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【終章完結】神谷神奈と不思議な世界  作者: 彼方
三.四章 神谷神奈と厄狐
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44.75 幽霊がいる? エビデンスを示せ!


 色々あったがそれらを水に流した夜。

 神奈達七人は肝試しを行うため、近くの山の麓に集合していた。

 もう暗いのでスタート位置であるその場所にはいくつもの照明器具が設置されている。おかげで視界は十分に確保出来る程度の明るさがある。


「それじゃあルール説明ね。二人一組で五分おきに山へ入って、小さな祠まで辿り着いたら、そこに置いてあるお饅頭(まんじゅう)を持ってここへ戻って来る。簡単な地図は用意してるし、仮に迷ってもすぐ使用人達が助け出してくれるわ。何か質問あるかしら」


 夜の山は危険が多い。暗いと道に迷うし、転がり落ちて大怪我なんてこともありえる。一応藤原家の使用人が待機しているようなので何かあっても救助してくれるだろう。

 出来る限りの安全を確保してくれているようなのでそっち方面の質問は出ない。しかしボリュームある紫色の髪が首に巻きついている垂れ目の少女、夢咲(ゆめさき)夜知留(やちる)(おもむろ)に手を挙げて口を開く。


「お饅頭は食べていいの?」


「ここに戻って来たらいいわよ。着く前に食べちゃったら祠まで行った証拠がなくなっちゃうし」


「お饅頭は美味しい?」


「……ええ、有名な職人さんが作ったものらしいから」


「お饅頭はどれくらいの大きさで何個置いて――」


「どんだけ饅頭気になってんだよ! 話先進まないよ!」


 説明をしていたゆるふわパーマのお嬢様、藤原(ふじわら)才華(さいか)も若干呆れた目になっているのを見て神奈が強制的に終わらせた。黒髪癖毛でパーカーを着ている彼女も長くなりそうだと思っていたのだ。


 それから各々が地図と懐中電灯を受け取って、後はペア決めだけとなった。

 才華がグループを決めるために両手に持ったのは六角柱の形をしている入れ物。その中には先端に色が塗られた割り箸が七本入っている。


「ペア決めはくじ引きにしましょう。実はこれ笑里さんに作るの手伝って貰ったの。ね、笑里さん」


 才華の言葉にオレンジ髪の活発そうな少女、秋野(あきの)笑里(えみり)は得意げな表情で告げる。


「へっへーん、その通り。力作なんだよ凄いでしょ」


「誰にでも作れそうだけど」


 思わず漏らしてしまった神奈の感想に笑里は頬を膨らませる。

 実際誰にでも作れるのだろうが口に出していいかは別であった。反省した神奈は「ごめんってば」と謝っておく。


「ねえ藤原さん、また質問があるんだけど」


 また夢咲である。さすがに肝試し自体にあまり関係ない質問へ答えを返すのは面倒であるため、才華はジト目で「饅頭についてはもう答えないわよ」と先手を打っておく。だがどうやら質問は饅頭ではなかったらしく夢咲は「違う違う」と首を横に振る。


