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【終章完結】神谷神奈と不思議な世界  作者: 彼方
三.六章 神谷神奈と精霊界
137/608

44.992 長めの冬にはラーメン

 お待たせしましたー。精霊界編は今日で完結しまーす。







 黒いドームのような建物内にある部屋の一つ。

 長方形の机越しに向かい合うピンク髪の少女四人。その中の一人、唯一眼鏡を掛けていて白い無地のTシャツを着ている少女、アルファが口を開く。


「それでは第百三十八回。フローリア家、家族会議を始めたいと思います。いつも通り進行は私アルファ。メンバーはベータ、ガンマ、ゼータの四人。今回の議題は本日の昼食について。何か疑問、意見等がある方は挙手をお願いします」


「じゃあ、アタシから一ついいか」


 ボサボサで伸ばしっぱなしの長髪がガサツさを主張している少女、ベータがスッと手を挙げる。会議を始めてすぐの挙手に良い傾向だと思いつつアルファは「どうぞ」と進める。


「お前、その眼鏡いつから付けてたっけ。目え悪かったか?」


 関係ない質問だった。アルファは眼鏡を指でクイッと上げて答える。


「今日から付けた伊達眼鏡です、ちょっとした個性が欲しくて掛けました。しかしベータ、挙手する際はちゃんと関係のある質問か意見を言うように」


「ならその、私も、いい、かな?」


「ええ、どうぞガンマ」


 次に恐る恐るという風に手を挙げたのはおかっぱ頭の少女。


「髪型、私も個性を出したくて変えてみたんだけど……どう、かな」


「可愛いですし似合っていますよ。しかし先程も言いましたが、挙手する際はちゃんと関係のある質問か意見を言うように」


「じゃあ、私からいいかな」


「どうぞゼータ」


 三人目として手を挙げたのはこの中でアルファの次にしっかり者である。現在絶賛放送中、魔法少女ゴリキュアのキャラがプリントされたパーカーを着ている少女、ゼータは少し間を置いてから疑問を口にする。


「昼食一つを決めるために会議ってする必要あるのかな」


「もっともな意見ですが……。イータやシータ、他の子供達のことも考えるとかなり悩むのです。アンナが残した資金は相当ありますが、無駄遣いをしていればいつ生活資金が底をつくか分かりません。食費のことも考えなければいけない以上考えを纏める必要があるかと」


 アルファの返答を聞けば分かるように他にも子供が複数人暮らしている。

 この部屋にいる四人は顔が瓜二つというレベルで酷似しているが四つ子ではない。複雑な事情により生み出されたクローン達であり、黒いドーム状の施設で暮らす全員が同様の存在である。クローン作製は法に触れるので彼女達の存在を露呈させるわけにはいかない。そのため、小学生低学年から高学年くらいの彼女達はひっそりと暮らすのだ。


 生活資金を気にしているのもそれが原因。収入源がないため資金が枯渇すれば餓死するのみ。事情を知っている数少ない人間に頼る方法もあるが申し訳ないし、ずっと頼ると言えば断られるだろう。つまり彼女達は今のところ、残された資金を枯渇させないように慎重に暮らさなければならない。まあその残る資金は軽く億を超えているので無駄遣いしなければいいだけだが。


「なるほど納得。じゃあさっさと昼食を決めましょう。あと一時間で正午ですし」


「ええ、それではベータ、何か意見があれば遠慮なく申し出てください」


 遠回しに意見を無理にでも絞り出せと言われているような気がして、ベータは「うげっ」と表情を苦いものへと変える。

 いきなり意見を出せと言われても思いつかない。彼女はお世辞にも頭がいいとは言えず、よく思考を放棄して筋力で解決しようとする癖がある。だが最近は注意されてマシになっているので多少は頭を回す。


「あー、じゃあ、ラーメンとか」


「ふざけているんですか?」


 精一杯なけなしの思考力で導き出した答えは論外だったらしい。


「別にふざけてねえよ!? 何だ、ラーメンの何がそんなにダメなんだよ!」


「何がって……。スープとか全体的に脂っこくてギットギトですし子供の舌には合わないでしょう。全員分出前を取ると食費もかさみますし」


 アルファは以前、ラーメンという料理が気になって近所にある店に立ち寄ったことがある。店内が油まみれで汚かったり、客が誰もいなかったり、店主の衣服にフケが付着していたり、器に髪の毛が入っていたりと店として論外だったが食べた。何も食べないで批判するのは最低だと理解しているのだ。そして実際に食べた結果、不味くはなかったが味以外で最低点を叩き出す。以来もう二度と行かないと誓った。


「あ、お前それ近所にある豚骨ラーメン屋のやつだろ。あそこはダメだ、クソ不味い。むしろよく潰れねえなと感心するぜ。私が言うラーメンはあそこじゃなくてちょっと遠い方、空手道場が近かったかな。ラーメン芸人ラーメン津田が経営している魚介系ラーメンだよ。まあ具材は大半が海苔の海苔ラーメンみてえなもんだがうっまいぜえ」


「誰ですかラーメン津田って」


「はあ知らねえのかよアルファ! 芸人で今話題の三人。とにかく暗い高村、もう赤ん坊、そしてラーメン津田だろうが! テメエはテレビ見てねえのか!?」


「テレビは見ていますが全員知りませんね。ガンマとゼータは知っています? そのラーメン何某のこと」


 芸人の名前などアルファにとってはどうでもいい。覚える気がなかったため思い出せず、何某と表現したのが気に入らなかったのかベータが「津田だ!」と叫ぶ。


「……いえ、知らないですかね」


「私も、その、知らないです」


「ほんっとうかよ!? くそっ、ちょっと待て、あの一発ギャグを聞けばきっと思い出す。ほんっと有名なやつだから絶対分かるって! ら~ら~ら~らら、ららあああああ、ら~ら~ら~らら、ららああああめん! はいどうもラーメン津田でえーす!」


