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【終章完結】神谷神奈と不思議な世界  作者: 彼方
四章 神谷神奈と運動会
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47 金銭――イノチダイジ――


 神奈達は帰りの挨拶をして帰ろうとしていた。

 人形が襲ってくるという情報を熱井が学校中へ流したので、今日からは誰もが警戒して帰路につくことだろう。全員、遭遇すれば即逃走と決めていればもっといい。ゼータが返り討ちに出来たからといっても、彼女は魔力を扱えるし実戦経験もある。他の生徒が彼女同様返り討ちに出来るなど神奈には思えない。

 下校時刻なので神奈はいつもの二人、笑里と才華に声を掛ける。


「授業終わったし帰ろうぜ。今日から徒歩なんだろ?」


「ええ、そうね。申し訳ないけど家まで付き添ってくれるかしら」


 才華はつい最近まで送迎車だったのだが、父親の手駒であり最高戦力でもある暗部組織が帰ってこないことで、自分達では才華を守り切れないと判断して徒歩にしたらしい。神奈や笑里なら大丈夫と才華が口にしたため、今日からは三人で一緒に帰ることになっていた。


「ねえ、あれなんだろう?」


 笑里に言われて二人は教室の窓から外を見てみる。

 校門ではトラの毛皮のような派手な上着を羽織っている少女と、白く長い車が生徒達の行く手を塞いでいる。その少女は集まっている野次馬の生徒に何かを訴えかけているようにも見え、神奈は何か嫌な予感が身体中に走った。


 速人が言っていた。今回の敵は汚い手を平気で使うと。

 少女を睨みつけながら窓を開けて窓枠に飛び乗る。


「ちょっ、神奈さん!?」

「悪い! ちょっと見てくる!」

「そうじゃなくてここ三階――って、行っちゃった」


 手っ取り早く地面へ飛び降りた神奈は急いで校門の方に向かう。

 校門にいる少女が手を叩くと、車の扉からアタッシュケースを持った男が出て来た。サングラスを掛け、執事服を着たいかにも使用人っぽい男だ。


「さあ! 私達に協力するならこのお金はあなた達の物よ!」


 少女がそう叫ぶと執事服の男がケースを開き、ギッシリ詰まっていた中身をぶちまけた。


 中身とは――金だ。


 いくつもの札束が地面に放り出され、神奈を含めた生徒全員が呆気にとられる。

 一万円を百枚で束ねたズッシリとした札束は風では飛ばず、地面に落ちたまま動かない。それ一つでも大金なのに数えきれないほど落ちている。


「全部で数千万の大金よ! これが欲しいなら私達の学校に協力しなさい!」


 学校という単語に神奈は少女のことをよく観察する。

 寒くなり始めた季節だからか虎柄の上着を羽織っているが、中の服は見覚えのある黑い服だということに気付く。雲固学園の制服だ。それを着ているということは雲固学園の生徒で間違いない。


「おい、金が……」

「バカヤロー、負けたら俺たちが!」

「あんなにお金あったら一生遊んで暮らせるわよ! 学校なんて行く必要ない!」

「そうだ、あれは俺のもんだ!」

「ふざけんな! 俺が先に拾ったんだよ!」

「ねえ横取りしないでよ!」

「うるせえ、どけ!」


 その場にいた宝生小学校の生徒達のほとんどが、醜くも現金の取り合いを始めてしまう。喧嘩なんて生温い言い方は出来ない、もはや戦争。金取りの戦。その醜悪な争いを神奈は茫然と見つめていた。


 まだ幼い生徒達も後から加わることで年齢など関係なく、人間という種族が醜い欲望に塗れていると気付かされる。金を取るためならば、ついさっきまで仲良く帰ろうとしていた友人とだって殴り合う。ドロドロとした欲望に負けた者達はいつまでも醜く争い続ける。


 神奈だって金は欲しい。どれだけあっても困らない。

 しかし友人達と争ってまで欲しいと今は思えない。一時期は金の問題で夢咲に絶交を告げたこともあったが反省している。もうあの時のような友情を裏切るような真似はしたくないし、誰かのそんなところも見たくない。


「そう、所詮庶民なんて醜い本心を隠して生きているに過ぎない。これが庶民のあるべき姿なのよ」


 金をばら撒くように指示した少女は冷たい視線で(えさ)に寄る人間を見ている。そんな視線など気にせずに、宝生の生徒達はばら撒かれた金に夢中だ。あまりの光景に神奈は動く気にさえなれなかった。



