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【終章完結】神谷神奈と不思議な世界  作者: 彼方
四章 神谷神奈と運動会
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55.5 天寺静香――絶望の理由――


 天寺(あまでら)静香(しずか)は過去、名前がなかった。


「三十八番、実験の時間だ。来い」


 呼ばれたため牢屋のような一人部屋から出て行く。

 鉄格子の外で待っていたのはスーツ姿の男性。まだ当時幼女でしかない天寺――三十八番は対抗する術を持たず、政府関係者だという男達の言いなりになっていた。

 政府の指示で実験を繰り返す建物だということしか当時も今も知らない。


 建物の地下にある鉄格子付きの部屋はいくつもあり、三十八番の他にも未成熟な子供が多く滞在している。小さくて三歳、大きくて十二歳までの子供達だ。牢屋のような部屋に置かれない赤子は別部屋である。もっとも親切心ではなく、死なれては困るから管理のためだろうが。


 はっきり言ってしまえば腐りきった施設だ。

 働いている職員の態度も悪く、食事の質も悪い。収容されている子供達の顔は絶望に染まっていた。生きる理由は何もなく、ただひたすら実験を繰り返す日々を過ごしていた。しかし三十八番だけは例外で表情が暗くない。彼女は希望を持っているわけでもなければ、絶望しているわけでもない。この場所では異質な子供であった。


 職員に連れられ地下の一室から出て、上階へ向かった三十八番を待つのは実験だ。

 施設の目的は至ってシンプル。複雑な目的はなく、日本という国の秘密兵器を作ろうとしているだけである。核兵器すら凌ぎ、コスト的にも優しい新たな兵器。――魔法使い。


 兵器として必要なのは高い魔力と成長の素質。

 施設の職員は高い魔力を秘めた赤子を国内で捜し、生みの親と金銭などを用いて交渉し、あくまでも任意で引き取って育てている。当然無理やり奪うことはしないし見逃しもある。


「今日の実験は? またいつもと同じ?」


「そうだ。どうやればさらに魔力を引き出せるのか、研究しなければならない。今のお前達では軍人より使い勝手がいい程度だ。それじゃダメなんだ、もっともっと力がいる。昔存在した大賢者のように途轍もない力が」


 赤子以外の実験内容は様々。

 魔力が底をつくまでの魔法使用。

 身体能力を上げるための過酷なトレーニング。

 精神的負荷をかけるための拷問。

 その他。一番三十八番がキツかったのは性的暴行をされたことだ。


 一番効果的なのは魔力の酷使だが最大の変化は拷問であった。強い感情を呼び起こせば、漫画のように覚醒して扱える魔力値がグンと伸びる。もっともこれについては個体差があるうえ滅多にない現象である。


「そう、大賢者ほどの力があれば日本は世界を――」


 瞬間、施設内と三十八番の体内で警報が鳴り響く。

 三十八番は感じ取ってしまった。あまりに強大なエネルギーが施設の地下深くで暴れ狂っているのを、彼女だけが察知出来てしまった。世の中には知らない方が良いこともあると言うが、本当にそう思えるくらい滅茶苦茶で濃密なパワー。


「なんだ、何か異常が発生しているのか? 少し待て、今仲間と連絡する」


 全身から血の気が引く感覚を味わっているのは三十八番のみ。前にいる男は警報に動揺しているだけで、地下深くから発生しているパワーを全く感知していない。今も呑気に無線機で連絡を取っているが本来ならそんな場合じゃない。命惜しさに脱兎の如く逃走するべきなのだ。


