49 妨害――このままじゃ終わらないぞ――
第二種目は借り物競争。
まずゴールまで走り、そこにある長机に置いてある紙をとる。紙に書いてあるお題の物を誰かから借りてゴール地点に戻る順位を競う競技だ。どれほど速く紙をとれるかもだが、お題の運要素も強い競技である。
五年一組から出場となる霧雨和樹は、同じクラスから出場となる斎藤凪斗、熱井心悟と共に開始位置へ並ぶ。
参加学年は一年生、三年生、五年生のみ。各クラス男女六人ずつ、合計七十二人もの子供達が集まる様は壮観だ。
「斎藤、お前、体は大丈夫なのか?」
「運動会に参加するくらいは大丈夫だよ。そっちはどうなのさ」
「走るくらいは出来る、問題ない」
以前、音原瞬と名乗る雲固学園の生徒に襲撃されて霧雨達は怪我を負っていた。斎藤は肋骨が二本折れるほどの怪我だ。本来なら運動会に参加出来ないだろうが、本人曰く治りかけらしいので心配ない。
「ただ気を付けろ、奴等が今日も何かしているのは確かだ」
根拠は百メートル走の出場者達。
誰もかれもが世界大会レベルなのに、見た目から観察する限り筋肉量が釣り合わない。質と言い換えてもいい。全員が魔力で身体強化でもしていなければ不可能な走行速度であった。雲固学園の生徒全員が魔力を扱える可能性は低い、何かの策謀と考えた方が納得がいく。
「それでは借り物競争、位置についてよーい……ドン!」
開始と同時に霧雨は短パンのポケットからあるものを取り出す。
小型のバズーカ砲のような筒。明らかにポケットの内容量をオーバーする大きさだ。誰もが走り出す中そんなものを取り出したからか隣の斎藤が愕然としている。
「いやいやどこから出したのそれ!? ていうか何それ!?」
「ああ、体育着の短パンを改造してな。別次元の空間に繋げてみた」
「凄すぎてついていけない!」
大きな筒を両腕に抱えながらくるりと後ろを向いて、発射。
発射されたのはただの空気である。空気砲と呼ばれる機械だったのだがその加速度は侮れない。一瞬にしてゴール地点にまで吹き飛んだ霧雨はお題の紙を手に取る。
「おっと一番早く紙の元へ辿り着いたのはなんと! なーんと宝生小学校の霧雨君だああ! なんだあの機械は反則だろおお!?」
司会である鈴木が全員の驚きを代弁するのと同時に、霧雨の表情は強張って体は固まってしまう。思わず「何だこれは……」と呟くくらい、お題の内容が無理難題だったのである。
「うん……学園五年二組の草上君! 遅れて畑野君! その他! そして宝生学園の生徒たちがそれに続いていく! 後ろの子達も頑張ってくれえ!」
身体能力では全く敵わない以上、霧雨のように何か別の方法を使うしかないのだがそんなものが他の生徒にあるわけない。
霧雨が立ち止まったまま時間だけが過ぎていく。
雲固学園の生徒達が長机に到着し、お題の紙を取っては探しに行く。
ようやく宝生小学校の生徒達が辿り着き、長机上にある紙をとる。ただし全員が霧雨同様お題を確認して困惑していた。
霧雨の隣でお題を眺めた斎藤が「これは……」と呟く。
「ねえ霧雨君、これ……」
「ああ、おそらく宝生の生徒全員だな」
二人はお互いの紙を見せ合う。
【三つくっついたパチンコ玉】
【タツノオトシゴ】
借り物競争という種目は、紙に書いてあるお題の物を誰かから借りるなどして持って来る速さを競うものである。しかしタツノオトシゴを運動会に連れて来ている人など存在しない。三つくっついたパチンコ玉などもっと有りえないだろう。固まって動かない他の生徒達も無理難題が書かれているとみて間違いない。
「どうする? タツノオトシゴなんて持ってこれないし、パチンコ玉が三つくっついていましたなんて聞いたことがないぞ」
「でも相手の人は迷いなく行動を起こしている。僕達だけが無理難題を不運で引いちゃっただけかな?」
「どうだか、そんな嫌な偶然があってほしくはないな。俺達だけならまだいいが宝生の参加者全員だぞ? ただの偶然というのは納得いかない」
ちらほらと動き始める者が現れる。このままジッとしていても時間の無駄、何とか探し出すために動くのは良い事だ。もしタツノオトシゴと同レベルの内容なら諦めていいと思うが。
「二人共、とりあえず動くんだ! 熱き魂を持つ僕達ならやれる!」
動かない霧雨達に熱井が言い放つ。
