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【終章完結】神谷神奈と不思議な世界  作者: 彼方
四章 神谷神奈と運動会
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51 正々堂々――本気で協力してくれ――


 二校合同運動会もついに、各得点数が高い種目が集中している午後の部に突入した。

 午後の最初の種目は棒倒し、その次が騎馬戦、最後がラビリンスシューターという謎の種目。全て変更された種目なので出場メンバーを考え直したものもある。棒倒しはその一つである。


 棒倒しのメンバーは各クラス五名とされ、五年一組からは熱井心悟を中心とした熱血男子達五名。あまりのやる気に押されて神奈は立候補出来なかった。パワー勝負なら確実に勝利をもぎ取れたのだが、ここは男子達を信じようと受け入れている。


「ね、ねえ大変だよみんな!」


 待機場所で座っていた神奈達に声を掛けたのは笑里だ。

 いつも笑っている彼女が珍しく焦った表情を浮かべている。


「どうした、腹でも痛くなったか?」


「そうなんだけどそうじゃないの! 今、棒倒しの出場者待機場所で騒ぎになってて、ほとんどの出場者が腹痛で参加出来ないって!」


 五年一組全員が「はあ!?」と叫ぶ。


「何でだよ! 昼に毒キノコでも食ったのか!?」


「分かんないけど、このままじゃ大変なの! 誰か代役出さないと!」


「とりあえず出場待機場所へ行きましょう。このままじゃ不戦敗になるわ」


 才華の提案に頷いた神奈達は出場待機場所、グラウンドに作られた入場箇所の手前に直行する。

 駆けつけたそこには約六十人の男女が地面に倒れていた。全員の顔が青いうえ、白目を剥いて気絶しているのでまずい状況だ。人によっては泡を吹いている者までいる。ただの腹痛でこうはならないだろう、十中八九相手の罠と考えた方がいい。


 誰かが呼んだだろう救急車が到着し、教師達が気を失っている生徒達を担架で運び出す。そんな様子を眺めていた神奈は唯一無事だった熱井に歩み寄る。


「これはどういうことなんだ、何があった?」


「僕は止めたんだ、でもみんなが食べると言って聞かなくて」


「食べる? 何か食べたのか?」


「ああ、これだよ」


 熱井がポケットから取り出したのはピンクの可愛らしい包装紙。神奈が受け取って包装紙を破いてみると、中から現れたのは焦げ茶色のクッキーであった。チョコチップが入っていて中々美味しそうだ。


「これを食べたのか、じゃあこのクッキーに何かが?」


「そうだろうね。予め分かっていれば絶対に止めたのに……」


 落ち込んでいる熱井は俯きながらクッキーの説明をしてくれた。

 十分前。宝生小学校の体育着を身に纏った水色髪の女子から届けられ、応援のメッセージカードまで付属していた。それに感動した男子達は嬉しそうにクッキーを食べて今に至る。


 棒倒し直前で食べると、いざ動こうという時に動けないかもしれないと思った熱井は食べなかった。周囲に注意したのだが、聞き入れてくれず熱井の分のクッキーまで奪ったという。


「怪しさ全開じゃないか! いやもはや怪しいどころじゃなくて敵の罠だと確信しても良いレベルだ。しかしどうすればいい? 棒倒しのメンバーは熱井君以外まともに動けなさそうだし」


「これではもうダメだ、負けを受け入れよう。メンバーがいないのでは勝てないよ」


 その言葉に何かが引っ掛かり神奈は熱井を注視する。

 どうも元気が足りない。昨日の種目変更を知らされた時もそうだ。彼なら逆境に負けることなく全て根性で乗り切ろうとか思いそうなものだが。こうも簡単に諦めようと告げる今の彼は彼らしくない。

