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【終章完結】神谷神奈と不思議な世界  作者: 彼方
三.四章 神谷神奈と厄狐
112/608

44.76 肝試しは油断していると結構ビビる


 肝試しスタート前に多少時間を無駄にしてしまった神奈達だが、なんとか肝試しを始めることが出来た。

 ペアと順番決めの結果、一番手に山へと入るのは斎藤と泉のペアになった。まだ幽霊を怖がっている斎藤は怯えながら懐中電灯を前に向け、ぎこちない動きで歩みを進めていく。


「あー、どうしてこんなことに……。泉さんは怖くないの?」


 その後ろに続く泉は特に怯えた表情もせず堂々と歩いている。


「怖くない、よ。幽霊なんかより怖い存在なんて多くいるし、ね」


「そ、そうかなあ。たとえばどんなのが怖いのさ?」


「人間かな」


「え? それってどういう――」


 不思議に思った斎藤が詳しく訊こうとしたが、言葉の途中で彼女が「あ」と声を上げて先を指で示す。そちらが気になって視線を前に戻せば二本の分かれ道が存在していた。


「うわ、分かれ道か。どっちに行けばいいのかな」


「右だ、ね。祠まではまだもう一回分かれ道があるみた、い」


 懐から地図を取り出した泉が眺めて告げる。

 懐中電灯で照らしつつ斎藤が一緒に見てみれば確かに言う通りの道だ。簡易版の地図なので本物と比べて分かりやすいのは助かる。


「よし、さっさと終わらせて別荘に帰ろう!」


 恐怖に駆られながらも斎藤が足を踏み出そうとした瞬間。

 背後から「うらめしや~」などといういかにもな声が聞こえてきた。あまりにいかにもな声すぎて困惑したがそれより増幅した恐怖が勝る。そして硬直してしまった斎藤の首に冷たい手が当たった。思わず「ひょえわっ!?」などという悲鳴が飛び出てしまう。


 怯えながらも正体を確かめたくなるのが人間の本能なのか、斎藤はぎこちない動きで後ろへ振り向いて目で確認しようとした。

 その時、視界の端で泉が手を引っ込めるのを確かに捉えた。


 何となく想像はついていたのだ。ただこの状況なら万が一もあるし、事前に笑里達から幽霊が実在すると言われてしまったこともあり疑ったにすぎない。正体が友達の少女だったと理解した斎藤は、何事もなかったようにしている彼女をジト目で見やる。