「お前のお題はどうだったんだ?」
「僕は隕石の欠片さ。校外に落ちてないか探してみるよ!」
二人より不可能なお題である。隕石が降ったニュースなど最近で見聞きしたことは一度もない。ここまでくるとお題を作った側の悪意が透けて見える。
「……これは、負けたか」
暑苦しい少年は雄叫びを上げて走り去った後に霧雨は天を仰ぐ。
彼を見習うわけではないが霧雨達も動くことにした。無理だと分かっていても、立ち止まったままでは万が一の勝利も掴めない。
しかし結局のところ、誰一人お題の品を持って来ることが出来なかった。
終了まで必死に探した生徒達も意気消沈。また点数に差がついてしまったので宝生の生徒達は歯噛みするしかなかった。
宝生 132点 雲固 480点
宝生小学校、雲固学園の二校合同運動会。
点差は開いていく一方で、宝生の勝ち目が少しずつなくなりつつある。第三種目開始準備のアナウンスが流れているのも気にせず、神谷神奈は苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
すでに倍以上の点差がある。それもこれも、雲固学園の天寺静香達が何かしらの手を打っていたからだろう。神奈の中で何か外道な作戦を立てそうなのは彼女達しか思い当たらない。頭の中でほくそ笑む彼女を想像するとぶん殴りたくなってしまう。
「次は大玉転がしか」
各クラスに用意されているブルーシート上で神奈は一人呟く。
隣に座っている藤原才華が「そうね」と頷いて反応した。
「まあ心配いらないはずよ。大きな玉を転がして競争するだけの種目だし、借り物競争みたいに露骨な細工は出来ないはずだもの。ましてや笑里さんがいるんだから信じましょう」
「あいつなら大丈夫だと思うけど、何か、嫌な予感するんだよなあ」
大玉転がし。巨大な球体を数人で転がしてゴールを目指す種目。今回は校庭半周ごとのリレー形式で、校庭を先に六周した方が勝利となる。
宝生小学校側の人選は問題ない。五年一組からは大木を根っこから引き抜けるようなパワーを持つ少女が出るからだ。
「とりあえずこの種目で一回勝つとして……でも、一回勝ったくらいじゃどうにもならない。点差、広がっちゃうよな」
「もしこれで勝てなければ不正を調べないといけないわ。こうも劣勢なのはおかしいもの。百メートル走、わりとショックを受けたのよ? これまでスパルタ染みた習い事をしてきたのに追いつけなかった。泉さんにも負けたし……」
先程の借り物競争では宝生の生徒全員が無茶苦茶なお題を出されていた。
タツノオトシゴだの、隕石の欠片だの、象の鼻だのと持って来るのが困難すぎるお題しかなかったという。それに比べて雲固学園の生徒は比較的簡単なものばかり。方法は不明だが細工されたのは間違いない。
心の中の不安がなくならないまま第三種目開始のアナウンスが流れる。
空砲が鳴ると同時に宝生小学校側が赤、雲固学園側が白の大玉を転がす。やはり身体能力の差が酷く宝生の生徒は離されていくのだが……身体能力差にしては宝生側が遅すぎる。大玉が重くて運び辛いようにも見えた。
低学年から順に繋いで五年生の出番になった時にはもう遅い。笑里がいくら凄かろうと、差を縮めようと、ゴール間近である雲固学園の勝利は揺るがない。
先にゴールされて気を抜いただろう笑里が「んん?」と不思議そうにする。勢いあまりすぎて大玉の回転に巻き込まれ、可愛らしく「ふにゃっ!?」と悲鳴を上げて下敷きになった。
宝生 132点 雲固 580点
「……やっぱりおかしいよな。あっちの奴等、全員身体能力が高すぎる」
「もしや新型のパワードスーツかもな」
神奈の真後ろに立っていた霧雨和樹が真剣な表情で呟く。
それは現実的ではない想像だったがありえるといえばありえる。だがそんなことをする資金は膨大な額になるだろう。ただ作るだけではなく体操着に偽装させるためにも金を使うので非現実的なのだ。資金力のある生徒はいるようだが手間がかかりすぎる。
「どう見ても体育着だぞ? わざわざ擬装してまでそんなもん使うか?」
「もしかしたらあの玉に細工をしたのかも。ほら、自分達のを軽くして、相手側のを重くするとか」
霧雨の隣にいる斎藤凪斗が現実味ある推測を述べた。
パワードスーツよりかは納得出来るからか才華も頷いている。
