敗者が聞くなど当たり前すぎるだろう」


「どこの世界の常識だよ! リンナ、最後のは今日だけだからな!」


「……今日だけ? フフッ、そうか、お前もその方がいいんだな?」


 滅茶苦茶なルールに神奈は乗った。なぜなら勝利すれば、速人が一生勝負を挑まないようにもできるからだ。墓穴を掘ったなと神奈は薄ら笑いを浮かべる。


「さてでは早速始めるぞ! じゃんけんポン!」


 突然速人が始めだす。


(汚ねええええ!)


 だが神奈は負けない。どんな勝負事であろうと、速人にだけは負けない。

 まず速人の手をよく見る。すると手の形からチョキを出すことが分かる。だから神奈は――パーの手を高速でグーに変えた。


「お前……今、パーじゃなかったか?」


 結果はもちろん神奈の勝ち。だがそれに速人は不満を持つ。


「気のせいだろ」


「そ、そうか」


「そうなんだよ! あっちむいてホイ!」


 速人は右を向こうとしていた。だから神奈は左に向けていた指を高速で右に向ける。

 バレないように素早くしていたが今度は速人の目に映ってしまう。


「……今確かに見たぞ、お前が指の向きを直すところを! ふざけるな反則だ!」


「はぁ? 証拠でもあるんですかあ?」


「……まあいい、この勝負は練習だからな。本番はこれからだ」


「苦し紛れにもほどがあるだろ、小学生の言い訳か! ……そういえば小学生だった」


 前世の記憶があるせいで混乱するが、れっきとした小学生である。


「今のはそこの女に向けた説明だ、さあ本番行くぞ! じゃーんけーん!」


 神奈はパーを出そうと考えていた。だが次の瞬間、速人は誰の予想も超える行動に出る。


「ポン!」


 拳を前に出したその瞬間、速人の刀が抜かれ神奈に迫る。

 咄嗟に神奈は手のひらで刀を受け止めた。魔力で無意識に強化しているので当然のように無傷だ。多少の魔力でも身体強化すれば、並の刃物など通用しない。業物でさえその威力を充分に発揮できない。魔力を使用する相手には、魔力で対応するしかないのだ。しかし速人はまだ魔力について理解していることが少なく、技術的なことは何一つできない。


「チッ、俺のチーを防いだか」


「おい何がチーだよ、ふざけんなお前思いっきり殺しに来てただろうが!」


「チー、つまりチョキはハサミだという。つまり刃物。ということは俺が持つこの刀もチョキの扱いとなる」


「何そのふざけたルール!?」


 確かにジャンケンには、グーが石、チョキがハサミ、パーが紙というのがよく言われる。しかしさすがに刀をチョキと見なすのは無理がある。

 そっちがその気ならルールに則ってやろうと、神奈は受け入れる。今の勝負は無効とし、神奈達はもう一回最初からやり直す。


「じゃーんけーんポン!」


 速人は当然のように、悪ぶれもせず刀を神奈の首目がけて振るう。

 それを読んでいた神奈は固く握る拳を刀に向けて突き出す。

 当然、刀は真っ二つに折れる。

 その光景に唖然とする速人だが、すぐに正気に戻って口を開く。


「何をする!?」


「いやお前が先にやりだしたんだろ」


「くっ、クソ!」


 悔しそうに唇を噛む速人を置いておき、神奈はこれがあっちむいてホイだということを思い出す。あまりにも通常のルールからかけ離れすぎており、そういう遊びであることを忘れていた。ならば次に進まなければいけない。神奈は人差し指を速人の方へ向ける。


「あっちむーいて」


 突然そう言い始めたことで、速人は慌てて構える。


「ホイ」


 そう神奈は口に出すと同時に、上を向こうとしていた速人の額に、指を上から叩きつけ強制的に下に向かせた……というか勢いよすぎて床にめり込んだ。

 頭を起点にめり込んだ速人を見て、目を丸くするリンナは戦慄していた。


「これが、あっちむいてホイ……! 私には到底出来る気がしません……!」


 そうリンナが呟くのが神奈に聞こえた。

 さすがに間違ったものを教えるのは神奈もダメだと思うので、気絶している速人を放置し、リンナに正しいあっちむいてホイを教える。呑み込みが早いリンナはすぐにルールを覚える。事前に見ていたこともあり、神奈と練習して完璧に遊べるようになった。

