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【終章完結】神谷神奈と不思議な世界  作者: 彼方
三.六章 神谷神奈と精霊界
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44.91 告白に一番必要なのは勇気


 十二月中旬。もう冬だというのに今年は寒くならず場所によっては暑い。

 季節関係なく神奈は加護の影響で基本的に温度は感じないので分からないが、防寒具を一つも付けていない周囲の服装を見てみれば本格的な冬の開始が遅いことは明白であった。


「今年は冬が遅いのか? 十二月に半袖着てる奴とか熱井君と笑里以外じゃそういないし……。なあ腕輪、今って何度か分かる?」


「二十度近いです。秋からまだ抜け出していない感じですかね」


「ほんとに分かるのかよ」


 本気で出来るとは思っていなかったので軽く驚くいつもの流れである。

 それにしても十二月に気温が二十度とは何事か。ついに冬でも寒くならない温かな時代が到来したのか。色々な憶測が頭の中で飛び交うが、まあそんなこともあるだろうと神奈は最終的に考えるのを止めた。


「あー、今日体育かあ。怠いなあ、主に力加減」


 そんなことを言いながら学校の下駄箱を開けると、一枚の紙がひらひらと簀子(すのこ)の上に落ちた。自分が入れたわけではないので当然心当たりなどない。神奈は「何だ?」と呟きつつ拾い上げてじっくり見つめる。


「えっと、何々……今日の放課後、校舎裏に一人で来てください。大事な話があります。……ふーんなるほど大事な話ね、えっ? ……ん!?」


「ラブレターじゃないですか! 今時流行りませんよね!?」


「失礼だなおい。まあ確かに最近はあんまりラブレターとか聞かんけども」


 今ではトークアプリで告白するような者もいるくらいだ。わざわざ手紙を書いて下駄箱に入れるというのも古風であり、逆にそこがいいと感じる人もいるだろうがやる人は少ない。


「ヤバい……めっちゃ嬉しい。何だこの気持ち……」


「告白されるとその人のことが好きになることもあるようです。でも神奈さんって前世男ですよね? 男から告白されて嬉しいんですか?」


「体に引っ張られているってのはあるかも。……でもさ、これ、初めての告白になるわけよ。やっぱりそういうのって最初は嬉しいもんだと思うんだけど」


 嬉しいことは最初に起きた時が一番嬉しいものだ。頻繁に起きるようだと嬉しさも減少してくるが、神奈は前世で修行に明け暮れていたため告白された経験は皆無。今世を入れても恋愛経験皆無。つまりぶっちゃけ何が原因だろうと告白されることは嬉しいのだ。


「あれ? 何かもう一通入ってません?」


「え、ほんとだ。うっそまさかの二通目!?」


 下駄箱内部の側面に紙が立てられていた。腕輪が発見したそれを手に取ってまたもやじっくりと、今度はラブレターだろうという確信を持ちながら見つめる。


「今日の放課後、一人で屋上へ来い。……来い、来いか。俺様系の気配がプンプンするけどアリっちゃアリだ。Mのつもりはないけどちょっと強引にされたいっていうか……」


「いや、あの、神奈さん? 何だか危ない話してませんか? 主に十八禁に分類されるような話じゃないですか最後の」


「そんなんじゃないっての。ただ、あれだよ。肌と肌が触れ合う……というか繋がる? 二人が繋がる感じのあれ」


 ここで腕輪がはっきりと思い浮かべたのは本当に十八禁になる行為、すなわち性行為。

 体は小学生、心は大学生。どこぞの名探偵のように頭脳は大人、体は子供である神奈ならそういった行為を考えても何ら不思議ではない。しかし今は小学生なのだ、性行為をするには早すぎると言わざるをえない。


「あのですね、小学生でそれは早いと思いますよ」


「やっぱり早いのか? 好きだって意識した後は異性同士だとやっぱり恥ずかしいもんな」


「同性なら恥ずかしくないんですか!? えっ、レズビアン……いやこの場合はホモ……どっちでしょう。いくら近年LGBTが話題だからって神奈さんが無理することないと思いますよ」


「……お前さっきから何言ってんの? てかLGBTって何さ、BLTサンド的な感じのやつ?」


 LGBTとは同性愛者、両性愛者、肉体と精神の性別が一致していない人間のことを表した用語である。最近ではそれに色々付け足した用語もあるらしい。ちなみにBLTサンドはベーコンレタストマトが入ったサンドウィッチなので全然違う。

