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【終章完結】神谷神奈と不思議な世界  作者: 彼方
三.六章 神谷神奈と精霊界
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44.993 訪れない春


 三月にも入って暖かい日々……にはならず、未だ世界は真冬のように寒い。

 冬が始まる前と同じく、テレビの情報番組では前代未聞の異常事態と言われている。もしかすれば始まったのが遅いから終わるのも遅いのかもしれない。


 宝生小学校での授業を終えて帰宅してきた神谷神奈は、自宅の玄関の鍵を取り出そうとランドセルの中から探す。

 魔法少女ゴリキュアの主人公、赤城(あかしろ)歩零愛(ふれあ)のミニキャラストラップを付けている鍵だ。ストラップを付ければ目立つし、手触りでも鍵を識別出来るようになる。すぐに探し当てた神奈は玄関の扉を開錠してドアノブに手をかける。


「あのー神奈さん、どうやら家に誰かいるようですよ」


 話しかけてきたのは右手首に付けている白黒の腕輪。

 家に誰かがいると聞いた神奈は「ふーん」と言って、進行方向を家の中ではなく庭へと変えた。

 鍵のかかった住居に侵入したとなれば強盗あたりだろう。鍵に問題ないため侵入方法は窓ガラスを割って入ったに違いない。庭に行けば散乱している窓ガラスがあるはず――だったのだが異常はない。庭にあるのは物干し台と竿、緑の人口芝生だけだ。


 不思議に思った神奈が庭側の窓からリビングを覗き込み、思わず「あっ」と声を漏らす。

 家の中には確かに侵入者がいた。リビングにあるソファーに座っている者が二人、しかも人間ですらない。


 一人は肌の白い幼子。まるでソフトクリームのようにぐるぐるの形をしている白いスカート、小さな胸だけ隠した白いベスト。頭には白いとんがり帽子。最近神奈と関りが増えたお菓子の精霊、ポイップ。


 もう一人は白い着物を着た女性。白に近い青色の長髪が美しく、周囲にはキラキラした粒が舞っている。数か月前に起きたとある一件で知り合った冬の精霊、スノリア。


「あいつら……何で家の中に」


「あっ! 神奈ちゃん帰って来たあ!」


 視線を向けたポイップが神奈の元へ駆け寄って来る。笑顔で走るのはいいが思いっきり窓ガラスに衝突して顔を押し付けてしまった。無邪気な子供は「んもおう!」と不快な声を零し――窓ガラスをウエハースに変化させて強引に突破した。

 窓ガラス、いやウエハースはポイップごと庭に倒れ、縁側の角部分が原因で真っ二つに割れる。すぐに起き上がったポイップは再度笑みを浮かべる。


「おかえり神奈ちゃーん。私達ずっと待ってたんだ――」


 反省の色がない顔面、主に口あたりを神奈が鷲掴みにすると「ぶぎゃべ!?」と奇声が上がった。

 言わずもがな激怒しているのだ。窓ガラスをウエハースに変えられたうえ、真っ二つにされれば誰だって怒る。


「ねえ何なのかな。人様の家の窓をお菓子に変えるってお前はピンク色の太った魔人か? 挙句の果てに割りやがって。ふざけんなよ弁償しろや。窓一枚でも結構お金かかるんだぞ」


「もべんばばいばぶびばばはっはほー」


「そうかそうか払ってくれるか。でも精霊って金持ってなさそうだよなあ。代わりに精霊界特有の素敵アイテム寄越せよ、こっちの世界で売ればさぞ高値が付くんだろうなあ」


 ちなみに神奈は新しい窓を購入するつもりはない。

 肝心の窓は友人の少女に頼めば無料で綺麗に直してもらえる。悪知恵というべきか、珍しい物品を売り払って生活費の足しにしようとしているのだ。当然知る由もないポイップは必死に謝罪の言葉を並べるが、口を掴まれているため上手く発音出来ない。


「ねーえ、もうそこら辺にしてあげたらあ? 悪気はないんだし」


 見兼ねたのかスノリアが仲裁に入ってくる。

 ちなみに彼女、ポイップが拘束されている間に冷蔵庫を開け、今は安物の棒アイスを袋から出して舐めていた。


「そういうお前は何食べてんの? 人の家にあるアイスを勝手に食ってんじゃねえよ。弁償しろ弁償! 冬の精霊なんだからアイスくらい作れるだろ!」


「へえ、アイスっていうのねえ。雪とかなら作れるけどこれは無理よお、作れたらとっくに作って食べてるし。ねえ、もう一本食べていいかしらあ?」


「いい加減にしろおおおお! お前らどうせ何か私に用があるんだろ、何か面倒事持って来たんだろ!? だったら寛いでないでさっさとその用件を話せや!」


 ――少し時間が経ち、リビングの食卓で神奈はポイップと向き合う。

 窓ガラスが一枚消失しているから風通しはいい。冷たい空気が風として無遠慮に侵入して来る。修繕は話が終わった後にするとして、まず神奈はお菓子精霊からの話を静聴することにした。


