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【終章完結】神谷神奈と不思議な世界  作者: 彼方
三.六章 神谷神奈と精霊界
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44.95 訪れない冬


 かつて、伊神(いがみ)(うたげ)という凄腕の研究者がいた。

 知能という点において右に出る者なし。神の頭脳とすら評された素晴らしい研究者はこの世界の技術に大きな革新をもたらした。まるで文明が進んだ異世界からやって来たかのように彼と他者ではレベルが違う。功績を上げた彼は自分の名字を付けた研究所を作り、この世の未知を探る多くの若者達が集ったという。


「ダメだダメダメ! お前は何を考えているんだ!?」


 伝説とも言える話を脳内で振り返っていた白衣を着た男、後鉱(ごこう)白正(はくせい)は現在、研究所長である御影という後頭部の禿げた男に怒鳴られていた。それも白正が提出した論文が原因である。

 全て受け入れられるとは思っていなかった。が、まさか全否定されるとは思っていなかった。白正は下がって来た眼鏡を持ち上げながら「何って」と呟く。


「別に、所長と同じですよ。未知の解明。これが伊神第十三研究所のモットーですもんね。俺はそれに従って、未知を既知へ変えるためにその論文を書いたんですよ」


「未知を既知だとお? あのな、お前の論文は未知というか幻想(ファンタジー)だろうが! 何が精霊の存在と自然の関係性についてだ。漫画やライトノベルの見すぎでおかしくなっちまったんじゃないのか?」


 そう、精霊だ。白正が今回書いた論文は精霊についてだ。

 何も知らなければ否定してバカにしたくなる気持ちも分かる。しかし白正は知ってしまったのだ、三十年前、まだ小学生の時に幻想(ファンタジー)を。

 この世界に精霊と呼ばれる存在は実在する。これは間違いない。


「最初はみんなそう言うものでしょう。でも所長、これは今までの歴史に残るような人物だって突き進んだことです。飛行機を作る前は人間が空を飛べるわけないと言われたらしいじゃないですか。最初は誰だって未知で幻想だ、でもそれを諦めず証明したから既知になった。同じことですよ。精霊も、時間が経てばいずれ常識となる」


「なるほどな……ってなるわけあるか! いいか、お前はこれまで優秀な論文を仕上げてきた。期待も年々高まっている。そんな状況下でこんな馬鹿げた発表したら大バッシングだぞ。ちゃんと分かっているのか?」


 研究所長の心配はありがたいが前提が間違っている。

 白正が優秀と言われるくらいに素晴らしい発表をしてきたのは全て、精霊の実在を世間に周知させるための下準備。白正は優秀な研究者になりたかったわけではない。精霊の実在を証明出来そうなのが研究者だからなっただけだ。


「優秀な発表を重ねてきたからこそ信憑性が生まれる。違いますか」


「その意見は一理あるが、物事には限度ってもんがある。いくらお前でもこんな発表をしたら庇いきれん。伊神研究所はどこも厳しい、この十三研究所も同じだ。追放だってありえるかもしれない」


「その伊神研究所を創設した伊神(いがみ)(うたげ)先生だって当初はバカにされていたらしいじゃないですか。ならなぜ、その意思を引き継ぐはずの俺達がバカにされるのを怖がる必要があるんです? むしろそこから可能なことを証明出来れば歴史にすら名を残せる。そう、あの伊神宴先生のように。素晴らしいことだとは考えないんですか?」


「……現在と昔じゃ色々違う。とにかくその論文はゴミ箱に捨てておけ、発表用のは他に考えろ」


 そう言うと研究所長は身を翻して自らの部屋へと戻っていく。

 研究所にある自室で白正は机上に置かれた論文を眺める。手を置き、やがて力を込めて紙にシワを寄せる。歯を食いしばり、一気に握り潰すような感じで紙を持ち「クソっ!」と傍のゴミ箱に投げ捨てた。


「いるんだ、精霊は。実在するのに……! 精霊の研究を行えば文明はまた一歩、いや飛躍的に進む。彼女らの存在を証明するにはこれしかないんだ。世界中の人間から認められ、人類は大いなる一歩を踏み出す。完璧なのに、俺のプランは完璧なのに!」


『いえ、あなたのプランは足りないです』


 突如全く知らない声が白正の頭に響く。

 前後左右に振り向きながら「誰だ!?」と叫ぶが誰の姿もない。


『私が誰かなど些細なこと。私はただ、あなたの夢を応援したいのです』


「俺の夢を応援、だと? ふん、なら言ってみろ。何が足りないのか言ってみろ!」


『精霊が実在する証拠です』


「証拠、証拠だと? だが俺は見たんだ、子供の頃に精霊を!」


 小学生の時、白正は確かに出会った。

 友達がいなかった白正が一人でつまらなそうに雪だるまを作っていると、いきなり亀裂の入った空間から着物姿の少女が飛び出して来たのだ。美しい黒髪と白すぎる肌に魅了され、一時期は毎日のように遊んでいた。彼女は家出中らしく白正と同じく一人だった。


