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【終章完結】神谷神奈と不思議な世界  作者: 彼方
三.六章 神谷神奈と精霊界
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44.98 冬の精霊スノリア


「どうなってるんだ? もう誰かが助けた後だったとか?」


 誰もいない空間で神奈は呆然と呟く。


「あああああ! おいっしいいいいいいいいいい!」


 静寂だった場所に歓喜の叫びが響き渡る。

 同時、非常食の入っていた段ボールの一つから勢いよく、白い着物を着た女性が空中へと飛び上がった。白に近い青色の長髪を揺らしながら、右頬を片手で押さえ、幸福の表情で登場した彼女はどう見ても異質。あまりに唐突だったので神奈は声を出すことすら忘れて目を見開いた。


 小さな音を立てて着地した女性の周囲にはキラキラした粒が舞っている。さながらダイアモンドダスト。余程嬉しいのか体を上下に揺らす度、豊満な胸部も上下に揺れる。そんな彼女が何かを咀嚼していることに神奈が気付いたのはすぐだった。


 白い着物を着ている女性は入口に立つ神奈を認識する。

 咀嚼していた何かを飲み込むと、彼女は可愛らしくコテンと首を倒す。


「誰?」

「お前が誰だああああああああああああああ!」


 神奈の怒声に驚愕した彼女は「きゃっ」と肩を揺らす。

 いや、誰だとは言いつつ神奈も想像はついているのだ。ただ予想外な登場に何もかもが狂ったというか、少し心配して駆けつけた自分がアホみたいだと苛つきはしたが。


「なあにぃ、そんな大声出さなくてもいいじゃないのよお」


 右頬を膨らまして抗議されたが神奈は聞く耳を持たない。

 怒りのボルテージを上げながらずかずかと歩いて距離を詰めていく。


「うるっせええええええええ! おいふざけんなよ、お前だろ冬の精霊スノリアってのは!? 監禁って聞いたから結構酷いことされてるのかと思ってたのに何だお前!? めっちゃピンピンしてるどころか何か知らんけど呑気に食べやがって! ふざっけんなよお前、無事ならさっさと精霊界に帰りやがれ!」


 そう、彼女こそが冬の精霊スノリアなのだ。

 白い肌に着物、青白い長髪はまるで雪女のようである。周囲を待っているキラキラした粒も雪女っぽさを助長している。


「かーんきーんー? なぁにそれえ。だいたい白正以外の人間がどうして精霊界のこと知ってるのよお。何か煩いし、いったい何の用なわけえ?」


「おいどんだけ呑気なわけお前。ねえ、私はさ、環境が破壊されるとか聞いたから仕方なく動いて、わざわざこんなところにまで来たんだよ。ぜーんぶお前が勝手にいなくなって冬を到来させないせいなんだよ。そこちゃんと理解してくれるかな」


「何よお、冬ならちゃーんと呼ぶわよー。でもまだ時期じゃないでしょお? 季節の始まりを告げる精霊はね、その始まりを告げる時まで何しても自由なんだからいいじゃなーい。ちょっとくらい羽目を外したってさあ」


 青筋を額に浮かべていた神奈だが怒りを静めて「は?」と呟く。

 まだ時期じゃないとは何なのか。今は十二月だ、とっくに冬のはずである。それなのにスノリア自身が冬だと認識していない。この事実が異常なのは間違いない。


「あのさ、今が何月だと思ってるわけ?」


「……さあねえ、何月、とか、人間が使ってる暦はよく分からないけど。今はだいたい秋くらいでしょー? まだ仕事まで時間あるわよねえ」


「いや時間ないよ。もうとっくに冬の季節なんですけど」


「うっそだああ。白正は秋だって言ってたもーん」


 神奈とスノリアが会話していると入口の方から音が聞こえてくる。

 階段を下りてくる音だ。コツ、コツ、とゆっくり落ち着いて下りている。この地下シェルターへと近付いて来る。

 二人が視線を向けると、入口にやって来たのは一人の男。


「これは……君、そこで何をしている」


 白衣を着た眼鏡男だ。知的そうな印象を与える彼を見て神奈は「誰だ?」と呟いたが、スノリアが「あー、白正だあ」と言ってふわふわと飛んで行ったのを見れば答えは出た。後鉱白正その人だと。

