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【終章完結】神谷神奈と不思議な世界  作者: 彼方
一章 神谷神奈と願い玉
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11 誘惑――速くなりたい――


 もう学校の下校時刻を過ぎ、空がオレンジに染まり始めてきた頃。異様にひと気がない道路を男子生徒――(はやぶさ)速人(はやと)が歩いている。


 速人が生まれた隼家は裏の世界の住人である。その筋では有名で、暗殺、護衛などのスペシャリスト。隼という名前にはブランドのような影響力もあり、名前に恥じないよう速人も幼い頃から修行してきた。その甲斐あっての超人的な身体能力で、才能がある速人は圧倒的な成長度を見せている。当主である父親も速人には一目置いている。


 一人歩く彼は同じクラスの女子生徒を気にかけていた。もっとも恋などという甘酸っぱいものではなく、心が焼き焦げるほどの嫉妬である。誰よりも足が速い、戦闘力が高いという彼の自信が砕かれたのが原因だ。


 自信を砕いた少女のことを速人はつい最近まで意識すらしていなかった。

 ただただ普通の外見。色々な格闘技を齧っているのが佇まいから見て取れても、速人が気にする程の熟練度ではない。なんてことのない少女……であるはずだった。まさか厳しい修行を積んでいる自分よりも強いなど、百メートル走を行ったあの日まで知らなかった。

 学校内で神奈は色々やらかしているのだが、他人に興味がないことで、周囲の人間をよく見ていなかったことで気付けなかったのだ。


 しかし神奈が強いことは理解したが、納得できるかは別問題だ。幼少の頃から今に至るまでずっと厳しい修行をしていたのに、一般人と大して変わらないような少女に負けるなど到底受け入れられるわけがない。ましてや神奈のことを観察し、何も修行していないのを知ってからは腸が煮えくり返る思いであった。

 そう、何もしていない。神奈は速人がしているような筋トレや、刀の素振り、ランニングなど一つもしていない。強さの秘密を探るために一日中観察しても何も得られるものがなかったのだ。


 百メートル走の翌日から、速人は神奈に対して挑戦し続けている。しかし朝に勝負を挑んでは気絶し、目覚めれば夕方というサイクルが出来上がっていた。体力測定など戦闘ではないもので勝負するとき、朝は挑まないので問題ないがどういう勝負方法だろうと一度も勝利を掴めない。

 体力測定のとき、最後に行った立ち幅跳びで速人は勝負した。そして悟りつつあった。

 ――自分では勝てない圧倒的実力差を。


 現実から目を背けるように、どうすれば勝てるのかを考えながら足を進める。


(今度は手裏剣にもなにか細工をするか。いっそのこと、手裏剣に小型の炸裂弾でも埋め込んでみるか。刀ももっといい業物を用意して、炸裂弾も用意して、あとはなんだ……。俺は何をすればあいつに勝てるんだ……)


 頭を働かせ続ける速人だったが突然足を止める。

 黒いローブを着た、ピンク髪の大人の女性がいつの間にか立っていた。細い道だからか、進路を塞がれているようにも思えたので問いかける。


「……何者だ。この俺に何か用か」


「ええ、あなたにいい物をあげようと思ってね」


 不気味な笑みを浮かべた女性は、懐から青いビー玉のような球体を取り出す。


「これは願い玉。あなたの願いがなんでも叶う、とても素晴らしい道具よ。これがあればあなたは勝てる。惨めな想いをしなくて済む」


「……バカが。貴様のような怪しいやつ信じられるか。それに願いが叶うだと? 妄想も大概にするんだな」


「バカとは失礼ね。……あなたのことを見ていたわ。ずいぶんあの子にご執心のようね。何度挑んでもあの子には勝てないのに――ッ!」


 あの子には勝てない。あの子というのが誰のことかは確認せず、その言葉を聞いた瞬間に速人は殺気を放つ。さらに殺気と同時に手裏剣を一つ、目の前の女性の顔面に向けて投げていた。

 いきなり投げられた手裏剣に、女性は首だけ動かす最低限の動きで冷静に避ける。


「チッ、躱したか」


 速人にとって女性が誰かはどうでもいい。問題なのは機嫌が悪いときに、神奈だろう話題を出して、自分では勝てないなどと告げたことだ。薄々気付き始めている現実を突きつけてきたことだ。

 必ず勝つ。そのためには手段を選んではいられない。どんな手を使ってでも、そんなことを思うくらいに速人は勝利に執着し始めている。


「いきなり物騒ね、私はあなたに渡したいものがあるだけで――」


「貴様のような得体の知れないやつが渡す物などいるか。今すぐに死ね」


「そう、ではまず大人しくさせましょうか」


 手裏剣を先程のように速人が投擲する。女性は当たり前のように躱すが、不意打ちも躱された相手に、同じような単調な攻撃を繰り出すほど速人は間抜けではない。


「それしか出来ないわけじゃないでしょう? こんな単調なこうげっ!?」


 今度の手裏剣はただ真っすぐに投げたわけでもなく、ブーメランのような特殊な形状で、速人の元に帰ってくる手裏剣だ。しかし女性は戻ってくる手裏剣に気付き、間一髪で横に跳んで躱す。

 戻ってきた手裏剣をキャッチして、速人は敵を見据える。


「また外したか」


 ブーメラン手裏剣は現状で一、二を争う攻撃手段。仕留められないとなると苦戦しそうだと、内心舌打ちする。なぜなら初見で見破ったのは神奈しかいないからだ。そのときは付けていた腕輪から声が聞こえたような気がするが。