 腕輪が説明すると神奈は「ほーん……で?」とピンと来ていない様子だった。


「だって神奈さんは両性愛者で、同性とならセックスしても恥ずかしがらない性魔神なんでしょう?」


「どっからそんな話になったんだよ! え、何、さっきの肌と肌が触れ合うって言い方が悪かったの? あれ手を繋ぐって意味だったんだけど?」


「えええ!? 恋愛未経験者ってその程度で羞恥に悶えるんですか? 小学生ですか? 精神が体に引っ張られているっていっても限度があるでしょう、恋愛関連だけだと思いますが……」


 今まで神奈は異性、今世で言うなら男性と手を繋いだことくらいあるはずだ。腕輪も何度か目撃しているが恥ずかしがった様子はなかった。しかしピュアすぎることに好きだと意識した異性と行う場合は恥ずかしいらしい。


「悪かったな未経験者で! だいたいお前だって未経験者だろ!」


「何言ってるんですか。私は経験者……あれ、結婚していたような気がするんですけど記憶が曖昧ですね。まあとにかく私は身も心も大人の女性ですよ」


「はっ、腕輪のくせに見栄を張るねえ。まあそう思ってるんならそうなんだろうさ、お前の中ではな」


「あー信じてませんねー?」


 腕輪が大人の女性と言うのも変な話である。詐称染みているので神奈はとりあえず話半分にしか聞いていない。


「――む、神谷神奈か。丁度いい」


 そんなこんなで上履きを履いている時、背後から一人の少年が声を掛けて来た。

 隼速人。事あるごとに勝負勝負と喧しい裏社会の実力派。

 上履きを履き終わってから振り向いた神奈はにやにやと笑みを浮かべる。


「何だその気色悪い笑みは」


「はっはっは、隼には分からんだろうねえ。モテ期が到来したことないだろうし、ラブレターとか受け取ったこともないだろー」


 あからさまに調子に乗る神奈に速人は若干眉を顰める。

 普段と違う様子に困り顔になる速人だが、神奈の手に持つ手紙を見て「ん?」と声を漏らす。妙に見覚えがある紙だったので視線を送っていると、神奈が「ねえこれ分かる? ラブレターだよ、知ってる?」と鬱陶しい態度と言動を加速させた。


「……いや、それはラブレターじゃない。果たし状だ」


「はあ? ああそういうこと、いやいやすまんね。まさか嫉妬するとは」


「嫉妬とかじゃない。その手紙、俺が書いて出したものだぞ」


 その言葉を聞いた瞬間、上機嫌だった神奈の表情が崩れて硬直する。


「え、は? ラブレターじゃないの……?」


「だから果たし状だと言っているだろう。屋上は鍵が閉まっているから邪魔は入らない、新技を披露するのに最適な場所だ。昨日完成させた新技で今日こそお前を倒す」


 ラブレターじゃなかったことがショックすぎて神奈はまだ「違うの……?」と呟いている。いい加減にしつこいだろうが神奈は人生で初ラブレターだったのだ。誰かから恋愛感情を向けられることなど今までなかったので滅茶苦茶嬉しかったのだ。それが実は果たし状などという恋愛要素の欠片もない代物だと知った今、とんでもなく落ち込んでいる。


「神奈さん……なんて哀れな……」


 さっさと歩き去ってしまったので速人はもういない。

 神奈は一人になり、感情を整理した後で速人からの手紙を握り潰す。これでもかというくらいに両手でくしゃくしゃにして遠くにあるゴミ箱へ投げ捨てた。


「はっ、まあ、分かってたし。ラブレターだの何だのって冗談だよ冗談。私、顔はいい方だって思ってるけどやっぱそれだけじゃ貰えないでしょうよ。この前、泉さんが見せてくれた女子人気ランキングとかいう男子の悪ふざけのやつでも平均くらいだったし。はは、はははは、はははははははは」


「二通目は果たし状でしたけど、一通目はどうでしょうね」


 泣きそうになっていた神奈の顔が一気に真剣なものになる。

 確かに、速人が送った果たし状というのは二通目の話。最初に手に取った手紙もそうだと決まったわけではない。果たし状なんてものを送るのも速人くらいなものだろう。考えてみればもう一通は本当にラブレターの可能性が高い。