「泉さん、止めてよそういうの」


「え? な、なに、が……?」


 止めるように言ってみれば泉はにやにやと口元を歪め、全く隠しきれていない状態で知らないフリをしていた。


「今、手を引っ込めたでしょ。さっき僕の首に当てたでしょ。うらめしやって言って驚かそうとしたでしょ」


「何のことだか、わ、分からない、ね」


「言っとくけどその顔じゃ自分がやったって言ってるようなもんだからね!?」


 笑うのを我慢しているのだろうが我慢しきれていない。まだ口元が歪んでいる彼女に斎藤は「もう」とため息を吐いた後で、先に進もうと足を進ませる。


 ――だが、再び「うらめしや~」という声が背後から耳に届く。

 一回やれば満足だろうしもうやらないだろうと斎藤は油断していた。最初ほどではない恐怖に襲われ、ビクッと肩を震わせた彼は勢いよく振り返る。

 懲りずにこんなことを続ける泉に文句を言おうとして彼女を視界に入れた時、驚愕で目が限界まで見開かれてしまう。


 懐中電灯で照らされた泉の首から下は普段通り彼女のもの。だが上は全くの別物。

 黒い長髪。血色のない肌。右目は眼球が飛び出そうなくらいにまん丸になっており、逆に左目は細くしか開かれていない。だらしなく開かれた口からは涎が垂れている。


「うわああああああああああああああああああああああ!?」


 幽霊を怖いと思っている斎藤にそれで悲鳴を上げるのは至極当然。思わず距離を取ってしまうのも無理はない。むしろ逃げ出さなかったのは褒められるべきだ。

 彼が逃走しなかったのは友達がいるからだ。いや、赤の他人だったとしても逃げなかったかもしれない。恐らく幽霊だろう存在に好き勝手されているのを見過ごせないのだから。


「泉さんが憑かれたあああああ! 悪霊退散悪霊退散悪霊退散!」


「あっはははははは! 意味ないでしょそんなこと言ったって! さ!」


 聞こえてきたのは少しくぐもっているがいつもの笑い声。

 状況が理解出来ないでいる斎藤は「え?」と間抜けな顔を晒す。


「いやいやごめんごめ、ん。これお面だから、さ」


 そう言った泉は幽霊のようなお面を取って笑う。

 ようやく理解した斎藤はプルプルと震え出し、涙と鼻水を垂らして「このクズが!」と叫んで走り去ってしまう。さすがにやりすぎたと反省した泉は後を追いかけてすぐに追いついたので謝る。


「ごめんってば。面白半分でやっていいことじゃなかった、よ」


「もう知らない、知るもんか」


 聞く耳持たずといった風に斎藤は正面だけ見て歩き続ける。その隣で申し訳なさそうな顔をしつつ付いていく泉。二人の様子を遠くから見守る者達がいた。

 実はこの肝試し、藤原家の使用人達が数々の仕掛けをする予定だったのだが、予想外に仲が険悪になってしまったためやりづらい雰囲気になったので何も出来ていない。各所に配置されていた使用人達は、ただ通り過ぎていく二人の様子を見守ることしか出来ない。


「――うらめしや~」


 斎藤の目が見開く。恐怖ではなく、怒りで。

 自分が怖いのを知っていて、さっきの行動を謝ったにもかかわらずまた仕掛けてきたのだ。いくら仲良くなった人間にしてもやっていいことと悪いことくらいある。許せる行動の範囲だって限定されている。拳を握った斎藤は勢いよく振り返り「いい加減にしてよ!」と叫ぶ。


「なんでこんなことするんだよ! 僕、泉さんのこと嫌いじゃなかったのに、同じ部活の仲間で友達なのに、こんなことされたら嫌いになっちゃうじゃんか。……人を揶揄うのを止めろとは言わないけどさ、もっと揶揄われる側の気持ち考えてよ!」


「……ね、え」


 服が軽く引っ張られたのを感じて斎藤が視線を右に向けると――泉がいた。


「私じゃない、よ」


「はえ? じゃ、じゃあ……今のって……」


 いつの間にか隣に並んでいたらしい。だとすれば先程の後ろから聞こえた声はいったい誰の声なのか。ぎょっとした斎藤が視線を戻せば、そこにいるのは泉のお面と全く同じ顔をした少女の姿。

 不気味な少女の口が三日月状に歪み、体が膨れ上がって異形の姿になる。ボコボコと膨れ上がったそれは蜘蛛や蛇など山に生息していた動物の特徴を併せ持つ奇妙なもの。明らかに人間でも作り物でもない姿を見て二人は瞬時に理解した。


((あ、これ本物だ……))