「何!? 暴走!? 逃げるっておいちょっと待てお前この状況で――」


 爆音が響く。壁が破壊され、建物全体が揺れ動く。


「あ」


 いつの間にか三十八番と男の後ろに奇怪な怪物が出現していた。

 体は人の形をしているが頭は大小五つ程、目は全て虚ろ。腕は四つ。よく見れば五つある顔は全て違う表情をしていた。笑顔、悲しむ顔、絶望する顔、真顔、変顔だ。


 振り向いて視認した三十八番は理解する。

 これこそが絶望。他の子供達が拷問などで味わった感覚。

 三十八番が気付いたが目前の怪物こそエネルギーの発信源。人智を超えた容姿と力を目前にして正常ではいられない。早く逃げたいとしか頭の中で考えられない。


 怪物が四本の腕を伸ばして男に触れる。

 彼はそれはもう情けない表情を浮かべていた。触れられただけで小便を漏らし、口元を引き攣らせ、意味のない言葉を発するだけで逃げることすら出来ない。


「た、たぶ――」


 抗う術を持たない彼は呆気なく体を引き裂かれた。

 気付けば――三十八番はあの場から脱した後だった。


 あの瞬間、逃げたいという強い想いから瞬間移動の固有魔法を開花させたのだ。それに本人が気付くのは暫く後の話であり、この瞬間三十八番の頭で渦巻いていたのは全く別のこと。


「あへ、あへへ……」


 どうやって逃げたかはどうでもいい。

 重要なのは絶望から自分だけが生き延びた事実。


「ひゃっははははははははは!」


 他者だけが絶望している状況は自分を悦に浸らせる。とんでもない高揚感を味わい、噛みしめ、満たされていく感覚に身を任せる。三十八番は生きる意味を初めて見出したのだ。

 三十八番にとって人生のスパイスが他者の絶望となった瞬間である。


 それから三十八番は自ら天寺静香と名乗り行動を開始。

 どうやったら他者の絶望を最高の場所で眺められるかだけを考え、己のやることを全く悪と思わず生きた。施設での日々で善悪の基準を大きく狂わされたのが原因だろう。




 時は経ち、現在。

 活動拠点を雲固学園にして生徒全員の絶望を堪能し、次は宝生小学校の生徒全員のを特等席で眺めようと思っていた。


 しかしそれは間違いだった。

 あらゆる方向へ迂闊に手を伸ばせば火傷するケースは珍しくない。手を出してはいけない怪物がこの世界にはいる事実を思い出した。施設の者達が限度を超えて自滅したように、天寺も自らの破滅を招いてしまったのである。


「静香さん……その、あの……」


 申し訳なさそうに歩み寄って来たのは緑髪の少年に視線を移す。


「……獅子神は?」


「あいつは気絶してたのでバスに運んでおきました。それより、あんな奴よりもまずは自分です。静香さんは大丈夫なんですか?」


「大丈夫? 大丈夫なわけないでしょ……。あの女のせいで悍ましい記憶が蘇ったわよ。そう、思い出した。……世の中、手を出しちゃいけない相手がいるってこと」


 少年の後ろ、距離の離れた場所にその相手がいる。

 決して手出しすべきではなかった怪物――神谷神奈。


 事前に調べた情報では強い一般人という印象しか抱かなかった。運よく政府から見逃されてのうのうと日常を送る普通の少女。……なんてことはもう思わない。もはや天寺の目には彼女が過去に見た怪物と同種にしか見えない。


