10 忍者――あてにならない――
2023/11/03 文章一部修正
太陽が町を照らす爽やかな朝。神奈はただ物が整頓されたリビングで料理が運ばれるのを待つ。
少しして、キッチンから料理を持ったピンク髪の少女がやって来る。
「できましたよ」
朝の気分を爽快にしてくれそうな、食卓に並ぶさっぱりとした料理の数々。新鮮なトマト。黄身と白身のバランスが良く塩コショウでのシンプルな味付けの目玉焼き。キラッと白く輝く白米。小さくカットされた豆腐とワカメが入っていて、汁も味噌が適量なので飲みやすい味噌汁。
朝はやはりこれだと神奈は思う。そして少女が席に着いたところで、思っていたことを口に出す。
「ほんと、お前いてくれて助かるわ」
「ありがとうございます。それでは」
「「いただきます」」
これが神谷神奈の家での新しい朝である。
居候の少女は「リンナ・フローリア」と名乗った。料理上手な少女を加えて少し賑やかになったが、穏やかな日常が過ぎ去っている。
しかしそんな平穏な日々のなか、神奈は未だに新たな魔法を一つも教わっていなかった。
「そろそろ新しい魔法教えてくれない?」
「ええいいですとも。今回教えるのは凄いですよー」
意外に乗り気である腕輪に続き、食事を終えたリンナが口を開く。
「あの、私からも教えていいですか? 住まわせてもらっている以上、何かの役に立ちたくて……」
「ほんとか? 助かるよ。適正がなくても魔法は使えるんだから、バンバン覚えていきたいしさ。威力が落ちるし、燃費が悪くなるのは悲しいけど」
神奈はまた腕輪に魔法を教えてもらうことになった。しかも今度は居候のリンナも無属性の魔法を教えてくれるのだ。一気に二つ魔法を覚えられる高揚感と期待が滲み出る。まあ腕輪が教えてくれる魔法には期待できないが。
食事を終えた神奈達は庭に出ていく。魔法の被害を最小限に抑えるためだ。
「では、先に私が教えますね。私から教えられる魔法はそう多くないので、今日は〈テレポート〉を教えます」
「……あ、ああ、あの服が消し飛ぶやつか」
「はい。でも実際にやるわけにはいかないので、イメージだけ教えますね。〈テレポート〉のコツはやはり行きたい場所をイメージすることです」
実際にやってしまえば神奈の衣服が弾け飛ぶ。それに制御も甘い状態で行えば、邂逅した初日のリンナのように別の場所へ移動してしまう。
衣服を身につけないで発動すればいいのにと神奈は呟くが、何も着ていない状態では発動すらできないとリンナに返された。
「なるほどなあ、やっぱりか。うん、なんとなく分かってたけどやっぱり使えねえわテレポート」
〈テレポート〉という魔法は瞬間移動。イメージについてはある程度推測が可能であった。
リンナの魔法指導が終わったことで、次は自分の番だと腕輪が声をあげる。
「では次は私の番ですね! 今回教えるのは〈ルカハ〉という魔法です。きっと神奈さんが気に入る魔法ですよ」
「ほーそこまで言うか。なんだか不安になるよ」
「なんでですか……まあ唱えてみて下さいよ。この魔法を唱えるときは、相手のことを知りたいと思うことがコツですかね」
「デッパーという前例がある以上、お前のことは信用したくないんだよ。〈ルカハ〉」
その魔法〈ルカハ〉を唱えたときに訪れた変化は――視界に映る数字だった。
数字はリンナの横で三段になって表示されている。
上が427。
真ん中が7。
下が420。
なんの数字なのか神奈にはさっぱり分からない。
(まさかとは思うけど、この妙な数字を見ることができるだけの魔法とか……はは、まさかな。そんな鳥の糞にも劣る力なわけがない。そんなわけないよな? もしそうだったら、私はもう腕輪から魔法を教わらないぞ)
ろくでもない魔法を教わるのはもうこりごりだった。学校にも行かなければならないのだから、時間の浪費にしかならない教えを受けている暇はない。
「で? なんなんだよこの数字は?」
「無事見えたようですね。〈ルカハ〉とは、相手の強さを測れる魔法なのです! つまりその数字は相手の強さ! 真ん中に表示されているのが身体能力の数値。下は魔力の多さです。一番上はその合計、いわば総合戦闘力ですかね。ただし技術や機械の機能などは測れないので、その数値も強ければいいというわけではありません」
