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【終章完結】神谷神奈と不思議な世界  作者: 彼方
一章 神谷神奈と願い玉
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9 居候――やっぱりこの腕輪はダメだな――

2023/11/03 脱字修正











 家具は倒れ、食器は割れ、床にはに穴があいてボロボロとなったリビング。ここまで破壊した張本人である小柄な少女は神奈に蹴られたが、再び土下座をして誠意を見せている。一度で足りないのならば二度、二度で足りないのなら三度、少女は何度でも土下座を繰り返す決意をしていた。


 さすがに神奈も二度蹴る気は起きない。ただでさえ手加減していても強いのだ。もう一度蹴れば少女にも致命傷となりえる。吸血鬼と違い、まだ根っからの悪人と決まっていないのだから殺しかねない真似はしない。


 唯一無事である椅子に腰かけ、眉間にシワを寄せた神奈は問いかける。


「……で、なんなのお前。人の家のリビングぶち壊してくれてさあ、どうしてくれるんだよおい」


「う、その――」


 威圧感だけで少女は死を覚悟する。神奈の覇気が少女に声をうまく出させない。


「まあ私はこれから学校行くんだよ。この最悪な気分とはいえ、学校にはしっかり行くんだよ。朝っぱらから朝食に嫌いな物が出てきたみたいな、最悪な気分でだよ。だからさ、私が帰ってくるまでに部屋を元に戻せ。お前がやったんだからな。こんな戦場みたいにしたのはお前なんだからな。もしも帰ってきて部屋が元通りなら、私の気分もちょっとは良くなるかもしれないからさ。でも……もし逃げたら、分かっているよな?」


 逃げたら必ず報復する。そんなメッセージが少女に伝えられる。


「――はい」


 少女は小刻みに震えていた。どうしようもない現状に怯えながら高速で何度も頷いた。

 もちろん神奈とて、爆破されたようなリビングを数時間で元に戻せるとは思わない。逃走された場合に罰を与えようとは思っているが、仕事をやり続けていたなら多少許すことも考えていた。


 家のことは少女任せにし、神奈は学校に到着したあと授業を受ける。今朝あったことを忘れたいという気持ちから普段なら聞き流す授業に身を入れていた。その様子に教師は涙を流して感動していた。


 一日の授業が終了し、神奈は帰ろうとする前に友達に話をする。もちろんその内容は今朝の出来事で、疲れたような表情をしながら語る。


「――なんてことがあってな」


「へえー、スカイダイビングで失敗でもしたのかなあ」


「死ぬだろそれ。私は平気だけど」


 笑里は相変わらず発想がぶっ飛んでいる。困惑の表情で才華は神奈を見ていた。いきなり家に人が落下してきて部屋が見るも無残に破壊されたなど、普通に考えれば頭がおかしい者の戯言だ。それが戯言ではないので笑えない状況である。


「もしかして、今日の授業を真面目に受けていたのって、今朝起きた出来事を忘れたかったから? 先生がようやくまともに話を聞いてくれたって喜んでいたのに……」


「よく分かったな。でもまあ、明日からはどうか分からないけど」


「ダメだよ神奈ちゃん。話は聞いておかないと!」


「授業中に落書きしてるやつに言われたくないな」


「あ、ごめんなさい。もう迎えの車が来る時間だわ。帰りましょう?」


 話を終えて神奈達は下校することにした。いつもなら神奈と笑里は二人で歩いて帰り、才華は車で帰っている。誘拐されたときに才華が徒歩だったのは、急な車体トラブルで車が修理に出されていたからだ。しかしこの日は神奈の方が一人で帰りたいと述べ、三人はバラバラに下校することになった。


 下校中、家に向かって歩く神奈に腕輪から声がかけられる。


「そういえば神奈さん、あの子が逃げるとは考えなかったんですか?」


 その可能性が思い当たらなかったわけではない。神奈とて、少女が律義に一生懸命部屋を修復するなどと思っていない。しかし逃げたのならば追えばいいのだ。強靭な足のバネを屈指すれば宝生町全体を半日かからず捜し回れる。


「まあ……けっこう脅しておいたし。大丈夫かなと」


「ふふふふ、実はそう言うと思って家に結界を張っておきましたよ。それはもう頑丈なやつをね。これで侵入することも出ることも出来ませんよ」


「ほーん、サンキュー。たまにはいいことするじゃん」


 家が見えてくる。これからどうしたものかとため息を吐き、神奈は玄関の扉を開けようとし――体が後方に弾き飛ばされた。


 見えない壁にぶつかった感覚。よく目を凝らせば透明な薄い膜が家を覆っているのが分かる。なぜ自宅にこんなものがあるのか心当たりはある。今朝の少女がやったという可能性。そして考えたくはないが、腕輪が張った結界という可能性。


