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【終章完結】神谷神奈と不思議な世界  作者: 彼方
四.五章 神谷神奈と平和?な日常
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56.5 パンプ・キン・プリンセス


 神谷神奈は途轍もない焦燥に駆られていた。

 必死に抑えているが限界は近い。

 死は一歩手前に見えている。


「ぐっ、くそっ、どうして私が……こんな、目に……」


 かつてない程の危機だ、思わず顔を顰めてしまっている。

 汗が体中から噴き出して衣服に染み込む。


「もう、抑えきれない。……まだ、目的地は、見えないのか」


 内股で足を引き摺るように歩く神奈を通行人が不思議そうに見ていた。

 誰だってそんな歩き方をする辛そうな女子小学生がいたら目に留まるし、心配になる。ひそひそと話し合う者もいれば声を掛けて来る者もいた。


「君、大丈夫か?」

「ぐ、う、お、お、おおおお! わ、私に、構うな! どこか遠くに行ってくれ!」


 中二病かと思ったのか親切な男性は困惑気味で去って行く。

 これでいいのだ、現状だとその親切心は寧ろ毒となって神奈を蝕む。

 町中なので人がいるのは当然だが今だけは全員家内に居てほしかった。誰も周囲に居なければ死ぬことはないのだ。しかし想いに反して心配の表情を浮かべて集まる者達は増える。


「お、奥の手を使うしかない」

「神奈さん、いったい何を……」


 腕輪の声に答える余裕はないため、すぐに魔法名を呟く。


「て、うぐ、て、〈テレポート〉おおお……!」


 呟いた瞬間、神奈の視界が切り替わる。場所は公園の公衆トイレ内。

 洋式トイレの便器に座った神奈は、汚い音と共にみるみる青褪めた顔から血色が回復していく。スッキリした後にトイレットペーパーを使い、水で流す。

 そう、あれほど神奈が焦っていたのは腹を下していたからなのだ。


「……ふぅ、危機は脱したようだな」


 腹を下した原因に心当たりといえば一つしかない。

 給食時、同じクラスの夢咲(ゆめさき)夜知留(やちる)が見慣れない調味料の入れ物を持参していた。シチューに降りかけた後、あまりにも美味しそうに食べるので気になり少量分けてもらった。


 原因は明らかにそれだ、それ以外は考えられない。

 濁った海苔みたいな色の時点で警戒すべきだった。原材料が何なのか知りたくもないし、もうお裾分けしてもらわなくていい。夢咲も今頃腹痛に襲われていると思うのでもう使わないだろうが。


「ですが神奈さん、新たな問題があるのでは?」


「……ああ。参った、どうやって帰ろうか」


 本当なら移動先は自宅が良かったのだが、普段使わない魔法なのと視界の奥に公園が見えたのが移動ミスの原因だろう。なぜ普段から〈テレポート〉なんて便利な魔法を使わないかというと、メリットを打ち消すデメリットがあるからだ。

 この魔法、使用した瞬間に衣服が弾け飛ぶのである。


「神奈さん今、裸ですもんね」


「だから使いたくなかったんだよこのクソ魔法、後先考える余裕なかったから使っちゃったけどさ。……お前さ、おっきくなれないの? 最終手段としてお前を胴体に通せれば何とかならないか?」


「いやいや無理ですって。私は腕輪、所持者の腕の大きさにしか合わせられません」


「もう一度〈テレポート〉を使うってのは……」


「不可能ですね。衣服を身につけていなければ発動しません」


 秋の節目として気温は最近低下し、冬の到来も近い。

 気温関係は加護でどうにでもなるので気にしないが、周囲の目はどうにもならない。速めに走ったり飛行したりすれば周囲の目には留まらないだろうが絶対はない。そもそも公衆トイレから出た瞬間、公園で遊ぶ子供や付き添いの保護者に見られてしまう。


「あ、トイレットペーパーを胴体に巻けば服っぽくなるかも!」


「下手なミイラのコスプレみたいになりますがね」


 希望を見出して視線を横に向ける。

 先程使ったトイレットペーパーがそこに――なかった。


「……ダメだ、さっき使い切ったんだった。替えも見当たらないし」


 公衆トイレの個室は誰が点検や紙の補充を行っているのだろうか。サボらないで予備のトイレットペーパーくらい用意してほしかった。使う人間なら今ここにいる……本来の用途とは違うが使いたいのだ。


「仕方ねえ、夜までここで過ごすか。人も居なくなるだろ」


「変質者が湧くかもしれませんよ? あ、すみません。夜の公園にいる全裸の女子小学生も変質者でしたね。変質者同士仲良くなれるかもしれませんよ」


「仲良くなりたくないわ! 畜生、手詰まりか……」


 過去、これ程まで追い詰められたことがあっただろうか。

 状況を改めて考えると精神がゴリゴリ削れていく。

 今日の不幸っぷりは過去最悪と言っていい。


 学校で腹痛に襲われてトイレに行こうとすれば、女子トイレ全てが工事中で使用不可能。苦肉の策として、学校側は今日だけ女子に男子トイレの個室を使うよう指示したが、そのせいで行列が出来てしまい入れない事態に陥った。

