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【終章完結】神谷神奈と不思議な世界  作者: 彼方
三.四章 神谷神奈と厄狐
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44.79 唯一の対処法、それは


 藤原家の屋敷に入り、走り続けて三分ほど。

 あまりに広い屋敷のため神奈だけなら迷っていた。先程の襲撃もあり、案内役である才華が共に来てくれて本当によかったと思う。もし案内してくれなければ資料室に辿り着くのは三分では済まなかっただろう。


「ここが資料室よ、手分けして探しましょう」


 資料室はまるで図書館のように大量の本棚が設置されていた。中にぎっしり入っているのは年代関係なく保管されている本であったり、一枚の紙が透明なクリアファイルに入れられたもの。ざっと五十はある本棚はとても個人の住宅であるとは思えない。

 神奈は担いでいた泉を丁寧に下ろして、周囲を見渡す。


「広いな……。とりあえず古い文字読めるのは腕輪と泉さんだけなんだし、単純に私と腕輪、才華と泉さんで分かれた方がいいだろうな」


「ええ、じゃあ私達は右から、神奈さん達は左から探しましょう」


 基本的に腕輪は神奈の右手首から動かないのでペア決めは簡単だ。

 二人ずつで左右に分かれ、本棚に入っている本やクリアファイルを余すことなく見ていく。地道な作業だし、これだけの量となれば時間もかかるだろう。あまり悠長にしていられないので早期発見がベストである。


「どうだ、読めるか?」


 念のため、信じてはいるが神奈は腕輪に確認する。


「問題ありません。左から【熟女と夢の一時】、【幼女の筆下ろし】、【取引先リスト】、【すっごいセックス】、【家計簿】などなど」


「エロ本率めっちゃ高いな!? 大丈夫か藤原家!?」


 それからも解読を続けてもらうこと数分。

 腕輪が解読した結果、どうやら左側の本棚の三分の一は十八禁の本であったらしい。資料室が完全に私物化されている。こんなものを後世に残しておきたいと思うなど代々当主の感性を疑わざるをえない。


 遠くから「そんなにエッチな本あるの!?」などという、次期当主になるだろう少女の声が神奈に聞こえてきた。どうやら右側も大半がそうだったらしく「あっちもかよ……」と呆れてため息が出てしまう。いったい何を考えてこんな品々を保管していたのか是非とも訊きたいところだ。

 呆れつつ解読結果を聞き続けていると一つの吉報が耳に入る。


「神奈さん、今手元にあるのは【厄狐(やっこ)について】というタイトルです。著者の名は藤原(ふじわら)春雨(はるさめ)と書いてあります」


「マジ!? これか! おーい二人共見つけたぞお!」


 腕輪が見やすいよう手元に一つずつ資料を持っては戻していたのだが、流れ作業のような中でようやくお目当ての物が見つけられた。神奈は目を丸くして持っている薄い本を凝視した後、今も探索を続けて「またエッチなやつ!?」と叫んでいる才華達へと知らせる。


 知らせを聞いた二人が神奈の方へ小走りで寄って来た。泉は何やら薄い本を持っているので、全員が関係する資料を見つけたらしい。


「この薄い本、厄狐について書いてあるっぽい。そっちの泉さんが持ってるやつも同じか?」


「うん、でもこっちの薄い本は個人の日記っぽいんだよ、ね。藤原春雨って人の日記みたいで、色々藤原家と厄狐の関係も書かれてた、よ」


「そっちは日記なのか。藤原春雨……この薄い本の作者の名前だ」


「ねえ二人共、薄い本っていう言い方は止めない?」


 一応見たままを言葉にしていたのだが才華には不評なようだ。神奈達は別に他の意味など込めていないのだがそう聞こえるのかもしれない。


「ん、ああ分かった。じゃあこの春雨さんの本を読んでみよう」


 神奈は緑色の薄い本を読める腕輪と泉に見せて音読してもらう。タイトルの通り様々な情報が多く記してあった。

 曰く、厄狐は誰かの不幸を吸収してくれる。

 曰く、厄狐は吸収した不幸などをエネルギーにする。

 曰く、厄狐は温厚で人間とも関わってくれる。

 曰く、厄狐は悪人の攻撃が全く通らない。

 他にも並んでいた多くの情報で神奈達は粗方理解出来た。


「次はこっちの日記を読もう、よ。同じ著者だし関係あると思、う」


 まだ時間はあるだろうと思い込んでいる神奈は「そうだな、頼む」と言って、泉が音読を始める。他人の日記を音読するなどモラルが欠けているかもしれないが躊躇っている場合ではない。


