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【終章完結】神谷神奈と不思議な世界  作者: 彼方
四章 神谷神奈と運動会
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46.3 絶望愛――オシオキの時間――


 襲撃を受けた翌日。

 宝生小学校の教室にて神奈は昨日の出来事をクラスメイト全員に伝えた。その話にはほぼ全員が怒りの表情で聞き入っていた。


「……というわけで、これからはなるべく二人か三人以上で帰ることにしよう。恐らくまだあの人形は襲ってくる。人形だけじゃなくてマジの生徒も」


「ふざけやがって! そんなに俺たちの学校の名前をうんこにしてえのかよ!」

「私嫌よ! 名前がうんこなんて!」

「卑怯者め! 名前通り汚い奴らだぜ!」


 酷い言われようだが誰一人それを否定する者はいない。それだけのことをしてしまったのだから誰も援護などするはずがない。


 運動会は元々一般的には楽しいイベントのはずだ。

 それなのに相手校の生徒を怪我させるなど酷すぎる行いだ。いくら汚い名前を賭けた勝負とはいえやりすぎである。戦術まで汚いならもはや雲固学園はピッタリな名前だと神奈は思う。


「それからこの話を学校全体に広めておいてくれ! そうじゃなきゃ意味がないし」


「ならその役目は僕がやろう! 僕がこの学校中、いや町中に広めてみせる!」


 熱井が無駄に気合を入れているのを、神奈が頭をはたいて止める。


「町中には広めんな! 相手にも伝わるだろうが! 対策練られたらどうすんだ!」


 気合いの入れどころがズレている。いつものことだ。


「怖いわね、パパに頼んで警備会社と連携をとりましょう」

「私は来ても返り討ちにしてやるんだから!」


 朝のホームルームの場を借りて話を終えた神奈は自分の席に戻る。

 運動会まであと三日。その三日間で宝生小学校の被害は最低限に留めなければならない。さもなければ人数差が広がって圧倒的に不利になってしまう。

 どうしたものかと考えていると、珍しく神奈の席に速人が寄って来た。


「お前も襲われたらしいな、殺し屋に」


「殺し屋? 殺し屋って、まさか」


 脳裏に過ぎるのは昨日の変態女。鎖舐めの千恵(ちえ)

 裏社会での異名がどうこうと確かに言っていた。裏社会とは法に縛られない連中の集まりであり、当然殺し屋も多数存在している。他にも違法薬物を売りさばくような会社だったり、詐欺や闇金業者などがいるゴミのような場所。忘れそうになるが速人も裏社会の殺し屋である。


「お前の告げた情報から推測するに、その女は鎖舐めの千恵と呼ばれる殺し屋だ。俺を襲った雨宮(あまみや)(さそり)、通称、魔毒の蠍。そして昨日、霧雨も襲撃を受けたと本人から連絡があった。そっちは特徴を聞いても雑魚ということしか分からなかったが……まあ同じだろう。向こうの学園には何人か裏社会の人間が在籍しているらしい」


「何だって!? いや、よく考えればお前もそうだろ」


「それはそうだが、以前とある噂を耳にしていた。何でも裏社会の人間がこの町に集まってきているというものだ。向こうの学園に確認できるだけでも三人、それ以上いる可能性は否定出来ない。そしてここ数年ごたついていたという向こうの事情。全て偶然ならいいんだが」


 関連性は見えないが危険なのは理解出来る。

 雲固学園内で事情があって、神奈が入学してから去年までの四年間に渡って勝負は中止されていた。その事情に裏社会の人間が関与しているとするなら辻褄は合う。具体的なことは何も分からないが、これだけは確かだ。今回の相手は計画的に、あの欲の精霊以上に汚い手段を使ってくる。


「……今回の相手はヤバいって言いたいのか」


「いや、俺達からすれば大したことない連中の集まりだろう。だが警戒するに越したことはない。これで分かったと思うが相手はどんな汚い手段でも使ってくる。精々気を付けることだな」


「心配してくれてんの? 珍しい」


「してない。俺の足を引っ張るなと言いたいだけだ」


 今更流行りもしないツンデレではないだろう。

 多少苛ついた神奈だが忠告は素直に受け止める。

 今回の敵は卑劣な思考の持ち主。神奈が嫌う、救いようのないクズだと思って行動した方がいい。



 * * *



 雲固学園。とある教室内。

 二人の男女が机の上に座りながら窓の向こうを眺めていた。窓の外は夕日が出ていて、教室内含めた全ての景色を朱色に染め上げていた。


 緑の髪をした根暗そうな少年、日戸(ひと)操真(そうま)が懐から手のひらサイズの小さな人形を取り出すと耳に当てる。

 水色の髪を腰にまで伸ばしている少女、天寺(あまでら)静香(しずか)はその様子を不審に思うことなく目線で何があったのか問いかける。


「どうやら奴らに人形のことが全部バレたようです。今内部の者から連絡が入りました」


「そう、じゃあもう止めましょうか。十分戦力は削げたでしょう」


「でもまだ主力と思われる二人を仕留めていませんよ」


「いいのよ、拘っていたわけじゃないわ。それにその二人は貴方の人形を壊してしまったんでしょ?」


「……ええ、申し訳ないですが戦闘用人形ではなかったので自爆させました」


 人形を生み出して操る固有魔法を持つ日戸は、自身の操っていた人形が破壊されるのも感覚で分かる。正確には破壊したのはゼータなのだが、彼女より強いと思われる神奈には敵わないと思い、爆発に巻き込んで倒そうとしたのだがそれも失敗していた。