 その後、気絶していた速人がゆっくり目を開け、両手を使って床から頭を抜く。


「……床にめり込んだ理由を聞こうか」


 怒り出すのは当然。でも神奈は反省も後悔もしていない。そもそも先にルールを破ったのは速人であり、自分は悪くないと思い込んでいる。

 黙りこくる神奈の発言を待つ速人だが、沈黙は長い。部屋が静まり居心地が悪くなる。


「まあいい……もう一度勝負だ、次は普通にな」


 静寂に耐えられなかった速人の方が折れる結果となった。


「あ、それなら私やりたいです」


 そして懲りたのか次は普通の勝負にすると宣言するが、そこにリンナが少しワクワクしたような声で割り込む。


「なに?」

「私もやってみたいんです。こういうこと……一度もやったことなかったから。ダメ……ですか?」


 声がだんだん尻すぼみになっていき、表情も悲しそうになる。

 こんな顔させたままというのは罪悪感が出てくる。二人はお互いの顔を無言で見て、速人がチッと舌打ちしながらリンナに振り向く。


「一回だけだ」


「本当ですか……!」


「ああ、だがこんなものは前哨戦にすぎん。神谷神奈! この前菜を片付けたら次はお前の番だ!」


 そう言い放ち、速人とリンナのジャンケンは始まる。


「じゃーんけーん、ポイ!」


 リンナはグー、速人はチョキ。つまりジャンケンにはリンナが勝ったので次に進める。


「あっちむいてホイ!」


 速人は左を向いたが、その方向にはリンナの指が向かっていた。つまりこの勝負……速人の負けである。


「は……俺の、負け?」


 負けるとは全く想定はしていなかった。当然のように勝利し、宿敵と一騎打ちになるのだと信じて疑わなかった。だが結果、素人に負かされたことに呆然とし、左に顔を向けたまま動けない。


「やったあ! 勝ちました!」


「ぷっ! ださっ! 自信満々に勝つこと確定したようなこと言っておいてコレかよ!」


 年相応の子供のようにリンナが嬉しそうにはしゃぐ。楽しかったので笑顔を浮かべ、目を星のように輝かせている。

 対して速人は内心悔しく思っているのだろうが、表情は固まったままだ。しかしそれも神奈が嘲笑ってからは激変した。悔しさで歯を食いしばる。目を鋭くして睨みつける。憎しみにも近い感情で心が燃え上がる。


「お、お前……! 笑うな!」


「え? な、なんのことかな?」


「目が笑っているぞ! それに口元も緩んでいるし、誤魔化せると思うな!」


 ところでこの勝負。勝者は敗者になんでも命令出来るという、特別ルールが追加されている。そのことを思い出した神奈に電撃が走る。リンナが勝ったのならば、命令権は勝者であるリンナにあるのだということに気付いた。


「リンナ、勝ったんだから好きに命令していいんだぞ」


「命令ですか……」


 伝えられたリンナは何を命令すればいいのか考え出す。


「正直、遊べたのが楽しくて考えていませんでした。特に何かしてほしいことはないですし……困りましたね」


 ここで神奈ならば迷いなく、速人に対し自分にもう近づかないように命令する。実際命令権がなくても、その目は期待に満ちている。これはチャンスなのだ。自分で決めたルールによるものなら、速人もこれ以上勝負しようなどと言わない。

 期待が込められた視線にリンナは気付く。そしてハッと思いついたように、命令を口にした。


「また、遊びに来てください」


 満面の笑みを浮かべながらリンナは告げる。

 誰もそんなことを言うなど予想していなかった。速人は困惑した表情を浮かべ、神奈は聞こえないように舌打ちする。

 やがて表情から困惑が消えていき、リビング入口に向かって歩いて行く。


「ふん……次に来る時は、神谷神奈含めてお前も倒してやる。そう、次に来た時がお前達の最期だ」


 振り返ることもなく、ただ速人はそう告げると歩いて出ていってしまう。玄関から出ていき、逃げるように素早く走り去っていく。

 夕焼けが綺麗な景色。速人の顔は羞恥心など色々なもので赤くなっていた。


 リンナは出ていった速人の背を見送ると、嬉しそうに神奈へと向き直る。


「次は三人で遊べたら、私は嬉しいです」


「ああ……そんな日が来るといいな」


 神奈はそう言うことしか出来ず、ぎこちない笑みで応対する。

 誰が満面の笑みを崩すようなことを言えようか。少なくとも神奈はそんなことが出来ない。

 笑い合う二人だったが……神奈は嫌な羽音が聞こえてきていた。

 黒い物体が高速で飛翔する。耳元に近付いてきて、神奈の右頬に着陸した。嫌な予感がして、目を向けるのが怖くなるうえ、リンナが顔面蒼白になっていることも恐怖を増長させる。

 それでも確認しないわけにはいかない。恐る恐る、ゆっくりと視線を移動させると――黒光りしているGが右頬に留まっていた。


「あああああ! なんで二体目がいるんだよおおおお!」


 恐怖から来る絶叫が家中に響き渡った。


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