 そんな怪物へ好き好んで近付く者達は、きっと何かおかしい。

 神奈の傍へ歩いて行く隼速人や熱井心悟から視線を逸らせなかった。決して羨ましいわけではなく、あくまで興味本位。あまりに普通に接しているため怪物の像が薄れていく。


「フン、奴の癖くらい俺だって見抜いていた。いい気になるなよ? お前が気付いたことなら俺だって気付けるんだからな」


「神谷さん、ごめん。彼女は僕が倒そうとしたのに、結局何も出来なかった」


「いいよ、大事なのは何が出来たかじゃなくて何かをやろうとしたかだろ? 熱井君は自分のやろうとしていたことをやったんだ。私は偉いと思うよ」


 もう熱井心悟に絶望の色はない。神奈の影響かは不明だが希望に満ちている。

 完全敗北だ。天寺自身も負け、増幅させたはずの絶望は消え去った。


「結果発表! 優勝は宝生小学校、宝生小学校です! 皆さん拍手をお願いします! 閉会式を行うので生徒達は整列してくださあい!」


 宝生と雲固、二つの学校の生徒達が綺麗に整列して閉会式が始まった。

 トロフィーが宝生の生徒に渡されたり、教師や司会実況の感想など天寺にとってはどうでもいい。今はもう何一つ興味を持てることがない。


 閉会式が終わった後、黒いバスに乗る列へ並ぶ。

 意気消沈とした生徒達の顔は天寺の好物だったはずだが今はそそられない。重症だと自覚しつつ、とりあえず帰ろうと思ったその時に声が掛かる。


「おい、ちょっと待てよ天寺」


 聞き間違えるはずがない、今ある不調の元凶の声。


「何よ。笑いにでも来たわけ? 趣味悪いわよ」


「お前の方がよっぽど趣味悪いと思うけどな」


 列から外れた天寺は目前の神奈と視線を交錯させる。

 当然だが互いに冷めた表情。戦いが終われば友達なんて古い少年漫画のような展開にならないのだけは確かだ。


「もうあんなことはしないよな? 次は正々堂々やるってんなら相手になるぞ」


「安心しなさい、あなたの強さを見れば自分がやったことがどれだけ愚かだったか分かったわ。もちろんしない、あなた達にはもう……何もしない」


 天寺はそう尻すぼみになっていく言葉を終わらせる。

 身を翻してバスへ乗り込もうと歩き出すが、再び神奈の声に立ち止まらざるを得なくなる。天寺としてはもう一刻も早くこの場を去りたいのだが。


「一つ約束しろ。今回、お前のしたことは許せない。……で、被害者に声掛けて、罰を与えるなら何がいいか訊いてきた。完全に水に流すわけじゃないけど、自分のやった罪だからちゃんと罰を受けろ」


「……受けなきゃあなたが制裁にでも来るんでしょ」


「分かってんじゃん。今のとこ、お前を止めるなら私がやった方が手っ取り早いかんな。あー、その、それで罰なんだが……」


「何、早く言いなさい。言い淀むなんてよっぽどの内容なわけ?」


 自覚はしていないが天寺は彼女から見て悪党。相当きつい罰でも容赦なく言い渡していたはずだ。慈悲、というより心配の表情なので、彼女が敵を思いやってしまうほど酷い内容なのかもしれない。

 言い淀んでいた彼女は言う決意をしたのか再び口を開く。


「――お前、今日から一週間トイレ行くの禁止」


 告げられて、天寺の緊張が一気に減少した。


「ふ、ふふ、何だそんなこと。なら暫く安心ね」


「さっきトイレにでも行ったのか?」


「……いいえ。あなたと話していたら……恐怖で、漏れちゃったから」


 実はかなり早い段階で天寺は下着が湿っていくのを感じていた。

 神奈は顔を見ていたから気付かなかったのだろう。普通に体育着のズボンにはシミがあるし、股下からズボンに染み込んだ液体が垂れている。真下には意外と透明な水たまりが作られていた。


 早く場を離れたかったのはこのためである。

 こうして漏れたのだ、暫く出ないのは間違いない。


 罰に関して、もっと容赦ない内容かと思っていたが拍子抜けもいいところだ。もし天寺が与える側なら地獄のような報いを受けさせるというのに。甘い罰を考えたのはどうせ平和ボケした被害者に違いない。まあ、拷問で肉体的精神的苦痛には慣れているため大抵が拍子抜けの結果になっていただろう。


「最後の最後まで汚い奴だな、お前」


 ……ただ、神奈の最後の一言には若干傷付いた。

 何とも気まずい雰囲気の中、天寺は瞬間移動で家に帰った。


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