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【終章完結】神谷神奈と不思議な世界  作者: 彼方
三.六章 神谷神奈と精霊界
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44.92 厄狐と涼介


 手のひらサイズの子狐、厄狐(やっこ)は大きなストレスを抱えている。

 今までは藤原家での生活も快適だったので何の不満もなかったが、そういったものは唐突に感じるものらしい。最近になって厄狐のストレスは天元突破しそうになっていた。

 ――全ては藤原家の新入り、涼介と名付けられた黒猫のせいで。


 ある日の午後。普段通り様々な習い事で疲れている才華が「厄狐、おいで」と告げたので、彼女の膝元へとジャンプする。実はこれは日課になりつつあり、肉体精神共に疲れている彼女が癒やしを求めて厄狐の体毛を撫でるのだ。ふわふわで綿毛のような体毛は人間にとって心地いいものらしい。


 主人の望みを叶えるために厄狐が才華の膝へ着地する寸前、何かが横から割り込んで来て厄狐は吹き飛び床を転がる。

 邪魔をしてきた何かの正体はあの黒猫、涼介だ。


「大丈夫厄狐!? 涼介、何をして……あら?」


 当然心配してくれる才華なのだがすぐに別のことに気を取られた。


「にゃーん」

「これはまた……意外に気持ちいいわね。癖になりそう」


 普段なら厄狐を撫でるのに、何と才華は涼介の背を撫で始めたのだ。しかもハマったのか癒やされたかのような顔で手を動かしている。

 自身の役目を横取りされた厄狐は愕然とその状況を眺め続ける。すると涼介が顔を向けて「ふっ」と口角を上げてドヤ顔した。


(こ、こいつっ! 確信犯か!?)


 ここからだった。厄狐が涼介に苛つきを覚え始めるのは。

 主人である才華は自分に用があるから名を呼ぶのに、割り込んだ涼介が代わりに仕事をこなしてしまう。そして一番苛つくのはその都度ドヤ顔をすることだった。


(何なんだ、今までご主人の癒やし要素は僕だけだったはず……それをあの野郎、僕の存在意義を奪う気か!? 心なしかご主人も僕じゃなくてあいつを構い始めているような気がするし……。いやいや、僕は信じるぞ! もう同じ過ちは繰り返さない、相手を信じ抜かなくてどうする!?)


「涼介ー、おいでー」


(ついに呼ばれることすらなくなったああああああああ! うわあああああああ、これが噂に聞く寝取られってやつか!? 僕は捨てられるのか!?)


 今も才華に撫でられて、安定のドヤ顔をしている涼介に憎さすら覚える。

 憎悪からか「にゃーん」という声も「消えろ! 敗者はっ!」と聞こえるようになったし、ドヤ顔が物凄い悪役顔に見えるようにもなった。自分がいらないと言われた気分になった厄狐は涙目になり、惨めな敗走という選択しか選べない。

 広い廊下を駆け続け、唐突に今の自分を見直した厄狐は止まる。


「何をしているんだ僕は……。逃げたところで、何も変わらないのに……」


 みっともない敗走を見れば才華も心配して気にかけてくれると思ってしまった。正攻法では敵わないと諦めたようなものだ。もう情に訴えるくらいしか涼介に勝つ手段は残っていない。

 しかし考えてみればそもそも勝負など初めからしていなかった。全ては醜悪な嫉妬を抱いた厄狐が原因であり、仲良くしようという思考が完全に頭の外へ追いやられていた。本来なら藤原家居候先輩として仲良くするために動くべきなのに。


「にゃーん」


「この声、涼介か。どうしてここに」


 背後から鳴き声がしたので、振り向いてみれば悪者っぽい笑みを浮かべている涼介がいた。憎さから無意識にそう見えているのかと思ったが時間が経っても変わらない。


「にゃーん」


「……まさか、僕を心配して追いかけて来たのか?」


 悪者っぽい笑みがようやく涼介から消える。


「はっ、んなわけねーだろ惨めな敗北者が」


「……は? ……あれ、お前……ちょっ……あれ!? お前喋れるのか!?」


「くくっ、気付いていなかったのか? 俺も妖怪さ。長く生きた影響か尻尾が二本に増えた猫又、それが俺の種族。妖怪の気配くらい気付くべきだったな」


 衝撃の事実を明かされて厄狐の頭は真っ白になったがそれも一瞬のこと。

 妖怪だというのなら喋る知能があっても不思議ではない。そこに納得は出来るが、なぜ妖怪がペットとして飼われることに同意したのか、なぜ妖怪が捨てられていたのかは理解出来なかった。


「尻尾が二本って、一本しかないじゃないか」


「……見てみるか?」


 そう言って涼介は唐突に尻を向ける。

 何度よく見ても厄狐の目には尻尾が一本。いったいどこに二本目があるのかと思っていると、尻尾の付け根の傍がぼやけてくる。霧が発生したかのようにぼやけた部分が戻ると尻尾は二本になっていた。しかし二本目の尻尾は生々しい断面があるため見るに堪えない。


「斬られたのか? 何があった?」


「ふふ、何があったか……ね」


 再び向き合った涼介は語る。

 以前、傷を負った自分を手当てしてくれた人間がいたこと。

 人間のことを知りたいと思って、ペットとして拾われるために捨て猫のフリをした。そして一人の男に拾われたこと。

 拾った男が自分を妖怪と知った時、二本あった尻尾の一本を気味が悪いと言って切断されたこと。あまりの苦痛に家出して、再び捨て猫のフリをして次の飼い主を見つけようとしたこと。


「人間も妖怪と変わらない。良い奴も悪い奴もいて、俺は偶々悪い奴に拾われたってだけさ。でも妖怪だって知られなければこうはならなかった。……俺はもう、ずっと普通の猫のフリをすると決めたんだよ」


「……そうか、そんなことが。……ん? ちょっと待て、その話とお前が妙に僕の邪魔をしてくるのに何の関係がある?」


「は? 関係なんてないけど」


「は? じゃあ何でご主人に撫でられる時間を邪魔すんの?」


「はっ! そんなもん俺を気に入ってもらうために決まってんだろ。人間と仲良くなるために俺は一番のペットになるんだよ、悪いけどこれからも役目を奪わせてもらうぜ」


 最低な返答だった。性根が腐っているというか、致命的なまでに選択を間違えているというか、とりあえず今の涼介と仲良くなろうとは微塵も思えない。


「同じように妖怪だってことを隠してるお前だから過去を明かしたんだ。別に他意はないから勘違いすんなよ」


 ツンデレのようなことを告げて涼介は去っていく。

 一匹残された厄狐はその背中を眺め、ポツリと呟いた。


「……ご主人は気にしないと思うけどな」


 厄狐は自身が妖怪だということを隠していないし、才華どころか藤原家にいる全員が妖怪と承知している。確かに妖怪は危険と思う人間もいるだろう、かつて人間を襲った厄狐は否定しない。しかし迷惑をかけた自分すら受け入れてくれる才華なら涼介の心配も杞憂だろう。


 無駄な努力を続けさせるくらいなら才華に話すべきなのかもしれない。だがこういうことは自分から話した方がいいと判断した厄狐は真実を胸にしまった。尚、その判断に醜い嫉妬が入っていることは本人さえも気付いていない。


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