 当然というべきか、現状を把握した二人は咄嗟に逃げ出す。

 異形の怪物は二人の背中を見つめて少しすると、蜘蛛の形状をした足を動かして追跡してくる。そんな怪物に追いかけられるなど恐怖以外何も感じない。


 走るペースが落ちれば容赦のない攻撃が飛んで来るだろう。そんな中、男子である斎藤は女子である泉をサポートしようと手を伸ばす。


「離れないように手を繋ごう! 今よりペースが落ちたらダメだ!」


 ――手を伸ばした先にいた泉は一人ペースを上げる。

 グングンと距離が開いていくほどに速く走る彼女に斎藤は呆気に取られ、正気に戻ってから思いっきり叫ぶ。


「速いな! ていうか置いていかないでよ薄情者!」


 結果的に斎藤の速度も上昇して怪物を突き放していった。二人の心の距離も若干離れたが。

 怪物はさらに変形し、上半身である人間の骨が背中を突き破り、羽のような形になって羽ばたき始める。

 謎の怪物との追いかけっこは第二ラウンドへ突入した。



 * * * 



 一組目の斎藤&泉ペアに続き、二組目の夢咲&霧雨ペアが出発して五分。

 ついに三組目である神奈&笑里&才華のトリオが出発の時間となった。なぜ三人かといえば単純に人数が中途半端であったためだ。


「さて、それじゃあ行きましょう」


 懐中電灯を持った才華が歩き出して、笑里と神奈も「おー」と軽く拳を上げてから後に続く。

 夜道は暗いため恐怖を駆り立てる。三人で歩いているため若干軽減されているとはいえ、夜風に吹かれる茂みや木の葉の音で三人はちょくちょくビビっていた。


「なあ、二人は準備してたんだから仕掛けとか知ってるんじゃないの? それとも仕掛けの類には触れてないから分かんない?」


「後者ね。だって仕掛けを知ってたら怖くないじゃない」


「えー、才華ちゃん仕掛け知ってても悲鳴上げそうだなあ。さっきから揺れてる茂みの音とかで怖がってるし」


「それは笑里さんもでしょ。……ふ、ふふ、この先が楽しみね。もしつまらない仕掛けだったら作った人を左遷するって言ってあるし」


「ある意味、一番怖い思いしてるのは仕掛け人の方なんじゃないのか」


 そう言いながら歩いていた神奈、実は一人だけ視界が良好であった。

 魂に宿る加護のせいで夜でも昼と変わらないくらいに見える。つまり仕掛けがあったとしても道にあったら全て見えてしまう。参加している以上多少怖がるフリはしているが、今回は見守るのとつっこみに集中しようと割り切っている。


 そんな神奈の視界に道に落ちているものが入ってきた。

 切断された人間の手――を模した道具だ。子供は怖がりすぎて泣きそうだが肝試しでは効果的な道具だろう。ご丁寧に血のりまで用意して本当に切断されているような演出までしていた。


 さてさて、そんな手の込んだ仕掛けに懐中電灯の光が当たる。

 衝撃的な光景が視界に飛び込んできた才華と笑里は「きゃあああああああああああああ!」と神奈の想像通りかなり大きな悲鳴を上げた。


「手!? 手!? 人間の手!? 血、血が出て……!」


「うわわわ、才華ちゃんこれヤバいよ! きっと包丁とかでスパッと自分の手を斬っちゃったんだよ!」


 予想斜め上の解釈をした笑里に神奈は「いやそれは」と解説しようとしたが、それを遮るように顎に手を当てた才華が愕然とした表情で同意する。


「そ、そうよね。つまらない仕掛けを作らないでとは言ったけど、まさかここまで……手を切断する覚悟までしなくてよかったのに……!」


「勘違いするなよ! いや本当にそうだったら怖いけど、それ絶対ただの作り物だから! たかが肝試しにそこまでするバカいないだろ!?」


 一つ目の仕掛け――道中に落ちている手。

 恐怖の対象はその手ではなく、手を斬り落としたと思われている使用人へ向けられた。結果的に悲鳴は上がったので成功なのかもしれないが。

 何はともあれ怖がった才華は手を拾って先へ進む。


 懐中電灯で照らされる前方を歩いて行く三人だが次の仕掛けが中々来ない。神奈の目にも見えていないので本当に仕掛けられていないのか、それとも視界に映るような場所にはないのかのどちらかだろう。

 視界に仕掛けが見えない神奈は完全に油断しきっていた。そんな彼女含めた三人にヒュオッと風を切るような音が聞こえた。


「ん? 何の音だ?」


 油断していた神奈の左頬にペチッと柔らかくて冷たい何かが直撃する。


「うわああああああああああああああっ!?」

「「きゃああああああああああああああ!」」


「なんっじゃいっまの! びっくりした……」


「び、びっくりしたはこっちの台詞よ! 急に叫んで!」


「……神奈ちゃんどうしたの?」


 左頬に感じた柔らかくて冷たい何かの正体を確かめるべく、神奈は「いや何かが顔に当たって」と言いつつ下を見てみればとある物が落ちているのを発見した。

 鼠色で長方形の物体。黒い点があちこちにあるそれに懐中電灯の光が当たり、二人も落ちている物体を見つけた。見覚えがありすぎるそれの名を三人は呟く。


「「「こんにゃく……?」」」


 それはまごうことなくプルンプルンの柔らかい食べ物、蒟蒻(こんにゃく)である。


(つまりこれはあれか、蒟蒻をぶつけて怖がらせようってやつか。まあ定番だけど私もほんのちょっとビビっちゃったな)


