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【終章完結】神谷神奈と不思議な世界  作者: 彼方
四章 神谷神奈と運動会
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48 合同運動会――え、頑張ってどうにかなんの?――


 バン、バンと花火のような音が鳴り響く。

 ついに始まった運動会。

 この日までに相手から行われた最低な行為の数々。何とか当日が訪れてくれたものの負ければ名前も変えられてしまう。そんなペナルティまである以上絶対に負けられないというのが宝生小学校全生徒の考えだ。


 生徒達は体育の時間にしか着ない端に赤い線がある白い体育着、そして頭には各クラスごとに自分達でデザインを考えたクラス鉢巻きを巻いている。目には闘志が漲っており、メラメラと炎のようなものが見え隠れしていた。


 上半分が黒、下半分が白の鉢巻きを頭部に巻いた神奈達五年一組の生徒はある場所へ向かう。校庭に分けられた各学年、各クラスごとの待機場所だ。


 宝生の生徒達が気合を入れていると、雲固学園の物と思われる黒いバスが一台校門前にやって来る。そのバスはゆっくりとした速度で走ってきて滑らかに停止すると、プシュウウウという音と共に白い煙を出しながら出口のドアが開く。


 開いたバスのドアから生徒達がぞろぞろと降りる。青と白を基調とした体育着を着ている生徒は全員が異様なオーラを纏っている。


 やる気のある宝生生徒と違い、雲固学園の生徒達はほぼ全員が無表情、やる気の欠片も感じられない。そんな中、数人のみ明らかにそれとは違うオーラを出している生徒が登場。水色の髪を腰にまで伸ばしている少女が神奈を見て不敵に笑う。


「天寺……」


 笑みを浮かべたままの天寺が突然神奈の目前に移動した。

 相変わらず視認すら叶わない超高速移動だ。


「今日はよろしく、宝生のみなさん。楽しい運動会にしましょうね」


「何が楽しい運動会だ。お前、前日に種目変更するように指示したろ。当日までの休戦はどうした休戦は」


「ふふ、先に手を出したのはあなたじゃない。顔、痛かったわよ」


「……消えろ、またぶっ飛ばされんうちにな」


 肩を竦めた天寺が雲固学園の生徒達の方へと戻っていく。

 余計な事実をもっと言われる前に帰せてホッとする。鉢巻きと同じデザインの腕輪が「神奈さんのせいじゃないですか、種目変更」と告げていたが知らぬ存ぜぬを通す。生徒達の一致団結を崩してしまうかもしれないので、天寺を殴って仕返しされた事実は墓まで持っていくことにした。


「さあ! 本日は天気も良くて運動会日和です、子供達は存分にこれまでの成果を発揮してください! では選手入場、みなさん拍手でお出迎えください!」


 宝生小学校、雲固学園、二校の生徒達が待機場所から一斉に動き出す。

 怪我で欠員が出ているクラスもあるが、二校合わせて六百人以上の生徒が校庭中心へと行進していく。観客席となる奥側にいる大勢の保護者から送られる拍手の中、今日運動会に出る生徒全員が等間隔で整列する。


「これより開会式を始めます。まずは選手宣誓、宝生小学校五年一組の熱井心悟君! お願いします!」


 燃え盛る炎のような赤髪の少年が「はい!」と元気よく前に出た。

 しかし神奈達は、いやその場にいる全員が目を向けるのは全くの別人。司会のようなことをしている金髪オールバックの男性だ。サングラスを掛け、マイクを片手に持った男に不審な目を向けている。


(ずっと気になってたけど誰だよあいつ)

(まさか奴も雲固学園の刺客なのか?)