 二人も別に殺す気はないのだが大怪我を負わせる気ではあった。だが人形の襲撃では雑魚は倒せても神奈達は倒せなかったと連絡があったことにより、日戸は眉を顰めている。

 天寺はそんな日戸の悔しさを消すように優しく頭を撫でる。


「どんなに強くても私には勝てない、そうでしょう?」


「……はい、僕らは負けません」


 日戸は僅かに笑みを浮かべて穏やかな表情に戻る。

 しかしそこに急ぐような足音が近づいてきたので真剣な表情を作り、教室の入口に注意を向ける。


 教室に向かって来ていたのは人間そっくりの人形複数体だ。

 それらは本物の人間三人を軽々と担いで走っており、入口から教室内に人間三人を放り投げるとボロボロに崩れていく。役目を終えた人形はこうして塵にしなければならない。人形は存在を維持しているだけでも魔力を消耗するのだから。

 雑に投げられた三人は小さな呻き声を上げる。


「……あら、のこのこと戻って来たの? 勝手に動いたくせに大敗してきた負け犬共。随分と勝手な真似をしてくれたじゃない、まだあなた達が動くべき時じゃなかったっていうのに」


 雲固学園の制服を着た三人の子供。

 薄く汚れた灰色のような髪が肩まで伸びている少年。雨宮蠍。

 三つ編みツインテールの少女。日下部千恵。

 右耳に三つピアスを付けている少年。音原瞬。


 子供達は裏社会で働いていた殺し屋であった。

 三人の欲しがっているモノを天寺が見抜き、自身の駒として取り込めると考えた結果、接触して仲間に引き入れたのだが……今の天寺の視線はまるで絶対零度。仲間に向けるような視線じゃない。

 三人も即座に正座しては恐怖で顔を歪めている。


「神谷神奈と隼速人。この二人は運動会手前で潰せるか潰せないか、操真の人形で試す段階だった。勝手に勘違いしたあなた達が戦ったせいで裏社会出身という素性もバレた。きっと向こうは警戒を緩めないでしょうね、結果として最悪よ」


「ま、待ってくれ! お、俺は違うだろ!? 俺は天寺さんから――」


「おい、静香さんのことを気安く呼ぶな」


 弁明しようとした音原に日戸が殺気を放つ。

 部屋の空気がさらに重くなった。慌てて口を噤み、再度開く。


「天寺様からの指示だった、はずです。霧雨和樹や藤原才華などの生徒は中々優秀だから手駒にしておきたいと。一度招いて話をしたいから連れて来いと、あなたは言ったじゃないですか……!」


「ええ、まさか戦闘に勃発して、負けてくるなんて、さすがの私も予想外だったけれどね。私、言ったはずよね。どうしても連れて来れないなら連絡をしてって。そうすれば私自らが接触しに行くって、言ったはずよね。戦闘しろなんて指示を出した覚えはないわ」


「う、それは……あいつが、攻撃したから」


「ええ、確かにそうね。でもあなた、こんなことも口走っていたわね。神谷神奈という女と隼速人という男をこれから潰しに行く……だったかしら。そんな指示も出した覚えがないわ」


 音原は焦りから目を見開く。

 霧雨と対峙している時に言った台詞だ。あの場にいなかった天寺が知っているはずない台詞。霧雨に吐かれた嘘が事実だったのかと一瞬思ったが、違うと首を横に振る。そして脳裏を過ぎった閃き。まさかと思って日戸へ視線を向け、自身の制服のポケット内に手を突っ込んで探る。


 何も入っていないはずのポケットに何かがあった。

 盗聴器の存在を音原は疑ったのだ。取り出してみれば日戸の人形だったものの、機能はおそらく変わらない。盗聴、気付かなかっただけで監視もされていたかもしれない。言い訳は無駄と悟って「くそっ!」と超小型藁人形を床に叩きつける。


「まあ、あなたは許してあげる。失敗の分だけ有益な情報もあった。霧雨和樹は発明品に頼りこそすれ、あなたを倒せるだけの実力を秘めていたという情報がね。藤原才華も同様に戦う術を持っているかもしれない。二人の勧誘は諦めるべきかも」


「で、では! 私も許してもらえますよね!?」

「ぼ、僕だって! 隼速人の強さを証明した!」


 音原が許してもらえるのならと、残りの二人も希望を見出した顔になる。小さな希望でも恐怖を打ち消すには十分だ。


「え? あっはっはっはっは! あなた達はダメよ、元から強いことを知っていた相手だもの。全力を引き出せたならともかく、見た限り全く力を出していなかったわ。つまり何も有益な情報がなかったってわけ、お分かり?」