 ちょっとどころではないが神奈は自分の記憶を改竄してしまった。

 全員が蒟蒻の仕掛けを理解したので進もうとした時、油断していた三人へ再び蒟蒻が迫る。標的は呑気な顔をしている笑里だ。


 笑里へ向かって迫る蒟蒻。このままいけば神奈同様に悲鳴を上げるのだろうが、蒟蒻を投げた使用人は標的のことを甘く見すぎている。

 彼女は自らへ接近して来た蒟蒻に本能的に気付き、大きな口を開けて蒟蒻を丸々と口に含んでしまった。そしてもきゅもきゅと食べる様に、見ていた使用人と神奈は信じられないような目を向けた。


 二つ目の仕掛け――顔に当たる蒟蒻。

 標的とされた二人の内、一人は過剰なほど驚いていたが、もう一人には驚異的な察知能力で食べられてしまった。成功とは言い辛い結果である。

 失敗に近いので使用人達は慌ててもう一つの仕掛けを発動した。


「――待ちたまえ」


 進もうとした三人を呼び止める謎の声。

 ビクッと肩を跳ねさせた三人が振り返った先に奇妙な男がいた。

 黒いボディースーツを着用しているので体のラインは浮き出ている。大胸筋が発達していることから男なのは確かだ。しかし問題なのは首から上で、なんと彼の首から上は大きな眼球であった。つまり三人は眼球から声を掛けられたのである。


「きゃああああああああああ!」

「目玉の化け物おおおおおお!」

「これ著作権とか大丈夫か!?」


 さすがに眼球男の登場には全員が驚きを露わにする。一人違った方向性で驚いているが気にする必要はない。

 ゆっくりゆっくりと眼球男は三人へ歩み寄る。


 歩み寄る眼球男に怯えた才華が「こ、来ないで!」と叫び、先程拾っていた誰かの手をぶん投げた。本物か偽物か詳細不明のそれは眼球男の目に直撃し、戸惑った様子の眼球男は地面に落ちた手を見下ろす。


「ぎゃああああああああ! 人間の手えええええ!?」


「今よ二人共! 逃げましょう!」


 生々しい手首に驚愕して叫んでいる眼球男を放置して、神奈達は才華の合図で逃走した。

 三つ目の仕掛け――恐怖、眼球男登場。効果は抜群であった。


 眼球男は置いておき、急いで走って先へ進む神奈達は分かれ道を通り過ぎる。必死に逃げたことでかなりの距離を進んだので目的地である祠まであと僅か。もう仕掛けもないかもしれないと思いつつ、落ち着いたので再び歩き出す。


「いやあ、怖かったねさっきの」


「……ええ。でも、あの手を投げてしまったわ。これでもうあの手は二度と見つからないかもしれない。くっ、使用人の手が!」


「まあいざとなったらみんなで探せばいいんじゃね。……たぶん作り物だろうけど」


 落ち着いた三人はまた油断していた。何度目か分からない油断中に四つ目の仕掛けが三人へと襲い掛かる。

 四つ目の仕掛け、それは――。


「きゃっ、び、びっくりした……」

「うわっ、怖いね」

「……あー、テレビで見たことあるなこれ」


 道端に置かれている日本人形! しかも女性型人形の髪がブワッと動く!

 夜中に何気なく見てみると怖くなる物として人形が挙げられる。それはあの無機質な目や、当たり前だが表情の変わらない顔などなど、恐ろしいと思えることはいくらでもある。そんな人形の仕掛けに三人は――。


「なんていうか……今までの仕掛けと比べたら地味かも」


「分かるかも。怖いけど、ちょっとだけだよね」


「髪の毛動くだけってのもなあ。なんか物足りないっていうか」


 ここまでの仕掛けで驚きすぎてリアクションが微妙になっていた。

 多少アレンジで髪の毛を糸で引っ張って動かしているのだが反応は良くない。隠れている使用人の一人は焦ってさらに糸を引っ張って髪の毛を動かす。だがそれが仇となり、髪の毛が引っ張られすぎてブチブチブチッと全ての毛が抜け落ちてしまった。


「……あれが私達の将来かあ」


「怖いこと言うなよ!?」


 女性型人形なのに長い黒髪は無残にも地面に落ちてしまい、つるつるの白い頭部が懐中電灯の光で照らされて目立つ。あまりにも可哀想な姿に才華は合掌する。

 四つ目の仕掛け――道端に佇む人形。

 結果は人形の髪の毛が抜け落ちただけであった。


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