「……えっとね、四季の循環が壊れそうなの」


「え、また?」


 静聴というのはどうしてこんなにも難しいのか。

 神奈がそう呟いたのはちゃんと訳がある。数か月前にも同じことを言われ、世界の環境変化を防ぐために精霊達へ尽力したのだ。相当嫌な思いもした。あれから半年も経たず同じ事件が発生したのだとすれば、うげっと嫌な顔をして言葉が出てしまうのも仕方ないだろう。


「ち、違うんだよお! 今回は精霊が攫われたんじゃなくて、道具が盗まれちゃったの! 春の精霊はちゃんと無事だから荒事じゃないんだよお!?」


 盗んだ犯人とは荒事になりそうだ。それよりも神奈は「道具?」と気になった部分を声に出す。以前聞いた話だと、季節ごとの精霊が精霊界で念じることによって春夏秋冬が始まるらしいのだが。

 その点について冬担当であるスノリアが説明してくれた。


「季節の始まりを告げるのは大変でねえ。私達四季の精霊は各々の道具がないと、こちらの世界の時間で言うなら一年は掛かっちゃうの。あ、ちなみに私のはこれ」


 キッチンの方にある冷蔵庫の前に立っている彼女は、自身の白い着物の胸元へ手を入れて、これまた真っ白なリコーダーを口元まで引っ張り上げる。彼女曰く、立冬のリコーダー。それを吹きながら念じることで役目を果たすことが出来るらしい。

 大きな乳房に棒状の物を挿むという状態に神奈は「ふーん、もう仕舞っていいぞ。エロいから」と告げる。そしてポイップの方へ顔を戻すと、頭を右手で押さえて「はぁ」とため息を吐く。


「……で、私に知らせてどうしろって? 盗人を捜せとでも?」


「うん、そうなの。二月下旬からみんなで捜しているんだけど見つからなくってー。猫の手も借りたいくらいに忙しいから神奈ちゃんにも協力してほしいなーって、思うんだけど……ダメ、かなあ? このこと知っている人間を増やすわけにもいかなくてね。神奈ちゃんなら四季の循環を知ってるから問題ないって、精霊王様が仰ってくれたんだけどお」


 両手を合わせて「お願いっ!」と懇願してくるポイップ。


「つってもなあ、お前ら全員で捜して見つからないんだろ? 私一人が加わったところでどうにもならなそうなんだけど。当てとかあるのかよ」


 正直なところ、神奈としても四季の循環が壊れるのは困る。それが起きれば最終的に人間の住めない環境になってしまうからだ。協力したいにはしたいが、生憎と自分が得意なのは強大なパワーに任せた戦闘のみ。盗人を捜索して見つけられる自信はない。


「まあまあ、いいじゃなあい。ちょっとくらい力貸してくれたってさあ」


 そう言ったスノリアは歩み寄って来て食卓にピザの乗った皿を置く。……冷凍食品だし、凍ったままのピザだが。彼女はそれを一切れ取って躊躇いなく口にして「美味しいいいいい」と満足気な声を出す。


「おいお前それ冷凍のピザなんだけど、しかもそれ今日の夕食用に買っておいたやつなんですけど! 何食べちゃってんの!? 冷凍のままだし!」


「え、あそこに置いてあったから食べていいのかと思ったのに」


 スノリアの向いた方向にある冷蔵庫は全ての扉が開けっ放しになっており、白い冷気が漏れ続けていた。


「あれは仕舞ってあったの! てか他所の家の冷蔵庫漁んな!」


「へええ、あれ冷蔵庫って言うんだあ。涼しいから入ったら気持ちよさそうねえ」


「もう一生入ってろ」


 精霊界には電気がない、電化製品も当然ないため珍しいのだろう。それにしたって常識が欠如しすぎている。この世界の常識を身につけてから来てほしいものである。


「……はぁ。このまま冬が終わらないのは嫌だしな。私も協力するよ」


 面倒だといえば面倒だ。協力する義務もない。だがもしこのまま解決しなかった時のデメリットを考えれば、しょうがなく、しょうがなくだが協力しようと思える。

 元々こういった事件に巻き込まれるのに神奈は慣れている。誰かと戦ってピンチになったことは少ないし、身体能力だけには自信がある。盗人を発見出来れば確実に捕縛出来るはずだ。……とはいえやる気はあまりない。神奈は可能なら精霊達だけで解決してくれることを祈っておいた。


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