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【終章完結】神谷神奈と不思議な世界  作者: 彼方
三.六章 神谷神奈と精霊界
129/608

44.93 妖怪猫又


 宝生小学校の下校時刻。

 珍しく、というか最近は才華も一緒に神奈達と下校している。

 もう十二月だというのに防寒具を一つも付けていない才華を見て、神奈は疑問に思う。隣を歩く笑里については半袖にスカートでももう気にしていないし、夢咲も薄着なのは貧乏だからと結論が出ている。


「なあ才華、お前寒くないの? もう十二月だぞ」


「確かに十二月だけど……今年は全く寒くならないわね。気温も今朝のニュースでは秋と同じくらいって言っていたし、空を見ても雪とかが降る感じがしないもの。異常気象ってやつかしら」


「なるほどね、まあたまにはそういう年もあるだろ」


 今年の冬はどうにも冬らしくなかった。

 別に寒くなってほしいわけではないのだが、冬に寒くないというのは調子が狂うだろう。加護によって温度を感じなくて済む神奈には関係のない話だが周囲はそうもいかない。


「才華ちゃん、お空を見れば雪が降るかどうか分かるの?」


「天気予想の習い事もしているからね。だいたい流れは読めるわ」


「習い事の規模じゃないだろ……」


「でも徒歩の時は天気を読めるのは便利よ。傘とかの準備も万全に出来るしね」


「徒歩っていえば……才華っていつまで徒歩で帰れるの? もうとっくに車も直ってるんだろ?」


 以前、車が故障したのをきっかけに才華も神奈達と徒歩で下校するようになったのだが、あれから一週間以上は経過したのでもう直っているはずだ。そもそも別の車があるため徒歩で帰るのは我が儘だと本人が言っている。いったいいつまでその我が儘が続くのか、もちろん一緒に帰れるのは嬉しいことだが神奈は気にしていた。


「もうちょっとだけね。もしかして嫌だった?」


「嫌じゃないし、嬉しいよ。ただ気になっただけ」


 才華は「そう」と嬉しそうに笑みを浮かべる。

 そんな会話をしていた時、夢咲が電柱に視線を向けて「あ、貼り紙」と呟き近付いていく。零した声の通り電柱には一枚の紙が貼ってあり、黒猫のイラストが描かれていた。


「どうしたの夜知留ちゃん」


「行方不明の黒猫、捜しています……だって。……じゅるり」


 口から出た涎を手で拭う夢咲の仕草と言動に神奈は「じゅるり!?」と驚愕する。


「え、何、何だよそのじゅるりって。いやごめんやっぱり言わないでいい」


 想像はつくし、もし想像通りだったら恐ろしい。友達関係を解消することになるかもしれない。あまり追及したくないので神奈は思考を切り替えた。


「黒猫っていえば前に才華ちゃんが拾ったよね?」


 一週間前に発見した捨て猫を神奈も思い出す。笑里の言う通り、段ボールごと捨てられていた黒猫が確かにいた。決まらなかったものの一生懸命名前を考えたりしたので印象に残っている。


「ええ、今も飼っているけど……」


「ペットかあ、いいなあ。いざという時の非常しょ――」


「ま、まさかとは思うけどこの行方不明の猫! あの黒猫のことだったりしてな!」


 危ないことを言いかけた夢咲の声を遮って神奈が叫ぶ。

 もう夢咲は黒だ、真っ黒だ。完全にペットを非常食扱いする気満々であった。いくら貧乏で食う物に困っていたとしても、猫を非常食扱いするなど神奈には到底出来ないだろう。だがそれも未経験だから言えること。本当に貧しい暮らしをする羽目になった時、夢咲のようになりふり構わず何でも食べなきゃ生活出来ないのかもしれない。


「青い瞳の黒猫……特徴は一致しているわね」


「でもあの猫さんは捨てられてたんだよね? 逃げたって感じじゃなかったし、自分で捨てておいてわざわざ捜すかなあ」


 笑里の疑問はもっともだ。神奈もそこが引っ掛かっている。

 自分で捨てたペットを、やっぱり寂しいから回収しに行ったけどもういませんでした……なんて飼い主がいるなら計画性がないにも程がある。そもそも最初から捨てなければよかっただけだ。捨てたということは、捨てられる程度の情しか湧いていなかったとしか思えない。

 夢咲の「きっといざという時のために育てたくなったんだね」という発言は、意味を理解することが怖いので敢えて全員が無視する。怖いと思った時点で既に理解しているような気もするが。


「あ、電話」


 謎の音楽が突然鳴って、才華が鞄からスマホを取り出す。


「もしもし? あ、うん、今は帰り途中。涼介が会いたがっているの? 分かった、急いで帰るから相手をお願い」


(涼介……? 誰だ?)


