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【終章完結】神谷神奈と不思議な世界  作者: 彼方
三.四章 神谷神奈と厄狐
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44.74 一人にしてくれ


 午前から夕方まで海で遊んでいた神奈達。

 寝泊まりする場所は藤原家が所有する別荘であり、夜の予定もあるので一度戻ってきたわけだが――現在、夕日に照らされた広いリビングの隅で斎藤(さいとう)凪斗(なぎと)が膝を抱えて座り込んでいる。


「おーい斎藤くーん。どうしちゃったんだよ、そんな膝抱えて」


「まあその、無理もないわよね。自分が彼の立場だったらって考えると震えてくるもの。こうなっちゃうのも納得出来るわ」


 才華の言う通りだ。何せ、彼は全員の前に全裸で登場してしまった。

 いかに友達だといっても許容出来ることには上限がある。生まれたままの姿を晒すなど精神的ショックを受けるのは当然だろう。今はもう私服に着替えているといっても過去の傷は癒えない。

 一応それを理解しつつ神奈達は斎藤の周囲に集まっていた。


「元気出してよ凪斗君! 夜は肝試しだよ!」


 唯一彼の全裸を目にしていない笑里も状況だけは聞いている。

 元気づけようと彼の肩をポンと叩いて笑いかけるが、そんなすぐに復活するわけもなく虚無の表情で「死にたい……」と呟いている。


「もーう、私は見てないのに……。あ、そうだ!」


「名案でも思い付いたか?」


「私達も裸になっちゃえばいいんだよ! これでお相子だもんね!」


「……マジかこいつ、恥ずかしげもなく」


 少なくとも名案ではない。下手すれば笑里以外が斎藤化する可能性がある。

 しかし彼女はロケットのように発射したら止まらない。自分ではこれで解決出来るとでも思っているのか(おもむろ)にシャツを脱ごうとして、マズいと察した才華が慌てて止めに入る。


「笑里さん、女の子がそんな簡単に服を脱いだらダメよ」


 真剣に語りかける才華に対して笑里は不思議そうに「なんで?」と返す。


「もういい才華。そいつには出て行ってもらえ」


「そうね、事態が悪化しそうで怖いわ。笑里さんは私と一緒に肝試しの準備をしましょう? 斎藤君のことは神奈さん達に任せて、ね?」


「……うーん、分かったよ。準備楽しそうだし……それに神奈ちゃんは落ち込んでる人を励ますの得意だもんね! 私が元気になってるのも神奈ちゃんのおかげだもん!」


 二人が広いリビングから出て行ったことで文芸部メンバーのみになる。

 励ますのが得意だなんて言われた神奈には当然作戦がある……わけがない。今もどう接すればいいのか全く分かっていない。必死に頭を回転させるが一向にいい策が思いつかないので、今回ばかりはダメかもしれないと弱気なことを思いながら神奈は口を開く。


「なあ斎藤君――」


「もういいから、一人にしてくれよ」


 初めて「死にたい」以外の言葉が出て来たと思ったら、素っ気なく突き放す言葉であった。


「みんなが心配してくれるのはありがたいけどさ、今は一人になりたいんだ。さっきから何か言ってるけどみんなに僕の気持ちが分かるわけない。僕は大切なものを失ってしまったんだ」


「大切……いやまあ、そうかもしんないけど」


 元気にするどころか、膝を抱えている斎藤は顔を膝へと埋める。

 失ったものは何だろうか。口では分かった風なことを言いつつ神奈はその答えが分からなかった。そこから先に進めない神奈を見かねたのか霧雨が口を開く。


「なあ斎藤、もっとポジティブ思考になれ。こんな苦難は人生で嫌というほど人を選ばず襲ってくる。そういった苦難を乗り越えていくことで俺達は大人になれるんじゃないのか」


「録画してた奴の台詞じゃないな」


 良いことを言ったところで過去の行いは消えない。こうして斎藤が塞ぎ込んでしまった原因の一端は霧雨にありそうなものだ。


「だ、大丈夫だよ! その、初めて見たけど立派だったんじゃない!? あそこが大きいのはむしろ誇るべき、小さいかもなんて気にしなくていいんだよ!」


「ガン見してた奴の台詞だな。……ていうか、そういう悩み?」


「……違うよ。女子の前だったのが恥ずかしかったんだよ」


 続けて夢咲が声を掛けるも効果なし。もうどうにもならないかと思ったその時、救世主のようなタイミングで腕輪が発言する。


「こうなれば魔法を試しましょう」


「なんかいいのあんの? 解決出来るんなら使うけど」


 できることなら神奈はろくでもない魔法の使用は避けたかったが事態は深刻。一刻も早い解決が求められている。デメリットがどうだとかは気にしていられない。


「少々教えるのを躊躇しますが……〈ニュウコロコシン〉という名の魔法です。効果は相手の精神世界への介入。自分と相手が混ざり合っていくようなイメージで発動可能。欠点は……一定時間アホになることです」


