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【終章完結】神谷神奈と不思議な世界  作者: 彼方
三.六章 神谷神奈と精霊界
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44.96 精霊界


 宝生小学校では十二月二十六日、つまるところ今日から冬期休暇に入る。

 例年通りなら雪が降って積もっているかもしれなかったし、神奈はそれで雪だるまや雪合戦をしていたのだが今年は雪がまだ降らない。ちなみに神奈の雪合戦はほとんどの場合、一人で残像を作って行っている寂しい遊び方である。


 現在、神奈は自宅でコタツに入りながらゲームをしている。

 寒くもないのにコタツを出しているのは単なる気分だ。そもそも加護のおかげで気温の高低など関係ないため必要ないのだが、何となく冬にはコタツというイメージがあるため、この季節になると別部屋から引っ張り出してくるのだ。


「神奈さん」


「何だよ」


「いいんですか? このままじゃ本当に冬が来ませんよ?」


 冬が来ない理由について報道番組では不明となっているが神奈は知っている。

 霧雨から見せられた学者の論文に、冬を訪れさせる精霊を捕獲したと書いてあったのだ。冬を到来させるには精霊界で念じなければならないらしい。状況証拠は揃っているし論文は正しいのだろう。


「ちょっと前にも言ったけどさ、私は困らないんだよね。そりゃ冬が好きな人には迷惑だろうけど。夢咲さんだってあんまり寒いと凍死しちゃうかもしれないだろ」


「もっと先を見据えましょうよ。精霊についての研究が進んだ後を」


 精霊。自然や生命体の想いから生まれる存在。

 彼ら彼女らの存在は未だにファンタジーだ。しかし実在すると判明し、知恵ある人間によって研究が進めば色々と世界規模で影響してくるだろう。テクノロジーの大幅な進化も見込める。もしかすればよくあるファンタジー世界のようになっていくかもしれない。


「……あれだな。この世界がマジで異世界っぽくなるな」


「そんなふんわりしたもんじゃないですよ。モンスターハントしながらじゃなくてもっと真面目に考えてみてください。精霊の研究が進めば自然災害なども被害を最小限に出来るでしょうし、生命体を操作する技術も生まれる。つまりオーバーテクノロジー、今の人間には過ぎた文明を手にしてしまうのです」


「何かマズいのか? 文明発達すんのはいいことだろ。あ、一回死んだ」


 神奈がプレイしているのはモンスターハント。通称モンハト。一狩り行こうぜでお馴染みのゲームだがそれは置いておき、何を危惧しているのか腕輪の語りは続く。


「魔法と同じですよ。政府の人達は魔法を受け入れさせる下準備をしているからまだいいですけど、仮に魔法がいきなり公表されたらどうなるでしょう。行使可能な人間を世界中が捜し出し、色々な変化が起きるはずです。差別、酷使。兵器代わりにされて戦争に駆り出されるかもしれません。精霊だって同じことです。もし公表されれば……世界中が派手に動く。平和が崩れるかもしれませんよ」


「マジかよ……! ヤバい、ヤバいぞ……!」


 ゲーム機の画面を見ながら震えた神奈はごくりと息を呑む。


「宝玉手に入ったからラスボスの装備作れるじゃん! いや欲しかったんだよね宝玉。これで双剣がめっちゃ強くなるわ」


「そっちですか!? 真剣に聞いてくださいよ世界の一大事ですよ!?」


「……はぁ、聞いてる聞いてる」


 確かに腕輪の言う通りになれば世界は危うい状態になる。

 強大な力や特殊な存在に目が眩んだ人間は厄介で、悪用しようとする者は必ず出て来る。そういった心配を減らすために政府は魔法の公表を遅らせている……というのを以前聞いたのを神奈は忘れていない。


「でもぶっちゃけ私は頼まれない限り動く気ないから。だいたい、精霊を捕まえてるのって研究者だが学者なんだろ。ただの小学生じゃ会えなそうだし、話にも応じないだろうさ。あっちも法律破った犯罪者じゃないから私だけじゃどうにもならん」


