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【終章完結】神谷神奈と不思議な世界  作者: 彼方
三.六章 神谷神奈と精霊界
141/608

44.996 ダウジングってわけですよ


 鼠の精霊チュリアスに会うため、また秋国ジコモミヨウを探索する神奈達。

 立春のオカリナを盗んだ犯人を捜すため、探し物が得意な者に会って共に捜すというのも遠回りな気がするが他に手はない。チュリアスを捜すという工程が一つ増えてしまったのは妥協するしかないだろう。


「ふぁあああ……にしても、どっちの手掛かりもないよなあ」


「何、何だか眠そうね」


「眠いふぁあああ。ふぁあああああああ……ふぁあああああ」


「どんだけ欠伸(あくび)してんのよ!」


 眠いのだから欠伸が出るのは仕方のないこと。

 精霊界へ赴く前日、夜遅くまで電話をしていたのが響いたのだろう。電話してきたのはゼータからであり、どうやったらラーメンを自力で作れるかという返答に困る内容であった。適当にカップラーメンでも作ればと答えたら贅沢、栄養が偏ると怒られてしまい、そこから説教も交じった相談が長引いて二時間である。


「腕輪ああ、今何時だあ?」


「あー、深夜ですね。良い子はとっくに寝てる時間です」


「そりゃ眠いふぁずふぁわあ」


 寝不足なうえ現在の時刻は深夜。日付が変わってしまっている状態。それなら神奈でも眠くなるに決まっている、許されるなら今すぐにでも寝てしまいたいくらいだ。

 若干ふらつき始めた神奈はよろよろと歩くようになった。先程から瞼が半分閉じているし、こんな状態では満足に探索など出来ない。今も歩いていると精霊とぶつかりそうになったところを、ドラに引っ張ってもらってなんとか回避出来たところである。


「ちょっと、そんなんで大丈夫? 一回寝た方がいいんじゃないの?」


「でもなるべく早めに解決して帰りたいんだよふぁああああああああ」


「神奈さん、徹夜は効率的に見えて非効率です。適度な睡眠をとらないと本来の力を発揮出来ませんよ。せめて二十分くらい仮眠でもとったらどうです?」


 仮眠を少し取るだけでも全然違うものだ、脳の働きもある程度は回復する。もしこのまま一睡もしないで過ごせばいずれ倒れてしまう。


「まあ……二十分くふぁいふぁらいいふぁあ」


「ごめんなさい。何言ってんのか分からないんですけど」


 結局、我慢の限界だった神奈は「おやすみいい~」と呟いて地面に倒れた。

 精神は別として神奈は小学生だ。小学生が寝不足のまま深夜まで起きていればこうなることは火を見るよりも明らか。


「ちょっ、ここで寝ちゃうんですか!? 思いっきり道のど真ん中ですよ!?」


「とりあえず邪魔にならない場所に運ぶしかないわね……」


 すぐに寝息を立てた神奈を腕輪とドラが引っ張って、誰も使っていない京都にありそうな和風の家に運び込む。顔面を地面に引き摺っていたにもかかわらず起きないので、想像以上によっぽど眠かったのだろう。


 ――それから十五時間。


 いくら何でも寝すぎなのでドラが起こすことにした。

 怒鳴るように「いい加減起きなさあい!」と叫んでも反応しない。仕方ないので頬を限界まで抓ることにする。そこそこの弾力があった頬が伸びて、ドラが離してしまったためパチンッと勢いよく元に戻る。それでようやく重い瞼を開けた神奈は上体を起こす。


「……どこだ、ここ」


「ジコモミヨウの京都風民家ですよ。道の真ん中で神奈さん寝ちゃったんで運んでおきました。あのままでは知らぬ間に精霊に踏まれまくっていたでしょうし」


「別に、アンタのためじゃないんだからね。一緒にいたアタシが変な目で見られなくなかったのよ。だから勘違いしないでよね」


 キョロキョロと周囲を見渡してから頭を押さえた神奈が再び口を開く。


「そうか……精霊界の国か。確か、道具を探してたんだっけ」


「正確には道具を盗んだ犯人を捜すため、探し物が得意な鼠の精霊チュリアスへ会いに行く途中でしたね。寝起きだから記憶の整理が付いていないんでしょう。まだ寝足りないのかもしれません」