「……これって」


 事前に藤原堂一郎から聞いた情報と藤原春雨の情報を比べてみて、どうにも決定的に違う点がいくつもあった。何かの歯車がずれているかのような感覚。時間の経過と共に歪められて伝わったのか不明だが、神奈達はこれを手遅れでも堂一郎へ見せなければと思う。

 全て読み終わった神奈達はその二冊を持って、別荘へと超スピードで戻っていった。



 * * *



 真夜中、もう日付が変わった頃。

 海辺にある崩れた別荘付近で繰り広げられていた戦闘は決着しそうになっていた。それは霧雨達にとって不本意なことにレイの敗北でだが。


「無駄だよ。お前、今まで何をしてきたんだ? その身に纏わりつく大量の厄……多くの命をその手で奪ってきたのか? 僕はな、厄を持つ者の攻撃なんて効かないんだよ」


 厄狐(やっこ)は両膝を砂浜へついて息を切らしているレイへ告げる。

 まさに天敵。己のしてきたことを罪として受け入れたレイにとって、厄狐という存在は絶対に敵わない無敵の存在であった。

 誰かを殺したりすればその者の恨みが厄となる。

 何かに対して罪の意識があれば厄が生み出される。


「もう復活してんじゃん! ていうか禍々しすぎだろこいつ!」


 ――それは今、この場に舞い戻った神奈にも当てはまる。

 藤原家から戻って来た神奈達三人は一先ずレイの傍に着地し、才華と泉は二冊の本を持って霧雨達の方へと下がる。彼女達二人も霧雨達と同じで、黙って観戦することしか出来ないのを理解しているからだ。


「レイ、礼を言わなきゃな。まさかお前がいるとは予想外だったけど、そのおかげで助かったみたいだ。後は私に任せてくれ」


「……神奈、ごめん。また僕は君に任せることしか出来ない」


「別にいいって気にするなよ。後は休んでおけって」


「……いや、まだ足掻かせてもらうさ。ダメージは通らなくても衝撃はある。多少の援護くらいなら出来るはずだからね」


 レイは立ち上がって神奈の横に並び立つ。

 神奈は彼が戦おうとするのを止めない。ここまで生きているし、ダメージでというよりは疲労で膝をついていた様子だった。厄狐から感じられるエネルギー量は彼より上だが問題ない。彼には魔法とはまた違った魔技(マジックアーツ)という力があるので、実力以上の戦闘力を発揮出来る。


「また一人、邪魔な人間が増えたか」


「おい厄狐! お前は何か勘違いしてる! まずは私の話を聞いて――」


 まだ喋っている途中で厄狐の尻尾が一本神奈へと振り下ろされた。

 衝撃で周囲の砂が円状に飛び散るが、神奈は涼しい顔をしながら左腕のみで受け止めている。鬱陶しいとばかりに払いのければ厄狐の目にも無事な姿が映っただろう。これで戦意喪失してくれるならよし、まだ戦うつもりなら叩きのめせばいい。


「話を聞いてくれ厄狐! 別に私達に戦う理由なんてないんだ!」


 今度は尻尾が二本も伸びてくる。しかも貫くつもりか左右から迫って来たので、神奈は両手で先端の方を強く握りしめて止める。

 戦闘を継続するつもりらしいので神奈は「話聞けえ!」と叫びながら、厄狐の顔面へと跳躍して膝蹴りを叩き込む。大きく仰け反った厄狐に大ダメージが入った……と思いきや気にした様子もない。態勢を直すついでに束ねた八本の尻尾を真上から振り下ろしてくるくらいには元気だ。


「閃光流星拳!」


 亜光速で跳んだレイの拳が八本の尻尾を吹き飛ばす。

 助けられた神奈は「サンキュ!」と礼を言い、二本の尻尾を離して着地する。隣にレイも着地して二人で厄狐を見据える。


「手加減したとはいえノーダメかあ……」


「え、手加減って……どうしてそんなこと」


 レイがどういう経緯でここへ来たか神奈は知らないが、大した情報もなく厄狐を倒すつもりでいることは分かる。倒したい敵に対して手加減する必要は確かにない。だが神奈はなるべく厄狐に深手を与えたくないと思っている。