 小さな希望は秒で粉々に砕かれた。

 二人の顔に恐怖が戻る。


「……ふふ、あなた達……もういらないかもね」


 恐怖度が増す。

 裏社会の住人にとって失敗はあるまじき行為。こんな結末になることを心のどこかで二人は考えていた。とはいえ人間は絶望よりも希望を見るもの。例え小さな光でも縋ろうと足掻く生命。現実逃避していたと言われても否定出来ない。

 顔に絶望が表れる。どうしようもない絶望感が脳を支配する。


「その表情……いいわねぇ、とても、いい」


 恍惚とした天寺の表情や台詞など二人にとって気にもならない。


「日下部千恵。雨宮蠍。あなた達の望みはもう叶うことがない。死人は願うことすら出来ないでしょ?」


「こ、こんなはずじゃ……! 順調に事が運べれば今頃、もっと!」

「……な、なぜ……どうして、おかしい! これはおかしい!」


 逆に二人が喚くのを天寺はとても熱意を持って真剣に聞いていた。

 天寺静香は他人が絶望する瞬間、その後の顔が大好きだ。愛していると言っても過言ではない。もはや性癖の域。今も下腹部が疼き、興奮状態が収まらない。軽く乱れた呼吸を整えることすらしない。


「音原瞬。あなたも次に失敗すればどうなるか、想像ついた?」


 殺されることを理解した音原の表情に僅かに絶望が表れた。

 天寺が命名したチラ絶望というものだ。ほんの一瞬のそれですら彼女の体を熱くさせる燃料となる。今すぐ踊り出したいくらいに彼女は興奮していた。


「――さぁ、オシオキの時間よ。操真、やりなさい」


 恍惚とした表情のまま告げた天寺の言葉のままに日戸は動く。

 自身が操る人形のように。そう、日戸操真は天寺静香の人形だ。体が人間でも、絶対的な忠誠心のせいで命令に背くことすら考えない。


 蠍はその場で項垂れ、千恵は逃走しようと立ち上がる。

 教室外へ出ようと走り出す千恵の懐にあった人形が爆発した。音原が投げ捨てたのと同じものだ。すでにそちらは塵になっているが二人のは別。小規模の爆発だったが至近距離なので内臓を抉るくらい余裕の威力であった。


 まずは足の止まった千恵から。次は心が壊れて動かない蠍。

 教室内で起こるはずのない、拷問染みたあまりに悲惨な光景に音原は呆然としている。隣で頭部以外がぐちゃぐちゃな死体が二つ出来上がっても、音原はその場から逃げ出すことすら出来なかった。


 天寺は相変わらずの表情で「ゾクゾクしちゃう」なんて言っている。彼女の性癖はこの場で理解出来る者が誰一人としていない。スプラッターな光景を眺めながら頬を赤く染め、自慰行為するような彼女を理解出来たら出来たで問題なのだが。


「……ふぅ、はぁ、ああ、気持ち良かったぁ。操真、二人の頭は家のコレクション棚に並べておいてちょうだい。あー、あの棚もいっぱいになっちゃうから新しい棚買わないと」


 日戸は「了解しました」と返事をする。

 いつものことなのだ、彼は慣れている。こうして時間をかけて人を殺すのも、人間の首から上を包んで自宅へ持ち帰るのも、コレクション棚に飾るのも。本来慣れてはいけないのに慣れてしまっている。


「あら、あっちも終わったのかしら」


 ようやく天寺の興奮が鎮まった頃、バタバタと走って来る足音が近付いて来る。


「おおい、テメエ等! なんか乗り込んで来た連中の拷問も終わったってよ! あの、か、金? が、そう言ってた!」


 入口から現れたのは獅子のたてがみのような髪をしている少年であり、その少年からの報告を受けて天寺は微笑む。


「彼女は金城(きんじょう)よ、いい加減に覚えなさい獅子神。……はぁ、それにしてもようやく終わったのね、あの暗部組織とかいうゴミクズの処刑が」


「おう。き、金、城? がそう言ってたから間違いねえ……ところでよお、俺はいったいいつになったらつええ相手と()れるんだよ。今さっき死んだ奴らも歯ごたえねえ雑魚だったしよおぉ」


 獅子神と呼ばれた少年は欠伸をしながら天寺に問いかける。

 天寺は笑みを崩さずに懐から二枚の写真を取り出す。二枚の写真には神谷神奈と隼速人の二人が写っていた。手にしていたそれをバラバラに破いて、窓の外へ放り捨てる。破れた紙は全て夕焼けに照らされながら風で飛んでいってしまう。


「もうすぐよ……もうすぐ、楽しい楽しい運動会だから。それまで、我慢よ……」


 微笑みは優しいものから段々と狂気に満ちていった。


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