「寝足りないって……あれで!? 十五時間は寝たわよね!?」


 だいたい多くても八時間から十時間ほど寝れば問題ないはずだが例外はある。神奈の場合は日々の疲れプラスつっこみの疲れが溜まっていたのだろう。


「結構寝ちゃってたっぽいか。早くチュリアスって奴を捜さないとな」


「しょうがないからアタシも手伝ってあげるわ。感謝しなさいよね」


「そういえば……あいつはどこ行った?」


「誰のことよ。他に誰かいたっけ」


 もう一度周囲を見渡した神奈の呟きの意味は腕輪だけが理解している。

 ドラは不思議そうにしているが直に分かるはずだ。腕輪は意地悪なことに敢えて教えていない。


「誰のことですか?」


「ドラだよドラ、あいついないじゃん」


 いないのはまさかのドラであった……実際は隣にいるのだが。

 彼女は理解出来ないといった気持ちから「へ?」という声を漏らす。


「神奈さーん、可哀想じゃないですか。すぐ隣にいますよ」


「え、でもいないし」


 神奈は忘れている。妖精はとんでもなく小さいので視力を普段以上に強化しなければ見えないことを。聴力も普段以上に強化しないと何も聞こえないことを。

 気付いていないが一度眠ったことにより昨日の強化がリセットされている。今の神奈にはドラのことが黒胡椒程度の大きさにしか見えていない。


 当然腕輪は気付いているので全てを解説してくれた。

 改めて魔力を普段以上に流してから左右を見ると、金髪の妖精の姿が映ったので「あ、見えた」と思わず呟く。


「……今、見えたの?」

「うん。ごめんごめん」

「さっきまでのアタシの言葉、聞いてなったの?」

「聞いてなかったっていうか聞こえなかった」


 悪気があったわけじゃない。不幸な事故というやつだ、無視ではない。

 分かっているからこそドラは怒鳴ったりしない。それでも悲しかったので瞳を潤ませて涙を零す。涙を手で拭った後に腕を組んで叫ぶ。


「……傷付いた。傷付いたあ! チュリアスを捜しながらでいいからアタシに美味しい物を食べさせなさい! それでチャラにしてあげるわ!」


 悪気がなくても少し悪いと思った神奈は「はいよ」と受け入れる。

 次からは起きたらすぐ多めの魔力を目や耳に流そうと決心した。



 * * *



 長い眠りから覚めた後、神奈はまたジコモミヨウを歩き回っていた。

 秋国のどこにいるのか、そもそもまだ国内にいるのかすら不明。目的が変わってしまったような気さえした二人は一度休憩することにする。


 餅の精霊のところへ向かい遅い朝食代わりに団子を食べる。精霊界は時間によって景色が変わったりしないので、朝でも夜でも一定の明るさを保ち続けていた。正確な時刻を知るには腕輪に訊くしか方法がない。ちなみに現在は午後七時。遅い朝食というかもはや夕食である。

 長椅子に座って餡子味の団子を食べ終わった神奈は深いため息を吐く。


「しっかし、どこにいるのかノーヒントなんだよな。余計な時間を使ってるんじゃないかこれ」


「どんな姿かも分かりませんしね。鼠の精霊ですし鼠っぽい外見なんでしょうが……」


「ねえ、もしかしてあれじゃない?」


 ドラが指を向けた方向に神奈も目を向ける。

 姿形が多彩な通行人ならぬ通行精霊が多いからかそれは周囲に溶け込んでいた。灰色の体を持つ成人男性くらい大きな人型で、頭には大きく丸い耳が付いている。頬には三対六本生えている黒い髭。尻からは丸を描いた短い尻尾。一言で言うならそれは鼠の着ぐるみであった。


「あれ……なのか?」


 カオスすぎる精霊達に溶け込む鼠の着ぐるみ。

 確かに鼠っぽいといえば鼠っぽい。だからといってあれが鼠の精霊なのかと訊かれても即答出来ない。どちらかといえば着ぐるみの精霊っぽい。


 鼠の着ぐるみはチーズを手に持って食べる。信じられないことに口が動いて咀嚼している。着ぐるみは咀嚼しないし、そもそも何も食べないだろう。とりあえずダメ元でいいから訊いてみようと思った神奈は「あれっぽいな」と呟いて長椅子から立ち上がる。