(……どっかで見たことあるなあ、たぶん武闘会で)


 司会である謎の男に呼ばれた熱井は台に上がり、設置されているマイクに向かい喋り出す。さすがに声を出しているからか全員の視線が彼に集まる。


「宣誓! 遂にこの日がやって来た、あの太陽が放つ熱よりも燃え上がっていこう! 決して諦めない、この勝負は僕達が勝つ! どれだけ体が傷つこうとも決して倒れない、理不尽な事態が起きても諦めない、ネバーギブアップ! 己の内に眠る炎を解放し、周囲を火傷させるくらいに熱を上げよう! さあ皆、僕に続いて己を鼓舞するんだ! 情熱が、熱い心があれば何でも――」


「はいありがとうございました!」


「まだ途中です! みんな、熱く煮えたぎる血を燃やし――」


「時間が押してるのでもう列に戻ってください!」


 暑苦しい。その一言で全てが片付く少年に宝生の生徒達は苦笑いを浮かべるが、雲固の生徒達は無表情から少しも変化しない。宝生側に不気味な奴等だと思わせるには十分すぎた。


「さあ! みなさん暑苦しい挨拶はここまでとして、早速今日の種目を発表させていただきます!」


 暑苦しいのは熱井だけだが、司会の男は挨拶を終了させて種目発表に移る。

 司会の男の頭上に大きな映像が出現した。そこに表示されているのは生徒には事前に配布された運動会の予定表。


「第一種目、百メートル走! 第二種目、借り物競争! 第三種目、大玉転がし! 第四種目、玉入れ! 第五種目、綱引き! 第六種目、棒倒し! 第七種目、騎馬戦! そして最終種目、ラビリンスシューター。これについては開始前にルール説明をさせていただきます! それでは挨拶は私、今日の司会と実況を務めさせていただきます鈴木がさせていただきました!」


「司会と実況だったの!? 生徒がやるんじゃないんだ!?」


「あ、ちなみに五万円で雇われています。ご自身の学校でもお願いしたいという方は後日、上に表示されている番号にお電話ください!」


 空中ディスプレイ映像が運動会予定表から電話番号へと変化。さらっと(おこな)った売り込みに神奈は「ちゃっかり宣伝しやがった!」と叫ぶ。


 予想外のこともあったが開会式は続く。

 校長二人の長話を聞き、ラジオ体操で体を解す。それで開会式は終了したので全員が決められた待機場所へ移動する。東が宝生、西が雲固。ブルーシートが敷かれている場所へクラスごとに分かれて座った。


「それでは第一種目である百メートル走の選手、準備してください!」


 出場生徒が次々と百メートル走専用コースの前へと移動する。

 実は前日に種目変更の知らせを受けたため、出場者を若干変更したものがある。他のクラスも変更はあっただろう。借り物競争が第二種目に移っていることと一緒に注意しなければいけない。


 五年一組から出場するのは隼速人、熱井心悟、夢野宇宙(そら)、真崎信二。神谷神奈、藤原才華、比曽真伊、(いずみ)沙羅(さら)の八人。

 コースは去年よりも多めで八か所。

 宝生と雲固で同学年の生徒同士が四名ずつ走る形になる。


 一年生から順に走るので神奈の出番はまだ先だ。出番まで他の生徒の走りでも眺めていようと思い、最年少達の必死な姿を目に映す。だが視界に映る光景が信じられず神奈は「なっ」と驚きの声を漏らす。


 この世界では前世の世界と比べて身体能力の高い人間が多い。成長上限がないというべきか。前世ではいくら鍛えても大型動物と戦って勝つことは厳しかったが、今世の人間は熊や象に勝てるのが子供でも極一部存在している。速人がいい例だ、鍛えすぎた結果出会った当初から音速に近いスピードで動けていた。つまり努力したゆえ圧倒的に速くなった人間が実在する。


「うそ、何あの子達、一年生であれだけ速く走れるの?」


 隣で軽く驚いている才華の言う通り、雲固学園の一年生が男女問わず速い。

 いくらこの世界の人間の身体能力が高いと言ったって、まさか全員が十秒近いタイムを出すのは予想外。小学一年生の平均タイムより遥かに速い。あまりに優秀すぎる走りに宝生の生徒達が騒めく。