「……ふっ。放課後、校舎裏に行くか」


 元気を取り戻した神奈はスキップしながら教室へと向かった。



 * * *



 宝生小学校四年一組の教室で帰りのホームルームが終了した瞬間、神奈は周囲に被害が出ないレベルに抑えたスピードで出来る限り早く校舎裏へと向かった。疾走した理由は朝に貰った手紙だ。ラブレターかと思われるそれの待ち合わせ場所に到着した神奈は貧乏ゆすりしたり、下手な口笛を吹いたりしながら相手の到着を待つ。


 数分後。校舎裏に一人の男子がやって来た。


「あっ、来てくれたんだ……よかったあ」


「お前が手紙の差出人か」


「うん、見てくれたんだね。恥ずかしくて手紙には書かなかったけど俺の名前は玉妻(ぎょくさい)角悟(かくご)。神谷さんに言いたいことがあって呼び出したんだ」


「当たって砕けそうな名前だな……」


 玉妻という男子を見ても神奈の記憶には引っかからない。単に接点がないか、忘れているだけかのどちらかだ。いずれにせよ薄い関係なことに変わりはない。それでラブレターを出すとなると一目惚れくらいでしかありえないわけだが可能性はかなり低いだろう。しかし恋は盲目という言葉があるように神奈も盲目になっており、なるほど一目惚れかと確信していた。


「それで、言いたいことっていうのは……告白、だよな?」


 内心では確信しているのに白々しい態度で神奈は確認する。


「えっ!? すごい、よく分かったね……。まさか見透かされるなんて……」


「まあな、私からすればバレバレだったよ。見る目あるじゃん」


「じゃ、じゃあその……言うね。俺の気持ち、聞いてほしい」


 少々照れた様子を見せつつ玉妻が告げる。


「俺は――藤原才華さんが好きなんだ!」


 今、衝撃の事実が明かされた。神奈は一瞬何を言われたのか理解出来ずに「はい?」や「え?」と意味のない言葉を零す。やがて核心に迫るため「……才華が?」と元気なく問いかける。


「いきなり藤原さんに告白しても上手くいかなそうだし、まずは友達の神谷さんから俺のことをアピールしてもらえないかなって思って。大事な話っていうのはそれのことだったんだ。こんなこと急に言われても断られると思ってたけど、もう分かっていたうえで聞いてくれたならオッケーってことだよね」


「……ま、まあな。私からすればバレバレだったよ。み、見る目あるじゃん」


 まさかラブレターではなく、アピール目的で協力してほしいというお願いだったなど誰が予想出来ようか。てっきり一目惚れで告白してくると予想していた神奈は震える声で強がりを告げた。


 才華といえば泉から見せてもらった女子人気ランキングで堂々の一位。正直、泉が三位に入っているようなランキングはあまり信用したくないが、神奈から見ても才華は恋人にしたいと言われても不思議ではないくらい魅力的だと思える。

 親の会社を継ぐことが決定しているため経済力は文句なし。多少金銭感覚のズレがあるといっても美少女、頭脳明晰、運動神経抜群、三要素が揃った彼女と恋人になれば不自由しないだろう。


「でもこれは聞いておきたいんだけど、才華のどんなところが好きなわけ?」


 魅力で完全敗北している神奈だが大事な友達の話だ。才華の恋人になりたいと言う人間の性格、その他色々なことは事前に知っておきたい。玉妻には悪いが変人だったら協力は未来永劫しない。


「ええ!? えっと……やっぱり一番は、何でも出来ちゃうところかな」


「確かにあいつは万能感あるよな。どっかの腕輪よりよっぽど万能に相応しいよ」


「俺、何をやってもダメでさ。全部才能なんてないダメ人間で、段々自信とか勇気とかなくなって……だから、逆に何でもこなせる藤原さんに憧れたんだ。気付いたら目で追ってて、好きになっていたのを自覚したのはつい最近。あの人と一緒なら俺も勇気が出せる気がしてね」


「……うん。他には?」


 玉妻角悟がそれから語った理由も悪い部分など一個もない。もし金持ちだからと抜かすようなら断っていたがその心配は杞憂だったのだ。変人の可能性を考えた自分を神奈はぶん殴りたくなった。

 彼はあらゆる才能がないせいで自信と勇気を失くしただけの一般的な男子小学生。相槌をしながら全てを聞き終わった神奈は彼の熱意に心を動かされた。才華の気持ちは不明だが彼に協力したいと強く思えた。