「なんだこれ……」


「やだなあ神奈さん、もう忘れたんですか? 結界ですよ結界。気合入れすぎましたかね」


「私が入れなくてどうすんだよ! ここ私の家だぞ!」


 信じたくないことに後者であった。

 どうすれば結界を消すことができるのか。考えても考えても神奈は魔法の知識が不足しすぎている。では自分にあるものは何か……圧倒的身体能力以外にない。


「ちょっと神奈さん、その結界は核爆弾を落とそうが隕石を落とそうが破壊できませんよ。もうしばらく経ったら消えるはずなので、それまで我慢してくださいよう」


 深く息を吐き、吸って酸素を肺に取り入れる。慎重に、冷静に、神奈は拳を引き勢いよく殴る。結界は一瞬抵抗をみせたが、ガラスが割れるような音をたてて崩れ去る。


「私の行く手を阻むっていうんなら殴って強引に通ればいい」


「……えぇ? どこの覇王ですか。というか神奈さんの力どうなってるんですか……?」


 無駄な結界を破り自分の家に入り、神奈は被害にあったリビングに向かう。あれほどの惨状だったのだから全ては片付かないだろうが、少女が逃げていなければ少しはマシになっただろうと考える。だがその希望は裏切られた。

 リビングに着くと神奈は驚きの光景を目にする。


「……完全に元通りになってる」


「うわぁ、家具の位置とか割れた食器も元に戻ってますねぇ」


 希望はいい意味で裏切られたのだ。


「……あの、言われた通りやっておきました」


 ピンクの髪の毛と一緒に少女は下を向きならが告げる。今朝と変わらず衣服は身にまとっていないが、リビングは全て元通りになっていた。


「ああ、ありがとう。逃げないでくれて助かった。……でもどうやったらここまで戻せるんだ? あれは一日やそこらでどうにかならないはずだ」


「え、とですね……信じられないかもしれないですけど、魔法って信じられますか?」


「信じてるよ、というか使えるし。魔法を使える人間に私以外だと初めて会ったよ。でもいったいどんな魔法を使ったんだ?」


「私の固有魔法で、物質の時間を一日戻せるんです。それをこのリビングに使いました」


 語られた簡単な説明に、神奈は困惑して自身の腕輪に問いかける。


「固有魔法? おい、知らない単語が出てきたんだけど。腕輪お前何か知ってる?」


「固有魔法とは魂の奥底にある力で、自分だけが使える専用の魔法のことをいいます。ただし固有魔法を使えるのは力に目覚めている者のみで、使える人は多くありません」


 ようやく分かってきた神奈に、少女はタイミングを計って声をかける。


「……あの、私は出て行っていいですよね。部屋も戻したし」

「いやダメだけど」


 少女が申し訳なさそうに、顔色を伺いながらした問いを神奈は一蹴する。出ていくのを止められると思っていなかったのか、少女は目を丸くして呆然とする。


「何勝手に出ていこうとしてんのさ。ほら、まだなんでここをあんなにしたのか、理由言ってないだろ。それに裸で出ていく気か?」


「あ……そう、ですね。その……でも……」


「話せないのか? でも話してもらうぞ。私にはそれを聞く義理があるはずだ」


 もう直っているとはいえ、家を破壊されたのだから理由を知る権利くらいあるだろう。それに少女は裸のままだ。白い肌を露出したまま家から出ていかせれば、目撃した人間に何を言われるか分からない。

 少女はしばらく俯いたまま両手の指先を合わせてもじもじとしていたが、ようやく話すことを決意して神奈を見つめる。


「私は記憶喪失なんです。……だから理由は話せません」


 記憶喪失というのは誤魔化すための定番だが、はぐらかそうとしているというわけではない。神奈は観察したうえで信じることにする。少女から嘘を吐くことにより出る後ろめたさがないのだ。これで嘘を吐いていたなら、少女が嘘を吐き慣れているということになる。もちろん一つ一つの仕草や雰囲気が演技でなければだが、神奈は少女をそんな人間だと思えなかった。


「でも……ぼんやりとですけど、思い出せることがあって。誰かは分からないですが女性に襲われたんです。逃げるためのテレポートの副作用か、私はそれ以外何が起きたのか覚えていません」


 記憶の大部分が欠けてしまっている少女は、自分に明確な敵がいることを覚えていた。神奈はそれも気になったが、もう一つ気になる点があったのでそちらを訊くことにする。


「テレポートってなんだよ? そんな便利な魔法あんの?」


 訊きたい内容は魔法についてである。話の優先度的には後回しにした方がいいが、神奈の興味を最もそそったのはそれだったのだ。


「はい、無属性の上位魔法です。使用すれば瞬間移動できますが、欠点があって衣服が消し飛びます。朝に裸だったのはそういうことでして……すみません」


「腕輪さーん、また知らない単語が来たんですけどー」


 魔法のことを教えてもらってもう一週間以上。魔力の応用技術や難しい魔法は知らなくていいが、基礎的な知識は知っていなければならない。だというのに神奈は基礎中の基礎、魔法を使うにはどうすればいいかしか教えられていない。


