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【終章完結】神谷神奈と不思議な世界  作者: 彼方
三.六章 神谷神奈と精霊界
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44.99 欲の精霊デジザイア


 伊神第十三研究所の地下シェルター。

 非常食の入った段ボールなどが山積みになっており、奧に大きな鳥籠(とりかご)が置かれている広い部屋。そこにいる神奈は地下シェルターにいた冬の精霊スノリアを精霊界へ帰すため、研究所の研究者の一人である後鉱白正を説得した。

 無事に終了した、かに思えた今回の件だが新たに出現した者により終わらない。


 ボロボロの黒いマント一枚を身に着けた灰色の体をした少女。萎れたように下がっている三角帽子を被っていて、先端には黒いボンボンが付いている。右耳にはハートとスペード、左耳にはクラブとダイヤのイヤリングをしているため目立つ。そんな少女が口角を上げてから口を開く。


「――ちょっとちょっと、何を勝手に諦めてるのさ後鉱白正いいい」


 警戒して拳を握った神奈は「誰だ」と短く呟く。


「デジザイア……すまないが、俺はもう」


「ダッメでしょ途中で止めたら。君の目的、夢、遠ざかるよ?」


「構わない。どうやら季節を遅らせると環境が壊れてしまうらしいからな。俺は自然を破壊してまで夢を実現させる気はないんだ」


「ちぇっ、意気地なしめ。所詮人間なんてこんなもんか」


 灰色の少女、デジザイアは軽く拳を引いて目前にいる白正を殴ろうとする。

 何てことない軽い一撃でも威力は常人と桁違い。直撃すれば内臓が弾け飛ぶくらいの威力を秘めた拳が迫り、横から白正を抱き寄せて後方へ飛んだスノリアのおかげで回避出来た。神奈の近くに着地した二人はデジザイアに視線を向ける。


「おい誰だよあいつは。危なそうだけど知り合いか?」


「欲の精霊デジザイア。いきなり俺に協力すると言ってきた胡散臭い奴なんだが……今、俺は殺されかけたのか。スノリア、助かった」


「いいんだよお、白正は私の食事券だもん」


「……人間扱いしてくれないだろうか」


 いきなり殴りかかったデジザイアは神奈の中で危険カテゴリに記録された。

 戦闘能力が高いわけではなさそうに見えるが戦いは避けられないだろう。問題はデジザイアの生死をどうするかだ。明らかに危険だが殺せない理由があるなら不利になるのは明白。精霊とは果たして殺していい存在なのだろうか。


「コントしてる場合じゃないだろ。白正さん、協力ってのは具体的にどんな感じだったんだ。私の目にはとても協力的には見えないんだけど」


「彼女が接触してきたのはつい最近。スノリアを閉じ込めた後に声を掛けてきて、理由は不明だけど俺に協力するとだけ告げた。いったいどんな目的なのかまでは残念だが分からない」


「あっそう、でも精霊っつったな。おいデジザイア! お前は知っていたんだよな、四季の循環の崩壊で環境が破壊されることを!」


「そんなまさか! だとしたら彼女は……!」


 人間の中では非常識。しかし精霊なら四季の重要さを知っていてもおかしくない。

 最初から四季の循環を遅らせるのを目当てに白正へ近付いたのだとすれば、辿り着く目的はシンプル。環境を破壊して人類の住めない星にすることだろう。


「うん、知ってる知ってる。常識だよ。あー、そこの白正君に協力してたのは都合よかったからなんだよね。私ってばどーしても欲が抑えられなくてさ。人類が消えた後この世界がどうなるのか見てみたいんだよね。はっはっは」


「あー、デジザイアってああいう奴なんだよねえ。嫌な奴。精霊界においての悪戯小娘みたいな扱いでねえ、精霊王様もどこかで処理したいって仰っていたのよー」


「ふーん。やろうと思えばいつでもやれそうだけどな、あのでかい王様なら」


 視界に映る傍迷惑な悪戯小娘など神奈にとって大したことない存在だ。精霊王に謁見したからこそ言えることだが、こっそり〈ルカハ〉を使用して調べた数値は神奈を驚愕させたものだ。およそ460000(四十六万)という破格の数値。戦えばデジザイアなど紙きれのように吹き飛ぶはずである。


