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【終章完結】神谷神奈と不思議な世界  作者: 彼方
四章 神谷神奈と運動会
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46 練習――あいつは何周走ってんだ――


 神奈達は運動会という苦行に向けて猛練習を行っていた。

 去年までなら普通の練習程度で、猛が付くほどはしない。ただ今年だけ、いやこれ以降も分かったものじゃないが負ければ強制的に学校名が改名されるという。それもかなり酷く汚い名前にである。通う学校の名前が雲固(うんこ)小学校になるなど誰もが拒否する、不登校になるレベルで嫌だ。


 猛練習を引っ張っているのは熱井(あつい)心悟(しんご)

 クラス一、いや宝生小学校一の熱血である神奈の同級生。彼はとにかく暑苦しくて、自分に厳しく妥協を許さない。体育委員であるうえに野球部のエース、そして運動神経抜群のまさに体育の申し子である。


「さあ! いけるいけるもう少しだ! あと二十メートル! 十五メートル! 十メートル!」


 放課後の練習時間。

 基本的な走り込みであり、一周二百メートルのグラウンド五周が今日のメニューであった。神奈や笑里は涼しい顔をして一定の速度で走っている。


 実際に燃えているような真っ赤な逆立つ髪は風で揺れることなく、熱井は走るのが遅い人に声掛けをしていた。

 熱井自身は全力疾走することで五周を一分弱ですぐに走り切り、息一つ切らさずにまた遅い人と一緒に走っている。体力の化け物という言葉が心に浮かんだのと同時に、神奈と笑里、そしてそれに合わせて走っていた才華がゴールする。


「ようやくグラウンド五周終わったな」

「うん、少し長かったね」

「ぜえっ、はあっふっ、ぜぇっ、ごほっ! 二人とも……余裕すぎ……でしょ……」


 笑里は五周走って疲れたではなく長かったという感想出るあたり全く疲れを感じていない。神奈にとっては走る速度がゆっくりだったので一キロメートルなど疲れるわけがない。

 しかし才華は別だ。運動も平均的に卒なく優秀にこなす才華だが、体力も身体能力も神奈達には及ばない。手加減していたとはいえ付いてこれるだけでも凄いのだが、その代償に見ている者達が心配になるくらい息を切らしている。


 才華が限界で地面に膝を付くのを見た熱井が駆け寄って来る。


「君達よくやったね!」


「いや、まあな」

「うん、まあね」


「君達意外と平気そうだな、よし、じゃあ僕と十周だけ追加で走ろう!」


 神奈は「何でわざわざ追加しなきゃいけないんだ! 絶対に嫌だぞ!?」と怒鳴るように言い放つと、才華が咳込みながら胸を押さえて苦しそうにしたので背中を擦る。笑里はその苦しみようにあたふたと手足を無意味に動かす。


「大丈夫かい藤原さん!? これはいけない! 僕がおぶって家まで送っていくよ!」


「いやゲホッ! コホッ!」


 才華は咳込みながら大丈夫だという意思を見せようと手を動かしているが、胸が苦しくてうまく動かせていない。

 彼女の実力なら無理せずとも上から数えた方が早いくらいにゴール出来ただろう。何事も無理はいけない。神奈はさらに手を抜いて走ってもよかったがさすがに熱井が気付く。分かりやすく手を抜いていると判断されれば暑苦しく説教されることだろう。


「いや才華は迎えの車が来るし大丈夫だって」


「そうか、なら僕は他の辛そうな人に声掛けをしてくるよ! もちろんうさぎ跳びしながらね!」


 熱井は大声を上げながら走り去っていった。まるで台風と太陽が合わさったように落ち着きがなく暑苦しいというのが神奈達からの評価だ。うさぎ跳びする意味が神奈達には全く分からないが、まだ疲れながらも走っている生徒に向けて暑苦しい応援をしに行ったことは少し好感度を上げる。


「ハアッ、やっと落ち着いてハアッ、きたみたい」


「まだ息が切れてるじゃん、無理しすぎなんだよ」


「皆やってるのにっ、私だけやらないなんてっ、出来ないからね」


 才華がまともに話せるようになり立ち上がるが、それでもまだ息切れしている状態である。


「そうじゃない、私達に合わせて走ったろ。辛いだろうにさ」


「えっ、無理してたの!? 才華ちゃん大丈夫?」


「大丈夫よっ、これくらい」


 落ち着いてきているのは本当らしい。これなら少し休めば普段通りに動けるはずだ。神奈と笑里はホッとして他の生徒の練習を眺めることにした。

 帰らないのは勝手に帰るのが悪いと思ったから。まあ既に帰った隼速人という男子もいるが気にしない。彼の性格を知っている身として神奈は予想していたからである。


「何で無理してまで合わせたんだ?」


「単純に自分に自信があっただけよ。……あなた達にだって劣らないくらい、私にも自信がある。少なくともそこらの人には、大人にだって負けるつもりはない。ただペース配分も考える持久走なら二人にも多少は付いていけると思っていたの。……結果は、見ての通りだけどね」