 仕方なく腰にある刀を抜き、速人は素早く近づき女性を切り刻もうとする。

 素振りで鍛えている速人の剣速は音速を超える。本人の足の速度が音速一歩手前なのだから、必然の結果というべきだろう。……だというのに当たらない。女性には掠る気配すらない。

 刀といっても小太刀のような短さ。日本刀を使えるほど速人は身長が高くない。リーチの短さは弱点だし、子供と大人という差もある。しかしそれを抜きにしたとしても――ピンク髪の女性は速人より強い。


「私もあまり時間を無駄にしたくないのよ。だから――」


「……ッ!」


「もう遊びは終わりにしましょう」


 何か来る。そう思い速人が反応しようとしたそのとき、すでに背後に女性が立ち、片手で首に触れられていた。

 いつでも殺せる。そう言われたような気さえして速人は背筋が凍った。


「バ、バカな……どうやったらそこまでの速さを……。この俺が、追いきれなかった……?」


「これで私の話くらいは聞いてくれるかしら? あなたが今よりもっと強くなるための話を」


 手を離されてからもしばらく嫌な感触は残っていた。

 最初から敵意もない相手とはいえ、生きた心地がしないため一旦少し距離をとる。


「……分かった、話してみろ。だが、もしつまらん内容ならば殺す」


「構わないわ。あなたは必ず興味を持ち、使うことになる」


 そう言いながら、女性は先程から持っていた願い玉を差し出す。


「そんなゴミはいらんぞ」


「黙りなさい。これは願えばどんな願いも叶う道具。ただあなたはこれに願えばいい……速くなりたいとね」


 最初から疑っているが、速人にも到底信じられない話である。だがわざわざ接触してきて、こんなしょうもない嘘を吐く必要はないと考える。何か思惑はあるのだろう。しかしそれでも妄想ではないかもしれないと思ったとき、普段ならば素通りしそうな石に魅力を感じてしまう。


「……なぜ俺にこれを渡す。お前が使えばいいだろう」


「言ったでしょ、私は忙しいの。あなたには神谷神奈という子を始末してほしいだけよ」


「……利害は一致しているというわけか。いいだろう、貴様の思惑に乗っかることは不本意だが、あえて乗ってやる。神谷神奈は俺が倒す、それでいいんだからな」


 速人は女性から願い玉を奪うように取る。


「さあ俺をもっと速くしてみせろ!」


 願いを言った瞬間、速人は眩く青い光に包まれる。そして湧き上がるのは、今まで感じたことがない未知のパワー。


「分かる、この奥底から湧く力……いける、これなら勝てるぞ! もはや俺は誰にも負けはしない。待っていろ神谷神奈! 今日こそがお前の最期だあぁ!」


 突如溢れ出る万能感に支配される。風が運ぶ気配を頼りに、宿敵の元へと駆けていく。

 自信を取り戻した少年の背中を、ピンク髪の女性は微笑んで見送った。



* * * * * * * * * *



 相変わらず退屈な授業だったと、神奈は疲れたような吐息を洩らす。


「はあ~今日も疲れたなあ」


「いや神奈さん寝てただけじゃないですか。そろそろ真面目に授業受けたらどうです? もう先生は諦めて何も言わなくなりましたけど」


「いやだって退屈なんだもんなあ」


 いつもなら一緒に帰る笑里も、今日は用事があると告げて先に帰っていった。一人で帰ることは当たり前であったはずなのに、友達ができてしまうと途端に寂しく感じてしまう。


(うーん、やっぱりあれか? 友達もっと増やした方がいいのか? でもなあ、一人や二人いれば充分な気もするしなあ。……そうだな、無理に作る必要はないな。もっと仲良くなるためにも藤原さんのこと、才華って名前で呼んでみようか)


「ん? ちょっ神奈さん!」


 何かに気付いた腕輪が慌てたような声を出す。


「どうした? そろそろ次の魔法教えてくれるのか」


「違いますって! 何か物凄い速さでこっちに向かってくる反応があるんですけど! 到着まであと三秒もないです!」


「早いな!? せめてもうちょい早く教えて――」


 突風が神奈の真横を吹き抜け、正面に少年が現れる。

 最近よく神奈にちょっかいをかけてくる速人だ。いつもは一日に一度しか勝負を仕掛けてこないので、二度も目前に現れることを珍しいなと内心呟く。いつも以上に自信に溢れた顔は気になるが、何をしようと通じないので神奈に緊迫感はない。


「見つけたぞ神谷神奈。今日で貴様は終わりだ。これまでの雪辱を晴らすために、じわじわと痛めつけて殺してやる!」


「あっそう。自信があるっぽいけど、今日も何か新技考えてきてたのか? そういうのは朝にやってくれないかなあ、時間の無駄だしさあ。一日に何度も構えるほど暇じゃ……暇……ダメださっき退屈って言ってたわ」


 明らかに舐めていた。そこらの一般人なら失神するほどの殺気が飛んでいるのに、神奈は何も気にしていない。そんな呑気な神奈に腕輪は恐る恐るといったふうに話しかける。


「……あの神奈さん、ちょっと隼さんに違和感があるんですけど。一回〈ルカハ〉で見てくれません?」


「えぇ、あれ数値ほとんど変動しないじゃん。まあいいけどさ、〈ルカハ〉! ……はい?」



 隼速人


 総  合 3900

 身体能力 1080

 魔  力 2820



「――めっちゃ変動してるよ! なにこれインフレしすぎじゃね!?」


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