 因みに現在、比較のために〈ルカハ〉を使用してみた神奈だが、測定結果はおよそ3000(三千)程度。まあ精霊王が動いたらそれだけで精霊界の道が崩れそうなので動けないのだろう。仮に戦ったら恐ろしく一方的な暴力を振るわれるに違いない。


「とりあえず結論は出た。ぶっ飛ばしていい相手だし容赦しないぞ」


 神奈が睨むとデジザイアはニチャアと汚い笑みを浮かべる。

 しかし戦闘が始まるかと思われた時、デジザイアの背後から一人の少年が現れた。


「――どういう状況だこれは?」


 額にゴーグルを付けている白衣を着た少年、霧雨和樹がやって来た。

 最悪のタイミングだと神奈は内心叫ぶ。彼は十中八九何も知らないのだ。デジザイアが危険な存在だということを知らずに傍で立っている。


「霧雨! 今すぐそいつから離れろ!」


「何だ、こいつが冬の精霊とやらじゃないのか。紛らわしい、いやしかし改めて見てみれば人間ではありえない皮膚の色、これだけでも観察のしがいがあるものだな。なぜ少女の形をしているのかも実に気になる点だ。体の構造は人間と違うのか? 臓器は? 生殖は? 思考回路は?」


「呑気に考えてないで離れろって言ってんだよ!」


 マイペースに観察する霧雨を見てデジザイアは「何だこいつ」と少々引き気味に呟く。引かれるのは傷付くだろうが真っ先に殺されるよりはマシだろう。しかしいつまでもデジザイアが放置してくれるわけない。

 彼女は霧雨をジッと見つめるとニチャアアと気持ち悪い笑みを浮かべる。


「いいこと思いついた。ちょこっと遊ぼうか」


 突如、デジザイアからピンク色の波動が全方向に放たれた。

 何も影響がないため神奈は首を傾げるが、霧雨と白正の様子がおかしい。二人共俯いて苦しいような表情になり始める。


「スノリア、君は邪魔」


 今度はスノリアに向けて黄色の波動が放たれる。

 先程のものは効果がなかったようだが今度は違う。スノリアは盛大に腹の虫を鳴らして「げんっかい!」と叫びながら段ボールの傍へ高速移動した。山積みとなっている段ボールの中身は非常食だ、それを取り出した彼女は勢いよく食べ始める。


「何だ? おいどうした!?」


「よく分かんないけどおお、すっごくお腹が空いちゃうのおお!」


「お腹が空く……食欲? 確かあいつ、欲の精霊って」


 生物には欲が必ず存在する。中でも有名なのは三大欲求だろう。食欲、睡眠欲、そして性欲の三つは生きる上で切り離せない。

 デジザイアは欲の精霊だという。もし、仮にだが、神奈の想像通りだとするなら非常に最悪な能力がある。それを使われた霧雨と白正はおそらく――。


「もう気付いた? 私は欲の精霊デジザイア。他者の欲望を刺激して引き出すことが出来る力を持っている。お察しの通りスノリアは食欲。こっちの男の子とそっちの白正は――性欲」


 二人が走り出す。性欲を引き出されたなら向かう先は異性の方向だろう。


「男の子の方は精通したばっかりかなあ? いやあ、童貞をこんなに早く捨てられる子はそういないよ。お友達のあの子の処女も奪っちゃえ!」


「最低だなお前えええええええええええええ! うわあああああ、来るな来るな! そういうことしようとしたら絶交だぞマジで! 来るなあああああああ!」


 両目を瞑って両手を前に出してブンブン振る神奈。

 確かに女として生きるのは受け入れているし、将来のことも考えているがいくら何でもこれはあんまりだ。そんなエロ漫画のようなシチュエーションで初めてを迎えるなど最悪すぎる。抵抗すれば問題ないのにこの時の神奈の頭からはすっぽ抜けていた。


 少し経ち、ふと目を開ける。

 おかしいのだ。もうとっくに神奈を襲っていてもおかしくないのに、いつまで経ってもそういった気配がない。恐る恐る前を見てみるとそこには――霧雨と白正が抱き合って息を切らしている姿があった。

 神奈とデジザイアは無表情で男二人の絡みを眺める。


「はぁ、はぁ、こんなの初めてだ……。これが興奮」


「うっ、何てことだ。こんなに弄りたくなるなんて……!」


 抱き合いながら息を切らす少年と青年。ボーイズラブ(BL)でもかなり危ない組み合わせだ。こんな状況を眺めているだけで神奈の精神は擦り減っていく。


(何だろう……私、女だよな、一応。性欲が高まって興奮したっていうんなら普通私の方へ来ないか? いや、異性として見られたいわけじゃないけど全く見られないっていうのも……バカにされてる気がしてムカつくし。何なの? 私より男同士がいいって、お前らそんなBLな感じしてたっけ?)


