44.83 お月見団子作成風景
宝生町内に存在している建物の中で一番広い敷地を持つ場所。そこはとある女子小学生の実家である西洋風の屋敷。広大な草原かと思える庭にはいくつもの花壇や噴水が置かれていて、一個人の所有する家の庭とは思えない豪華さ。
「それじゃあお月見団子を作りましょう」
屋敷に住むとある小学生、藤原才華がそう告げると傍にいる笑里と神奈は「おおー」と軽く手を挙げた。
ここは藤原家の厨房で、隅にある才華専用スペースだ。どうやら料理の練習をする時のためだけに最近急遽作られたという。藤原家のイカれたエピソードは置いておき、今日神奈達が集まっているのは月見団子を作るためである。
そう、本日はお月見。満月を眺めて楽しむのが主な目的の日。
日本では縄文時代からあったとすら言われる意外と昔からの伝統行事。
そんなイベントに必須とも言えるのが月見団子だ。丸々と、満月をイメージして作られたらしい白い団子。厳しい決まりはないが皿に十五個ほどを並べておくことが多く、月見が終わった後に食べるのがメジャーだろう。
「神奈さん、どうしたの?」
周囲をキョロキョロと見渡す神奈が気になったのか才華が声を掛ける。
「あー、いや別に大したことじゃないんだけどさ」
この場にいるのは神奈、笑里、才華の三人。いつもの面子といえばいつもの面子なのだが最近にしては少ない。てっきり厨房に来るまで神奈は文芸部メンバーもいるのかと思っていたのに、厨房には自分達以外シェフ含めて誰一人いなかったのだ。
「夢咲さんとか呼んでないのかなって。ついでに私達以外誰もいないってのも気になるんだけど」
「呼びたかったんだけど厨房で私が使えるスペースが狭いから人数制限があるのよ。シェフ達なら一時間だけ出て行ってもらったわ、集中出来ないかもしれないから」
厨房は広いが才華専用スペースは三人がやっとという狭さ。いやこれが一般家庭のキッチンレべルなのだ、あまりにも空間が広いので感覚が狂う。
「そっかあ、夜知留ちゃん達ともお団子作りたかったなあ」
「彼女達もお月見には呼んでいるから。後で合流出来るわよ」
「じゃあ私達が作ったお団子でおもてなししなきゃね! よーし頑張るぞお! ……お団子ってどうやって作るんだろう?」
シャツの袖を左右捲って気合を入れる笑里のテンションが急に下落した。
団子を作る、といっても作り方を知らない人間も多いだろう。神奈も知らないので手順が分からない。
「ちゃんと教えるわ。私も今日覚えたところだから」
「へー、才華も今日……今日!? 覚えたの今日なの!?」
「ええまあ、家の専属パティシエに訊いて覚えたの。ちゃんと教えられるから安心してね」
「才華の家って何でもいるな……」
専属シェフだのパティシエだのと藤原家の人材は色々おかしい。ただ一々つっこんでいるとキリがないので神奈は軽く流す。
「――簡単な月見団子の作り方を一通り説明するわ」
それから才華が語りながらやってみせたのは月見団子を作る方法。
まずは団子粉と砂糖をボウルに出し、水を少しずつ加えながら全体を素手で混ぜる。生地と呼べる程度になったら手の腹でこねていき、才華曰く耳たぶくらいの硬度になったら形を整える。それから十五等分して丁度いい小ささに丸めていけば形だけは完成だ。
次に行うのは茹でる作業。鍋で沸騰させたお湯の中へ団子を全て入れ、最初は湯の底に沈んでいた団子が浮き上がってくるまでは強火で、そこからは弱火で三分程茹でる。もう十分に茹でたなら冷水を溜めたボウルに入れて冷ます。
最後に冷めた団子をザルに乗せて水を切れば完成である。色々言っていたが月見団子といっても要は普通の団子とほぼ変わりないようだった。
才華の分の団子は完成したので次は神奈と笑里の番になる。
二人は基本的に才華の手本を参考に、行き詰ったらアドバイスを受け、初めてにしては見事プレーンの月見団子を完成させた。
ただ笑里の作った分は本人の「大きい方が食べ応えありそうだよね」という意見により、縦横およそ二十センチメートル弱の爆弾おにぎりのようなものが十五個も出来上がってしまった。大きさに決まりはないので神奈と才華は笑って済ませている。
「じゃあ次はアレンジね」
神奈達が作り終えた後で才華がそんなことを言い出した。
「アレンジって何さ。もう完成だろ?」
「これはやりたい人だけでいいんだけど、お月見団子にも色々なアレンジがあるのよ。例えば材料に豆腐とか蓮根とかを加えてみたり、形を変えて動物みたいにしたりね。今日私がやろうと思っているのは後者。……どうかな? また作り直すんだけど一緒にやってみない?」
「私はやりたいなあ。神奈ちゃんは?」
「二人がやるならやってみようかな」
ただの月見団子でもいいが同じものがいくつもあると飽きるだろう。
同じ団子でもみたらしや餡子など色々と種類があるのだ。月見団子にだって種類があって然るべきだと思い神奈は作ると決めた。
「決定ね。さっき作ったのはよけておいて、茹でる直前までまた作りましょう。あ、言っておくけど、笑里さんがさっき作った大きいのだと形変えるのも大変になっちゃうから控え目にね」
神奈達は再び形を整える段階まで手順を踏む。
ちなみに言われた通り笑里も同じ……いや若干大きいが二人に寄せている。
