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【終章完結】神谷神奈と不思議な世界  作者: 彼方
四章 神谷神奈と運動会
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56 治療費――迷惑料――


 運動会があった週明けの月曜日。

 神奈は五年一組の教室へ入った途端、異様な雰囲気に気付く。


 原因はなんとなく想像がつく。多くの生徒がチラチラと、珍しくまだ登校して来ていない熱井心悟の席を見ているからだ。先日の運動会で学校を裏切ったのだから気にされて当然だろう。


「マジでさ、心悟のやつどうする?」

「許せるわけなくねえ? アタシら裏切られたんだぞ」

「妹の為とは聞かされたけどさ、ありえないよね」

「あんだけ金より友情とか言っといて本人は金を取ったわけだしな」


 運動会が終了した後。一応熱井の口から謝罪はしたし、事情を知った神奈達で説明はした。それでもフォローしきれない部分があった。現状クラスの雰囲気は最悪と言える。


 いくら最終種目で味方になったといっても前科は消えない。

 罪は罪。裏切りは裏切り。


 かつて学年一番の人気者だっただけに余計落差が酷い。本人からの謝罪や神奈達の説明で納得してくれた者も少数いるのだが、大多数は未だ怒りを内包している。このままでは虐めに発展してもおかしくない。


「あ、神谷さん。ちょっといいかな」

「おう真崎君」


 神奈に話しかけてきたのは仲の良い男子生徒。

 魔法少女ゴリキュア関連の話が合うため、たまに休日で遊んでいる。


「昨日地上波で放送したゴリキュアの映画面白かったよな、何回見ても飽きないし。私もう去年の映画公開から昨日までで十四回は見たよ」


「同意見だけど十四回は引くな……。いやそうじゃなくて、もちろんゴリキュア映画の話も後でしようと思ったけど。今話したいのは熱井君についてでさ」


 心の中で神奈はそっちかと思いつつ、真崎が許したのか気になり問いかける。

 彼は友達が少ないため、誰か別の者と熱井関連の話をすることはまずないだろう。本音を聞くなら今ここで訊く以外ない。一抹の不安があったが、彼はあまり気にしていないと言う。空気を読んだ可能性もあるが神奈は本音として受け取っておく。


「これ、今朝来たら机に入ってた。誰の仕業か分かんないけど」


 そう言って差し出して来たのは白い紙。

 手に取って目を通すと、書かれていたのは苛立つ文章。


「……男子全員で熱井君を無視しよう、か」


「薄々、こうなる予感はあったんだ。僕もちょっと虐めみたいな目にはあったし、雰囲気的にそうじゃないかなって。……止めたいんだけど、僕が言っても聞く耳持ってくれないと思うんだよね。だからせめて神谷さんに伝えておこうと思って」


「うん、ありがとう知らせてくれて。とりあえず策は練ってみる」


 真崎は頷いて自分の席へ戻っていく。

 虐めという言葉は神奈の気分を悪くさせる。前世の記憶の影響で大嫌いなのだ、二度と見たくないとすら思う。まあ大好きという者は少ないだろう、居たとしたら天寺と同レベルで趣味が悪い。


「……にしても、策っつったってどうしたもんか」


 力尽くでも今回は解決しない可能性が高い。

 金城が生徒を買収しようとした時とは訳が違う。一時の恐怖で行動を止めるほど弱い感情ではない。強大な力を見せつけたとしても、神奈の見ていない場所で行動が始まるに違いない。力尽くは今回その場凌ぎにしかならない。


 熱い説得をするのも却下。

 既に理由を告げているのに怒りが消えないのは、それだけ感情の根が深いということ。説得するにしても上手い言葉が出て来る自信がない。失敗して逆に怒りを高めてしまう可能性の方が高いだろう。


 才華に頼んで金の力で解決。考えるまでもなく却下。

 友情より金を選ばれて怒ってるのに金の力で解決するとは思えない。もし頼んだら才華に見損なったと罵倒されるかもしれない。仮に解決出来たとしても、力尽く案と同じで結局その場凌ぎだ。


 そうこう悩んでいるうちに遠くの席で熱井の処遇について話が進む。


「なあ、実は俺良い案があるんだけどさあ。あいつの炎みたいな髪あんじゃん。あれさ、バリカンで刈ってやろうぜ。ほら、よく反省のために頭を丸めるって言うだろ? 俺今日持って来たんだよね」