「止めるんだ! 皆!」



 空気を揺らすような大きな叫び声が聞こえてくる。その声の方を見ると体育委員の熱血漢、熱井心悟が怒りの表情で立っている。

 争っていた生徒たちも静まり返り、すぐに静寂の時が訪れた。彼のリーダーシップがなせる技だろう。彼以外が闇雲に声を掛けても無視されるか突き放されるだけだ。


「金が何だ! みんなが欲しいのは分かっている。でもこれまで一緒に過ごしてきた仲間を罵り、殴り、恥ずかしくないのか!? これは奴らの作戦だ! 思い通りになって笑われて本当に良いのか!? いや、良くない筈だと僕は思う! みんなとの絆があればこんな大金など不要! 大事なのは友情だろう!?」


 ドラマのワンシーンのような熱い言葉が校門周辺に響く。

 しばらく静まっていたその場で、生徒の一人が口を開く。


「……ふざけんな。金さえありゃんなもん要らねえんだよ!」

「そうだ! 金が全てだ!」

「友情より金! 金金金!」


 熱井の言葉は心から消えて虚しくもスルーされてしまう。生徒達は立て続けに怒声を発して、何も変わらずにまた争いを始める。


「みんな……僕の言葉は、届かないのか?」


 膝から崩れ落ちた熱井は酷く落ち込んでいる。だが彼の雄姿を見て心を動かされた者が一人いた。彼の肩を軽く叩いた神奈は横を通り過ぎる。


「いや、少なくともここに一人届いた奴がいるよ」

「神谷さん?」

「後は任せろ。もう終わらせてやる」


 ずっと動けないでいた神奈が熱井の言葉で目を覚ましたのだ。

 彼の説得を無駄にしないためにも神奈は厳しい目で生徒達を見据える。


「お前ら……静かに、しろ!」


 ズゴンという衝撃が響き渡り、争っていた生徒達を硬直させる。

 神奈がやったことは単純に足踏みしただけ。しかし神奈の身体能力は一般人からすれば異常すぎる。力を込めれば災害にだって成りえるので、軽く足踏みしただけでも地面に大きく蜘蛛の巣状の亀裂が生まれてしまった。さすがにそこまでやるつもりはなかったので神奈自身も内心驚いた。


 誰しもが再び静まり返り、顔面蒼白になってガタガタと震えながら恐怖している。話を聞いてくれる最低限の状態には出来たと思い、神奈は自分が最も得意とする分野を利用して説得を始める。


「お前達は金が一番か? 命はどうだ、命より大事なものがあるか? 選べ! 今この場で死ぬか、早く帰って今日の事なんて忘れるか!」


 それは脅しだ。暴力での恐怖による解決策だが、それだけが神奈に残された現状を変えられる唯一の手であった。


「……帰ります」

「帰ろう……」

「金より命だよな」

「そうね、イノチダイジ」


 生徒達は青い顔をしながらフラフラとその場を離れる。蜘蛛の子を散らすように逃げていったので夢中になっていた札束は放置されたままだ。それを見届けた神奈は敵である少女を睨む。


「お前らもだ、帰れ。襲撃の次は買収、こんな汚い真似しなきゃ勝つ自信がないのか? やるなら正々堂々と来いよ、真正面から叩き潰してやる」


「ヒッ!? アッハイ帰ります。覚えてなさい……! 佐藤!」

「は、はい。車を出します……」


 少女と執事服の男も顔を青くして車に乗り込むと、すぐにエンジンをかけて発進した。あっという間に神奈からは見えなくなってしまう。


「す、凄いな……流石だ、神谷さん」


「そうか? 熱井君の方が凄いと思うけどなあ、私は正直あの争いで動揺してて声を出せなかった。熱井君が声を出さなかったら今頃、取り返しのつかないことになってたかもしれない」


「そ、そうかな? そう言ってくれると嬉しいよ……」


 熱井は少し照れ臭そうに頬を赤く染めて神奈から視線を逸らす。


「神奈さーん! 凄い音が聞こえたんだけれど!」

「神奈ちゃーん! 大丈夫!? 何この地面!?」


「何でもない、早く帰ろうよ」


 騒ぎに駆けつけた神奈を追ってきた二人は今追いついたらしい。

 ようやく追いついたと思えば校庭や校門に亀裂が走っているのだ、驚愕する気持ちは理解出来る。しかし神奈は何も話さずに二人と共に帰り道を歩き出す。


「本当に凄いよ。僕よりも、よっぽど……」


 後ろから風に乗って聞こえた呟きは聞かなかったことにした。








金城「そう、この世は所詮金よ。美味しい食べ物も、豪華な家も、人の命だって金次第なのよ!」


??「な、なにをっ! 取り消せ! クルタ族のことを言っているなら許さんぞ!」


金城「……えっと、人違いです。何この金髪の人?」


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