 精霊は今のところ認知されていないので法律にも無関係。警察の手を借りようにも借りられず、会って話そうとしても門前払いに決まっている。

 神奈は基本厄介事が嫌いだ。今までを知っている人には嘘認定されそうだが本当である。これまでは何かしらが原因で巻き込まれるか、渦中にいる友達を助けるために動いただけだ。今回は誰かに頼まれたわけでもないし自分に無害なのでスルーするつもりだった。


「ほら、力尽くで救出すればいいじゃないですか」


「そしたら私が逮捕されるだろ。不法侵入とかで」


「いいんですか!? 神奈さんが寝ている間にゲームのデータ消去しますよ!?」


「もしやったら宇宙にぶん投げるぞ」


 腕輪は折れたようで「すみません」と謝る。

 結局のところ、神奈は困っている者がいたら駆けつけるようなヒーローではない。今回の件は自分以外が解決してくれることを祈ってゲームに没頭する――はずだった。


「ん、客か。誰だ?」


 家のインターホンを鳴らされたのでコタツから出て立ち上がり、玄関まで歩いて行く。少なくとも誰かと会う約束をした覚えはないので訪問販売などかもしれないが一応出る。

 扉を開けた先にいたのは全身白塗り幼子。まるでソフトクリームのようにぐるぐるの形をしている白いスカート、小さな胸だけ隠した白いベスト。そして頭には白いとんがり帽子。間違いなく今年のハロウィンに出会った精霊、ポイップであった。


「トリックオアトリート」


「……え、いや、もうハロウィン終わったけど」


「挨拶だよー。おはようとかじゃ味気ないなと思って」


「お前今世界中の人間を敵に回したからな。で、何の用だ? 才華はいないぞ」


 この白塗り幼子こと、お菓子の精霊ポイップはハロウィンの一件以降たまにこの世界にやって来る。地上世界、人間界、呼び方は色々あるだろうがこの世界に精霊界から遊びに来ているのだ……藤原家に。少し前に神奈が藤原家へ行った時など才華、涼介、厄狐、ポイップの面子でカードゲームをしていた。


「ちょっと頼みがあるんだー。とりあえず強い人にやってほしいなって」


「頼みって?」


「実は冬の精霊、スノリアが行方不明になってるの。スノリアがいないとこの世界に冬が来ない。冬が来ないと四季の循環が壊れてえ、なんやかんやで最終的に生命体が生きられない環境になっちゃうんだってー。だから私みたいな新参者の精霊もー、駆り出されて捜索してるんだー」


 もうこの時点で答えは出たようなものだが神奈は現実逃避する。

 きっと何かの偶然。きっと冬の精霊は二人いるのだろう。召喚の魔導書の魔法生物にも冬の精霊がいたし珍しい存在ではないのだろう。きっと霧雨が見せてきた論文には関係ない。


「それで見つかったんだけどー、何か人間の一人が監禁してるっぽいの。だからおねがーい! その人間を倒してスノリアを助けてあげてよお!」


 現実は非情である。いつも神奈は何かしらに巻き込まれるのだ。

 右手首にある腕輪に「神奈さん……」と名を呼ばれたので神奈は観念することにした。どの道、人間が生きられない環境になるなどと聞かされたら無視出来ない。環境悪化だけなら自分には無害なのだが、それで自分以外が滅びたら完全孤高の生活が幕を開けてしまう。


「……分かったよ。とりあえず、案内してくれ」


 こうして正常な四季を取り戻すため、神奈はポイップと共に動くことになった。



 * * *



 冬を取り戻すべく動き出した神奈とポイップ。二人は現在――精霊界にいた。

 多種多様な色が絶え間なく変わっていきグラデーションが幻想的で綺麗な空。歩ける道は浮遊しているボロボロの瓦礫を繋げたようなもので、歩く度に小さな欠片が真下へ落ちていく。空中には虹色の球体が大小問わず無数漂っている。


「なあポイップ」


 案内役として前を歩く白塗り幼子へと神奈は声を掛けた。

 白いとんがり帽子を揺らしながら歩く彼女は「なあに?」と振り返る。


「ここ……どこ?」


「精霊界だよー」


「ああ、うん、そうだよね。でさ、何で私こんなところに連れて来られたの!? え、確か精霊を拉致してる奴をぶっ飛ばすって話だったよね!? さすがにここにはいないよね!?」