「ようはあの有名なやつみたいなものか。でも基準がよく分からないぞ」
それから神奈は数値の基準を教えてもらった。
身体能力の基準。
1だった場合は並の成人男性以下。たとえどれだけ下だろうと最低数値なので変わらない。
150にもなればこの世界の格闘技で優秀な成績を残せるレベル。
300にもなると、人を殴れば百メートルは吹き飛ぶ。もはや常人ではない。
魔力の基準。
1が一般人レベル、そこは身体能力と変わらない。この世界では誰にでも魔力自体は存在するが〈ルカハ〉で測れるのは魔力を扱える数値。もし魔力が使えないなら0と表示される。
500で優秀というレベル。大魔法が五発くらいなら使える。
1000にもなれば大魔法が五十発は使えるレベル。
数値が倍になったからといって実力が倍になったわけではない。数値が少し離れているだけでも、覆すことが難しい実力の差が存在する。
とりあえず説明を聞き終わった神奈が思うことは、この魔法もろくでもない魔法だということだ。
どうしてかといえば、身体能力と魔力のバランスが悪いのが原因だ。数値が少し上がるだけで強さが全く違ってくるのだから、本当に簡単な目安程度にしかならない。
「あれ、てことはリンナはけっこう凄いってことか? 魔力値420って凄いんだよな?」
「私の場合は時間関係の固有魔法なので、ある程度魔力量が多くないと使えないからだと」
「へえー、まあ暇潰しにはなるな。ゴミも使い方次第ってやつだ。学校でも試してみるか」
「そうですね、魔力消費も少ないから使い放題ですよ!」
わくわくとしながら神奈は学校に向かう途中、通りすぎる人間に向けて〈ルカハ〉を使用した。しかし、やはりそんな突出した数値が出るわけがない。リンナは魔法使いであるので高くて当然だったのだ。一般人を計測したところでなんの面白みもない。
早くもこの魔法に飽きてきた神奈だったが、学校にて笑里や才華と話をしていたとき〈ルカハ〉のことを思い出す。
ちょっとした好奇心で二人を調べた結果――神奈は驚愕することになった。
「……ええ!?」
「どうしたの神奈ちゃん」
(藤原さんは身体能力値が1、魔力0、総合1とおかしいところはない。むしろ小学生のお嬢様なんだからこれが普通。でも笑里の数値は身体能力値が530、魔力0の総合530……って強すぎだろ! なんだ530って、無双系主人公か!)
明らかに笑里が強すぎる。事前に聞いている基準に照らし合わせても、人間を超えた怪力の持ち主である。
「どうやら笑里さんは、藤堂の霊力で体が強化されているようですね。もはや人外レベルですよ。大地にでかいクレーターさえ作れますね」
「……こいつヤバすぎるだろ」
「神奈ちゃーん! 次体育だよ、早く行こう!」
「わかった! ……体育無双が始まりそうだ」
今日の体育の授業は百メートル走。もう体力測定が始まっており、通常の授業とは異なる記録するだけのものだ。
大半の女子生徒は誰が速くてカッコいいなど話し合っている。神奈から見たら高速道路を走る自動車も、クラスでビリの男子も等しく遅く感じている。しかしそのなかで神奈は異常性を隠すため、一般的なレベルまで手加減して走らなければならない。
一緒に走る人間に合わせればいいと考えた神奈は、自分の番となったのでスタート位置に向かう。
今隣を歩いているのは黒髪黒目とこの世界ではなかなかいない外見で、細い体ではあるが女子生徒ではなく男子生徒。隼速人という男子だが、神奈は普段関わらないためにどんな人間か知らない。
二人はスタート位置に並び立ち、体育教師がピストルを上に掲げる。
「位置について、よーい――ドン!」
火薬が爆発する音が響き、百メートル走が始まる。
開始後、すぐに神奈は速人を見て同じ速度を維持する。そしてあっという間にゴールすると同時、体育教師がストップウォッチを押す。
「ゴ、ゴール。は、隼は1.3秒……神谷は1.4秒……」
(はい!? どういうことだ、確かに少し速いかなとか思ったけど。まずい、これは普通じゃない。クラスから浮くかもしれない。ていうか隼君何者!?)