「おーい、もしかしてお前がチュリアスか?」


「うん? そうだけど、何か用ってわけですか?」


 ――着ぐるみから一番縁遠い渋い声が聞こえてきた。

 あまりに似合わない声、そして声に似合わない口調。いかにこの場所が不思議な存在で溢れる精霊界だからといって受け入れるのには数秒を要した。


「ゆるキャラから一番聞きたくない声!」


「いきなり失敬ってわけですね」


「いやだって……ええ……」


「まったく、失礼な人間ってわけです」


 神奈が困惑しているうちにチュリアスが再び歩き出す。

 せっかく会えたのにまた振り出しに戻るのはごめんだ。慌てた神奈は手を伸ばして、引き留めるために大きな声を出した。


「ああちょっと待って! 実は秋の精霊からお前の話を聞いてな。私も立春のオカリナを探してるから手伝ってくれないかと思って」


 同じ物を探しているからか、興味を持ってくれたようでチュリアスは振り返る。


「ほほー君もですか! で、何か情報があるってわけですか?」


「いや、それが何も手がかりなくて困っているところなんだ。だから探し物をよくしてるっていうお前が頼りなんだが。そっちこそ何か分かったことはないのか?」


「なんにも。だけどね、吾輩にはあれがあるってわけですよ」


 そう言われても分からない神奈とドラは「あれ?」と首を傾げる。


「ダウジングという言葉くらい聞いたことがあるでしょう。吾輩の髭はダウジング棒と同じで、目的の物が近くにあれば広がるのですよ」


「それじゃあ歩き回っていれば見つかるってことか、便利な髭だな。ちょっと同行させてもらうぞ。見つかるかもしれないし」


「別に構わないってわけですよ」


 当てもなく探すよりはチュリアスに付いて行った方がいいだろう。秋の精霊コウヨウもそう助言してくれたことだし、とりあえず神奈とドラは着ぐるみの後ろに付いて行くことにした。

 黒い髭、ダウジング棒と同じだと本人が告げていたものが正面に伸びている。もし語っていたことが事実なら目的の物に近付くにつれて横へ広がるはずである。


 ダウジングは迷信だと唱える者が多いが現代でも廃れていない。物語のように水脈や金脈を見つけられるのを夢見ているのか、実際に信じて行っている者が少なからずいる。棒占いも似たようなものだ。神奈は迷信と決めつけているが今回だけは話が別、精霊という摩訶不思議な者の能力だというなら信じてみる価値がある。


「しっかし便利な髭よね。アタシにもそういうの生えないかしら。もし生えたらこういう時役立てるのに」


「髭は生えてほしくないなあ」


 正面に伸びている髭を見てドラが羨ましそうに呟いたので、神奈は率直な意見を述べた。女性ならあまり生えてほしくないと思うはずだ。脱毛する男性も今どきは珍しくない。髭という毛は神奈にとってまったくいらない存在であった。


「おや? 誰かと話しているってわけですか?」


「あー、妖精だよ妖精。やっぱり見えないのか」


「残念。全く見えないってわけです」


 認識されないのは今さらなので神奈は会話を続けない。

 ドラもとっくに理解していたのか、唇を尖らせて不満そうな顔をしているもののショックは受けていなさそうだ。可哀想だがこればかりは妖精の体格が悪いのでどうしようもない。


「……何となく分かってたしいいわよ。一人でも認識してくれているならアタシは嬉しいし。あ、別にアンタと話せたりするのが嬉しいわけじゃないんだからね! 今! この状況で! 話せるのがアンタしかいないから話してるだけなんだからね!」


「はいはい、分かったよツンデレ」


「アタシの名前はドラよ! ツンデレじゃないわ!」


「はいはい、ドラドラドラララララ」


「神奈さん、何だかクレイジーなラッシュの掛け声になっていますよ」


 コントのようなやり取りをしていると着ぐるみの髭に異変が生じる。真っ直ぐ伸びていた髭が僅かだが横に広がったのだ。つまり目的の物に近付けている証拠。立春のオカリナは近い。