 そう、本来なら神奈は冬の精霊スノリアを拉致監禁している人物の元へ向かう……予定だった。しかし目前のあざとい感じで喋るお菓子精霊に付いていった結果、なぜか不思議な不思議な精霊界へと足を運んでしまったのだ。妙な空間の亀裂を通った時点でおかしいと察せていればよかったのだが。


「まあそうカリカリなさんなって。オイチャン、カルシウム足りてるか心配だよ」


 神奈の後ろを浮遊する、寝袋に包まった紫の赤子がそんなことを言う。

 紫の肌な時点で少し気持ち悪い……いやユニークな彼だが、頬にある黄色の丸い模様が微妙に可愛さをアピールしている。……しているだけで神奈からすれば可愛くない。


「そんでお前誰だよ! 精霊界来てからずっと付いてきてるよな!?」


「オイチャンはサツマイモの精霊、オイチャンだよ」


 実のところ、オイチャンは精霊界に来てからではなく来る前から付いてきていた。それもその筈、この黄色の頬で紫肌の赤子こそがこの世界への入口を作り出したのだから。

 長時間生きている一部の精霊は自由に入口を作れるのだ。ポイップはいつも彼の協力を得て人間の世界へとやって来ている。


「知るか帰れ!」


「じゃあオイチャン帰るよ」


「帰るのかよ!? マジで何で付いて来た!?」


 本当にオイチャンは離れてどこかへ飛んで行く。飛行しながら「ひーまーつぶーしーさー」と歌うような答えが返って来たのは神奈を妙に苛つかせた。


「酷いよ神奈ちゃーん。オイチャンがいないと人間界に行けないのにー」


「おいこら戻ってこおおおい! ごめんマジで戻れええええええ!」


 結局オイチャンは戻って来なかった。現実は非情である。


「まあこれから会う精霊王様ならー、あっちに戻してくれると思うけどねえ」


「何だよかったさすが王様……って、え、私そんな大物と会うの」


 先程の会話から分かるが神奈はこの世界に来た目的を知らない。精霊王なる存在に会わされようとしているなど微塵も思っていなかった。

 迷わず歩くポイップへ暫く付いていけば、神奈の視界に強面のごついオッサンが映る。遥か先にいるようだが何となく精霊王だと察せた。ポイップに「あれが精霊王か?」と訊いてみれば「そうだよー」と肯定が返ってきたので間違いない。


 青い肌に黒髪、無精髭の生えた強面の男。手には大剣を持っている。

 歩いて、歩いて、段々近付いていくと異変に気付く。こうして距離を詰めているはずなのに中々精霊王が近くに来ないのだ。遠く離れているものが小さく見えるのと同じで、二人から遥か離れた場所に立っているらしい。

 そしてようやく精霊王の前に辿り着いた神奈の視界には――高層マンションくらいある足が映っている。もちろん二本あるので高層マンションが二つ並んでいるような状態だ。


「……これが精霊王か?」


「そうだよー?」


「で、でかすぎてこっからじゃ足しか見えねえ……」


 足しか見えない状態で会話するのもやり辛い。やはり会話は相手の顔を見ながらしたいものだがポイップは気にしていないようだった。

 精霊王は「む、ポイップか」とこちらを認識した瞬間――大剣を動かして神奈を斬り払った。咄嗟だったので避けることも出来ずに神奈は地を転がる。


「ぐわあああああああああああああ!?」


「うわあああああ! 神奈ちゃーん!?」


「おいコラァ! 急に人のこと剣で払うとか何考えてんだあ!」


 立ち上がった神奈は大声で文句を言いながら精霊王へ駆け寄る。


「む、すまんな。わざとではない」


「まあ、わざとじゃないならいいんだけどさ、痛いけど。気を付けろよな」


 これが他の者なら致命傷を受けるか死亡するかの二択だろう。もちろん精霊王が大真面目に大剣を振るえば神奈とてダメージは負うのだが今回のは事故なので、力の抜けた一閃だったから少し痛い程度で済んだ。


