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【終章完結】神谷神奈と不思議な世界  作者: 彼方
一章 神谷神奈と願い玉
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12 敵意――怖がっているもの――

2025/01/15 脱字修正









 以前の数値は身体能力は600、魔力は0、総合は600という、普通とは言い難い数値であったが、現在速人はさらに超人の域に足を踏み入れている。

 腕輪が抱いた違和感というものを神奈は理解した。


「色々おかしいけど……一番は魔力か。0だったのにいきなり2000越えってのはおかしい、だろ?」


「というよりは魔力が使えること自体がおかしいのです。通常魔力は生まれつき持っていますが、才能がない者が使うには仙人になってしまうくらい修練を積まなければいけないのです。〈ルカハ〉で測れるのは使用できる魔力量なので、0だった者がいきなり増えるのはおかしいですね。おそらくは何か特殊な方法で使用できるようになったのでしょう」


 〈ルカハ〉で測れるのは使用できる魔力量。つまり魔力は誰にでもあって、使うには少しでも才能がないといけない。使える者は自分の意思ですぐに使えるようになり、逆に使えない者は一生使えないくらいが常識だと腕輪は付け加える。

 才能を隠していたというわけではないだろう。速人の性格ならば真剣勝負でわざわざ力を隠すなんてことはしない。


「特殊な方法ってのは見当ついてるのか?」


「おそらく願い玉の影響です。隼さんからは願い玉の反応がありますので」


「へえ、まさか向こうから来てくれるとはありがたいな。探す手間が省けた――おっと」


 神奈達が話している最中に速人が痺れを切らし、猛スピードで後ろに回り込んで速度を殺さず蹴りを放つ。咄嗟に神奈は振り返り、腕でガードすることはできたのでダメージはない。直撃してもダメージはないが、その蹴りの威力は今までとは比べものにならない。


「どうやら魔力を纏い身体能力を強化しているようですね」


 魔力を使用できるようになったとはいえ、熟練者のような技術は不可能だ。速人はただ無意識に身体強化しているにすぎない。なんの修練もなしにそういった技術を使えるのは常人から逸脱する才能あってこそだ。


「おい、お前青いビー玉みたいなのは見たことあるか?」


「貴様も知っていたのか。あれは素晴らしい道具だ。貴様を倒すために俺は速さを求めた。その結果、妙な力に目覚めて強くなった。今の俺はつい少し前までと一味も二味も違うぞ!」


「……お前はそういう道具に頼らないやつだと思ったけどな」


 道具に頼るのは悪いことではない。力ある道具で弱点をカバーしたり、より攻撃力を増すこともできる。速人が持つ刀や手裏剣も武器という道具であり、実力を高めるのに一役買っている。しかし神奈は、速人が努力せず、願い玉にドーピングさせるような人間だと思っていなかった。


 実力は努力と才能あってこそ身につくもの。速人は今まで努力し続けて実力をつけ、神奈は何もせず強大な力だけを得た。前世で魔法を使うために特訓はしていたが争うための力ではない。目的が決定的に違う。


 強くなるために努力したわけでもないのに望まずして強くなってしまった。だからこそ神奈は速人の努力に敬意は払っている。わざと負けるようなことは決してないが、勝負に向ける真剣さに敬意だけは払っている。


 勝ちに目が眩みドーピングに手を出すなど、神奈が脳内でそうだろうと構築していた隼速人の性格とはかけ離れている。少なくとも、実力を高めるなら血の滲むような努力するだろうと神奈は思っていたのだ。


 速人は距離を置き、所持している複数の手裏剣を同時に投げるが、神奈はそれを全て躱し距離を詰める。

 ここで困ることがある。中途半端に強い敵と戦うとき、強大な力では手加減がしづらいということだ。吸血鬼のときは相手が犯罪者であり化け物だったので躊躇なく殴れたが、速人は人間の知り合いだ。力加減を間違えて殺してしまいましたではすまない。