 知り合いの名前を神奈が思い浮かべてみるも涼介という名前は知らない。もちろん交友関係を丸裸にして完全把握したいとか、独占欲に駆られているわけではないので、神奈の把握していない友人がいても問題はないのだが一つだけ気がかりなことがある。


 少し前、神奈は玉妻(ぎょくさい)角悟(かくご)という同級生と出会った。才華のことを女として好きだと言う彼を個人的に応援しているのだが、これで既に才華と仲睦まじい男がいたとするなら玉妻にも伝えなければいけない。

 神奈は玉妻のために涼介という人物の情報を得ようと決めた。


「みんな、私ちょっと急ぐから走って帰るね」


「ええ!? じゃあ私達も走る!」


「まあ急いでるんならしょうがないな」


 夢咲が「私……達?」と呟いてフリーズしてしまったが関係ない。

 唐突に走り出した才華の背中を、神奈と笑里も走って後を追う。一人取り残された夢咲は付いていけずに置き去りになった。


 暫くして藤原家へ到着。当然笑里は帰り道が違うので途中で別れている。

 敷地の入口となる大きな門を才華は走り抜け、神奈もその後ろに続く。


「いや何で付いてきているの!? 今日遊ぶ約束してたっけ!?」


「押しかけてごめん! どうしても、どうしても今日才華の家に来たかったんだ! 今日じゃなきゃダメなんだ!」


「何なのその使命感!?」


 庭も駆け抜けた二人は家の扉前で立ち止まる。

 多少息切れを起こした才華は肩を上下させ、息を整えた後で「しょうがないわね」と家に上がるのを承諾してくれた。もし承諾してくれなかったら、庭にいる使用人達が一斉に射撃を開始していたところなので助かった。


「ただいまー」

「お邪魔しまーす」


「お帰りなさいませ才華様! そして神谷神奈様!」


 玄関の扉を開けて中へ入った瞬間、待ち構えていた大勢の使用人が一斉に頭を下げる。メイド喫茶の上位版のような光景に神奈はこれがお嬢様生活かと戦慄する。


「私の部屋は左を直進して、奧の角を右に曲がって十四番目の扉がある場所だから先に行っていてね。私はお茶を用意してくるから」


「えっ、あっちょっ、覚えきれなかったんで……す……けど」


 残念なことに才華はさっさと厨房へ向かってしまったので誰もいなくなってしまった。使用人達を頼ろうにも忍者のような高速で全員が仕事へ戻ってしまった。仕方なく才華の部屋へと歩き出したものの、まず扉が十四個以上もある時点で迷いそうである。

 とりあえず言われた通りに左奥まで歩き、右へ曲がった。扉がかなりの数あるその通路を神奈は慎重に歩いて行く。


「十四番目、ねえ……あれ、今何個扉を通ったんだっけ」


「三十八だな、ご主人の部屋ならとっくに通り過ぎたぞ」


 いつの間にか三十八個もの部屋を通り過ぎていたらしい。というかそんなに部屋があること自体がおかしいのだが藤原家だし仕方ない。数を教えてくれたのは藤原家に居ついている手のひらサイズの子狐、厄狐であった。


「おお厄狐! 久し振りだな、悪いけど部屋まで案内してくれ」


「お安い御用だ。ストレス発散で歩きたい気分だったしな」


「ストレスって……何があったんだよ。また暴走とかしないだろうな」


「ふんっ、あの涼介とかいう野郎のせいさ。思い出しただけでもムカつく」


「涼介? そうかお前は知ってるのか、そいつどんな奴だ? 実はちょっと訳ありでその涼介って奴のことを知っておきたいんだ」


 まだ見知らぬ男が果たして玉妻のライバルとなりえるのか。それとは別に危ない人物ではないかも確認しておかなければ神奈の気は済まない。性格的に問題がなければ玉妻には頑張れとしか言えないが、もし性格の悪い男なら強制的に引き離すつもりだ。


「涼介のこと……? そうだな、あいつはよくご主人に懐いているよう周囲に見せている。実際は一歩引いたところで接しているくせに、ご主人のことをよく知りたいとほざくような奴さ」


(よく知りたい……つまり好きなのか。玉妻のライバル登場なのか?)