 初めての魔法使いとの邂逅だというのに、まさか知識不足で話についていけないなど思ってもいなかった。教えてくれなかった腕輪を責めるように説明を求める。


「うっ……属性とは全てで火、水、風、雷、土、光、闇、無属性の八属性がありましてですね。テレポートなどは無属性に入ります。人にはそれぞれ適正属性というものがあり、適正と合わないものだと使っても威力がガタ落ちするのです」


「めちゃくちゃ重要じゃん! なんでそんな大事なこと言わなかったんだよ! それって最初に説明すべきことだよな!? デッパーなんかよりも先に説明するべきだよな!?」


「そ、それはその、神奈さんの適正や固有魔法というのは……発見できなかったんです」


 一瞬硬直する神奈だが、すぐに正気に戻る。


「……それは無属性なんじゃないの?」


「いえ、無属性は属性が無いから無属性なのではなく、無属性という属性なんです。神奈さんからは適性属性そのものを感じませんでした。固有魔法はよく分かりませんでしたが、適正属性はなっかたんです。……だから別に教えなくてもいいかなって」


「ちゃんと調べたのか? そうだよ、デッパーが使えるじゃないか」


「威力がない魔法は魔力が足りれば使えますよ。デッパーはただ出っ歯にするだけなので、威力が存在しない魔法の一つなんです」


 もし創作の主人公ならば全適正当たり前で魔力も強大とかいうチートはありきたりだが、神奈はまさかの適正ゼロである。ここまできてようやく現実を受け入れた。多量の魔力を所持していても……魔法の才能が、自分にはない。


 転生の間での願いは正確に反映される。神奈が持っていたのは魔法が使いたいという未練だ。それに全適性所持、魔力も世界で最強になるなどの内容は入らない。全属性の魔法が惜しむことなく使いたいとでも願えばそれも叶ったかもしれないが。


「あの、分かることは話したんですけど、もう行っていいですか? あまり長居するのは良くないですし」


「何言ってんだよ、お前今日からここ住んでいいぞ。私は問題ないし、狙われてるんだろ? 服も私の着たやつあげるから着ろよ」


 少女は目を丸くする。


「な、なにを言って――私を匿うということは狙われるということなんですよ! 私を殺すことをきっとあの人はまだ諦めていない! 私といると危険なんです!」


「うん、分かってる。でもな……ここにいれば私が守れると思う。学校にいる間はちょっと無理だけど、私は自分で言うのもなんだがかなり強い。それに危なくなったら、服が消し飛ぶけどテレポートで逃げればいいだろ?」


 襲撃を気にせず、仮に襲われても返り討ちにする自信があるからこその提案だ。テレポートという逃走手段がある以上少女にデメリットはない。しかし、無関係の人間を巻き込むことを少女はよく思っていないらしく、納得の表情はしていない。


「で、でもそんなこと――」


「じゃあこれは提案じゃない――命令だ。この部屋をきれいにしようと、お前が破壊したことには変わらない。罪滅ぼしにこれからここに住んで家事をやれ。い、い、な?」


 殺意でも敵意でもないただの威圧が神奈から放たれる。顔は笑みを浮かべているのに、雰囲気は誰もが逃げ出すような恐ろしいものだった。

 少女は「え」と声を漏らし、表情を強張らせて固まる。


「い、い、よ、な?」


「――ハ、ハイ」


 半ば強制的に少女が居候することが確定した。もちろん打算ありきの善意だが、少女にとっても悪いことではない。神奈は家事を任せ、少女は敵から守ってもらう。両者が得する関係だ。


「うわー脅しとか色々と台無しだぁ」

「黙れ」

「あれ酷い!」


(これは彼女を守るためだ……決して家事が面倒だからとかそんなことじゃない。家事係げっ――居候ゲットだぜ! ……とりあえず服を着せることから始めるか)


 そう、これは決して百パーセントの善意ではない。








 今回までの魔法に関する説明まとめ


 魔法使用条件

 1 世界に存在する魔法名

 2 明確なイメージ(デッパーなどの例外あり)

 3 発動に必要な魔力


 適性属性八種類

 火、水、風、雷、土、光、闇、無

 上記の属性が個々の適性となる(基本的に人間は一つ以上)

 適性属性以外の属性魔法を使用しても、威力が激減する


 固有魔法

 生物の魂に刻まれている、一人しか使えない魔法

 特殊なものが多いが欠点があるものはほとんどない


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