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【終章完結】神谷神奈と不思議な世界  作者: 彼方
一章 神谷神奈と願い玉
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8 願望――願いを叶える宝玉――

2023/10/26 文章一部変更









「あの女は信用しないつもりだったが……死ぬよりはマシだ。分が悪い賭けになろうとも構わん……! 俺を、俺をもっと高みへ連れていけ!」


 青い球体は吸血鬼の願いを聞き、答えるように青白く光りだす。

 光は徐々に強くなっていく。廃ビルから四方八方へ光が漏れ出る。

 眩い光に才華は目を瞑り、神奈は明らかな超常現象に焦った声を出す。


「おいおいっ、なんだよあれは……!」


「あ、あれは――願い玉です!」


「願い玉だあ? なんだよそれ、七つ集めたら龍でも出てくんのかよ?」


 腕輪が知識から正体を引っ張ってきて説明してくれる。


「説明しましょう。願い玉とは大賢者カノンが作り出した魔道具の一つです。自身の願望を現実にすることができます。ただし願いを叶えるためには、その願いに比例するエネルギーを使用者から吸い取りますが……」


「エネルギーって魔力とか?」


「魔力だけではありません。霊力や生命力なども含まれます。本人の意思があるなら選択して犠牲にもできますよ」


 光が止んだとき――そこには体が一回り大きくなった吸血鬼の姿があった。

 牙は鋭くなり、瞳は怪しく光る。放出されている殺気の強さはさっきの比ではない。

 吸血鬼は真上を向いて抑えきれないように笑い声を零し、それが徐々に高笑いになる。そして神奈の方を見ると自信に満ち溢れた表情で言い放つ。


「俺の変化に驚き声も出まい。この姿こそが伝説、吸血鬼の真祖と言われた姿よ! この状態になれば身体能力や再生能力も先程とは比べ物にならんぞ! お前の負けだ下等生物! 所詮クズはクズなのだあ!」


 地を蹴ると神奈に高速で迫る。先程よりも確かにその速度は速い。放った鋭い蹴りの威力も建物全体を揺らすほどになっている。それでも神奈はただ両腕で顔を覆い防御する態勢のまま動かない。

 一度攻撃を終えたならば、死角に高速で移動してまた攻撃を加える。才華には吸血鬼の姿が見えず、消えているのに衝撃だけ発生している不思議な光景にしか見えないだろう。


「クズは……お前だあ!」


 防御を止めた神奈の拳が吸血鬼の腹部に直撃する。

 直撃の瞬間、吸血鬼の胸筋から下が破裂するかのように消し飛んだ。


「お前、いったいこれまでに何人殺してきたんだ。さっき言ってた数は正確じゃないだろ」


 肉体の三分の一が破裂した吸血鬼だが、一秒とかからず再生して元に戻ってちゃんと両足で着地する。


「ふっ、お前はあ、今まで飲んだトマトジュースの本数を覚えているのか?」


「ああ覚えてる。ゼロ本だ」


 吸血鬼の思惑は外れた。いや思惑という程大した考えではないが。

 死者の数を今までに消費したトマトジュースに例えたのだ。もちろん自分と相手が覚えていないという前提でなければ正しく使えない。


「なあ、今どんな気持ちだ? 今のって覚えていないと思って言ったんだよな。残念覚えてました飲んでませーん。ねえ今どんな気持ち? ねえ今どんな気持ち?」


「バカにするな! 今まで飲んだ本数くらい俺だって覚えているわ。八万九千本という具体的な数字まで言えるんだからな!」


「お前が覚えてたら意味ないだろ! てか記憶力すごっ!」


 もはや前提が崩れていた。どちらも覚えているのでは例え話の意味がない。


「黙れ。もうお遊びは終わりだ、今から俺も本気を出す! 愚かにも煽ったことを後悔しながら死ね小娘ええええぇ!」


 ――呆気ない幕切れだった。

 吸血鬼が再度動き出してからたった二秒の出来事。


 二秒という時間で吸血鬼は死角移動を繰り返しながら攻撃し続けていた。しかしそれまで防御に徹していた神奈が素早く連続で拳を繰り出すと、常軌を逸した威力を秘める拳により彼の体は再生不可能なレベルで弾け飛んだ。