 とりあえず神奈は軽くジャブを打つ感じで拳を放つ。


「見えているぞ!」


 普通に避けられた。手加減しすぎたことで速度が足りなかった。


「神奈さん! 後ろです!」

「なに危なっ!」


 先程投げられた手裏剣全てが大きく円を描き神奈に返ってきていた。手裏剣は全て魔力を帯びた神奈の指で弾かれる。速人本人に集中しすぎて警戒が疎かになっていた神奈は自分に渇を入れる。


 手裏剣がブーメランのように戻るのは、以前神奈も見ている技だ。腕輪の指摘で気付かなければ後頭部に刺さり……はしないが直撃していただろう。


「しかしどうしたもんか……なあ落ち着けよ! お前は一気に手に入れた強い力に酔ってるだけなんだって!」


「力に酔うだと? くく、そうかもなあ……この素晴らしい力を試したくて仕方がないんだ。貴様の次は別に誰でもいいが、数十人は試し斬りでもしようか!」


(ダメだこいつ、はやくなんとかしないと)


 力を試したいという気持ちは神奈も多少共感できる。全力を出したいのに出せない……自分を抑制するというのはストレスになるものだ。人間関係などが主で、ストレスというのは人生と切り離せない。抑制しなくていいのなら誰だって何一つ抑えない。


 今の速人は強大な力を得て、なんでもできるという万能感に溺れている。自分の全てを解き放っている。


 腰にある日本刀を抜刀すると、速人は血走った目で斬りかかる。

 たとえ神奈と身長が変わらない子供でも、殺人鬼のような目をして襲ってきたら普通に怖い。いつもは殺気こそあれどここまで怖い目をしていない。


「このっ、避けるな!」

「避けるに決まってるだろ! 頭おかしいのか!」


 何度も刀を振るってくるが、神奈には掠ることすらない。避けるという行為には力を隠す必要などなく全力で動ける。


(そういえば当然のように日本刀を持っているのもおかしいよな。銃刀法違反はどうしたんだ。法律さん仕事してる?)


 このままではジリ貧。ただ躱し続けるだけでは事態は好転しない。やはり攻撃に転じる必要があると神奈は思い、迫る刀に拳を叩きつける。ただし力を抑えなければ拳の風圧だけで速人が飛んで間接的に死亡するかもしれないため、手加減は必須だ。


 刀はガラス細工を割ったかのように粉々に砕け散った。それに驚きはしたものの速人は柄だけになった刀を捨てて、神奈に拳で殴りかかる。

 もちろん拳も当たらない。刀よりリーチの短い拳では、先程までよりも不利になるだけだ。


「どうしたあ、素晴らしい力なんだろ? 今なら勝てると思ってたんだろ? それってこんなもんなのかよ。お前の努力じゃこのレベルにも追いつけないって諦めたのか?」


「うるさい! いつかはこの境地にも追いつけるさ! でもその間に、この俺が! この俺が負け続ける未来だけは! なんとしても許容できんのだあああ!」


「いい加減にしろよ負けず嫌いが! 私はこれでも死なせないように手加減して……あ、やば」


 マズい、今の言葉はマズい。途中で神奈が気付いて、口を手で押さえるがもう遅い。

 対等な本気の戦いだと思っている速人に、手加減しているなんてことを口にすればどうなるか。答えは簡単――火に油を注ぐようなものだ。


「貴様は、まだ手加減しているというのか……? クソ、ふざけやがって、本気を出せ!」


 怒りを露わにし、神奈に近づき殴りかかる。


「……ふざけるな? そう言いたいのはこっちだよ! 本気を出せ? 出したらお前死ぬからな? 手加減しているのはなあ、私なりの優しさなんだよ!」


 気持ち強めに力を乗せた拳を神奈が放つと、避けきれなかった速人の胸部に直撃。勢いよく後ろに吹き飛んだが気絶する程ではない。吹き飛んでいる最中に神奈へ手裏剣を投げたうえ、すぐに態勢を立て直して距離を詰める。