「ここって本物の幽霊とか出るのかなって……。祠とかある所って何か出そうじゃない?」


 夢咲の問いに一早く口を開いたのは才華ではなかった。狐耳のような髪型でTシャツを着ている少年、数時間前まで塞ぎ込んでいた斎藤(さいとう)凪斗(なぎと)だ。


「いやいや、幽霊なんているわけないよ。魔法があっても幽霊はいない。絶対にいない、いるわけがない!」


 彼が早口で言い放ったのは幽霊の存在否定。

 他のメンバーは色々あって幽霊を認知しているし、神奈や笑里に至っては魔力や霊力で視認することすら可能である。だが彼だけが関わりないため実在することを知らない。


「えーいるよー、だって今もいるもん。お父さんだっているし」


 視認出来ている笑里が多少右頬を膨らませて実在を知らせる。

 若干不満そうにしているのは父親の存在を否定されたも同然だったからだ。彼女の父親は今も背後霊として傍に居るのだから。


「お父さん……? い、いやいや、いない! いるわけない! みんなも幽霊なんて信じてないでしょ!?」


「幽霊については少し前に事件があったし……」

「発明家としてオカルトはあまり信じたくないが、実際に自分の目で見た以上はな」

「信じないと、ね」


 肯定してほしいという斎藤の想いには誰も応えない。

 黒髪を肩辺りで揃えている半袖スカート姿の少女、(いずみ)沙羅(さら)はともかくとして、科学の世界に生きているような白衣姿の男である霧雨(きりさめ)和樹(かずき)が信じているようなことを告げるとは思っていなかった。夢咲もなんだかんだで肯定してくれるかもと考えていたのに現実はこれだ。


「か、神谷さんに藤原さんは!」


「期待に添えないようでごめんなさい。私も幽霊の存在を確認しているから」

「私も見えてるからなあ」


 はちゃめちゃでも良識がありそうな才華や神奈にまで言われてはお終いである。それでも斎藤が信じたくないのは理由がある。


「う、嘘だ! 僕は信じないぞ!」


「怖いのね……」


「怖くない! いや……ごめん、幽霊は怖い」


 信じたくない理由というのはいたってシンプル――ただ怖いのだ。

 基本的に幽霊というのは怖がられるもので、テレビなどで放送されている心霊現象特集などもホラー系として見られている。ちょっと過剰とはいえ斎藤の反応は普通に近い。


「いや、いやいやいや怖いけど幽霊はいない! エビデンスを示せ!」


「エビデンス……って何だろね神奈ちゃん」


 聞き慣れない言葉に笑里が首を傾げる。


「それはあれだ、エビ天の種類だ。英語で複数のものを呼ぶときSをつけるしな。エビテンズからエビデンスとなったんじゃないかな」


「おお、美味しそうかも!」


「いや何言ってるんですか。エビデンスというのは根拠とかそういう意味合いの言葉ですよ」


 神奈と笑里は「へえー」と言いながら納得した。確かに考えてみればこの状況でエビ天について言及するわけがない。


「どうやら誰もエビデンスを提示出来ないらしいね。あの霧雨君すら根拠を示せないとなると、これはもう存在しないのは明らかなんじゃないのかなあ」


「いるもーん! だって凪斗君の後ろにもお父さんがいるもん!」


 否が応でも幽霊がいると信じさせたい笑里は引き下がらない。そしてここで諦めなかったことが幸いしたのか斎藤の表情が変わる。

 強がって笑っているかのようなものから意外そうな顔になっていた。


「……え、僕の父さんが?」


「うん。凪斗君をいつも守ってくれてるんだから!」


「本当に……本当にいるの? 父さん……?」


 斎藤の父親はとうに亡くなっている。以前学校の噂で笑里の父親も死んでいるというものを聞いていたからか、彼女がそんな冗談を言うとも思えなかった斎藤は僅かに信じる気配を見せる。