 気になる欠点を教えられた神奈が「アホ?」と確認するように呟くと、腕輪が「アホ」と肯定する。

 今までも教わる魔法に欠点は付き物であったのだが、今回は大雑把すぎて分かりづらい。具体的でない場合は大抵詳細を話すと酷すぎるからというのがお決まりだ。


「精神世界に入ってどうする、の? 説得しやすいってこ、と?」


 魔法の有効性を疑問視した泉が質問する。


「ええ、外側よりも内側からの方が言葉は響くものですから」


「まあとりあえずやってみれば分かるさ。ええっと……〈ニュウコロコシン〉」


 言われた通りのイメージと名前で神奈が魔法を使用した。

 使用すると同時、神奈の体が床へ倒れそうになったので隣にいた夢咲が受け止める。精神世界へ侵入するというのなら自分の精神を侵入させるのだろう。当然そうなれば抜け殻となった体を支える力は消え去る。

 心配そうに「大丈夫かな」と呟いた夢咲は神奈の体を床へ寝かせた。


 無防備な体を預けた神奈本人はその間に斎藤の精神世界へと入り込んでいる。

 毒々しいドロッとした液体がそこら中にある気持ち悪い草原。そこが斎藤の傷を受けている精神の中であった。

 グラデーションのある紫の液体の塊がいくつもある中、神奈は目前で座り込んでいる斎藤へと声を掛ける。


「これがお前の心の中か。気持ち悪いな、何があった」


「開口一番に結構酷いね……。ははっ、まあネガティブになってる証なんじゃないかな。ほら、今の言葉であっちにある山から溢れてきてる」


 神奈が視線を斎藤と同じ方向に向けてみれば一つの山が存在していた。

 その遠くにある山は髑髏のマークがあり、頂上からはそこらにあるドロドロの液体が溢れている。傷付いたら液体が溢れる仕組みらしいことを察した神奈は「ごめん」と謝っておく。


「……あーまあその、何、えっと、なんていうか、元気出せよ」


「無理に言葉絞り出さなくていいよ。こうして内側にズケズケ入り込まれた今、会話するしかないのは分かってるからさ。……なんていうか、不安になったんだよ。せっかく友達になれたのに……こんなつまんないことで関係が壊れるのかなって思っちゃってさ」


 ようやく神奈は斎藤が何に悩んでいるのか理解出来た。

 些細なことで友情とは崩れる可能性がある。あくまでも可能性なので実際にどうかはその時になってみないと分からないが、ゼロでないなら壊れてしまうかもしれない。

 しかし友情にも種類がある。壊れるのは打算的なものが多く、本当に互いを思い合っている固いものなら簡単に壊れない。


「バカだなあ、裸を見たくらいで友達じゃなくなるわけないだろ。まあ性的に襲うとかならアウトだけど」


「しないよそんなこと! ……ああ、なんかスッキリした。ごめんね、こんな小っちゃいことで蹲っちゃって」


「いいっての。案外立ち直るの早かったけど、いいことだし」


 こうして割と簡単に斎藤は立ち直ることが出来た。

 魔法がなくても解決出来そうだったが、解決までの時間を早めることが出来たのは確実。使用する場面はほとんどないだろうが便利な魔法を教えてくれた腕輪に神奈は感謝する。


 そして精神世界から帰還してみると――


「あぺぺぺぺぺ。ぷらぷらほわああ、ほわあああああ」


 痙攣しながら立っている神奈が意味不明なことを口にしていた。


(……何だこの状況!? 私何してんの!?)


 アホ。まごうことなきアホがいる。つまりこれが精神世界侵入魔法〈ニュウコロコシン〉の欠点であるのは一目瞭然。神奈は見事にアホへと成り下がったのである。

 全員が何とも言えない微妙な表情でアホを眺めていた。蹲っていた斎藤も立ち上がってから引き攣った顔を浮かべている。


「あっぴゃああああああ。あぺあぺあぺあぺぺぺぺぺ」


 誰も止めようとしない。それどころか一歩引いた。

 神奈は意識があるのに体を制御出来なかった。これではまるでアホの化身に乗っ取られたようだとしか思えない。

 結局状況は停滞したまま一時間以上が経過する。


「肝試しの準備終わったわよ。そっちはど……う……?」


 一度出て行った才華が電灯で明るくなった部屋へと戻って来て困惑する。

 何せもう斎藤も立ち直った頃だろうと戻って来てみれば、今度は励ましていたはずの神奈が「……死にたい」と膝を抱えて座り込んでいたのだから。


「殺せ……! 私を……!」


「どういうことなの……?」


 才華の問いに答える者は誰もいなかった。沈黙だけが流れていく。

 その後、神奈が立ち直るまで二十分を要した。


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