 決して彼が弱かったわけではない。両者の力の差が大きかっただけだ。

 塵レベルで弾け飛んだ肉体は床に落ち、入口から入ってくる微かな風にどこかへ飛ばされていく。


 手応えがない戦いに神奈は何も思わない。

 外道の悪人とはいえ、殺したことはどこか論理観が変わるような気もしたがああするしかなかったのだ。見逃せば被害が広がるだけな以上、清潔な手が汚れること程度厭わない。


「うっ……えっ……」


 才華が縄で両手を縛られていなければ、強い吐き気を抑えるべく口を押さえていただろう。……今は縛られているので嘔吐を抑えられないため、床に胃の中の物を床に撒き散らしている。


「終わったか。もう敵はいないよな」


「うわあ、呆気なさ過ぎてこれは酷いですねえ。あんなにイキっていたんですからもう少しマシな勝負しましょうよ」


 もう誘拐犯も黒幕の吸血鬼もいない。薄汚れている廃ビルは安全だ。

 神奈はまだ縛られたまま転がる少女達に歩み寄り縄を解いた。

 拘束している縄を解いても眠ったままの笑里は倒れたままだ。

 一方、顔を俯いて見せない才華は小声で礼を告げる。


「……ありがとう」


 震える声からは隠せない恐怖が伝わる。


「怖かった、のか?」


「怖かった? 怖かったに決まってるでしょ……。初めて見たわよ、人間が、いえ吸血鬼がバラバラになるところなんて……」


「……ごめん」


 人殺し。そう呼ばれても神奈は受け入れるつもりでいた。せっかくできた友達でも、こんな出来事があれば溝ができるかもしれない。もしそうなったら、無理に友達付き合いしようなどと神奈は思わない。


「あなたが謝る必要なんてない。こうしなければいけなかったのは、分かってるから……。警察に引き渡したところでどうなっていたか……。分かって、いるけど……一つ教えて」


 決断が正しかったことは才華も分かっているらしい。

 彼女はゆっくりと顔を上げ、泣きそうな震える声で問いかける。


「……あなたは同じクラスの、神谷神奈さん……よね?」


 いくら吸血鬼とはいえ人間と見た目はほぼ変わらない。命を奪うといっても小さな虫を潰してしまったり、食べるために家畜を殺すこととはわけが違う。もっと人間としての大事な心理的部分に関わる問題だ。それを容易く実行してしまえた神奈を恐ろしいと感じても、一般的な思考である。才華の目にはきっと本当に同い年なのか、先程まで会話していた少女なのかすらもう分からなくなっている。


「……うん、私の名前は神谷神奈。ごくごく普通の小学生で……ってのは無理があるか。とにかく私は私だよ。……私のことが怖いならもう関わらなくてもいい。でもお願いだ、笑里の傍からは離れないであげてくれ。せっかくできた友達なのに、もうお別れなんて辛いだろうしさ」


 才華は目を見開いて驚く。

 この状況。人殺しと罵られても、警察に通報されてもおかしくない状況で、神奈は自分のことなど全く考えていなかったのだ。考えていたのは友達である笑里と、今日親しくなった才華のことのみ。それがお人好しなのか自分に無頓着なのか、才華では本心を推し量れない。


 才華はふと口元を緩める。


「……大丈夫。私はあなたからも離れないわ。だってせっかくできた友達なのに、もうお別れなんて辛いでしょう?」


「……全く、大したお嬢様だ。器でかすぎだっての。……一件落着だし、今日はもう帰ろうか」


 いつまでも廃ビル内にいたくないので神奈達は入口に歩いていく。

 未だに眠ったままの笑里は神奈が背負い、一応存在していた風助の案内で帰ることになる。こうして神奈達は全員無事に帰ることができた。


 警察が動いていた今回の誘拐事件だが、廃ビル内で二つの死体が見つかってからそれらしき事件が起きることはもうなくなった。死体が犯人と決められ、今回の事件で動く者はいなくなった。


「実験は成功。願い玉によるエネルギー消費もだいたい分かった。でも何より今日の収穫だったのは、あの神谷神奈とかいう子供ね。もう一度の実験は、あの子を潰す目的も兼ねてやりましょう」


