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【終章完結】神谷神奈と不思議な世界  作者: 彼方
三.五章 神谷神奈とお菓子の町
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44.87 不正解者には罰ゲーム


 三人が分断されてしまったため、笑里は一人で行動を開始する。

 床が上昇したことには驚いたものの、天井にぶつかる寸前で穴が空いたので無傷でいられた。周囲を見渡しても誰もおらず、助けも期待出来ないため仕方なく単独行動をすることに決めたのだ。

 走って進んでいた笑里だが、すぐにまたあのクイズがある行き止まりへ到達する。


「えっと……シュークリームは英語で何と言うか? えっ、シュークリームってもう英語じゃないのかな……」


 厳密に言えばシュークリームは和製英語である。

 外国でそのまま言うとシューの部分が靴を意味するシューズを聞こえるらしく、靴のクリームなどと勘違いされるという。

 少し前にシューがフランス語から取られていると分かっているはずなので、考えれば和製英語だと気付ける。……だが笑里がそれに気付けるわけもなく時間だけが過ぎていく。


「ここは名探偵笑里の出番だね! 閃いちゃった!」


 瞬間、笑里の頭に電撃が走る。


「ふっ、これは引っかけ問題だったんだよ。つまり! シュークリームはもうすでに英語だった! これがたった一つの答え、真実はいつもひとーつ!」


 閃いた答えを解答欄に指で記入する。

 指でなぞった部分が黒くなり【シュークリーム】という文字が書かれた。

 数秒の沈黙が生まれる。多少の緊張感を持っていた笑里が息を呑む。そして唐突にブッブウウ! という音が笑里のいる場所へ響いた。


「う、嘘……真実は二つあったの?」


『ざ、ん、ね、ん、で、し、た。真実は一つだよー、シュークリームなんて日本以外じゃ通用しないから覚えておいてね。英語ではクリームパフって言うからね?』


「はええー、そうなんだあ。覚えておくね!」


『うん、それはそれとして不正解者には罰ゲームでーす』


 笑里の後ろにある通路から蛇のような動きをする光線がやって来た。それが罰ゲームであることは疑いようがない。

 桃色で可愛らしい光線を避けることは不可能。笑里がいる場所は行き止まりなのだ、光線から逃げようとしても壁が行く手を阻む。


「うわああああああああああああああ!?」


 桃色の光線が直撃して光に包まれた笑里。

 悲鳴と光がなくなった時、地面にポトッと何かが落ちる。

 つい今しがたまで彼女がいた場所から彼女の姿は消え、なぜか美味しそうなクッキーがそこに落ちていた。



 * * * 



 笑里が不正解して罰ゲームを受けていた時。

 腕輪という味方がまだいる神奈は問題に直面していた。

 これがまた難問であり【ポテイトチップスが初めて作られたのはどういう経緯か】という問題である。そんな知識を神奈が持っているわけがない。


「お前、これ分かんないの?」


「……問題が悪いですね。確かに私の知識にポテイトチップスが生まれた経緯の情報はあります、ですが残念なことに仮説の域を出ないのです。他の世界でいいなら理由を挙げられますが」


「他の世界でもポテイトってあるんだな。その理由って?」


 腕輪が語ったのはいくつもの世界でポテイトチップスが生まれた経緯。


 フライドポテトが厚すぎると文句を言われたシェフが意地悪で、フォークで刺せないくらい薄くしてカリカリに揚げてやろうと思って作られた。


 庶民の食べ物と見下されていたジャガイモを貴族に提供する時、料理人がジャガイモだと悟らせないよう薄切りにして揚げたことから出来た。


 一般人の創意工夫で偶然作られた。


 未来人がやって来て、未来で一番売れてるお菓子だと伝えた。


 食べ物を薄切りにして揚げるのが当時のブームだった。


 他にも本当に色々な理由が挙げられたが、神奈が選んだのは一番それっぽい二番目のものだ。昔は土の中で育って収穫される食べ物は貴族の間で冷遇されていたと、神奈は噂で聞いたことがある。それに一般人よりも料理のプロの方が創意工夫をしていそうだし説得力はある。