「後はそうだな、よくご主人に撫でられようとしている。膝の上に乗ろうとする僕を邪魔してからあいつは撫でられるんだ」


(膝の上、ひょっとして膝枕!? もうそんなことをする仲なの!? だとすると玉妻の告白が成功する可能性は結構低いかもしれないぞ)


 膝枕などよほど親しい間柄でなければやらないだろう。特に才華がそんなことをするイメージは全く湧かない。


「後は、そうだ。ご主人の足元をよくうろついている。鬱陶しい」


(足元をうろつく……? 足元ってそんな低い場所……まさか、スカートの中を覗こうとしている!? 変態じゃん!?)


 神奈の頭の中で「涼介=変態」という式が出来上がった。今もブリッジしながら才華の傍をうろつき、息をはあはあ切らしながらスカートの中を覗こうとしている変態のイメージが頭にある。

 そんなことを考えながら厄狐の案内を受けていると、目的の部屋の前にいた才華が「あ、こっちこっち」と左手で手招きしてくる。二人分のティーカップが乗った銀色のトレイを右手一本で、まるでウエイターのように持ったままだから器用なものだと感心する。


「どこ行っていたの神奈さん、もしかして迷っちゃった?」


「悪い悪い、やっぱり案内がないと辿り着けないわ」


「かもね。ほーら涼介ー、待たせてごめんねー」


 猫なで声を出しながら扉を開ける才華が部屋へ入るので神奈と厄狐も続く。

 部屋は女の子らしい、というよりお嬢様らしい内装であった。清楚なお嬢様が住んでいる風に予想させるような部屋だ。

 白いテーブルに銀色のトレイを置いた才華に一匹の猫が飛びつく。青い瞳をした黒猫は服にしがみつき、甘えるように頬を擦りつける。それを見た厄狐は顔を背けて舌打ちした。


「もう涼介ったら、はしゃいじゃって……」


「えっ、涼介……でも……あ、猫……涼介って猫!?」


「そうよ? ああごめんなさい、言ってなかったわね。拾った黒猫の名前」


 今、神奈の頭の中で完成していたパズルのピースが音を立てて崩れる。

 涼介が猫なら全て納得出来る。膝枕も、足元をうろつくのも別におかしなことではない。そもそも種族という前提から神奈の考えは間違えていた。


「実はこの子オスでね。癒し系とか可愛い系の名前は合わないと思って、ちょっと男の子っぽい名前の方がいいかなーって」


「全然いいと思うけど、いいと思うけどさあ……紛らわしい」


「何か言った?」


「いや何でも。私は相変わらず警戒されてるなって思っただけ」


 才華に抱きかかえられている涼介は依然として神奈に視線を向けない。現飼い主の胸に顔を埋めたままである。


「確かに……。ほら涼介、神奈さんにも近寄ってあげて」


 体を手で揺らして語りかける才華だが、うんともすんとも言わない涼介は怯えた目を神奈に向ける。接する以前からこれではもはやどうしようもない。

 神奈の足元にいる厄狐は「無理だな」と事実を口に出す。


「僕だから分かるけど、厄が溜まりすぎなんだよ。前世で大量殺人でもしたのかってくらい滅茶苦茶な厄だぞ。涼介も本能で感じ取っているんだろうさ、他の動物もな」


 優しい人に動物は懐くとよく言う。つまり神奈が優しくないという結論になってしまうわけだがそれも違う。厄狐の言う厄とは災いの元のようなものだ。殺しは当然のこと、恨んだり恨まれたりするだけでもそれは蓄積していく。全く厄のない人間など悟りを開いた僧侶や仙人しかいないのであって当然。神奈はそれが他人より多いだけである。


「酷いこと言うなよ。私が人殺しなんて……人殺し、なんて……まあとにかく別の要因だろ。私は日頃の行い良い方だし」


「じゃあ別の要因かもな。例えば遺伝とか」


「そんな遺伝あってたまるか」


 前世ではもちろん殺人などしていない。していないのだが、今世では死へと追いやった者がいる。そのせいで厄が溜まったという可能性は大いにある。厄狐の言う遺伝なんて可能性もあるが神奈は信じたくない。今世の母親は知らないが父親の方は善人だったと記憶しているのだから。


「まあいい、ちょっと強引にいってみよう。才華は動かないでくれよ」


「え? ええ、構わないけど」


 警戒して来ないのなら神奈から行けばいい。

 普通に歩いていっても逃げられるだけだろう。それなら視認すら出来ないスピードで急接近したならどうだろうか。涼介が何一つ反応出来ない以上神奈でも触れるはずだ。

 一瞬で神奈は才華の腕から涼介を奪い、部屋の奥で立ち止まると手元に収まっている涼介へと視線を下げる。彼はまだ何が起こったのか分かっていないようで、段々と理解して目を丸くし――。