「だとしたらそれを突き止めて委員会に報告すればやり直し出来るかも」
「なるほど、玉はどうやら校舎裏に運ばれたみたいだし行ってみるか。……霧雨と斎藤君はここに残ってくれ、奴らが何もしてこないとは言い切れない」
「分かった、そちらは任せたぞ」
「不正の証拠はよろしくね二人共。まあ、不正したって決まったわけじゃないけど」
神奈と才華の二人は大玉が運ばれていった校舎裏に歩いて行く。
確かに不正があると決まったわけではない。相手の生徒全員が強いのは天寺あたりが魔法でも使っている可能性がある。反則、とは言えない。そもそも魔法が一般的なものでない以上言ったらバカを見る目で見られるのがオチだ。
才華が「あ、あれね」と校舎裏に置かれた大玉を指さす。
周囲に誰もいないことを確認してから紅白の大玉に近寄る。ジッと観察してみたり、自分で動かしてみたりしたのだが何一つ異常は見つからない。斎藤が推測していた重量も特に変わらない。
大玉の中身は巨大なゴム風船なのでほとんどが空気である、よって重さは大したことがない。元々児童が転がせるような重さでなければ、大玉転がしなんて種目は全国の運動会に存在しないだろう。
「どういうことだ? あいつらはこれに何かしたんじゃないのか?」
「その可能性が一番高いというか、ほぼそれで確定と思っていたのだけど」
「異常ない、普通の大玉だ」
どこを調べても不正の証拠は見つからない。
「――当たり前でしょう? それは何の変哲もない大玉なんだから」
もう諦めて帰ろうとした時に声が掛けられる。
振り向いた神奈達の前には黒い体育着を着ている少年少女二人。どちらも神奈が知っている、会いたくない相手であった。
水色の髪が腰まである少女は、表情や仕草一つ一つから冷たい印象を受ける。
緑髪に黒い目の少年は根暗そうだと失礼ながら思ってしまう。
「お前ら、天寺静香……と、誰だっけ」
「そっちの藤原才華には初めて会うから自己紹介してあげる。私は天寺静香。こっちは日戸操真」
「よろしく」
「何がよろしくだ。用件は何だよ」
天寺に続いて日戸も一言発して挨拶するが神奈達の表情は険しい。
人形を使って宝生の生徒を襲い病院送りにする。金をばら撒いて買収しようとする。運動会中もおそらく何かの不正をしている。そんな相手に友好的な表情や態度など取れるはずもない。
「殺気だっちゃってやあねえ。私達はわざわざ何をしたか教えてあげようと思っただけなのに。このまま帰っちゃおうかしら」
「はい?」
にやけた天寺は手をパタパタと振りながらそんなことを言う。
神奈達は混乱する。しかし何をしたか教えるということは何かをしたということで、その発言から混乱しながらも相手が細工したことを確信する。
「なんで教えてくれるんだよ」
「どうしてって……暇つぶしかしらあ? 貴方達をからかって遊んでるのよ。どうしてって困惑する顔! そんなって絶望する顔を見たくてね! 私は人が絶望に叩き落されるのが大好きでねえ。それにあなた達みたいな他人なんて……絶望する顔を見せてくれる玩具だしそれしか出来ないでしょ?」
天寺の体から黒いオーラが漏れ出ているのさえ神奈は幻視した。
笑みを浮かべながら告げる彼女の最低さに吐き気すら催す。今すぐ殴り飛ばしたい気持ちでいっぱいだったが今は運動会だ、種目で決着をつけるしかない。彼女は「まず一つ」と人差し指を立てる。
「私は確かに大玉に細工をしたわ」
「でも、そんな証拠は見つけられなかった」
「それはそうでしょ、証拠なんて残らないんだから。私は魔法を使ってこの大玉を重くしたのよ。秋野笑里だったかしら、彼女含めて五年一組の時だけはさらに重くしたわ」
すでに軽くなっている大玉を天寺はトンと指で押す。
押された大玉はゴロゴロと数メートル転がって止まる。
「あら驚かないわね、予測でもしていたのかしら。ふふ、二つ目。こちらの生徒全員にかるぅく身体強化を施したの。世間一般で言うところのドーピングってやつね」
身体強化を施したのが軽くでも一般生徒より遥かに強くなるだろう。
数少ない例外はいれど、通常ほとんどの生徒は数値にして身体能力は1、魔力は0だ。しかしそこに身体強化が加われば、軽く掛けたとしても余程下手でない限り二倍以上強くなる。
ただ、全校生徒に身体強化を掛けるなど相当な魔力量が必要になる。