 スノリアは白正の真横に着地すると肩を掴んで揺らし、神奈を指さす。


「ねえ聞いてよお、あの子ったら今が冬の季節だって言うのお。そんなわけないよねえ? 白正は秋だって言ってたもんねえ?」


「……ああ、今は秋だ。あの子の勘違いだろう」


 明らかな嘘にスノリアは「だっよねえ」と納得してしまった。

 これではっきりした。今回の一件、別にスノリアに非があるわけではない。……いや帰れる状況だったのに帰らない彼女にも若干非があるのかもしれないが、元凶は後鉱白正という研究者である。信じる方も信じる方だが彼は現在が秋だとスノリアに信じさせたのだ。


 秋と認識した彼女は精霊界に帰らない。本人の言い分を聞く限り、冬の開始直前まで自由に過ごしているらしい。秋だと信じ込ませること、そしておそらく先程彼女が美味しそうに食べていた物で地下シェルターに留めさせていたのだろう。


「おいアンタ正気かよ。今は十二月、もうすぐ一月だぞ。秋なわけないだろ」


「さてね、最近物忘れが酷いようで。……それで、君は誰かな? 大人なら不法侵入で逮捕されてもおかしくないよ。子供でも怒られる、ご両親に迷惑がかかると思うけど」


「安心しろよ、両親は既に他界済みだ。私の名前は神谷神奈。精霊王や精霊の友達の頼みでそこのバカを引き取りに来てやった。そいつを早く元の世界に帰してやれよ」


「俺の名は後鉱白正。何となく分かっていたが、君はなぜか精霊のことを知っているらしい。スノリアのことを帰せというのも冬を到来させるためか」


「分かってるなら帰せよ。こんなことに何の意味がある」


 神奈の頭では白正は環境を破壊しようとする大悪党になりつつあった。そんな彼が俯き、右手で顔面を押さえ、狂ったように笑みを零して次第に一人で大笑いするものだから顔を顰める。


「何の意味があるだと? 決まっているだろう! 精霊の存在を認知させて世界の技術力を大きく進歩させるためだ!」


 予想外の理由を耳にした神奈は顰めていた顔を戻す。様子からも本気で言っているだろうことは別に悪事ではない。誤解だったのかと目を丸くしてから「……技術の進歩?」と呟く。


「ああそうだとも。精霊の力は素晴らしい。所長が行っている研究を知っているか? 新たなエネルギーの開発だの何だのと、バカらしい! 精霊の協力を得られればすぐにでも無限のエネルギーを利用出来るっていうのに! 幻想だの妄想だのと真実から逃避しているから、こんな簡単な方法にも気付かないんだよ! ……現代では精霊の存在がファンタジーだとされている。だから証明するんだよ、精霊が実在するって証拠を集めて発表するんだ。どうせ否定した全員が手のひらを返すだろう。人間ってのはそんなもんだ、状況次第で評価をあっさり覆す。君もそうさ、俺の手で暮らしが豊かになればごめんなさいと平謝りするだろう」


 熱弁していた白正。呆然とする神奈。


「……悪い、途中から聞いてなかった。もう一回言ってくれる?」


 話が難しいと理解を放棄する人間は多い。長ったらしい話を聞かない人間も多い。神奈も出来る限り聞こうとはしていたが結果はこれである。


「……つまり、精霊の力があれば豊かな暮らしになる、ということだ」


「ああなるほどね! それで、その肝心の精霊を騙しているわけだ。もうちょっと誠意を見せてほしいもんだけどな、精霊に」


 協力を要請する相手を騙して閉じ込める。酷い扱いもあったものだ。

 未だ存在を肯定されていない精霊だからこそ犯罪になっていないが、仮に人間相手ならどうだろうか。あまりに酷いし訴えられても文句は言えない。


「白正、缶詰頂戴。みかん味」


 だが当の被害者は呑気に缶詰を要求している。

 白正が白衣のポケットから小さめの缶詰を取り出して与えると、スノリアは大喜びで「やったあ、これ美味しいんだよねえ」と缶を開けて口へ放り込む。


「十分な扱いはしているつもりだ、満足そうじゃないか。君のような子供にとやかく言われる筋合いはない。こちらも缶詰代という代償を払っているんだからな」


 確かに当初予想していたような酷い扱いはない。それどころかスノリアは満足気で、白正からも悪党のイメージが抜けてしまった。

 ここで神奈はある予想を立てる。おそらく前提を間違えていたのだ。あまり悪人とはいえない彼が環境破壊のリスクを冒してまでスノリアを留まらせるだろうか。そもそも白正が環境破壊についてどうやって知ったというのか。