「神奈さん、私が言った答えは全て異世界の話です。この世界でもそうだという可能性は決して高くありません」


「それでもいいさ。私が考えたところで分かんないし、どうせなら可能性がある方に賭けた方がいい。私って結構お前のこと信頼してるからな」


 先程挙げられたものを解答欄に指で書き、静かな時が流れた。

 数十秒後、神奈の耳にブッブウウという不正解の音が聞こえてきた。


『残念はずれ~。不正解者には罰ゲームが待ってるよー』


「……仕方ないよな」


 悔しがっても仕方ない、というかそれほど神奈は悔しくない。

 腕輪も元から正解が分かるとは言っていなかった。結局のところ運勝負なのは変わらず、運のない自分が負けただけ。こういったクイズは最初から神奈には合っていなかったのだ。


 背後から何かが迫るのを腕輪が「神奈さん後ろ!」という声で教えてくれる。

 蛇のようにくねくね動きながら桃色の光線が迫って来る。クイズに不正解だった以上、黙って受け入れようと思った神奈は振り向いても棒立ちで何もしなかった。ただその光線が自身へ辿り着くのを待ち、桃色の光に包まれる。


 ――そして、何も起こらなかった。


 罰ゲームという光線に直撃したにもかかわらず、神奈の体には何一つ異変が起きていない。つまり単純な攻撃ではなく何かしらの異常を発生させるものだったようで、神奈の魂に宿る加護に無効化されてしまったのだ。


「……うん、つまり、私って間違え放題じゃね?」


「そうですね、何回不正解でもたぶん大丈夫でしょう」


「よっしゃーざまああああ! なっにが罰ゲームだよははっ、悪いけど全く効かないわ! ねえ何だったの今の、ねえ何だったの? 私には全く効果なかったあれは何だったのー? 聞こえてるんなら答えろよ黒幕さあん」


「――全部お菓子にしちゃうビームだよん」


 突然聞こえた声は先程までの館内放送のようなものとは違う。もっと近距離から出されたもののようで、神奈は周囲を警戒しながら見渡して黒幕を捜す。


「どこだ、どこにいる?」


 右側の白い壁に波紋が広がった。

 次々と水中に小石を落としたかのように広がった波紋の中から、幼い肉体に生クリームを塗りたくったような生物が姿を現した。


 白塗り幼子も全裸というわけではない。まるでソフトクリームのようにぐるぐるとクリームで出来たスカート、上衣のつもりか膨らみのない胸だけ隠したベストっぽい何か。そして頭にはとんがり帽子……もちろん白いクリームで作られている。すぐに形が崩れそうなものだが、それらは固定されているのかしっかりと形を保っている。


「……変態幼女だ。リンナ以来初めてかも」


「私はポイップ、みんながお菓子を愛する気持ちから生まれたお菓子の精霊だよー。さっきのは私自身の能力って言うのかなあ、精霊はあ、自分だけにしか出来ない固有の力を持っているらしいからねー。でもどうして効かなかったのかなー」


「私の魂には加護ってやつが宿ってるらしくてな。特殊な害を及ぼす系の攻撃とか環境とか全部効かないんだよ。私をお菓子にするのは絶対無理だ、どうやらここでお前を倒して楽に終われそうだな」


 元から黒幕は倒すつもりだったのだからこれはチャンスだ。

 ここで倒してしまえば町のお菓子化も直るかもしれない。大した力を持っていなさそうなので苦戦することもないだろう。念のため神奈はいつでも戦えるよう拳を構えておく。


「えー、やだやだつまんなーい。もっと遊ぼうよー。そうだ良い事思いついた! その加護って任意で効果をなくせるでしょ、そうじゃなきゃちょっと不便なこともあるだろうしー?」


