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【終章完結】神谷神奈と不思議な世界  作者: 彼方
三.四章 神谷神奈と厄狐
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44.77 貼ってある札は怪しく見える


 肝試しのルールとして祠に置いてある饅頭を持ってスタート地点に帰るというものがある。当然証拠となるため饅頭を途中で食べてはいけない。

 さて、そんな肝試し途中の神奈、笑里、才華はようやく祠へと到着した。


「あ、夢咲さんに霧雨。お前らまだここにいたのか?」


 祠の前には先に出発した二人がいて、夢咲の方はなぜか顔を向けようとしない。


「……ああ、それなんだが」


 何やら言葉に詰まっている霧雨が隣にいる夢咲へと目を向け、それに気付いた彼女はなぜか走り出そうとしたので肩を掴んで止める。無言のまま逃走を諦めない彼女は足に力を入れているが強く押さえられて走れない。

 そんな不可解な行動に困惑している神奈達。しかし原因だと思われることに気が付いた者が一人……というか一個。


「あっ、神奈さん。祠の下にあるお皿を見てください」


 腕輪に言われてそちらを見てみれば、神奈の視界に入るのは札の貼ってある小さな祠。そしてその下にあるラップが外されている真っ白な皿。饅頭が置かれていただろうそれには何も乗っていない。

 まさかと真相に辿り着いた神奈は夢咲の背中を見つめる。


「夢咲さん、もしかして……饅頭食べたの?」


 疑われた彼女は肩をビクッと震わせた。


「ああその通りだ。こいつ、我慢出来ずに食べてしまったんだ」


 あっさりと暴露した裏切り者に夢咲が振り返る。


「ひょっと! はんではまってふれはいほ!?」

「まだ食べてんのかよ!」


 彼女の両頬は膨らんでいたが可愛らしく怒ったからではなく、単純に未だ食べ終えていないからであった。口に饅頭を含んでいる彼女は霧雨から視線を神奈達へと移動させると、誤魔化すのを諦めたようで素早く咀嚼を再開する。


「饅頭一個も残ってないじゃない……」


「ずるいよお! 私も食べたかったのに!」


「食べたかったのかよ」


「あ、その、食べ終わったよ」


「見りゃ分かるしわざわざ報告しなくていいよ」


 気まずそうな顔をして軽く手を挙げる夢咲に神奈は冷たく言い放つ。

 冷たいのは言葉だけではなく視線もであり、笑里以外は冷ややかな目を向けている。まあそれも理由を考えれば妥当だろう。


「もう、ちゃんとゴールしてから食べてって言ったじゃない……」


「うっ、それはその、何と言いますか……我慢出来なくて一個食べたらね、予想以上に美味しくってタガが外れたと言いますか……。まあその、ここへ来た証明としては一人分で十分だしいいかなって半分食べちゃったんだけど……気付いたら全部食べちゃってて、ですね」


 呆れたような才華の言葉に夢咲はモジモジしながら言い訳を呟く。

 人差し指の先同士を当てたり離したり、唇を尖らせて視線を逸らしながら語られた内容は到底納得させるには至らない。怒りはないがひたすら呆れだけが神奈達の中で生まれる。

 このままでは自業自得とはいえ夢咲が追い込まれ続けてしまうので、とりあえず話題転換しようと動いたのは霧雨であった。


「そういえば泉と斎藤を知らないか? 俺達はすれ違わなかったんだが。藤原、終わって戻ってくる途中に普通すれ違うよな?」


 全員の思考がここにいない二人の話題に移り出す。


「確かに、もうとっくにここへ来ているはずなのにいないのはおかしいわね。私達も見なかったし、もしかしてもっと奥に行っちゃったのかしら……」


 顎に手を当てて考え込む才華へ、隣の笑里が確認のための質問をぶつけた。


「迷っても使用人の人が助けてくれるんだよね?」


「ええ、そういう手筈になっているわ。一人一人に連絡して見ていないか確認した方がいいかもしれないわね」


「遭難したら大変だしな……って、いや、どうやら連絡する必要はなくなったみたいだぞ」


 神奈が「あれあれ」と指を向ける先から一人の人影が歩いて来る。

 月光に照らされて姿が確認出来るようになった。花柄のシャツとスカートを着用している黒髪の少女は紛れもなく泉沙羅だ。そんな彼女が肩へ担いでいるのがなぜか気を失っている斎藤凪斗であった。