「謝ろう、すまなかったな邪悪な人間よ」


 急にと言われたので「邪悪?」と首を傾げていると、突如上空から青い何かが迫って来る。正体は精霊王の顔面だ。無精髭の生えた強面の顔が空から降って来て神奈を押し潰す。

 謝るというのは本当に頭を下げて謝るつもりだったらしい。ただいくら下げるといっても足元まで下げるのはどうかと神奈は思うし、それで謝罪対象を地面へ埋めるようでは逆効果にしかならない。精霊王が頭を持ち上げた時、地面に肩まで埋まった神奈は額に青筋を立てて叫ぶ。


「おいコラァ! 頭下げすぎだろこの野郎!」


「む、すまんな。わざとではない。今引っ張り出そう」


「……まあ、わざとじゃないならいいけど。でも気を付けろよ、痛いから」


 引っ張り出そうとしているのか精霊王の左手が降りて来て神奈を掴む。ただ握力が強すぎて常人ならミンチになっているし、引き上げた際にすっぽ抜けて神奈は遥か遠くへ飛ばされる。だがさすがの機動力ですぐ帰って来た。


「おいコラァ! もうアンタ――」


「わざとではないぞ」


「否定早いな! でももういいから動くなよ、アンタ動くだけで被害出すし!」


 サイズ感の違いから精霊王の行動は全て攻撃になってしまう。下手すればポイップの方がダメージを受けて死亡するかもしれない。


「む、すまんな。……それで、いったい何用だ? ポイップ、その連れて来た人間がお主の言っていた協力者なのか?」


「そうでーす! 神谷神奈ちゃん、とっても強いの!」


 白塗り幼子は笑顔で肯定する。

 どうやらポイップが事前に、今回の事件で協力してくれる心強い味方を連れてくる約束をしていたらしい。ハロウィンの一件で神奈が強いのは分かっているから協力者に選んだのだと理解する。


「すまんな人間よ、我ら精霊は基本的に人間を害してはならない。今回スノリアを拉致した人間も殺すことは出来ないため解決が難しい。お主ら人間側でどうにかしてくれないとこちらも手詰まりなのだ。何も全て任せるわけではない、居場所は特定しておるから後は向かうだけだ」


 人間を害してはならないという言葉を聞いて、神奈は隣にいるポイップを見やる。記憶違いでなければ勘違いとはいえ思いっきり害していたと思うが。


「ああ、ポイップが迷惑をかけたのはこちらの不手際だ。この世界で必要な知識を与える前にそちらへ向かってしまったのでな、自由奔放というか……まあ、あまり責めないでやってくれ」


 視線で察したらしく精霊王が解説してくれた。

 神奈としてはもうポイップを責める理由などない。ハロウィンの一件はもう決着がついているのだから掘り返す必要もないだろう。

 視線を精霊王へと戻した神奈は頷くことで意思を伝える。


「では、検討を祈る」


 神奈とポイップの目前に突然亀裂が奔った。

 空中に奔った亀裂の中は水色と白が渦を巻いている。精霊界へ来る時も通った時空の裂け目だ。ここを通れば元の世界に帰れることは言葉にしなくても分かる。


「よし、そんじゃあ行くか」


「うん! スノリアを助けに行こーう!」


 事件を解決するため、二人は再び元の世界へと戻っていった。

 なお、精霊界と元の世界では時間の流れが違う。精霊界の一分は元の世界の一時間。あまり長居しなかったとはいえ影響は絶大だ。神奈が戻った時にはもう夜になっており、冬期休暇初日は何も成果なく終了した。








ポイップ「オイチャンとの出会い? うーんとね、確かあ、サツマイモのタルトをあげたから仲良くなったんだったかなー」


オイチャン「そうよ、オイチャンサツマイモ大好き。サツマイモの精霊でもサツマイモは食べるものなんだよ。因みにオイチャンの体も舐めるとサツマイモの味がするんだよ」


ポイップ「え、ほんと!? 舐めてもいい!?」


神奈「……絵面がなんかヤバいから止めてくれませんかね」


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