 ただ今は棒倒し開始まで時間がないので考えるのは後回しにする。


「笑里、メンバーの補充は出来るか訊いたのか?」


「う、うん。出来るって先生が……代理のメンバーを集めるの?」


「ああ、種目開始まであと七分くらい。それまでに各学年各クラスから人員補充してみよう。みんなで手分けするぞ」


「うん、手当たり次第に声掛けてみるね!」


 笑里の発言に続いて「私も」や「俺も」と男女が走って行く。

 神奈も行こうとするが熱井に「待ってくれ」と呼び止められる。


「もう戦えるわけがない、ここは負けを潔く受け入れた方が……」


「私の知ってる熱井心悟って奴はそんな弱音吐かないんだけどな」


 悔しそうな表情を浮かべた熱井が項垂れる。


「それじゃ、私は行くから」


 棒倒しの出場者は各クラス五名。合計六十名。

 一年生から三年生、四年生から六年生までに分かれての二回勝負。

 熱井以外が倒れたのであと五十九人必要である。あまりに多いが急げば間に合うだろう……そう思った神奈達に予想外の事態が発生する。


 棒倒し開始直前、集まった宝生小学校の生徒は三十人。つまり半数。

 神奈達は他のクラス待機場所へ大慌てで向かったのだが、なんと出場者以外も腹痛を訴えて病院送りになった生徒が多数いた。五年一組の生徒も後から七人程が病院に運ばれた。


 各クラス五人出場すればいいだけなのに、五人も残らなかったクラスが存在する。それならばと、五年一組が全員出場していいか教師に確認してみたがルール違反扱いらしい。各クラス五人までが絶対条件だったのである。


「おっとこれはトラブルか? なんと宝生はメンバーのほとんどが腹痛を起こしたそうで交代したそうですが人数が足りていません! これで大丈夫なのでしょうか!?」


 実況の鈴木も、観覧している保護者達も心配しているだろう。

 グラウンドに入場して所定の位置に着いた神奈達三十人もほとんどが不安がっている。しかし神奈だけは心に全く不安が存在しない。


「寧ろ好都合かもしれないぞ」


「作戦あるのか? ただ普通にやるだけじゃ数で負けるぞ」


 参加してくれた霧雨が問いかけてきたので、人数が足りないと分かってから立てた作戦を話し始める。

 作戦はシンプル。神奈一人が突撃し、後は全員で棒を死守。


 大胆すぎる作戦に全員が「なっ!?」と驚愕したが動揺が消えるのは早い。

 霧雨や笑里など信頼を置いているメンバーは言わずもがな。その他の生徒達も、今までの無茶苦茶加減を噂程度に知っているから問題ない。次第に納得の表情になって頷いてくれた。


「みんな、これ以上あいつらを調子に乗らせたらダメだ。正面から堂々と勝つぞ!」


 神奈の掛けた声にチーム全員が元気よく同意して――棒倒しがスタートした。

 どちらの陣営が長く棒を倒さず支えていられるかを争うのが棒倒しだ。

 五十メートルほどの間隔を空けて宝生の生徒、雲固の生徒が長く太い色違いの棒を立てる。中身は八割方が空気なので大きさのわりに子供でも立てられる。


 相手の雲固側が一年生から三年生の下級生組なのに対し、宝生側は全学年ミックス。これこそが好都合と神奈が告げた理由。


 圧倒的なパワーを持つ神奈自身が二戦とも出られるのが最大のメリット。人数差を作ったがゆえに雲固側は敗北の原因を作ってしまったのだ。何もしなければ一戦目は下級生同士の勝負となって勝利していただろうに。


「おお!? これはまた大胆にも宝生小学校チームほぼ全員で棒を支えている! しかし飛び出していったのは一人のみ、まさか一人でうん……学園チームの棒を倒すつもりなのかあ!?」


 神奈一人が走り出し、雲固側の支えている青い棒に飛び蹴りをかます。

 意表を突かれたのもあるだろうが雲固側は全く動けていない。棒を支える力は込められていたものの、途轍もない蹴りの威力によって棒は生徒ごと吹き飛ぶ。


「なんと宝生小学校五年一組、神谷神奈ちゃん! まさかまさかの一人で棒を倒してしまったあ! 信じられないほどのパワーだああああ!」


 雲固学園下級生三十人が落ち込んだ様子で退場していき、上級生三十人が入場。集団の中には天寺や日戸の姿もある。さすがに先程のような単独特攻は通用しないだろう。


 所定の位置に戻った神奈は二戦目に備えて思考を巡らす。

 考えて考えて考えた結果、友達の女子二人へと声を掛ける。


「なあ笑里、泉さん、ちょっといいか?」


 二人はきょとんとして「何?」と振り向く。


「次、二戦目さ、私の代わりに棒を倒してくれない?」


「いいよ! やってみる!」

「……ちょっと待って、よ。どうして私ま、で」


 笑里は快く承諾してくれたが泉は渋る。

 理由はなんとなく想像がついている。理由に見当がついたからこそ話を持ち掛けたので、そこは申し訳なく思うが勝つためには協力が必須。友情にヒビが入らないことを祈りつつ、神奈は彼女の耳元へ口を近付けた。