 自宅よりも近い公園やコンビニに向かう途中で今に至る。


 腹痛から解放されたと思えば今度は服がないため帰れない。

 友達に服を持って来てもらう手を思いついたものの、タイミングが悪いことに神奈のスマホはバッテリー切れである。魔法少女ゴリキュアのゲームアプリをやりすぎて自滅してしまった。因みにガチャを引くと最低レア度のキャラしか出現しなかった。


「いえ、神奈さん、まだ希望はあります!」


「……あるのか? 逆転の一手が、本当に」


「ええありますよ。今着たい服をイメージしながら、私が言った言葉を繰り返してください。……イメージ出来ましたか?」


 こくりと頷いたのを合図に腕輪が叫び、神奈も同じ言葉を叫ぶ。


「〈パンプ・キン・プリンセス〉!」


 魔法名だということはすぐに理解した。

 腕輪が教えてくれるものは殆どが扱いづらいが背に腹は代えられない。例えいかなるデメリットがあったとしても、状況を切り抜けられるのなら喜んで使う。

 ――しかし、いつまで経っても変化は起きない。


「何も起きないじゃん! 裸のままじゃねえか!」


「確かに裸のままですが正常に効果は発揮されています。たった今使用した魔法〈パンプ・キン・プリンセス〉は周囲へ幻覚を見せるのですよ。今の神奈さんは周りの人達から、さっきイメージした服を着ているように見えているはずです」


「ほんとかよ……」


「デメリットは当然あります。この魔法は裸でなければ使えず、日付が変わる瞬間に強制解除されるのです。あと使用者の目には幻覚の服が映りません。私にはちゃんとパーカーとスラックスが見えていますよ」


 続いて小声で「普段通りすぎてつまらないですけど」と呟かれたので「ほっとけ」と告げる。持っている普段着は殆どパーカーとパンツなのだから仕方ないだろう。女の子っぽい服など着る気が起きない。


「さあ、自然に振る舞えば問題ありません。我が家へ帰りましょう」


 目に映らないせいで本当に効果が出ているのか神奈は不安に思う。

 腕輪の告げた服の種類は合っていたし、実際見えているのかもしれない。まさか神奈を罠に嵌めて笑ってやろうと思うはずもない。とりあえず信じて公衆トイレから脱出した。


 公園から出て歩道を歩いていると確かに人目は感じない。

 ただ、神奈自身は全裸なのを自覚しているため恥ずかしさが消えない。アクシデントでも起きて魔法の効力が切れたら即アウト。社会的な死が待っている。


「……どうしたんですか?」


 アクシデントが起きて神奈は立ち止まってしまった。

 そろそろ空が真っ暗になる時間だから帰らなければいけないのに、顔を顰めて腹を擦る。このまま止まっていては不審がった誰かが話しかけて来てしまう。警察に補導される可能性すらある。


「まさか、その顔……。まさかその汗、その腹を擦る手、その止まった足、その早まった動悸、その呻き声……。まさか、まさか、まさかまさかの!」


「分かっているのに一向に言わないのは腹が立つな。……ああそのまさかだよ、腹痛がぶり返して来やがった。幸いまだ我慢出来る程度だが、このままじゃさっきの繰り返しだ」


 公衆トイレは近いが先程トイレットペーパーを使い切ってしまった。個室は一室だけだったし、男女共用なのでもう使える個室はない。一番近いのは自宅よりもコンビニ。店員に言えば貸してくれるため目指すはコンビニ一択である。


 それから神奈は必死に我慢しながら歩き続けた。

 痛みは徐々に強くなっており、我慢もかなり限界に近い。


 コンビニまであと五百メートルはあるため急がなければならない。もう裸の羞恥など消えていた、一刻も早くトイレに行きたいという想いしかない。血走った目で前を見据えながら足を進める。


「見つけたぜ強敵の匂い!」


 余計なことに巻き込まれるのは運命なのか、一人の少年が曲がり角から走って来た。神奈の前で止まった彼は食品が詰め込まれたビニール袋を持っている。


「おお、テメエはタニアハプニング! リベンジの時が来ちまったみてえだなあ!」

「黙れ。邪魔すんな」


 獅子のたてがみのような髪型の少年は「うっ」と怯む。


「ちょっと獅子神、急に走り出すんじゃないわ……よ」


 続いて少年を追って来た少女が神奈を見た途端、情けない悲鳴を上げる。

 大口を開けて全身を震わせる彼女、天寺静香は力が抜けたのかペタンと路上に座り込んでしまう。


「また漏らしちゃった……」


 涙目で呟く彼女に構っている暇はない。

 今は一分一秒でも早く、コンビニのトイレに向かうのだ。


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