「おー賛成賛成! やっちゃお!」

「当然の報いってやつっしょ!」


 耳を傾けていた神奈は「あいつら……」と怒りのままに席を立ち上がる。

 気に入らない相手に悪戯をする典型的な虐めの始まりだ。


 今回はまだいい方である。裏切り者に制裁を加える似非(えせ)正義の味方ごっこで済む。だが次第にエスカレートしていき、相手に過失がなくても制裁を与えるようになるのが目に見える。


「――みんな、おはよう」


 止めようと思ったその時、教室に一人の男子生徒が足を踏み入れる。

 誰かなど声を聞けば分かる。かつての人気者であり今や嫌われ者の熱井心悟だ。


「へっ、よく来れたな熱井……あつ、い……誰!?」


「誰って僕さ、熱井心悟だよ」


 熱井……のはずだ。燃え盛った炎のような赤髪は一本もなく、肌色を晒した頭部だが顔は彼のままだ。窓から入る太陽光が髪一本ない頭に反射して眩しい。あまりの光景に生徒全員が暫く沈黙する。

 あの周囲の生徒に関心を持たなそうな速人でさえ目を丸くした。


「お、俺達がやる前に刈られてるうううううううううう!? おいどういうことだよその頭、お前の頭は俺達が刈るつもりだったんだぞ! また髪生えたら刈らせろや!」


「そんなに刈りたかったの!?」


「……いや、すまない。それは出来ない」


 本当に申し訳なさそうな表情で熱井は俯く。


「はっ、そうかそうか。やっぱ一度だけで精一杯ってか! 根性なしめ、反省が足りないんだよ反省が! みんなもそう思うよなあ!?」


 バリカンを持った男子生徒がクラス中を見渡して言い放つ。

 確かに髪はハゲでない限りまた生えてくる。一度坊主などにするくらいなら勇気があれば誰でも出来る。刈らせろという頼みを断ったことで初回の散髪も安っぽく見えてしまう。叫んだ男子に対し、五年一組にいる生徒大半が同意して騒めき出す。


「……違うんだ。僕の髪はもう、生えてこないんだ」


 神奈含めて全員が「え?」と熱井の声に愕然とする。


「あの運動会の後、霧雨君に頼んで脱毛してもらった。毛根が消滅したから二度と生えないらしい。……ごめん、こんな程度で許してもらえるなんて思わない。これからの行動で精一杯償うつもりだ」


「……あ、いや、うん。こっちこそ反省足りないとか言ってごめん」


 坊主にするのではなく、完全な脱毛。

 ここまでの反省を神奈はテレビなどですら見たことがない。

 さすがのバリカン男子生徒もここまでの覚悟を見せつけられたら引き下がった。先程までバリカン男子生徒に同意していた生徒達も声を上げず、謝罪を受け入れている。神奈が動くまでもなく熱井は自力で解決してみせた。


「クラスの問題については丸く収まったな」


 安心した神奈は僅かに笑みを浮かべて教室から出て行く。


「あれ、神奈さん。どこへ向かうんですか? もうすぐホームルームですけど」


「そういやお前には話してなかったな。……校長室だよ」


 腕輪の疑問に答えつつ足を進める。

 今回起きた運動会の事件、元凶の一人に会いに行くのだ。


 事件の元凶といえば誰か。

 大抵の者は絶望大好きな最低少女、天寺静香が一番に思い浮かぶかもしれないが実際は違う。あそこまで状況が悪化したのは彼女のせいだが元凶とは言えない。

 生徒を買収していた卑怯な金持ち、金城遥も違う。彼女は寧ろ元凶の被害者だ。


 元凶とは全ての発端を作ってしまった者。

 名前を賭けた運動会になったのは雲固学園と名決めした者の責任だ。天寺はあくまで、今回の運動会が面白そうだと思ったから関わったにすぎない。つまり神奈が会いに行く元凶とは――宝生小学校校長である。


 神奈は校長室にて、宝生小学校校長と一対一で向かい合う。

 事前にアポイントは取ってある。入った時には緑茶が用意されていたのはそのためだろう。そういった気遣いが出来るのに、なぜあんな事件を起こす引き金となったのか理解出来ない。


 なめらかな革で作られたソファーに座っている校長は、自分の髭を撫でながら口を開く。


「それで話というのはいったい何かな? 恋の悩みか、勉学の悩みかな?」


「単刀直入に言います、お金ください」


 校長という立場の人間が一介の生徒と対談するのは珍しい。

 話があるという神奈を校長室に入れたのは、先日あった運動会でいい結果を残したからだろう。ただ、用件が金銭の要求だったため、優しい表情から一変してジト目で見据えてくる。