恐る恐る隣に目を向けると、速人はありえないといった表情で神奈を凝視していた。
「き、貴様……この俺とほぼ同着とはな、いい足をしている」
「え、あ、はい」
「それに貴様は手を抜いていたな? 俺には分かったぞ、速すぎると教師には見えないからな。まあ俺も本気は出していない。自分が上などと勘違いするなよ?」
「あ、はい」
「このままでは消化不良だな……どうだ? 貴様、この俺と決着をつけないか? お互い本気で走ろう。そうだなここでは邪魔だろうから離れたところでやろうじゃないか」
「……え?」
「よし、では行くぞ」
言いたいことだけ言って速人は校舎の昇降口付近にまで歩いていく。話が勢いよく蹴り飛ばされたように進み、神奈は拒否することすらできなかった。
「二人ともすごく速いな! 世界記録の二秒を大幅に上回っているじゃないか! おーい、是非先生の元で陸上をやってみないかー!」
教師を無視して二人はスタート位置に足を運ぶ。
「ゴールはそうだな、あの奥のでかい木でいいか」
「……ああ、まあいいけどさ」
「せいぜい本気で走って、少しは俺の実力を引き出してほしいものだ。ではこの小石が落ちた瞬間にスタートといこう」
そう言って速人は小石を拾い上げて、すぐに真上に投げた。
相手の返答を待つことすらしない自己中心的な態度。絶対的自信からくる上から目線。神奈は速人の全てが気に入らない。こいつとだけは友達になれないとすぐに直感する。
(……その上から目線をやめさせてやろう。お前より速く走ってやろうじゃないか。その自信をぶち壊してやる)
小石が地面に落下する。もし強い風が吹いていれば聞こえなくなるくらいの、小さな小さな音を立てる。
学校では見せない本気の踏み込みで速人は勢いよく前に出た。まだ、0.3秒といったところで、五十メートルを通過するほど速い。その速度は音速に限りなく近かった。
(さて神谷だったか。奴はついてこれるか?)
速人が視線を後ろに向けた時、神奈が一気に追い越す。
背後に神奈の姿はない。正確には先程までスタート位置にいたのだが、速人は追い越されたことを無意識に否定している。自分が最強だと他者を見下しているゆえに、神奈がとっくに追い越しているなど現実と認められない。
どこにも神奈がいないことに混乱する。そして視線を前に戻したとき、神奈はもう既にゴール地点に立っていた。
(な、い、いつの間に……。確かにチラッと影は見えた。だが俺より速いはずがないと気付かなかった振りをした。現実はどうだ? 奴は俺よりも格下、そう決めつけていたが本当は……俺の方が格下だと? クソがっ……認められるか!)
ゴールまで走らず立ち止まった速人を見て、神奈は少し寂しい気持ちになっていた。
身体能力に自信があるのは神奈も速人と同じこと。ここまで強くなってしまえば誰にも負けないのではという気持ちが確かにある。だがそれで他人を見下すことはない。むしろ逆で、神奈は僅かに速人へと期待を寄せていた。
(やっぱり、この程度だったか……。私は強い、確かに強いけど、張り合える人間がいないなんて寂しいじゃないか。笑里をヤバいとか言ったけど、どう考えても私の方がヤバい。強すぎる力は日常で邪魔なだけだ。私はこんな力は望んでいなかったのに……)
「……認められるわけがない! 決めたぞ、お前は俺が殺す!」
「ぬおっ!」
どこから取り出したのか、速人は手裏剣を投げつけて攻撃する。神奈は至近距離で放たれた手裏剣をなんとか体を捻って躱した。だが次々と手裏剣は投げられる。見下していた相手が上であったと、認めたくない一心が速人を凶行に駆り立てていた。
「はあ、しょうがない」
「ふっ、やる気になったか。だが俺は修行を積んだ忍者の家系、殺し屋だ! 戦闘は俺の方が経験者で有利なはず、お前ではどう足掻いても勝てんぞ! 俺より速い奴など認めてたまるかああああ!」
「めちゃくちゃな理由だなおい。八つ当たりもいいところじゃんか」
神奈は拳を引き、迫る速人を迎え撃とうとする。
「グバッ!」
「……え」
――そして、速人は突然地面に顔面からめり込んだ。
まるで誰かに殴られたように、というか実は笑里が近づいて背後から殴っていた。
「喧嘩はダメだよ! みんな仲良くしなきゃ!」
「仲良くする相手が殴られて気絶してるんだけど」
「と、とにかくもう体育の授業も終わりだから戻ろうよ!」
「まあ、そうだな」
笑里の身体能力値は530。対して速人の身体能力値は600と出ている。
戦闘力の数値など、不意打ちなどの手も戦闘中にあることからあくまで目安程度のものだ。
結局校庭には、無様に気絶している速人一人が残っていた。
腕輪「ば、ばかな……笑里さんの総合数値が530から上昇!? 5300、53000、530000!?」
神奈「どこの宇宙の帝王だよ」