「確かに速い。向こうって陸上競技専門校だったりすんのか?」

「そんなことなかったはずなのだけれど……」


 続く二年生、三年生と上級生になっていくのに比例してタイムが縮んでいく。

 残念ながら順位は全て一位から四位が雲固学園、そこから下が宝生小学校。

 一位が八点、下位になるにつれ一点ずつ下がるため点数差がどんどん開いていく。観客席にいる保護者達も残念そうな声を上げている。

 そしてまたもや雲固学園の生徒が上位を独占。


「ゴール! なんとうん……学園の長谷部君、先窯君、共に百メートルを六秒で走り切りました! これは速い!」


 六秒。この秒数は速い。陸上において世界で通用するようなタイムだからだ。もちろん世界一位の二秒という記録には到底及ばないが、小学生にしてはとんでもない記録である。


 運動会は個人戦ではなく団体戦。いくら神奈が上になったところで、このままでは敗北してしまう可能性が高い。思わず「やばいな」と呟くくらいに状況の悪さを心配していた。


「心配はいりませんよ先輩方」


 神奈は「誰だ」と声の方向に振り向くと八人の生徒がいた。


「俊足の松谷!」

「神速の佐藤!」

「超速の新海!」

「足が速い小田原!」

「美脚の美海!」

「通学で徒歩五時間、山内!」

「毎日スクワット五百回、田中!」

「将来は陸上世界大会を目指す予定、立花!」


 各々奇妙なポージングをしている男女八人が「八人合わせて足が速い四年生組!」と声を揃えて叫ぶ。

 こんな時、どう反応すればいいのだろうか。神奈は分からず「お、おう」と頬を引きつらせてしまった。それでも気にせず松谷が話を続ける。


「これまでは確かに奴等のペース。しかし僕達は違う、僕達四年生組が流れを変えてみせましょう。奴等にそろそろお遊びは終わりだってことを教えておきますよ」


「頼もしいな、頑張れよ。応援してるぜ」


 一応頼もしく思えるのは本当なのでサムズアップして見送った。

 四年生の出番だ。一組、二組が男女に分かれて順に走り出す。

 あれだけ啖呵を切っていただけあって中々の速度だ。学年の中で足が速いのは確かなのだろう。全員が顔を歪めるほどに必死に走って、走って、走り終える。結果――。


「うん……学園やはり圧倒的だあ! 宝生小学校手も足も出ずううう!」

「四年生全員負けてんじゃん!」


 普通に相手の方が早くて敗北していた。

 息を切らした四年生達が四位から八位が並ぶ旗の前に向かう。あんな自信を持っていたのなら、せめて一人くらいは上位に食い込んでほしかったものだが。


「さて、次は私達の番か」


「まずは男子ね。でもまあ、彼なら大丈夫でしょう」


 ついに五年生の番となって一組の男子達が並ぶ。

 宝生の生徒達の目線が一人の男子生徒に集中する。

 黒髪の少年、隼速人だ。手足のしなやかな筋肉は美しさすらある。彼は宝生小学校の切り札の一つと言っていいほどに身体能力が高い。それもずば抜けて。


 人間性は抜きにしてその速度だけは信じるに値するため、全員が絶対の信頼を寄せている。最悪な状況の中、彼なら確実に一位をもぎとってくれるだろう。身体能力については神奈も認めているので敗北の可能性は考えていない。


 速人が勝つとは確信しているが他のメンバーには何の期待も寄せていない。それを感じ取ったのか出場者の一人、夢野宇宙が突然大声で叫ぶ。


「みんなあ、僕はこれでも宇宙人を捜すために日々鍛えてるんだ! この勝負僕がいち――二位を取ってみせる!」


 一位と言いかけて横の速人に目を向けた後、二位になるとカッコ悪くも断言した夢野。ただ今までの相手の走りを見るに彼へ期待しても無意味な気しかしない。


「お前、まさか隼速人か?」


 次に声を上げたのは、速人の隣にいる雲固学園の男子生徒。

 知り合いなのかと思えば「誰だ貴様」と冷たく返されている。


「俺を知らないとは情報が遅れてるな。音原(おとはら)(しゅん)、裏じゃ音速の音原と呼ばれている。お前のことは知っているぜ、隼家って裏では最強の一角なんだって? 裏の子供は珍しくないけどお前は気になってるんだ。なあおい、どっちが上か勝負しようぜ」


「……話が長い。もう始まるぞ」


「おお、おお、余裕ってか? なら見せてやるよ音の速度を」


 会話を聞いていた神奈からすれば何言ってんだこいつ状態である。おそらく速人も鬱陶しいとしか思っていないだろう。他の生徒がクラウチングスタートの体勢を取る中、速さに自信がある二人はただ突っ立っている。