「……まあ、出来るけど。私がやると思うか?」


「もっちろーん! だってこっちには人質がいるんだもーん!」


 ポイップはとんがり帽子を少し上げて、手を突っ込むと「じゃーん!」と何かを取り出した。クリーム塗れになっていそうだがそう見えるだけで帽子もクリームではないらしい。

 取り出されたのは美味しそうなクッキーだ。手作りにしては凝っているし市販かな、と神奈は勝手に思う。


「秋野笑里ちゃんでーす! さっきクイズに不正解だったからあ、クッキーに変えちゃったのー。この子が大事なら大人しくクッキーになーあって!」


「はあ? いや、それただのクッキー……ちなみにお菓子になった後で割れたりしたらどうなる、やっぱ死ぬのか」


「まあ割れたりしたら死んじゃうかなあ。だーかーら、ね?」


 あざとい声を出したポイップが可愛らしくウインクした。


「何が『ね?』だよ、お前を速攻でぶっ飛ばせば終わる話だろ」


「いいのかなー? 笑里ちゃんを見捨てていいのかなー?」


 ポイップはクッキーを口元に運んで真っ白な歯を立てる。

 最悪な暴挙に「なっ、お前……!」と神奈も険しい表情になる。

 睨まれたポイップは「こっわいなー」と呟き、歯を立てるのを止めたと思えば今度はクッキーを白い舌で舐めだした。


 現状でどうすればいいのか神奈は真剣に長考する。

 町で見た速人は銅像のようで原型は残っていたのに、今ポイップが舐めているのはどう見ても市販のクッキーにしか見えない。仮に本物なら食べられたらアウト、簡単に壊せる人質を取られているも同然。ポイップの力を無力化出来るのが神奈だけな以上ここで倒してしまいたいが、襲った瞬間確実にクッキーは噛み砕かれるだろう。


「……てかいつまで舐めてんだよ気色悪いな!」


「えー? いやだってえ、食べちゃうわけにはいかないしー、でも味わいたいからねー。舐めて笑里ちゃんの味だけでも堪能したいなーって」


「変態、マジ変態……!」


 言動と行動は変態そのもの。もし見た目が小学校低学年くらいの子供ではなく、そこらのオッサンだったなら通報されること間違いなし。舐めているのがただのクッキーでも通報される可能性はある。


 ポイップが変態なのはさておき、今は神奈がどう行動するかだ。

 クッキーが仮に笑里なら危険は避けたい。正体を確かめる方法がないか腕輪に問いかけてみれば、見極める効果の魔法はあるが欠点として発動に一時間かかるという。一度それを使おうとしたらポイップが「何かする素振り見せたらクッキーちょっと齧っちゃおうかなあ」などと言ったので止めておく。


「あーくっそ分かった分かったよ! 私が無抵抗でクッキーになればいいんだろ!」


「えっへへー、あっりがとっ!」


 結局、友達を見捨てることなど出来なかった。

 どんな理由があれ神奈は友達を見捨てたくはない。なるべく助けるために足掻きたい。守って一緒に笑いたい。だから多少躊躇いつつも自分を犠牲にする方法をとる。


「でも一つ約束しろ、これだけは絶対に守れ。もし約束してくれなかったり破ったら絶対に恨むからな、フリじゃないからな。――私がクッキーになった後……絶対に私を舐めるんじゃないぞ」


「えっ、食べてほしいの!?」


「どこをどう解釈したらそうなんだよ! 食べるのも舐めるのもダメなの分かんない!? いいか、キモいからぜーったいに舐めるなよ!」


「ほんの少しだけ舐めるのは――」


「ダメ! 絶対ダメ!」


「うんうん、分かったよ。そーれーじゃーあ大人しくしてて、ね!」


 ポイップの両目から桃色の捻じれた光線が発射され、無言で受け入れた神奈の体が笑里と同じクッキーに変化する。白黒の腕輪に影響は出なかったようで地面に落ちる。

 もうポイップを止められるのは藤原才華ただ一人。彼女の手に宝生町、そこに住む人々の命運がかかっているのを本人はまだ知らない。


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