『実際に見たと言えば誰もが信じますか? 証明には証拠が必須。私の言う通りに動けばあなたをもう一度精霊と出会わせてあげましょう。そして、あなたの夢を叶えてさしあげましょう』


「誰だか知らないが……いいだろう。俺の夢を叶えてみせろ!」


 十月下旬。あともう少しで冬へと突入する時。

 こうして誰も知らぬ間に後鉱(ごこう)白正(はくせい)は謎の存在と結託した。

 その存在に従うことがどれだけ愚かかも知らずに。




 * * *




 十二月下旬。もう日本では気温もかなり低下して寒い日々が続く冬の季節……なんてことが今年はなく、未だに気温は二十度前後と過ごしやすい。快適なのはいいことだがテレビの報道番組では前代未聞の異常事態などと言われている。


 そんな異常な日々でも文芸部は変わらない。宝生小学校の放課後、文芸部室で神奈達は静かに本を読んでいる。いや正確にいえば速人は仕事らしいので来ていないし、霧雨は最近設置されたノートパソコンの画面を真剣に眺めているのだが。


「霧雨君、パソコンで何見てるの? 部室に来てからずっとだよね?」


 疑問を呈したのは部長である夢咲だ。

 部活開始当時は本を読むことなどなかった霧雨は、今ではしっかりと読書を嗜むようになっている。それなのに今日は以前に戻ったように他のことに夢中らしい。彼は画面を注視しながら「気にするな」と告げるが、無性に気になるのは仕方ないことだろう。


「エッチなサイトでも見てるんじゃな、い?」


 椅子に座って読書していた泉がノートパソコンへ視線を向けてそんなことを言い出した。

 エロサイトというのも色々あるわけだが興味を持ってしまう気持ちが神奈には分かる。保険の授業で性教育を受けた後は異性の身体が妙に気になるものだ。神奈も前世で閲覧経験がないわけではない。


「マジかよ、興味持つの早すぎ……ってわけでもないか。もう保険の授業で性教育やってるもんな。興味持っちゃう気持ちは分かる分かる」


「断じて見ていない! 妙な偏見は止めろ!」


 初めてノートパソコンの画面から目を離して霧雨が怒鳴る。


「今は見ていないんだよ、ね」


「家でも見てないわ! 見ているのは斎藤だろ!」


「いや僕も見てないって! 女子の前で何てこと言うのさ!?」


 とばっちりを受けた斎藤が大声で否定する。だが泉はニタアッという擬音が付きそうな嫌らしい笑みを浮かべて隣の斎藤へ顔を向ける。


「女子の前じゃ言えないよ、ね。私は分かっている、よ」


「何にも分かってないじゃないか!? 僕は健全だから!?」


 女子の前で男子が堂々と「エロサイト見てるよ」なんて言えないだろう。特に思春期で恥ずかしく思う年頃の斎藤には難易度が高すぎる。神に誓って彼は見ていないと断言出来るのだが、悲しいことにこの場で証明することは絶対に出来ない。


「嘘だね、本当は○○○○(ピー)の動画いっぱい見てるんで、しょ? ○○○(ピー)とか○○○○○(ピー)とか、それと○○○(ピー)とか、挙句の果てには○○(ピー)まで見てるんで、しょ?」


 恥じることなく泉が話す途中途中で、テレビの放送禁止用語につくようなピーという高温が部室内に響く。奇妙な現象に神奈は「何このピー(おん)!?」と叫ぶが冷静に考えればむしろありがたい。原因は何かと言えば、神奈の右腕にある腕輪が「性的な単語をピーに変える魔法ですよ」とネタばらしが行われた。


「ごめん、たぶんエッチな言葉なんだろうけど○○○(ピー)って何?」


 さすがにまだ小学生なので斎藤も全ては知らない。必然的に知らない単語を訊き返すことになり、あろうことか女子である泉が説明する羽目になってしまう。まあ彼女は全く恥じらっておらず、隣に椅子を近付けてから斎藤の耳に口を接近させて、ごにょごにょと小声で詳細を伝える。