 沈黙が場を支配した。

 立ち上がって渾身の物真似まで披露したベータだったが成果なし。驚くほど冷たい眼差しを向けられた彼女は三人の目を順に見てから、自分がとんでもなく恥ずかしいことをしていたと悟り、俯いてから無言で腰を下ろす。そして腕を組み、真剣な表情になってから顔を上げる。


「さて、昼食で何の出前を頼むか決めっか」


「え、ええ……。えっと……今日は……ラーメンにしましょうか」


 何だかいたたまれない雰囲気になったのでアルファは気を遣った。

 せっかくベータから出た意見だ。今日くらい尊重していいかもという理由に加え、この居心地の悪い空気にしてしまった罪悪感を減らすためというのもある。

 自分で出した意見だというのにベータは嬉しそうにせず、あまり元気のない状態で「おう、じゃあ出前頼んでくるわ」と言って出て行った。内心はまだ羞恥心が残っているのかもしれない。


「……少し考えたんですが、料理をするにしても食費はかなりのものですよね。これからは自給自足なんてどうでしょう。自給自足生活をすれば大幅な節約になると思うんですけど」


 昼食が決まったので会議は終了した。終了したのだが、アルファ達の問題は山積みだ。会議はクローン達のリーダーが集うせっかくの機会。せっかくなのでアルファは前々から考えていた案を口に出す。


「自給自足……? つまり、自分達で野菜や家畜などを育てるということですか? 確かに食費の削減にはなるでしょうが大変ですよ。妹の世話をしながらというのはちょっと……」


「そこまで本格的じゃなくてもいいのです。そこらの店で野菜の種を売っている場所があるでしょう。まずは全員で野菜作りなどを初めてみれば、下の妹達も乗り気になって手伝ってくれるかもしれませんし。……ほら、この施設は使用していない部屋が多いじゃないですか。そこを使えば場所にも困りませんし」


 施設内には部屋が無駄に沢山存在しているのだ。誰も使わないのに掃除するというのもストレスになる。いっそのこと未使用の部屋を使って何か出来ないかとアルファはずっと考えていた。それで出した提案が農園化計画である。

 特に問題がある提案ではない。野菜の種だって安いので費用はかからない。カップに土を詰めてみれば小型畑の完成、手間もあまりかからない。


「いい、かも……。私でも、出来るかな」


「お、乗り気ですね。何か育てたいものはありますか?」


「今はちょっと、思いつかない、かな」


「私もないですね。困ったらイータやシータ達に訊くのもアリでしょう」


 肯定的ですんなり受け入れられた農園化計画。

 実はアルファの頭ではすでに農園と化した施設が建っている。しかも将来は育てた野菜を売って生計を立てようなど、本物の農家みたいなことを考えていた。実現出来るかはともかく実行してみるのは悪くない。


 話が纏まったところで扉が開き、さっき出て行ったベータが戻って来た。彼女の手にはおかもちが持たれている。


「おーい、ラーメン届いたぞ」


「えっ、早くないですか? まだ頼んで五分も経ってないですよ?」


「まさか間違えて近所の方に頼んだんじゃないでしょうね」


 普通に考えてラーメンが五分で届くことはないだろう。明らかにおかしいのでゼータとアルファは不安を顔に表す。


「いや、ちゃんとラーメン津田の方だって。何でも配達予定の奴がギックリ腰で倒れたらしくてな、発見した奴が代わりに運んで来てくれたんだよ。炎みたいな髪型した妙に暑苦しい奴だったぜ、なぜか帰りはうさぎ跳びで帰るらしい」


「……意味が分かりません」


 この世界にはどうしてか理解出来ない人種がいるものだ。そういった者達には関わろうとしないのが一番いい。聞いただけでも頭痛がするのでアルファはこれ以上の追及を止めた。


 ベータが運んで来た四つのラーメンが机に置かれる。

 湯気が出ている熱々のそれは話通り海苔が多く入っていた。ごくりと喉を鳴らした四人は妹達の世話で忙しい。妹達の中にはまだ自分で料理を食べられない歳の子供もいるので大変だ。世話に時間を割くためにも四人は一足先にラーメンを食すことにした。


 香りを嗅げば海苔の匂いが強く入る。スープを飲むと魚介の味がほんのり広がる。麺を啜って噛んでみるとモチモチ食感がたまらない。要約すれば、今までに食べた美味しい物ランキング一位を更新するくらい美味しかったのである。

 一口食べてアルファは「こ、これは……」と驚愕を露わにしてしまう。


「な? 美味しいだろラーメン」


「……ですね。ええ、世界で一番美味しいと言われても信じます」


「お、おう、そんなにか」


「三月でもまだ寒いですし温かい物はいいですねえ。長い冬にはラーメン三昧もアリな気がしてきましたよ。ふむ、今日の夜もラーメンにしましょうか」


「夜も!?」


 先程までアルファの脳内では定まっていた農園化計画が、一瞬ラーメン屋計画になってしまうくらいには感動的な味であった。あまりの旨味に週六で食べたいとすら思える。

 その後、自給自足するならラーメンを作ろうとガンマが提案した。アルファは数秒心が揺れたものの、素人に店舗の味を再現するのは厳しいという理由で却下した。


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