アレンジについてだが、作れそうな動物の候補を事前に才華がメモしていた。種類的に見てカットしたリンゴで作る兎のようなものが一番難しく、簡単なのは丸めた団子にパーツをつけて形だけ動物の顔にしたものだろう。とりあえず何を作るかだけでも三人は決めてみた。
神奈は猫、笑里は兎、才華は狐である。
「後は形を整えていくだけよ。丸めた団子の形を変えてもよし、難しいならパーツを別に作って付けてみるといいわ。私は自分の作品に集中するからもうアドバイスはしないわよ。二人ならもう大丈夫って信じてるからね」
そう告げると才華は唐突に指笛を吹いた。
ピーという高音を聞いた神奈と笑里が何してんだと思っていると、厨房の外から素早く駆けて来た何者かが才華の肩に飛び乗る。
「厄狐、お願い。モデルになってほしいから団子の横に移動して」
飛び乗った者の正体は夏休みに復活した妖怪、厄狐であった。
手のひらサイズで子狐同然の彼は団子の近くへ飛び移って腰を下ろす。
「あ、厄狐、厄狐じゃん。なんかすっかり飼い馴らされたな」
「久し振りだな人間。まあ僕なりに藤原を手助けしようと思って行動しているんだ。言っておくが断じてペットじゃないからな」
ペットの否定時に神奈の方へ顔を向けて睨んだのだが、才華に「モデルだから動かないで」と言われていた。厄狐は「はいすいません」と謝罪して顔の向きを前に戻す。どう見ても飼い馴らされたペットである。
「……気にしてる場合じゃないか。自分の進めないと」
神奈と笑里は自分なりのアレンジを作るため団子と向き合う。
それから二十分ほど経過した頃。二人のアレンジは完成した。
正直なところ、神奈は手抜きしてしまった。いや繊細な手作業を苦手としているため一番簡単な方法をとったのだ。猫耳のパーツを作って融合させてから茹でて冷まし、爪楊枝で左右三本の髭と目と鼻と口を描いたら完成。まん丸な猫の顔はほぼ工夫していない。
笑里は神奈より頑張っていた。形こそ多少歪だが楕円形で、苺ジャムとココアパウダーで可愛らしい目と耳を作り上げている。しかも全種類目の形が違うので表情がバラバラなのもいい。味もあるし、見て楽しめるふっくら兎の月見団子だ。
「おー、笑里のいいじゃん。怒ってそうなのとか泣きそうなのとか色々な表情があるな」
「神奈ちゃんのも可愛くていいよね。丸いし」
「団子って元から丸い気がする……」
少し面倒になって手抜きしたとは口が裂けても言えない。
「才華ちゃんはどう? 完成しそう?」
「ええなんとか。かなり集中したわ、体感三時間くらいよ」
「確か狐だっけ。……じ、次元が違う」
才華の作り上げたのは厄狐をモデルにした子狐。ただしその後に他人から金を取れるレベルの作品と付く。
繊細な手作業で整えられた毛並み美しい尻尾。スラッとした四本の脚。モデルの数十倍は可愛らしく見つめてくるクリッとした瞳。他にもパーツごとにプロ顔負けの作りであり、まるで本物の狐を縮小したかのような団子が十五個も揃っている。しかも全てポーズが違うし、色は影を意識して濃い部分と薄い部分を使い分けている。
「すっごーい! ここまでだと食べるの勿体ないね!」
「……なんか、一人だけ手え抜いて罪悪感が」
自分が作った団子を神奈が見やる。もうちょっと手の込んだ作りに出来たのではと、二人に比べて見劣りする団子への視線に悲しみを込めた。
――団子を作り終えてから三時間後。
午後九時ともなれば外は暗く、満天の星と一緒に満月が輝いている。
月見にはぴったりな時間に全員が藤原家の庭へ集合して、ブルーシートを敷いて座り込んでいた。月見団子を作った三人はもちろん、隼速人を抜いた文芸部メンバー、そしてレイすらいる。
「月か……きっと今、世界中の誰もが見ているんだろうな」
「計測しましょうか? うーんと、約二百万人ですね」
「意外と少なっ! 全国の皆さんさ、もうちょっと月を見てあげようよ」
月見は特に嫌な事件が起きることなく終了した。
終了後、夢咲が笑里の作った巨大月見団子を全て一人で平らげたり、レイが才華の作った狐型の団子と間違えて厄狐を食べそうになったり、レイの手を噛んで脱出した厄狐が皿に飛び移って神奈の作った団子をばら撒いたりなど色々なことがあった。
「変わらない、ね。今も昔も、美しい月光は穢れ一つな、い」
もう団子も食べ終わって本格的にすることがなくなり、全員で片付けをしている時。神奈の隣で満月を眺めている泉がそんなことを呟く。
「まるで、他の何かは穢れていくような言い方だな」
「……地上の生命はいつまでも綺麗なままじゃいられな、い。世の中の悪い部分に絶望して死んでいく人も少なくないんだ、よ。そう本に書いてあったん、だ」
「本かよ。まあ、あながち間違いじゃないかも。……ならさ、せめて私達くらいはそうならないようにしないとな」
神奈と泉は二人で並び立ち、満月から降る月光を浴びる。
前世でも今世でも変わらないものがある。月の美しさもその一つ。
どことなく魅力ある満月を眺めていると、二人に対して「サボってないで手伝ってよそこの二人」と声が掛かったので、二人は目を月から逸らして片付けに戻った。
神奈「……まあ、私も普段お月見しないし、月も特に見ないんだけどね」