 そして誰も聞いていない声。

 廃ビル内に潜んでいた女性がそう呟いたことは誰も知りえない。




 * * * 




 時刻は月が輝く午後二十一時。

 電気を消した自分の部屋で、星々が散らばる空を見ながら神奈は悩んでいた。


 悩みの元は夕方のことだ。

 吸血鬼が使用した願い玉はよく考えれば強大な道具である。悪人に渡れば厄介な事態になるのは明白で、恐ろしく危険な物であると理解出来た。そんな危険物はあと何個存在するのか非常に気になる。


「なあ、願い玉ってあと何個あるんだ?」


「え、願い玉ですか? 大賢者が生み出したのは四個です。誰も使っていなければ、残りはあと三個ということになりますね」


「やっぱりまだあったか。よし決めた!」


「何をですか?」


 神奈は星を眺めるのを止め、少女一人では広すぎるベッドに向かう。


(近いうちに、この世界のどこかにある願い玉を探し出して処分しよう。あのとき吸血鬼の力は三倍、もしかしたら四倍にも膨れ上がっていた。あれはかなり危険な物だ)


「ねえ神奈さん? 何を決めたんです?」


 ベッドに寝転がると布団をかけて眠る態勢に入る。


(これ以上の面倒事はごめんだけど、もしも悪人が手に入れたら大変なことになる。願いに比例するエネルギーを消費するとらしいから世界征服なんかは無理だろうな。それでも何かの悪事に利用されることは間違いない)


「神奈さん? ねえ、聞いてます?」


(一刻も早く手元に集める必要がある。これは世界を守るためであって、決して、決して! 私利私欲の為に集めるわけじゃない! 私は断じて叶えたい願いがあるわけじゃない! 私は決して、まともな魔法が使いたいから集めようなんて思っているわけじゃ……ない)


 目を閉じることで視界を暗闇に変える。


「おーい、ちょっと神奈さん?」


(というわけで明日からは願い玉探しだ!)


「あの、なにを決めたんです? ちょっと無視しすぎじゃないですか!? 酷くないですか!?」


 騒がしい音など気にせずに、神奈は深い眠りへと就いた。



 ――そして爆弾が爆発したかのような轟音が鳴り響く。

 神奈は慌てて飛び起き、枕の傍にあった目覚まし時計を確認する余裕もなかった。


「なんだ! 核爆弾でも降ってきたのか!」


「下の方から音がしました。泥棒ですかね?」


 窓からは朝日が差し込んでいた。睡眠がしっかりと取れたことだけは幸いだった。


(朝か、こんな朝っぱらから騒いだ奴はぶっ飛ばす!)


 慌てて一階に降りると神奈は困惑した。

 一階のリビングは荒れ果てた酷い状態であった。ソファーはひっくり返り、テレビは画面が真っ二つに割れ、床には子供一人がすっぽり入れる穴が空いていた。


 そしてリビングの中央には幼児体型の少女が立っていた。

 ピンク髪で、神奈と同年代だろう少女だ。それがただの子供なら神奈も怒りを抱えてすぐに殴り飛ばしていたかもしれない。だがすぐ殴り飛ばさなかったのは、明らかに異常な光景に拍車をかけている一糸もまとっていない少女の姿が理由だ。


「え、ナニコレ……」


「どうやら彼女が天井付近から、猛スピードで落ちてきたようですね。……裸で」


 少女は神奈に気付くとまっすぐに歩み寄る。

 そして神奈の前で座り込み――土下座した。


「すみませんでした!」


 被害は衝撃で家具などが散乱しているリビングのみ。せいぜい部屋の用途は食事、休日なら一日の大半を過ごす程度だ。真剣に裸で土下座までして謝る少女を神奈は無下に扱えない――わけがない。


「このクズがあああ!」


 気がつくと神奈は土下座している少女の頭を叫びながら蹴っていた。


「私は優しいからさあ! 一発蹴るだけで勘弁してやるよおおおお! なんでもかんでも謝ればいいと思うなよ!」








神奈「名前すら出ていないお前ごときが、私とまともに勝負できるとでも思っていたのか?」

吸血鬼「……」

腕輪「私の扱いもあまりに雑じゃないですかね? 名前ならあるんですけど」


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