「まあちょっとした事情があってな。あの狐、別に悪い奴じゃないっぽいんだよ。だからきっと何かしら誤解するようなことがあったんだと思ってさ。もしかしたら話し合いで解決出来るかもしれない」


「……すごい悪そうなんだけど。まあいいか、君がそう言うなら僕も倒そうとはしない。止めるつもりで戦う。……って言っても全力出したって倒せないんだけどね」


 厄狐は「何をごちゃごちゃ言っている!」と叫び、二人を貫くためか十本の尻尾を勢いよく伸ばしてくる。だが二人にとって躱すくらい何てことない。次々と迫る尻尾を躱しながら二人は厄狐へと駆けていく。


「どういうことだ? さっきの蹴りも効いてないっぽいんだけど」


「あの狐が言うには厄を持つ者の攻撃は効かないらしい。残念だけど僕は過去の行動ですごい厄が溜まっているらしくてね、何しても効果ないんだよ」


「……ってことはこれも効かないのか、な!」


 瞬時に厄狐の頭上へ移動した神奈はそのまま手刀を振り下ろす。

 衝撃で厄狐は顔面を地面へ強打するも、手刀自体のダメージは全くなかったようで反撃として再度十本の尻尾を伸ばしてくる。一本ずつ素手で弾いていく神奈だが五本目で直撃してしまう。腹部を貫通しようと伸びる尻尾に押され、さらに伸びてきた残り五本の尻尾が束ねられて強靭なものになる。


「流星剣!」


 くの字に曲がっている神奈を助けるべくレイが動く。

 彼の右手に赤紫のエネルギーで刀が生成され、極小の爆発があちこちで起き続けているそれを振るうと三日月状のエネルギーが飛んでいく。それはあっという間に尻尾へと届き、切断は出来ないものの神奈の腹部からずらすことは出来た。

 回転しながらレイの隣に着地した神奈に目立った傷はない。腹部も貫かれたのは衣服だけで出血もしていない。


「悪い悪い、助かった」


「いや、余計なお節介だったかな。君があの程度でやられるわけないし」


「まあやられないけど。……さて、どうしたもんか」


 聞かされた時から予想はしていたが神奈の攻撃も効果がないらしい。

 他人からの恨みや、罪を犯したと思った時など負の感情から生まれる厄。よっぽど純粋で誰からも嫌われない者でなければ多少の厄があるだろう。

 神奈の場合は一般人より多い。これまで戦って倒した相手から恨まれたり、前世の人生で罪を犯した意識がある。実はこの場の誰よりも厄を抱えているのは神奈であった。


「神奈さん、一つ提案があります」


「何だ? 魔力弾でも撃ってみるか?」


 腕輪の提案を予想した神奈は問いかけてみる。

 殴る蹴るは無効化されるがエネルギー弾ならどうなのか。純粋なエネルギーにまで厄が乗っているとは考えづらい。それに残された手札で神奈が思いつくのはそれくらいである。


「いえ、レイさんの魔技も効かない以上魔力弾も意味ないでしょう。それよりも神奈さん、あるじゃないですか。話し合うのに最適な場へ移動するあの魔法が」


「……嫌だ。あれはもう嫌だ。絶対嫌だ」


「そんなこと言っている場合ですか!? もしやらなければ神奈さん以外全滅しますよ!? もう手段を選り好み出来る状況じゃないでしょう!」


「神奈、何かあるならやった方がいい。君なら大丈夫さ」


 逃げ場はない。どんなに酷い手段でも、状況によってはやらなければいけない時なんてものは多くある。他の手段を探す余裕は残念ながらない。


「……嫌だ……けど、分かった。やるしかないもんねえはい分かってますともやるしかないもんねえ! レイ、これから私の意識なくなって……アホになるかもしれないけど体よろしく!」


「うん分かっ……アホって何!?」


「アホはアホだよ。――〈ニュウコロコシン〉!」


 使用するのは精神世界介入魔法。デメリットは……一定時間アホになること。落ち込んだ斎藤に使ったのを最後にもう使わないと決意した魔法である。

 神奈の意識は厄狐の意識と混ざり合い、同時に一人と一匹の動きは停止した。


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