 色々教えられた斎藤は一気に赤面して「女子が何てこと言うんだよ!?」と羞恥から叫ぶことになった。


「あー、猥談はその辺にしてさ。霧雨は本当に何を見てたんだ?」


 話を元に戻すために神奈が霧雨に問うと、彼は「はぁ」とため息を吐いてからノートパソコンを膝元へ置いてから体を振り向かせる。


「これだ、興味深い論文が発表されていてな」


「……精霊の存在と自然への影響について?」


 全く移動せずに細かい字を読む神奈に対し、霧雨は「お前その距離でよく見えるな」と並外れた視力に呆れ気味で呟く。

 ノートパソコンの画面には小さな字がずらっと並んでおり、一番上には僅かに大きめの字で神奈の呟き通りのことが書いてあった。精霊という予想外の言葉に神奈以外も顔を向ける。


「ほら、俺達も色々見てきただろう? 魔法生物だの妖怪だのと、不思議な存在がこの世界にいることはもういい加減理解している。だからこそ多少興味が出て眺めていたんだよ」


「まあ実際に精霊もいるしな。たまに才華の家に遊びに来てるし」


「藤原さんの家どうなってるの……?」


 夢咲が呆然と呟く気持ちも神奈は分かる。神奈も才華の家は色々おかしいと思っているので同意見だ。


「まあそういうことだ。意外と面白いことが書かれている」


「どんな内容なんだ? 論文とか難しいこと書いてあるイメージなんだけど」


 霧雨はくるりと体の向きを戻し、ノートパソコンを膝上から机の上に戻す。


「そうだな、要点だけをまとめて話そう」


 世界各地の伝承に登場する精霊(スピリット)

 ファンタジーな存在かと思われがちだが、古代日本では生物も無生物も精霊が宿っていると信じ、それを「チ」と呼んで名称の語尾につけている。古代文献には水の精をミツチ、火の精をカグツチ、雷をイカツヂ、蛇をオロチなどと呼んでいたことが知られている。こうした精霊の働きは人工物や人間の操作にも及び、刀の力はタチ、幸福をもたらす力はサチなどと呼ばれている。人間の生命や力の源が血にあると信じられたところに「チ」が起源しているとも言われている。


 ここまでは前提知識として、本題はこれから。

 世界的に知られている精霊を十一月十日、二十時三十六分に発見。

 人語を介せたので詳しく話を聞いてみたところ、精霊界という精霊だけの世界があることが判明。そこに住む彼ら彼女らの誕生経緯は様々。自然のエネルギーから生まれるケースや、生命体の想いから生まれるケースがあるらしい。さらに彼ら彼女らは自然に大きな影響を与えることも判明。


 捕獲した精霊は冬を司る精霊らしく、精霊界で念じていなければ世界に冬がやって来ないらしい。これは今後、冬が到来するかどうかを見届ければ分かる事実だ。彼ら彼女らの助力を得ることが出来れば世界的な技術の革新が起きるだろう。


「……と、まあこんなところか」


「長いよ。てか冬が来なくなるって……え、マジじゃん」


「そういえばニュースでも冬が遅いから前代未聞だって言ってたよね」


 斎藤の言う通り、現在は報道番組で毎日異常だと言われている。

 しかし冬が来なくて何か困ることがあるだろうか。

 降雪の確率は著しく減少するため雪合戦などの遊びは出来なくなるだろうが、寒くならなければ快適に過ごしやすい。スキーやフィギュアスケートも出来ないが神奈個人としては関係ない。考え込んだ神奈は一つの結論を出す。


「うん、別に冬なんかなくてもいいや。いっそ夏も消えていいぞ」


「確かにそれなら快適に過ごしやすいだろうが……問題もある気がするな。実際、この論文を見た有名な教授達は否定的な意見を述べている。真偽はどうあれ、四季の一つを潰すのはどうなんだとな」


「春と秋を潰されたら私はキレるかもしれない」


「私もだよ、エアコンがないから春と秋は天国みたいだし。夏と冬はあれだね、大焦熱地獄と八寒地獄だからね。藤原さんから貰ったコタツがあっても冬の寒さはなくならないし、毎年凍死しそうだよ」


「極端だと思うが……」


 冬が来ない確証があるわけではない。あの論文が真実かは不明だからだ。

 ただ、もし本当なら、この冬が訪れない現象は人間が関わっていることになる。精霊を捕らえて、四季を壊そうとしている。それだけは少し嫌な気分になるなと神奈は思う。








斎藤「あのさ、泉さんって羞恥心とかないの? 何でそんなエッチな言葉を連呼出来るのさ。将来はビッチにでもなるつもり? エッチでビッチな感じの女に!」


泉「まさ、か。大人っていうのはそういう言葉くらい連呼出来るものなんだ、よ。私は男の子の気持ちも女の子の気持ちも分かるからテクニシャンってやつか、な。斎藤君も性知識は将来のために持っておいた方がいい、よ」


斎藤「どうしよう……そりゃそうなんだけど、同い年の女子に言われたくはないよそんなこと。泉さんは女子なんだから少しは恥じらいとか持った方がいいと思う」


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