「ようやくここまで戻ってこれ、た」


「泉さん、無事だったのね!」


 平然と歩いて来る泉に全員が駆け寄る。


「あれ? 饅頭がないみたいだけ、ど」


「それは飢えた獣が食べちゃったの。そんなことよりどうして向こうから来たの? 肝試しのコースは祠で引き返すようになっているはずだけれど……それに斎藤君は」


 泉自身は平気そうだが何かあったのは間違いない、気絶している斎藤がその証拠だ。

 心配そうな顔をする神奈達に向けて泉は全てを語る。


「変な怪物に追いかけられたんだ、よ。なんとか倒したけど、斎藤君は怖すぎて途中で気を失ったみた、い」


「怪物って……嘘、じゃないわよね」


 自分の家の私有地で怪物に追い回されたなど信じたくはないが、才華としては泉が嘘を言っているようにも見えなかった。軽い気持ちでやると決めた肝試しだったが軽く決めるべきではなかったのかもしれない。

 友達を危険に晒してしまったことを悔いていると才華の耳に、いや全員の耳に奇妙な音が聞こえてきた。金属同士を擦るかのような音で不気味に思える。


 ふと、最初に異変に気付いたのは誰だったのだろうか。

 何もしていないし起きていないのに祠の札が勝手に剥がれ、夢咲の「あ」という声で全員がその事実に気付く。

 神奈、才華、夢咲、霧雨の四人は背筋の凍るような恐怖に襲われる。


「……帰りましょう」


 数ある選択肢から選ぶのは撤退。

 あまり長時間いるのは得策でないと考えた才華の提案により、神奈達は一度別荘へ戻ることにした。



 * * * 



 藤原家が所有している別荘に戻って来た神奈達。

 砂浜の近くに建つ大きなそこの広いリビングで、才華の父親にして現持ち主である藤原堂一郎(どういちろう)へと神奈達は山での出来事を話していた。最初は肝試しが楽しかったことについてで、その後に怪物やらお札やらのオカルト染みた話をした。

 娘の話に相槌として頷きながら静聴していた堂一郎だったが、ある一点で目を見開き椅子から立ち上がる。


「な、何だと……? 札とはもしやこんなものではなかったか?」


 堂一郎は焦った様子でスマホを操作して、椅子やソファーに座っている神奈達に画面を見せつける。

 画面には札が貼ってある祠の写真が拡大されたものが映っており、紛れもなく剥がれてしまった札であった。


「ええ、そうだけど……」


「なんてことだ……早く連絡をしなければ」


 そう言うと堂一郎は誰かに電話をかけ始めた。

 電話中に話しかけるのは憚られるので、神奈達は電話が終わるのを大人しく待つ。その間に「うむそうだな以外喋れたんだあの人」などと不名誉な感想を神奈が零していたが。

 やがて電話を終えた堂一郎に才華が問いかける。


「パパ、そのお札って剥がれたらよくないものなの?」


 全員の疑問を代表して言葉にしてくれたらしい。一枚の札が剥がれたリアクションとしてはやけに大袈裟であるし、何かあると言っているようなものだろう。

 正直なところ神奈達はあの札が重要なものだとは考えていなかった。無意味に貼られていたわけではないだろうが、肝試しの雰囲気作り程度にしか思っていなかった。祠に限らずどこかに貼られている札というのは意味深に見えるものである。


 よくある話としては何かの怪物が封印されているというもの。仮に魔法や幽霊の存在を知らなければ笑ってバカにするような内容だ。しかし超常の力を知っている身として神奈達はそういった想像もしている。


「うむ、そうだな。才華にはまだ話していなかったか。これは藤原家に代々語り継がれている話なのだが……あの札は恐ろしい化け物を封印しておくためのものだ。剥がれたら今日中に封印から解放されてしまうだろう」


 そしてどうやら今回はそのよくある話だったらしい。


「だがたった今、対処するためにプロの霊能力者に連絡しておいた。七時間もあればこちらに来れるらしい……その間、何としてでも生き残らなければいけない」


「封印されている化け物っていうのはどんな奴なんですか? 私が倒せるなら倒しちゃいますけど」


 一応神奈の身体能力の高さを堂一郎も才華経由で知っている。それでも静かに首を横に振って拒否の意を示す。


「とても倒せるような相手ではない。数百年前、藤原家に突如襲来した妖怪――厄狐(やっこ)。家にある資料の情報だが、滅茶苦茶な強さでその場にいた警官を皆殺しにし、当時の妖怪退治集団である陰陽師(おんみょうじ)達の手でも封印がやっとだったらしい」


「陰陽師って……さすがにまだ陰陽師には会ってないな。物理で倒せるんならたぶん楽勝だろうけど」


 最強レベルの宇宙人に勝利したことで多少自信が増幅した神奈はそう呟く。

 そうそうエクエスのような強さを持つ者がいるわけがない。少し前に戦った破壊の巨人は身体能力だけなら自分より強かったが、あれはただの暴力の化身。技術も何もない相手に負けるなど戦闘力に相当な開きがなければまずない。