「父さん、ずっと見守ってくれていたのか。僕のこと、ずっと……そういうことなら信じたい。見えなくても信じたい。父さん、見守ってくれていて……ありがとう……!」


「なあ斎藤君さ。言いづらいんだけど、たぶん後ろにいるの父親じゃないぞ」


 感動的な空気が霧散して、背後に感謝の言葉を述べていた斎藤が「え?」と神奈へ振り向く。


「確認のため訊きたいんだけど、斎藤君の父親って黒人でパンチパーマでサングラスのおっさんなの? もしかして本当に父親なんじゃ」


「ないよ! 父さんバリバリ日本人だし黄色人種だよ! 何をどう判断してその人が僕の父さんだと思ったの!?」


 笑里がそういった冗談を言うとは思えない。つまり勘違いだったのだ。

 しかし神奈が告げた通りの外見であるなら他人だと判断出来ないだろうか。似ても似つかない男を父親だと断言出来るほどの材料がいったいどこにあるというのか。


「ええと、後ろにいる幽霊ってお父さんかお母さんだと思ってたんだ。違ったんだね」


「あの笑里さん、それだと全員の親が死んでることになっちゃうからね。私の両親は存命しているのだけれど」


「そっかあ、勘違いだったんだあ」


 まだ人生経験が浅いからか、それともただ思考が浅いだけか笑里の勘違いの原因はそんなものであった。彼女にとって守護霊のような存在は父親という認識であったため、黒人の大柄な男であろうと斎藤の父親だろうと思い込んでしまったのだ。……というかそもそも笑里の父親は守護霊ではなく勝手に後ろにいるだけなのだが。


「でも、自分の守護霊とかって気になるかもね。秋野さん、全員のを教えてくれない?」


 せっかくだからと夢咲がそんな提案をした。

 霊が見えるのはデフォルトで大した苦ではないため笑里は軽々承諾する。


「いいよ。まず夜知留ちゃんだけど……頭に貧乏って書いてある鉢巻を巻いてて、金髪ツインテールの女の人だよ」


 詳細を聞いた瞬間に夢咲は「この貧乏神が!」と叫びながら背後へ殴りかかった。


「守護霊をなぐ――いやすり抜けた! 貧乏なのは守護霊のせいじゃないんじゃね!?」


 明らかに貧乏神っぽい恰好だったため勘違いしたのだろう。おそらく貧乏神ではないと神奈は思うが断言も出来ない。口では守護霊のせいじゃないと言ったが実際にそういう可能性も否定出来ない。好奇心で守護霊を消滅させたらどうなるかやってみたくなったが、実行に移る寸前で思い止まった。


「和樹君は白衣を着た科学者っぽい人で、才華ちゃんは大和撫子(やまとなでしこ)って感じの人だね」


「ふっ、きっと有名な発明家だろうな」


「大和撫子……笑里さんそんな難しい言葉を知っていたのね」


「確かに意外だ」


「私だってそれくらい知ってるよ! 夏休みの宿題に出てたもん!」


 才華の感心した言葉に神奈もうんうんと頷いていたのだがバカにしすぎていたらしい。まあ宿題に出ていたのなら覚えていてもおかしくないが、そもそもそういった小学生から見れば難読漢字になるものを記憶出来ると思っていなかった。さすがにバカにしすぎであったことは二人も内心認める。


 そんなことを思った後で、神奈の頭に守護霊についての疑問が浮かぶ。


「……そういえば、私の守護霊見たことないな。いないなんてことあんのか」


「ええ。仕事しない守護霊もいますし、絶対いるわけじゃありません」


 生まれてこのかた幽霊は多く見てきたが自分の背後にはいないのだ。疑問は腕輪によって解消されたのだが、色々巻き込まれるのは守護霊がいないからではという新たな疑問が浮かんでくる。


「それで、斎藤の守護霊は父親――」


「じゃないよ! 特徴が似てもないよ!」


「すまんすまん。そういえば斎藤は生者じゃ?」


「ない……生きてるよ!?」


 仮に守護霊がいたとして全く事件に巻き込まれないというのも神奈は寂しく思う。いや何も事件に介入したいわけではなく、そういった様々な案件が出会いのきっかけになったこともあるからだ。まあ事件に巻き込まれる文芸部メンバーに守護霊がいる時点でいようがいまいが変わらないのだろうが。


「……そろそろクジでペア決めない?」


 神奈の悩みがスッキリした頃、才華が軽くため息を吐いて問いかけた。


「すまん、斎藤で遊んでいたら長くなるもんな」


「僕を揶揄うのもう止めてほしいんだけど……」


 元々ここに来たのは幽霊について議論するためでも、守護霊を視て暴露するためでもない。夏休みの貴重な思い出となるだろう肝試しを行うためなのである。

 話が脱線しすぎて本筋が進まない現状を才華は嘆きたくなった。


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