「才華は凄いよ。そのそこら辺の大人達は私達に付いて来ることさえ出来ずに引き離される。普通なら離れていくだけなのに才華は並んで走っていたんだ。素直に尊敬出来る奴だよお前は」


「……ええ、ありがとう。なら素直にその気持ちを受け取るわ」


 まだグラウンドを走っている同級生達を眺めながら才華は頷いた。

 神奈が彼女を尊敬しているのは本当だ。特殊なエネルギー持ち相手に一歩も引かない彼女は、何のエネルギーも使えていない一般人。幅広い才能があるといっても特殊なエネルギーを扱える扱えないの差は大きい。それなのに諦めず、努力で追いつこうとしているのだからその心は尊敬に値する。


 努力する人間が神奈は大好きだ。何かの目標を持って必死に力を求める人間は性格面が最悪でないなら嫌いになれない。前世の自分と同じに見えるし、そうであってほしくないとも思える。なぜなら前世の神奈は何も成せなかったのだから。必死に努力して結果が出せなかった自分とは違うと、頑張る姿を見ていて信じたくなる。


 今この場にいない隼速人もそうだ。彼のことも心の底から嫌いにはなれない。

 ただ彼の場合は目標が神奈本人。追いついてほしいという気持ちも確かにあるが、追いつかれたくないという気持ちも抱いている。だから今後も勝負を挑んで来るなら容赦しない。


 努力で思い出すのはもう一人、今も遅い人と並走している熱井心悟だ。


「心悟君、ずっと走ってるね」

「あいつは何周走ってんだ……」

「見ていただけでも三十周分くらい走っていたかもね」


 暑苦しい雄叫びを上げながら走り続ける彼は誰にでも寄り添う。

 自身の鍛錬も怠らず、他者にも手を差し伸べる。これは努力なしで不可能。真性の善人に見える者だって陰で頑張っているはずだ。彼に関しては頑張りすぎだと思うが。


「さて、帰ろ。もう平気か?」

「ええ、遅くなる前に着替えて帰りましょう」


 放課後の練習はどうやら終了したようなので帰っても問題ない。

 ただその時、立ち上がった才華へ向けて笑里が若干辛辣な言葉を悪げなく浴びせる。


「才華ちゃん汗でベトベトだろうしシャワー浴びなきゃね! ちょっと汗臭いから帰ったらすぐに!」


「……汗臭い。……ええ、そうかも、しれないわね」


「一言余計なんだよお前は」


 校庭から校内の教室まで戻り、白と赤を基調とした体育着から私服へと着替え始める。ちなみに女子は教室、男子は体育館と着替え場所は分かれている。小学校低学年までは一緒の教室だったが今は思春期真っ只中なので当然だろう。


 教室で神奈は一早く私服に着替えた。

 パンツを履いているから全裸でないとはいえ、同性同士でも肌を晒すことに未だ抵抗を持つ神奈はいつも神速で着替えている。未だ神速のそれを視認した者は誰一人としていない。体育着の上から私服を着ればいいのにと笑里は言うが、少なからず汚れたものの上に着るのは抵抗がある。汚れると分かっていて着るのは何か嫌なのだ。


「はあ、汗でベトベトだし脱いでいこうかしら」


「あ! 才華ちゃんブラジャーしてる!」


 笑里の声に合わせて視線を送ってみれば才華は若干照れた顔を見せる。

 才華は小学五年生にしては少し大きめであるし納得だ。校庭へ出る前の着替えで発見出来なかったのは、神奈が速人より先に出たいと言って誰よりも素早く出て行ったからだろう。笑里も追いかけて来たので彼女もこれが初発見になる。


「べ、別に珍しくはないでしょう? 私以外にも何人か付けている女子はいるじゃない。わざわざ口に出すほどのことじゃないんじゃないかしら」


「いいなあ、大人のレディーって感じ。私も早く育たないかな。こうボーンバーンと! ポポポポーンと! 将来は大きくなりたいよね、ね、神奈ちゃん!」


「そこまでの願望はないけど、まあ……多少大きくなるくらいで」


 男として生きた前世の記憶があるとこういった時の反応に困る。


「もう、大きくなっても良い事ないわよ。男子からの視線が集まるし」


 ただ一つだけ神奈は理解したことがある。

 現に今こうして女子の人生を送っているのだ。それらしき扱いをされないのは不満だし、されすぎてもウザい。つまり適度な扱いがいいわけだ。普段男っぽいと言われることの多い神奈が女っぽいと言われるのは肉体のみ。結論を言うと神奈も胸の大きさに醜い嫉妬を抱くことが分かった。