「魔法生物、幽霊、そして妖怪ときたか……。どんどん現実離れしてきたな俺達も」


「霧雨君も大概おかしいと思うけどね」


「お前に言われたくないぞ、魔法使い」


「あら、私は吸血鬼に会ったことがあるけれど」


「私は宇宙人を知ってるよ。なんかみんな色々おかしくなってきたね」


 こんな状態で子供達が笑っていられるのはこれまでの経験だろう。

 ただ、笑里だけは笑っておらず「……え。私、何もないのに」とショックを受けている。悪霊に憑依された事実を本人はあまり覚えていないらしい。


「堂一郎さん、その資料って厄狐って奴の詳細も載っているんですか?」


「うむ、そうだな」


 強敵の可能性も考慮して一度詳しい情報を知っておいた方がいい。

 もしかすれば打倒のヒントになる情報があるかもしれないし、何が効果覿面(こうかてきめん)であるかも分かるかもしれない。あらゆる分野において情報というのは重要なものである。


「それってあんまり覚えてないですか?」

「うむ、そうだな」


「急にそれしか言わなくなったな! えっと、覚えてないってことでいいんですよね?」

「うむ、そうだな」


「それなら一回才華の家に戻って確認した方がいいかも」


「うむ、そう……したいところだが、今から車で往復するには時間が足りない。厄狐が藤原家に恨みを持っているかどうかは分からないが、危険な怪物であることは確かだ。もし民間人に被害が出ては藤原家当主として責任を問われるだろう。ゆえに、私はここに残って対処する」


 車で家に戻るのは数時間かかる。渋滞などに巻き込まれる可能性も考慮すれば、往復は到底不可能。この場所へ戻って来るまでに厄狐が解放されて人々に被害が出る。堂一郎の考えに納得した神奈は顎に手を当てて考え込むと、やがてそれでも確認するべきだと答えを出す。


「なら私が単独で向かいます。ぶっちゃけその方が速い」


 神奈が走る、もしくは飛行すれば走行車より圧倒的に速い。周囲への被害を考えなければ一秒かからない。


「……いや、資料は数百年前の文字で書かれている。今使われているひらがなやカタカナとは形が違う。さすがの君もそれは読めないだろうし、私も完全に読めるわけではない」


 日本語もずっと前から今と同じ文字形態だったわけではない。

 単純に形が違ったり、同じ意味でも書き方が全く違うものもある。残念ながら神奈が読めるのは現代の日本語オンリーなので目を通したところで読めない。


「腕輪、お前なら読めるよな?」


「ええもちのろんですよ神奈さん。まさか忘れたわけではないでしょうが私は万能腕輪。ありとあらゆる文字を読むことなど造作もありません」


「それだったら私も読める、よ」


 一応頼りにしている腕輪は当然出来ると答えたが、予想外にもう一人が挙手した。数百年前の文字が読めると断言したのは泉だ。


「泉さんも? 何で読めるのさ」


「昔に書かれた物語も案外面白くて、ね。私に読めない文字はない、よ」


 どうやら昔の書物を読みたい一心で覚えているらしい。英語すらほとんど読めない神奈よりよっぽど勤勉である。


「よし、じゃあ泉さんを連れて藤原家へ――」


「私も行くわ」


 そう発言して椅子から立ち上がったのは才華だ。

 突然の参加表明に不思議そうな顔をして神奈は「どうして?」と問いかける。


「藤原家のセキュリティは万全よ。私かパパが行かなきゃ入口で止められるでしょうし、案内役は必要でしょう?」


「それはいい。神谷ちゃん、終わったら娘を家に残してくれ。他の子も、私以外危険な目に遭う必要はない。家に送り届けてほしい」


 立ったままの才華は一度目を瞑った後、堂一郎の方に真剣な目を向ける。


「私は家に残らない。私だって藤原の血を引く人間だもの、避難するのは他の人達だけよ」


「私達も残るよ才華ちゃんのお父さん! 大変なことが起きるんならみんなで力を合わせないとね!」


 堂一郎としては子供を危険に巻き込むなど論外であった。

 しかし娘から向けられる覚悟を決めている瞳を見て、娘の友人の言葉を聞いて、随分と立派に育ったものだと内心思う。


「……言っても聞かないだろう。才華、お前自身も成長し、いい友達を持ったな」


「ええ、ちょっとおかしなところもあるけど自慢の友人だもの」


「分かった、君達は私が守ろう。神谷ちゃん、泉ちゃん、才華は家にある資料を探して封印か討伐のヒントになるものがないか見てきてほしい。他の子達は大人しく待機しておくこと」


 全員が「了解!」と元気よく返事する。

 神奈は暗い外に出て、共に出て来た泉と才華の手を握って飛翔した。その直前で腕輪が二人に結界を張っていたので超スピードを出しても危害は出ない。月光を浴びながら神奈達は藤原家へと向かっていく。


 しかし神奈達は気付かなかった。彼女達が向かってすぐ、どす黒いオーラが山から噴き出して爆発を起こしたのを。


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