「なあアンタ、もしかして知らないのか?」


「知っているさ。スノリアの一番の好物はウナギの缶詰だ」


「そんな話じゃねえよ。季節を遅らせることでどんな被害が出るのかってことだ。環境が壊れて、いずれ人類が住めない星になるんだぞ」


 やはりというべきか、白正は「何、だと?」と驚いて呟く。

 白正は冬を到来させないデメリットを把握していなかったのだ。精霊の存在を認めさせられるメリットを重視しすぎていたせいか、そもそもデメリットがないと思ったのか確かめなかったのだ。しかし本人にその気がなくともやってしまったことは変わらない。


「スノリア、本当なのか?」


「うーん? そうだよ、言ってなかったっけえ」


「聞いてない。聞いてないぞ、そんなこと。本当……なのか」


 相も変わらず呑気なスノリアは「本当だよー」と肯定した。

 デメリットを知った白正の行動に神奈は注目する。もし知ったうえで続けるようなら実力行使に出るだけだ。戦えるような男に見えないため何をされても勝てると判断したのである。


「……なら、仕方ないか」


 諦めともとれる呟きに神奈は口角を僅かに上げる。

 毎度毎度、厄介事の際は実力行使に出ることが非常に多かった。たまには戦ったりしないで平和に終わることがあってもいいと思っていたのだ。


「スノリア、すまない。今は冬らしい」


「ええ!? 秋って言ったのに!」


「俺の勘違いだったんだ……。すまない、早いところ精霊界へ帰って冬を呼んでくれないか。本当にすまなかった」


 怒ったのかスノリアが右頬を軽く膨らませる。


「勘違いならしょうがないよお。でも、また会いに来るから! その時はウナギの缶詰を大量に用意してもらうからねえ!」


「ふっ、なら明日にでも買っておこう。いつ来てもいいように」


 スノリアと白正も笑みを浮かべて互いを見つめる。

 平和に解決した事実に神奈は達成感を覚えていた。また今回も誰かと戦うことになるのかとヒヤヒヤしていたのだ、どうせならこの先ずっと戦うことのない生活を送りたいものだが――その認識は甘かった。


「――ちょっとちょっと、何を勝手に諦めてるのさ後鉱白正いいい」


 乱入者が現れて平和は乱される。

 結局いつもの流れになるのかと運命を嫌悪した神奈は拳を握った。




 * * *




 伊神第十三研究所の通路にて。

 霧雨は研究所長である大谷と共に神奈が戻るのを待っていた。

 事情を知っている霧雨はともかく、大谷は少し心配そうに「トイレにしては長いな」と呟く。実際トイレではないので当たり前だ。


「あの子、まさか……便秘なのか?」


「今日はちょっと詰まっているみたいですね」


「なるほど気持ちは分かる。俺も出ない時は一時間くらいトイレに篭ったからね。まったく、あれは地獄の一時間だった。汗が滲み、腹と頭の痛みで眩暈すら起きたっけ」


 トイレに行ったと思っているからか大谷はなぜか話題がそっち方向だ。優秀な研究者のそういった一面などあまり聞きたくない霧雨は、早く帰って来いと心の中で神奈に対して叫ぶ。

 この施設のトイレの便器についての話が始まり、次にウォシュレット、和式洋式などなど話題は尽きない。霧雨が適当に相槌を打ってやり過ごしていると、慌ただしく女性研究者が通路を走って来る。


「所長、大変です!」


「綾野さん、どうした?」


 汗を垂らしながら必死に走って来るなど普通じゃない。何かがあったのだと部外者の霧雨ですら分かり、耳を傾ける。


「エネルギー測定機が異常な反応を示していて、もしかしたら故障かも!」


「そりゃマズい! こうしちゃいられない、悪いが霧雨君、神谷さんが帰って来たら見学は中止と伝えてくれ! 今日は見学どころじゃないから後日に改めて行おう!」


 そう言って大谷は綾野という女性研究者と一緒に走り去ってしまう。

 故障と聞いて慌てるのは霧雨も理解出来る。霧雨自身、発明家の端くれとして機械に触れることが多いのだから。


「……丁度いい。俺も手伝うか」


 一人残された霧雨は小走りでその場を後にした。


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