「む、この反応……見つけたわけですね」


「もう見つかったのか!?」


「ええ、ちょっと走りますよ……!」


 突然四足歩行の体勢になって駆け出したチュリアスに神奈達も続く。

 走る姿はまるで鼠のようだった。鼠の精霊ではあるのだが、着ぐるみでそんな走り方をされると若干気持ち悪い。しかも結構素早いから怖い。


 髭はぐんぐん横へ広がっていく。急ブレーキをかけたように止まったチュリアスは「あれです!」と叫んで、落ちていたものを口で咥えて拾う。

 地面に落ちていたのは三角形、チーズであった。咥えているそれを口の奥へと移動させて食べていく。よく噛んでから飲み込んだチュリアスは神奈達へ成果を報告する。


「チーズがあったってわけですよ」


「うん、で……立春のオカリナは?」


「それはここにはないってわけですね。チーズは落ちていたわけですが」


「お前ずっとチーズ探してたの!?」


 てっきり立春のオカリナを探していると思っていたのに違ったらしい。


「腹が減ってはなんとやらってわけです。さて、本腰を入れて探しますよ」


「頼むよマジで。ちゃんとやってね?」


「不安があるわね……」


 何と言うのだろうか。若干であるがチュリアスに対して不信感が強くなる。

 もちろん腹ごしらえが重要なのは神奈も理解しているつもりだ。自分だって団子をたらふく食っているのでとやかく言う権利はない。……とはいえ精霊は飲食不要だし、チーズは先程も食べていたはずだ。文句の一つや二つ言いたくなってしまう。


 ――ダウジングを再開して半日程。

 結局目当ての道具は見つからず、神奈も諦めようかなと思い始めた頃。

 めげずに探索しているチュリアスの髭が動き「きたきたきた! あっちってわけですよ!」と叫ぶ。勢いよく駆け出した着ぐるみが向かった先にあったのは立春のオカリナ――ではなく、大量に不法投棄されていた長い金色の棒であった。


「おお、これはお宝発見ってわけですよ!」


「……うん、でもこれは……これはなあ」


 どう見ても立春のオカリナではない。

 これが元の世界で発見出来たなら神奈も喜ぶ。だが、今は立春のオカリナという最優先で見つけなければいけないものがあるのだ。チュリアスのように手を挙げて喜べない。


「金塊ですよ!」


「だよね!? 立春のオカリナじゃないよね!?」


「何で金塊に辿り着いたのよ。探していたから?」


「探していたのは立春のオカリナ。ただね、吾輩はいつも探し物をしているけど、多くしているからといって得意とは言えないってわけですよ。簡潔に言うと吾輩は探し物が下手ってわけですね。少しでも雑念が混じるとそっちを探し当ててしまうので」


 どうやら探している途中に金銀財宝でも思い浮かべてしまったらしい。

 ずっと同じことを考え続けるのは確かに難しい。ただ、いつもやっているなら上達して目当ての物を探せるようになれとは思う。


「つまり、こいつに付いていっても見つからないってわけね」


「使えねえええええ! 今までの時間返せ!」


「そちらが付いてきただけの話。吾輩に非はないってわけですよ」


 確かに神奈達はチュリアスへ同行を申し出た。それは立春のオカリナが見つかると思ったからだがチュリアスを責めるのはお門違いかもしれない。もし責めるのならこの役立たずな着ぐるみの協力を得ろと告げた者の方がいい。コウヨウだ、この国の王とはいえぶん殴りたいと神奈は密かに思った。


「……しょうがない。なあ、次はどこへ向かうつもりなんだ?」


「向こうだね」


「よし、ドラ。私達はあっちへ行くぞ」


 チュリアスが指したのは大樹がある方角。神奈が指したのは真逆の方角。

 概ね同意見なのかドラも「そうしましょう」と賛同する。


「ほう、つまり吾輩のダウジングは信用出来ないってわけですか。後悔しますよ。この髭で立春のオカリナを見つけ出したその時、吾輩の能力の高さを誰もが認めることになるってわけなのです。ふふ、精霊王様に褒めてもらえる日は近いってわけですね」


「たぶんそんな日は一生来ないんだろうな」


「アンタ、ずっとチーズを探してた方が向いてるわよ」


 神奈達とチュリアスは反対の方角へと歩き出す。

 目的は違えど同じ紛失物を探していたのになぜこうなってしまったのか。答えは神奈達だけが分かっている。








ドラ「あいつはダメねえ。てか聞いてよ、同じ鼠でも探し物得意な奴がいるの。精霊じゃなくて妖怪だったと思うけど」

神奈「へえ、どんな?」

ドラ「確か幻想なんたらって隔離された空間にいるナズ――」

神奈「それ以上は言うなあ!」


ドラ「鼠っていえばあれも鼠よね。ほら、アンタの世界で有名なあいつよ。遊園地にいてさ、僕ミッ――」

腕輪「それ以上は言ってはなりません!」


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