「分かった。協力してやるよ」


「ありがとう……それでその、どうすればいいかな」


「まずは才華の好みとか訊いてみる。可能だったらそれに合わせよう」


 自分を捻じ曲げてまで合わせる必要はないが好みに合わせた方が印象は良くなる。接点もあまりない今、第一印象やその後の対応で全てが変わるのでなるべく才華に合わせた方がいいだろう。

 神奈はすぐにズボンのポケットからスマホを取り出して電話を掛ける。


「あっ、もしもし才華? ちょっと訊きたいことがあるんだけど今大丈夫? うん、実はいきなりで悪いんだけど才華の好きな異性のタイプってどんなかなって思ってさ。出来れば教えてほしいんだけど」


 話している最中、目前にいる玉妻は妙にソワソワしていた。

 無理もないだろう。自分が恋人になれるかどうか不安な彼は、少しでも相手に合わせることで恋の成就する確率を上げたいと思っている。ここでもし無理難題に近い好みが判明しようものならこの恋は無謀とも言える。


「……うん……うん……そっか。分かった、ありがとう」


「電話終わったよね。その、藤原さんってどういう人が好みなのかな」


 スマホをポケットにしまった神奈は後頭部を掻きながら、玉妻にとっては過酷な条件を言い辛そうに告げた。


「……あーそれがさ、才華……父親に婚約者決めてもらう予定だって。後、強いて言うなら一緒に会社経営を手伝ってくれる有能な人……らしい」


「こ、婚約者……? あ、あの、会社経営って……僕に、出来ると思う?」


「ぶっちゃけ才華と同レベル、もしくは近いくらい有能じゃないと話にならないと思う。藤原家ってかなり異端だし並の人間じゃ付いていけないだろうし。付いていこうとしたらしたでたぶん過労死するぞ」


 才華の習い事の量を思い出せばすぐに分かる。一秒も時間を無駄にしないスタンス、過労で倒れてもおかしくないハードなスケジュール。藤原家の人間にしかこなせない仕事量を常人がやろうとすれば過労死してもおかしくない。

 そもそも婚約者を決めてもらう予定なら玉妻が割り込むのは厳しいだろう。自分であらゆる才能がないと評す彼では所詮無謀な恋だった……はずなのに、彼の顔に諦めようとする気持ちは一切出ていなかった。


「……でも、諦めたくない。ありがとう神谷さん、神谷さんのおかげで目標が見えた気がしたよ。才能がないなら努力で埋めるしかない。俺、今から経営学とかの本を色々読み漁ってみる! アピールしてもらえると助かるけどこれから忙しくなるだろうし今はいいや! それじゃ!」


 目標が出来た玉妻はあっという間にどこかへ走り去ってしまった。

 誰もいなくなってから腕輪が「行っちゃいましたね」と呟いたので、神奈は「ああ、行っちまった」と返す。


「ぶっちゃけどう思います? この恋の結末」


「うん、協力すると言った手前言い出せなかったけどさ、藤原家の人間と恋人になるのは無理だと思う。早々に諦めた方がいい。諦めなきゃ過労死すると思う」


「ならどうして止めなかったんですか? もしくは玉妻さんの名前通り、玉砕覚悟でぶつかって吹っ切れるよう誘導すればよかったのに」


「止められなかったんだよ。……やっぱり、告白って勇気がいるじゃんか。あれだけ真剣に好きだって言うような奴に止めとけなんて言えないっての。告白する方は本気なんだ……無理だって言うくらいなら、応援するさ」


 愛の告白に必要なものは色々あるが、一番必要なものは何かと訊かれたら神奈は迷わず勇気と答える。

 才華の希望を聞いて、もし玉妻が諦めたくないと言わなければ神奈も止めていた。まだ若い、まだ次がある、そんな平凡な言葉で慰めていた。しかし彼は努力して自分を成長させると決めたのだ。言わばどんな高い壁でも乗り越えてやるという勇気が彼にはある。


 何かに真剣に取り組む人間というのは見ていて応援したくなるものだ。神谷神奈は玉妻角悟の無謀な恋を応援することにした。


 ――今から十五年後、彼が才華本人に告白するのはまた別の話。


 そして今回の一件で神奈が持っていた恋愛への期待が消えるのも別の話。



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