(……何か、可哀想)


 デジザイアも長く見ていたくなかったようで能力を解除した。

 正気に戻った男二人は途端に無表情になり、互いに背を向けると体育座りをして俯いてしまった。いたたまれない雰囲気になったが神奈はすぐに元凶を睨む。


「この状況は、お前のせいだああああああああああ!」


 勢いよく神奈が元凶目掛けて駆ける。

 ギョッとしたデジザイアは茶色の波動を放ってきたが無視して接近した。なぜなら神奈は先程の波動で性欲を引き出されなかったから、つまり加護で無効化出来るからだ。どんな効果か知らないが無視して殴れば勝てる……そう思っていた。


 神奈は殴ることなくデジザイアの横を通り過ぎてしまう。

 険しい表情のまま走り去り真っ先に向かったのは一階の女性用トイレ。大慌てで個室へ駆け込んで、ズボンとパンツを脱いでから便座へ腰を下ろす。


 明らかにデジザイアの力の影響だろう。神奈は波動を喰らった直後にいきなり腹痛を引き起こしたのである。それだけではない、さっきまで平気だったにもかかわらず尿意までもやって来た。さすがの神奈もそんな状態で戦闘は行えない。


「あの……あの、クソ精霊……! つーか効かないんじゃないのかよ……!」


「おそらく神奈さんが最近便秘気味だったからじゃないでしょうか。溜まったままは体によろしくないですし、加護も体を気遣ってくれたんでしょう」


「余計な気遣いはいいから防げよマジでええ……!」


 俯いて怒りを溜めている神奈に憎き敵の声が届く。


「性欲の波動が効かなかったからどうかと思ったけど、これは効くんだね」


 灰色の肌をしており、黒いマントを纏っている少女が真上にいた。

 個室の真上、つまり神奈の真上。何やら和式便器に跨るような姿勢でふわふわ浮いていた。嫌な予感があったが後回しにして神奈は口を開く。


「よおクソ精霊いい、降りて来いクズ。お前なんざ一発でのしてやるからよお」


「い、や、だ、よ。あっかんべー。クソしてるのは君の方だろー? だいたいさ、随分強気だけどそんな態度でいいの? 今の君って身動き取れないでしょ。そんな状態でよく強気でいられるよね」


 確かに神奈はタイミング悪く色々出している最中だ。さすがに色々下から垂れ流して動くわけにもいかない、もし動いたら研究所の人間から絶対説教される。

 こんな状態でも強気でいられるのは神奈自身が強さに自信を持っているからだ。身動きがとれない状態で攻撃を喰らいまくってもノーダメージの自信がある。


「言っとくけどな、お前が殴ろうが蹴ろうが私は平気なんだよ」


「……ぷっ。殴る? 蹴る? 甘いねえ、キュウリに蜂蜜かけてメロン風味にするくらい甘いねえ。私がこれから行う攻撃は確かに肉体的ダメージを与えられない。でも精神的ダメージは計り知れない。ヒントはこの体勢だけど……わ、か、る、か、な?」


 今のデジザイアの体勢といえば、和式便器に跨るような……。

 神奈は先程から嫌な予感があったがそれの正体に気付いた。そう、最初から頭に入れておくべきだったのだ。デジザイアは今まで戦ってきた者達と比べて戦法が異質すぎる。戦闘力がなくても、えげつない行為を平気でする恐ろしさがある。