 当たったのはいいが神奈は手加減しすぎたのだ。いつもの速人なら今の一撃で気絶するのに、パワーアップ後では大したダメージも入らない。


 回し蹴り、右ストレート、裏拳、目つぶし、立て続けに繰り出される攻撃に対して、神奈が取れる行動はほとんど防御か回避のみ。たまに反撃もするが速人はすぐに態勢を立て直し、再び攻撃を繰り出し始める。


「神奈さん、さっきから隼さんの行動の後に、音がかなり遅れて聞こえるんですが」


「もうあいつの速さは音すら超えてるってことだろ」


「もはや隼さんの動きはこの世界でも上位のものですよ」


「そうかよ、早く倒したいんだが……」


 そう話していた時だった。なんの前触れもなく、唐突に速人の姿が三人に増える。それは全て実物と大差なく残像とは言えない代物だった。


「分身の術。超高速、低速を繰り返し、緩急をつけた動きで残像を残して増えたように見せかける!」


「それ分身じゃないじゃん! 名付けるなら残像の術じゃね!?」


 三人に増えた……ように見せかける速人は一斉に手裏剣を投げる。それを神奈は人差し指一本で全て弾く。魔力を纏っていれば常人離れした芸当も可能になるものだ。


 三人の速人が一気に距離を詰め、三方向から攻撃を加えてくる。殴打や蹴りを捌くのに三方向からだと苦労するが、神奈は全く動じずに両手で全て防いだ。しかし防御に関しては完璧であってもこのままでは何も解決しない。速人三人の攻撃の隙を見て、手加減した状態で拳を突き出す。


「そこだ! な、なに?」


 本物だと思い攻撃したが、直撃の瞬間に速人の姿は小石に変化する。


「ククッ、身代わりの術。外れだ」


 そして神奈に背後から聞き慣れた声が届く。


「おいこれは身代わりにはならないだろ! ただの小石じゃん!」


 身代わりの術に驚きつつも、神奈はすぐ後ろに回し蹴りを放った。

 空気を切り裂き、視認することもできない速度の蹴りが、本物の速人の側頭部にクリーンヒット。そしてすぐ傍のブロック塀に衝突し、勢いで塀は崩れてしまう。気絶させるには充分な威力であったが、速人は痛みで震える足でもなんとか立っていた。


「ぐうあっ! な、なぜ本物が……」


「なんでか……まあほぼ勘、なんだけど。お前は始めに攻撃を仕掛けたとき、わざわざ後ろに回っただろ。それは攻撃が当たってから、三人に増えてからも同じだろ。なんとなくだけど理由としては……何回も私に負けたことによって、真正面から挑むのが怖いってところか。それで後ろに攻撃したってわけだ」


 実際は九割程度は勘で攻撃しているが、可哀想になるので神奈は言わなかった。


「そ、そんな、バカな……」


 限界を迎え、速人の体は地面に倒れる。

 倒れた速人の体が青白く光り、青く透き通ったビー玉のようなもの――願い玉が出現した。

 光から出てきたそれを神奈は手に取るとじっくり観察し始める。


「願い玉の魔力は完全に消えています。もうそれはただのきれいなビー玉ですよ」


「一回きりの使い捨てか」


「はい。ただし一部の願いを除き、願い事は永遠に消えません。隼さんに宿った魔力も消えはしないでしょう」


「うわぁ、これからが面倒になりそうだなあ」


 これで速人と神奈の決着はついても、解決はしていない。

 なぜ願い玉を持っていたのか。この一点のみ気にかかり、神奈は事情を聞くために速人が起きるまで待つことにした。しかし路上に放置しながら待つというのも酷いので、担いで自分の家に連れ帰った。