「うぎゃあああああああああああああああ!?」


 押し寄せた恐怖から思いっきり叫んだ。


「こ、怖い怖い怖い! 殺されるううううう!」


 ただの黒猫が普通に喋れるだろうか、答えは否。小判が額についている猫が人間の言葉を覚えたなんて話もあるが、元からの知能が野生の猫とまるで違うのだ。どう足掻いても普通の猫は言葉を喋れない。


「おー、最近の猫は人間の言語も操れるらしいな」


「いや違うだろ! 明らかに普通の猫じゃないでしょこいつ!?」


 厄狐は事前に知っていたのでフォローするが無意味に終わる。


「……とりあえず離してやってくれ。軽くパニックになってるぞそいつ」


「分かったけど、危なくないだろうな……」


 神奈が手を離した瞬間、涼介は窓へ向かって一直線に駆けた。

 素早い動きで窓をぶち破るつもりなのは容易に想像がつく。阻止しようと神奈が動く寸前、厄狐が駆けて涼介の体に飛び乗ることで動きを封じる。


「逃げるな。ちゃんと向き合え」


「涼介、あなたはいったい……」


 猫が喋るという異常事態に才華は呆然としていた――が、すぐに受け入れる。そもそも厄狐という前例がいるので驚きは軽減されていた。今までの経験が活きたおかげとも言える。


「涼介は妖怪なの?」


 問われた涼介は俯いて恐る恐る頷く。

 以前の飼い主には妖怪とバレてから酷い目に遭ったのだ、才華も同じように態度が変わると思うと背筋が凍る。尻尾の一本を切られた痛みが唐突に襲う、幻肢痛(げんしつう)のようなものだ。


「そう、それならそうと早く言ってくれればよかったのに。キャットフードじゃなくても大丈夫ってことよね? 何が食べられるのかしら、ステーキとかトリュフとか食べられる?」


「……え? あ、ああ、食べられる……けど」


「あ、仕事もこなせるかもしれないわね。そろそろ厄狐も門番とかやらせようと思っていたの。ずっと何もしないままじゃ無職と同じだもの」


「ま、まあ……門番くらいなら」


 事前に何も聞いていない厄狐は硬直して「え?」とショックを受けていた。彼は人間のように働く必要なんてないと思っていただけに、唐突に飛び出した新情報に戸惑う。


「じゃなくて! 俺は妖怪なんだ! 嫌じゃないのか!?」


 戸惑っていたのは涼介も同じ。もっとも厄狐と違って仕事についてではなく自分の処遇についての話だが。

 妖怪だとバレたら捨てられるか、以前の飼い主のように普通の猫のフリをしろと言われるものだと思っていた。しかし才華は全く気にした様子もなく、嬉々とした表情で今後について話しているのだ。明らかに普通じゃないと涼介は思った。


「何で妖怪だからって嫌になるの、涼介は涼介でしょ? それに喋れるなら意思疎通も楽になるし、知能もあるから色々出来ることがあるでしょ? 妖怪だって分かったのはむしろ良かったと思うわ」


「僕も妖怪だし、隠していない。普通にご主人の前で喋っている。確かに妖怪っていうのは恐れられる存在かもしれないけど……全員が恐れるってわけじゃないのさ」


「だよな、私も才華も怖がらないよ。危害を加えるつもりじゃないんだし」


「それにぶっちゃけ妖怪よりあっちにいる女の方が怖いだろ」


 厄狐が耳元で囁いた内容に涼介はうんうんと何度も頷く。尚、一言一句聞こえていた神奈は「おい、どういう意味だよ」と若干キレ気味で呟く。


「……俺はもう、普通の動物のフリなんてしなくていいのか?」


「いいのよ。あなたのありのままの姿を見せてくれればね」


「藤原才華……いや、ご主人様あああああ!」


 涙を零しながら涼介は厄狐を振り落とし、才華の胸へと飛び込んだ。

 よしよしと撫でる才華、心地良さそうに撫でられる涼介。一人と一匹の関係は悪くなることなくむしろいい意味で深まったのだろう。尚、怖いと言われた神奈や、振り落とされた厄狐は少々黒いオーラを放出していた。 







厄狐「……門番って暇だな」

涼介「話し相手くらいになってもいいぞ、同じ門番として」


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