生徒の数が約四百八十人であるので、単純に考えれば天寺の魔力値は480以上。そこにまだ余力があることを考慮すれば天寺の魔力値はさらに高い。魔法使いでエリートと分類されるレベルだ。
「どうりであいつら走るの速いわけだ。卑怯だぞお前ら」
「別に、身体能力の魔法を施してはいけませんなんてルールはないでしょう? あなたは知っていると思うけど、魔法は政府に存在を隠されている。この世界、この時代に生まれ落ちた私達は恵まれているわよ。この力を使って思う存分好きなことを好きなだけやれるんだから」
力に呑み込まれた人間の典型的な考え方だ。
確かに魔法は秘匿されている。魔法使いが殺人事件を起こしたら迷宮入りしてもおかしくないし、運動会で身体強化しても普通相手にはバレない。バレるとすれば同じ魔法使いのみ。
好きなように生きれるというのもあながち間違っていない。
他の魔法使いに邪魔をされないこと前提だが、やろうと思えば世界征服なんて馬鹿な妄想まで叶う。神奈はただ友人達と平凡に暮らしたいだけなので、魔法を悪用する考えすら今までなかった。そもそも悪用出来る魔法を知らない気がする。
「さて三つ目。借り物競争のお題を簡単なものと困難なもの、二種類用意する。そちらの生徒が取ろうとした際、もしくはこちらの生徒が取ろうとした際、こちら側に都合がいいお題と入れ替えたのよ。魔法、〈交換〉を使用してね」
「……〈交換〉? どんな魔法だそれ」
その魔法に関して知らない神奈は、自分の腕に嵌めている白黒の腕輪に訊ねる。
「今説明された通り物質を入れ替えることが出来る魔法ですね。ただし欠点がありまして、対象が視界に入っていなければならないうえ、入れ替える対象同士の質量がほぼ同程度でなければ使用出来ません。さらに遠距離からやるほど魔力消費は激しくなります」
便利なように聞こえたが冷静に考えるとあまり役に立たないのが分かる。
条件が厳しいのが嫌なところだ、よくこんな魔法を使う気になったなと神奈は天寺を呆れた目で見つめる。
「……え? 腕輪が喋って……ええ?」
天寺と日戸は腕輪が声を発したことに愕然とした様子だったが、すぐに正気に戻ったようだ。いかに魔法使いといえど腕輪が喋るのは不思議に思うらしい。
「……まあそういうことよ、もちろんこの先もちょっかいかけさせてもらうわ」
周囲の者の心を奥底から冷えさせるような嘲笑を天寺が浮かべる。
そんな彼女に対して、神奈は絶望などとは程遠い感情で言葉を返す。
「勝負はまだついていない。ここから逆転してみせるさ」
「してみなさい。逆転した後にすぐ逆転されるという絶望を味わうことになるわ」
「どうかな、その後にまた逆転し返すさ」
「そのやり取りってキリがないわよね? もう知りたいことは知れたし用はないでしょ……神奈さん、戻りましょう?」
才華の言う通りであると気付いた神奈は「それもそうだ」と背を向ける。
次の種目が始まるまで時間もあまりないのだ、早く戻らなければ進行に影響が出てしまう。一先ず待機場所へと帰るため歩き出す。
「あ、そういえば気付いてないの? あなた達の中に裏切り者がいるの」
――だがその言葉に足を止めてしまう。
「今何つった……裏切り者だと?」
「そうよ、いるのよ? あなた達の中に裏切ってしまった者がね。あら興味ない?」
「いたとしてもお前たちは正面から叩き潰す」
足を止めたのも一瞬。神奈達は振り向くことなく、すぐに歩き出して待機場所に戻っていく。
戻る途中、早めに歩く神奈を小走りで追っていた才華が口を開く。
「天寺さんって人の最後の発言、どう思う?」
「……いたとしてそんな奴に左右されるほど私達は弱くない。それにあれは私達を動揺させる嘘の可能性だってある……!」
神奈は振り向かずに立ち止まって早口気味に喋る。
「確かにいる確定で話を進めるのは良くないわよね」
「とにかく……もう次の種目の準備がされてるし早く戻ろう」
大玉転がしが終了して、次の種目が準備されている。
グラウンドには十メートル程の高い籠が二個立てられて、赤と白の柔らかそうな玉が地面にばら撒かれていた。
天寺「さあ、次回から天寺静香と絶望の使徒をお送りするわ!」
神奈「んなことさせるかあ! ていうかタイトル不気味すぎるだろ!」