 本当は嫌だ。神奈の家に速人がいるという事実が、家主としてはすごく嫌に思うことだ。……だが仕方ない状況なので事実である。


 寝かせた場所は神奈の家のリビング。ソファーに寝かせられた速人は死んだように眠っている。

 事情を話さなくても、リンナは濡れタオルを用意するなどしてくれた。二人で様子を見守り、汗が出てくればタオルで拭き、いつ目を覚ましてもいいよう傍に居続けた。

 そして三十分ほど経ち、速人は目を覚ます。


「う……あ? ここは……」


「ようやくお目覚めか」


 ここがどこなのかをぼんやりと考えていると、速人の視界に二人の少女が映る。

 実力の謎を探るために家での行動も観察していたため、速人は一人目が神奈の同居人であることを知っている。そして起き上がった自分の正面にいる少女は、憎いほど強い宿敵であったため目を細める。


「神谷神奈、か」


 ――と、いつもなら睨んでいただろうが、速人の心は穏やかでいられた。

 一時の高揚や万能感などもうすでに吹き飛んでいる。


「今日のところは俺の完敗だ。そして暫くお前には挑まん。……お前に挑む前にまずは自身の心を鍛えなおすことにした。それが終わった時こそお前の最期だ」


 ドーピングしてしまったことは速人の中で、早速黒歴史認定された。自分らしくなかったと、自分を嘲笑うような笑みを浮かべる。


「……まあ、たまになら相手になってやるよ。それよりお前、願い玉のことをどこで知った? お前はオカルトみたいなものに興味ないだろ」


 唯一、それだけが神奈の気がかりだった。

 願い玉は探そうと思って見つかるようなものではない。世界中で数個しかない物体を、偶然見つけたなど天文学的な確率である。誰かが集めていない限り、一等の宝くじが当選するよりも低い確率だろう。


「……女だ、妙な女が俺にそのビー玉を渡した。それに願えば願いは叶うと言ってな」


 神奈の疑惑が確信に変わる。

 吸血鬼も速人も、今まで願い玉を使用した二人が揃って、誰かに渡されたと証言しているのだ。意図的に渡し、何かを調べているのだと想像するのは容易い。


「そうか、容姿は?」


「ピンク色の髪で、服は黒いローブだったか。……まさか奴を追うのか? やめておけ、少し戦ったが奴は強かった」


 その人物の特徴を速人が口にしていたとき、リンナが深刻な表情を浮かべる。神奈もそれを確認したが、今は問いかけるべきではないと判断した。


「関係ないさ、どれだけ強かろうがそいつには用があるんだ。それにもし戦うことになっても、私の強さはお前が一番分かってるだろ?」


「……認めたくはないがな」


 小さく呟くと速人は立ち上がり、玄関へと歩いて行く。


「一人で帰れるか?」


「ふざけるな! 帰れるに決まってるだろう!」


「そうか、じゃあな」


 起き上がってあまり時間も経たないというのに、速人は全力疾走で自宅へと帰っていく。

 速人と別れてすぐ、神奈は自宅周辺などで黒幕と思われる女性を捜し回ったが、結局その怪しい女性は見つからなかった。



* * * * * * * * * *



 黒。その建物は黒いドームのようだった。その中は広く、長い廊下には赤い絨毯が敷かれており、いくつも同じ扉がある。地下に向かう階段も存在し、最下層の部屋には一人の女性がいた。

 黒いローブを身に纏う女性が頭を悩ませる。


「あの坊やの強さは相当な物だった。それでもおそらく本気を出さずに、無傷で勝ってしまった。とんだ規格外ね、あの子は。……願い玉はあと一個。データは不十分だけどもう始めるしかないわね」


 その部屋にはカプセルホテルのようなものがいくつもあり、その中は薄い緑色の液体で満たされている。そして液体に浸っているのはピンク髪の小柄な少女だった。


「その前に、脱走者を捕まえないとね……」


 薄く不気味な笑みを浮かべ、部屋全体が魔力で満たされる。

 床に落ちていたゴミが浮遊し始め、台風でも来たかのように部屋を回転していく。やがて部屋の隅にゴミが叩きつけられる。


「やることは、ただのお掃除よ。簡単なことだわ」











腕輪「ここからですよ。インフレが始まるのは」


神奈「やめろやめてくださいお願いします」


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