「まあ、君は今回のMVPだ。多少のことは目を瞑るが、何故急にお金を要求するのかね。確か親が他界していたし儂から小遣いを貰うつもりか」


「……まずは今回の運動会で起きた騒動から振り返ります。今回の運動会で一人の男子が苦渋の決断で裏切りました……天寺や金城という相手側の生徒の誘いに乗ってしまったのは、彼にお金の悩みがあったからです」


 熱井の名を伏せて神奈は語り出す。


「彼は妹の治療費を払えなくなったので、それを解決する為に敵の誘いに乗ったんです。彼を説得してこちら側に引き戻したのは私で、治療費の当てを奪ったのも他でもない私。……私はただ、責任を取りたいんですよ」


 騎馬戦の時。金はどうにか出来ると宣言したが、実のところ確実性はなかった。

 校長に今回起きたことを話して、迷惑料のようなものを引き出せるかもと思ったのだ。これが無理なら最終手段として藤原家に土下座するしかなくなる。


「今年の運動会には彼だけじゃなく、他にも色々起きていました。生徒襲撃事件、複数人の買収行為、それと……競技のプログラム変更」


 関係ないというような態度で聞いていた校長の全身がビクッと跳ねる。


「プログラム変更を校長が承諾したのは分かってます。それに相手との因縁も知りました。……今回の事件は相手側に悪い人間がいただけじゃなくて、校長……あなたのせいでもあると私は思います」


「なるほど、事情は分かった。百万出そう、残りは自分でどうにかしてもらうぞ」


 神奈は魔力でその場を満たし「は?」と威圧する。


「うっ、だいたいなぜ私が、生徒の家族とはいえ他人の治療費を負担しないといけないのだ! 百万でも十分だろう!?」


「アンタには払う義理くらいあるだろ。向こうの雲固学園っていう名前、アンタが決めたらしいじゃないか。それも元々は宝生小学校がその名前に決まったはずなのに、あっちの校長を騙して押し付けた。その名前のせいであっちの学校では自殺者や心を病んだ生徒がどれだけいるか知ってんのか?」


「……さあな」


 どうせ知らない。金城のように暴走するケースは稀だろうが、自殺者や不登校が多いのは本当だ。気になって調べたところ、全国トップクラスの自殺率や不登校者数なのが分かった……原因の殆どは学校名で揶揄われたから。生徒にはどうしようもない問題である。


「今回もそうだ、勝手に種目変更を受け付けて生徒を混乱させた。それに喧嘩売ったのは最初アンタらしいじゃないか。全ての原因はアンタなんだよ校長。払わなきゃ今言った情報全部ばら撒くぞ」


 脅迫になってしまったがこれは因果応報だ。

 悪事を働けば、いつか自分に返って来る。


「……分かった。治療費はいくらだ?」


「五百五十万だ」


「ごひゃっ!? クッ、分かった! 後で現金で渡すから待っていてくれ!」


 校長は慌てて金の準備をするために部屋から出ていく。

 彼は自分がしたことの重大さを理解していない。プライドや立場の問題で払うと決めたにすぎないし、同じことを繰り返す可能性はある。ただこればかりは本人が罪の重さを自覚しなければ止めさせるのは厳しい。


「神奈さんも結構悪いじゃないですか」


 ずっと黙っていた腕輪から声が発される。


「さて、何のことかな?」


「妹さんの治療費って確か五百万ですよね?」


「そうだったか? まああれだよ、今回で私も疲れたし迷惑料ってやつかな」


 その日の下校時刻。

 帰宅する前、げっそりとしていた校長からきちんと五百五十万を受け取った。そして熱井が帰る前に、アタッシュケースに詰められている大金を廊下で手渡した。

 他の生徒が両目を$の形にしてゾンビのように寄って来ていたが、神奈はシッシッと手でどこかへ行くようジェスチャーする。


「ありがとう、これで妹は助かるよ。でもこんな大金どうやって?」


「気にするな。ちょっとした迷惑料みたいなもんさ」


「うん、とにかくこの五百万はありがたく受け取らせてもらうよ」


「治るといいな妹」


 背中を向けて帰ろうとするが、熱井に呼び止められて足を止める。


「神谷さん! 今回の恩は忘れない、いつかきっとこの恩は返すから……!」


 振り向きはせず、神奈は廊下を歩いて離れていく。

 その場では、きれいに九十度に頭を下げている熱井の姿が十分以上目撃されていたという。翌日には彼の頭部に反射した夕日が綺麗だったなんて噂も流れた。


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