「位置について、よーい……ドン!」


 教師が拳銃を上に向けて思いっきり引き金を引くと、バンという銃声が鳴り響く。同時に八人一斉に走り出す。


「おっとここでここまで上位に食い込めない宝生小学校で一位の選手が一人! 隼速人、速すぎて計測不能!? これは他の選手とは別格です!」


 一位は当然、速人だ。音原は二位であった。


「……何だよ、その速さは。いい気になっていた俺が馬鹿みたいじゃねえか」


「悪いが、音の速さなど何年も前に超えた。俺の目指す先は更に上だ」


 速人は一位の旗が立つ場所に堂々と並び、音原は悔しそうに二位の集団の最後列へ向かう。そして夢野はといえば二人にかなり遅れてゴールした。


「ああ、やはり宝生よりもう、うん……学園の生徒の方が上手かあ!? 二位の宣言をしていた夢野君! 大きな差をつけられて最下位だあ、これは酷い!」


「はあっはあっ、いや、あ、あいつら……速すぎだって……」


 疲労した様子の夢野はふらふらと八位が並ぶ旗の下へ向かう。

 予想通りの展開になったため神奈の焦りはなくならない。初一位を取ったことを嬉しそうにしている者達は多いが、少し頭の回る者なら状況がどれほど悪いか理解出来ている。現に才華などの表情は苦いままだ。


「才華、お前上位に食い込める自信あるか?」


「……厳しいわね、おそらく私以外も」


「仕方ないよな、百メートル走の点数はくれてやれ。ここまで足が速いのは絡繰りがありそうだけど分かんないし。……ま、私は一位取るけど」


 五年生女子の番になったので神奈達は一列に開始位置で並ぶ。

 クラウチングスタートの体勢をとる者もいるが神奈と泉は棒立ち。開始の姿勢は自由なので別に問題ない。上位に食い込めるなら最初の姿勢など関係ないのだから。上位に入れないだろう泉が棒立ちなのは気になるが、体勢は自由なので注意はしない。


「位置について、よーい……ドン!」


 バンという銃声が鳴ると同時に八人一斉に走り出す。

 神奈はぐんぐんと前に進んでそのまま一位をキープ。全力を出す必要はないので適当なスピードを維持。誰も追いつかせずにゴールまで一直線……そう思っていると背後に微かな気配を感じる。


(誰だ? この速度に付いて来れるなんて隼くらいだと思ってたけど)


 天寺が出ていない以上警戒すべき相手は雲固学園に居ない筈。だが知らないだけで実は身体能力の高い生徒がまだ居たのかもしれない。可能性を探りつつ、引き離すためにペースを上げていく。


(まだ付いて来てる? おいおい、マジか雲固学園。天寺以外にも私に対応出来る奴がいるのかよ。こりゃ気は抜けねえな)


 周囲の被害を考えて全速力は出せない。幸い追い越される気配はないので速度を維持しているだけで良さそうだ。その考えの通り神奈は一位、後ろにいた者は二位の結果になった。


「はっ、やるじゃん。まさかこんな隠し玉があったとは驚いたよ」


 そう言いつつ振り向いた神奈の視界には息を整えている少女。

 肩まで伸びたストレートな黒髪。見覚えのある顔。端に赤い線が入っている体育着と赤い短パン、つまり自分と同じ宝生小学校の体育着。


「泉さんかよ!? 何で!?」


 てっきり雲固学園側の生徒かと思っていたのに、まさかの泉沙羅がそこにいた。


「このままじゃ大変だから頑張って二位取った、よ」


「え、頑張ってどうにかなるの? ねえ見て、才華とかまだ必死に走ってんだけどあれ頑張ってるうちに入んないの?」


 何にせよ、五年生女性の結果は上位に二人食い込むことが出来た。

 続く六学年は最上級生なので期待が寄せられていたが惨敗。


 速人と神奈は一位、泉は二位でゴール出来たが他の生徒達は例外なく五位から八位。百メートル走の点数は低いものの序盤にしてはかなり点差をつけられた。もうこのまま負けるんじゃないかと思ってしまうくらいに。

 司会実況の鈴木により点数表示のパネルが操作される。



 宝生 132点     雲固 300点



 百メートル走が終わって待機場所へ戻った神奈は、クラスメイトと共に次の種目開始を待った。次こそはもっと点数をもぎ取れるように願いながら。


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