 * * *



 体育着から私服へと着替え終わった神奈達は校門に辿り着く。

 いつもはここでお別れの場合もあるし、話が弾んで留まる場合もある。少なくとも才華の送迎車が来るまでだが今日も留まることにした。


 話題は主に先程の下着案件。

 着け心地はどうとか、購入時がどうだったとかだ。詳細に語られる内容に神奈も耳を傾けていた。将来必ず役立つ時が来ると信じて。


 神奈達が話をしていると、一段落した辺りで熱井が逆立ちしながら歩いて来た。これから帰るのは分かるが逆立ちは意味不明である。


「お前は何なんだよ! それで家まで帰る気か!? 危なくない!?」


 神奈達はどんな時でも何かしらしている熱井に驚くが、そんな気持ちも知らずに彼は呑気に声を掛けてくる。


「やあっ神谷さん! 僕はこれからランニングだけど神谷さん達もかい?」


「普通に帰るんだよ! お前も歩いて帰れ!」


「それじゃあ君達また明日あああああああああ!」


 逆立ちしながらランニングなんて見たことも聞いたこともないトレーニングをするという熱井は、逆立ちしたままで器用に腕だけで走り出す。超人とはああいった人種を指すに違いない。超関わりたくない人種、略して超人だ。


 暑苦しいどころではなくまるで高熱ガスのようだ。神奈は自分と合わないなと心の中でひっそりと思う。学校で人気の彼に合わせる時もあるが好んで一緒にいたくない。友達だと一応思っているが……。


 神奈達が熱井を見送った後、数分もかからないで黒塗りの自動車が来た。

 目前で止まった横に長いそれは才華の送迎者だ。中にいる運転手はいつも運転している白髪の老人なので、神奈と笑里は軽く会釈する。


「それじゃあ二人共、私は帰るわね」


 才華が後部座席に乗り込んだので発進する――前に運転手が窓を開けて、礼儀正しいことに神奈達へ会釈して口を開く。


「神谷様、秋野様、いつもお嬢様と仲良くしていただき誠にありがとうございます。藤原家直属運転手兼庭師兼執事として、家にいる使用人全員を勝手ながら代表してお礼を申し上げます」


「いや、別に感謝されるようなことじゃないですよ」

「そうだよね! 友達だから当たり前です!」


 運転手は優しく微笑むと、すぐにその表情を真剣なものにする。


「お嬢様にも、お二方にも、旦那様から伝言です。雲固学園には気を付けろと」


 見た目通りの渋い声で運転手は忠告の言葉を口にする。

 語られたのは驚きの事実。なんと藤原家は才華が参加する運動会の相手だからと、雲固学園を独自に調査していたらしい。子供の、たかが運動会なのに、学園に在籍している教師と生徒全員を調べたという。藤原家らしい徹底ぶりだ。


 そこで分かった事実が学園内に素性不明の生徒が何人もいたこと。

 近年校長同士の勝負が行われなかったのは内部のゴタゴタが原因であり、その生徒達が深く関与している可能性は高い。そしてもっと深く知るために藤原家直属の暗部組織を送り込んだ……と聞いた神奈はさすがに耳を疑う。疑問はあるが話を中断させずに続けさせる。


 もっと驚くべきことに、その暗部組織とやらは連絡が途絶えたらしい。

 運転手曰く全員が一流の武器使いだというが全滅したと考えた方がいい。裏に精通している彼らが潜入したはいいものの、燻り出されて仕留められたのだろう。生死不明の彼らに接触したのは生徒なのか、はたまた教師なのか。どちらにせよ只者ではない。


「そしてもう一つ、どうやら宝生小学校の生徒を何者かが襲っているようです。これに関しては最近の話なので詳しくは不明ですが……おそらく……」


「雲固学園……ですか?」


「ええ、なんでも全身黒い服を着ているようで、おそらく学園の制服でしょう。その体格は子供だということも既に分かっています」


「分かりました、気を付けます」

「うん、そうだね。犯人が来たら返り討ちにしてやるんだから!」


 笑里は拳を固く握り、襲われても問題ないと宣言してみせる。

 段々と雲行きが怪しくなる運動会に神奈は不安を感じざるをえなかった。



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