 ――周囲に聞こえないように、慎重に小さな声で告げる。

 驚きで目を見開く泉は神奈の顔をまじまじと見つめている。


「今回だけでいい、本気で協力してくれ」


「……うん、いいよ。私も負けるの嫌だか、ら」


 二戦目の開始を知らせる空砲が鳴り響く。


「二戦目開始! 人数が足りていない宝生小学校はそのまま、うん……学園は四年生から六年生の上級生が出場! 今回も神奈ちゃんの活躍であっさり終わってしまうのかあ!」


 今回神奈は特攻しない。今回の役目はただ一つ。

 宝生陣営の真上に出現した天寺の対処。


 超高速移動出来る天寺のことだ、こうして彼女一人で棒を倒しに来ることは分かっていた。いや、一戦目を見物したなら真似すると思っていた。

 蹴りを放とうとしている彼女へと跳躍し、そのまま腹部へ頭突き。痛みで「うぐっ」と喘いだ彼女は攻撃を中断する。


「……あなた、攻撃に参加しなくていいの?」


「大丈夫だよ。お前達に対抗出来る生徒は私だけじゃない」


 そう、二戦目の作戦だと攻撃するのは二人の女子生徒。

 笑里と泉が素早く雲固陣営に接近している。完全にノーマークだった二人の突撃に天寺の目が丸くなる。


「秋野笑里に……泉沙羅、だったかしら。正気?」


「意外か? でも、案外私一人より厄介かもしれないぞ」


 笑里の身体能力は言わずもがな高い。彼女を攻撃の要とすれば大抵の生徒は止められない。

 どちらかといえば天寺は泉の方を意外に思ったのだろう。そう思ったということはまだ気付かれていないと確信出来る。泉が本気を出していない事実には誰も気付いていない。


 先程神奈が泉に耳打ちした内容は至ってシンプル。

 相手の立場を考慮して小声で『実力を隠しているのは分かっているから、本気を出せ』と告げただけ。別に責め立てたいわけではないので誰にも悟られないようにしたのだ。


 百メートル走の時から、いやもっと前から妙に感じていた。

 明らかに普段と違う運動能力を発揮する時がある。先程作戦を考えていた時にふと、彼女の実力の歪さに気付けた。自分も抑えているからこそ気付けたのかもしれない。


 どれくらい彼女が強いのかは分からない。

 ただ、棒倒し限定で真の実力を発揮してくれる約束を取り付けた。少なくとも勝利に貢献する働きを見せてくれるだろう。百メートル走の動きを見るに笑里よりも強いのは確定しているから。


 今、笑里を追い越した泉が雲固陣営へと切り込んでいく。


「今話題の人気アニメ映画【ツーピースフィルムレッド】は最後にメインヒロインが死にます! 話題沸騰中のミステリー小説【嘘の嘘】の真犯人は主人公の別人格! 恋愛漫画【淡い春嵐】で主人公と結ばれるのは幼馴染じゃなくて義理の姉!」


「ええ!? 予想してた本気の出し方と違う!」


 泉は確かに本気を出したようだ……ネタバレのだが。


「嘘でしょ……ヒロイン死ぬの? 映画、明日観ようと思っていたのに……」


「お前もショック受けるのかよ!?」


 予想外に効果覿面。天寺含め相手はショックを受けて一人、また一人と崩れ落ちていく。力を抜いて座り込む生徒達が多すぎて、青い棒は根暗そうな緑髪の少年のみで支えている。


「な、座るなお前達! 後で静香さんに何を言われるか分かっているのか!?」


 棒を支えている少年、日戸操真はそれなりの実力を秘めている。だが棒を支えるのは子供一人だとかなり大変だ。力の入れ方、バランスの取り方、少しでも誤れば棒が倒しやすくなる。


「行くよ、お父さん!」


 それに卑怯かもしれないが笑里は一人じゃない。

 背後に音もなく姿を現したのは秋野風助。彼女の実父の幽霊。

 霊体の風助を視認出来るのは霊力持ちか魔力量の高い者のみ。日戸の魔力量では見えていないはずだ。天寺の方はどうか分からないが今更何をしても遅い。


 笑里が棒よりも高く跳躍し、胸を張った風助の胸板を足場としてドロップキックを繰り出す。ただの飛び蹴りより遥かに強力な蹴撃が青い棒を襲う。

 ほんの僅かな間のみしか耐えられずに雲固陣営の棒は吹き飛んだ。


「決着! なんとドロップキックが決まった! これで棒倒しは宝生チームの勝利、点差が初めて縮まりました! さあ、現在の得点はこちら!」



 宝生 1832点     雲固 1880点



「接戦です! 午前まではもう宝生は負けかなと思っておりましたがここで点差が縮まりました! この勝負どちらが勝つか分かりません!」


 点差がなくなってきたことに喜ぶ宝生小学校の生徒達。

 保護者達も希望を見出して狂喜乱舞。宝生関係者のほとんどに笑顔が戻る。

 あとは騎馬戦と最終種目のみ。絶対勝ってみせると神奈は内心誓った。


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