 想像した神奈は血の気が引いて顔を青褪めさせた。


「ちょっ、ちょっと待て。いやお前精霊だろ!? その、出せるのか!?」


「私は特殊でね、人間と構造がほぼ一緒なんだよ。違うことっていえば生殖機能がないことくらい」


「おい待て、やめろ、私の真上から退け。やめろって、おい、おいマジでやめろ。おい何か見えてきたんだけど!? やめっうわああああああああああああああああああ!?」


 何かが落下した女性用トイレ内に絶叫が響き渡る。

 神奈は身をもって、デジザイアが人間と構造がほとんど変わらないというのは本当だと知った。



 * * *



 欲の精霊デジザイアは上機嫌で歩いていた。

 歩く度にスペード、クラブ、ハート、ダイヤ、四つのイヤリングが揺れ動く。

 伊神第十三研究所の地下シェルターへ戻って来た彼女は内部を見渡すと、すぐ異変に気付いた。スノリアがいなくなっているのだ。霧雨と白正はまだ背を向け合って体育座りしているというのに。


「……あの山積みになった段ボールの裏とかか」


 食欲を引き出したスノリアはまさに暴食。彼女が食いしん坊なことはほとんどの精霊周知の事実。普段は雪や氷しか食べていないため、他のきちんとした食べ物全てを大袈裟に美味しいと叫んで喰らう。監禁時の様子を見ていたが人間が作った非常食でも同じだったらしい。


「さーて、早いところスノリアを捕獲して、彼女のところへ連れていかないと」


「スノリアをどうするって?」


「はっはっは、だから捕獲して……誰だばっ!?」


 振り向いた瞬間にデジザイアは頬をぶっ叩かれ、回転しながら吹き飛ぶ。何度も床を転がった後に立ち上がり、襲撃者を見てみれば「げえっ」という声が漏れる。

 襲撃者は一人の少女。パーカー、ズボンという服装。四方八方に跳ねた黒髪の彼女、神谷神奈はつい先ほど精神的に追い詰めた相手だった。もう歯向かおうとする意志を折ったと思っていただけに多少驚く。


「ぶっ殺しに来たぞ、デジザイア……!」


「君も懲りないな。まーたぶっかけられたいの?」


「やっぱ殺すわ」


「やっぱりも何も殺す意思が変化してないんですけど、ね!」


 対処法は簡単だ。さっきと同じ波動をぶつければいい。

 排泄をしたいと思わせる波動。たとえ出すものを全て出しても当たればトイレへ直行コース。何も出ないまま便座から動けなくなる恐ろしい力だ。


 躱す素振りも見せない神奈をデジザイアは嗤う。確かに神奈は強いのかもしれない、だが世の中には戦闘力の強弱を覆す能力などいくらでもあるのだ。特にデジザイアはそういった特殊能力を山ほど持っている。

 少し時間が経ち、異変に気付く。

 もうトイレに駆け込んでもおかしくないのに一向に神奈が動かない。


「あれ、何で……。痩せ我慢は止めなよ! 体に良くないよ!?」


「安心しろ。おかげでさっきはスッキリしたし、もうそれは害だってさ」


「なるほど、だったらこれだ!」


 排泄の波動が通じないのは予想外。しかしあんなものはデジザイアの能力の一つにすぎない。通じないなら別の波動に切り替えればいいだけの話だ。

 切り替えたのは睡眠の波動。青い波動が直撃し、神奈の瞼が閉じていく。ふらふらと歩いているが直に寝入ってしまうだろう――本来なら。


 眠ろうとした瞬間に神奈は自身の額に拳をぶつけたのである。

 衝撃で眠気を吹き飛ばすことは確かに出来る。実際に出来る者がどれほどいるか、少なくともそう多くないはずなのだが。


「なっ、自分で、自分を殴った?」


「悪いけどまだ寝るつもりはないぞ、お前をぶっ殺すまで」


「く、くそっ、それなら今度は格闘で勝負だ。小細工なしで沈めてあげよぶえ!?」


 気付いた時には既にデジザイアは顔面を殴られていた。

 格闘には多少自信があったにもかかわらず、神奈の動きを視認することすら出来なかった。しかも想像以上に強力なパンチだったために意識が朦朧とする。


「勘違いしてんじゃねえぞ。お前が有利にことを進められたのはその小細工があったからだ。自分の土俵ならお前は強いだろうけど、こっちの土俵に上がったら結果は目に見えてる。悪いけど、お前と私じゃ身体機能が違いすぎるんだっつーの」


「……かい、ぶつ」


 君は人間じゃない、デジザイアは声を大にしてそう言いたい。だが残念なことに意識の糸はプツリと切れてしまいそのまま床へ倒れ伏す。

 今回が欲の精霊にとって初めての敗北であった。







腕輪「この作品、何か、何でも許されそうですよねー」


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