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【終章完結】神谷神奈と不思議な世界  作者: 彼方
三.四章 神谷神奈と厄狐
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44.72 普通の思春期少年


 潮干狩りで集めたアサリなどを洗って昼食として食べた後。

 午後は普通に遊ぼうという話になり、神奈達は海に入って楽しんでいた。そんな中で海に入らず砂浜に立てられたパラソルの下で寛いでいるのは霧雨和樹だ。

 海に入る気ゼロでノートパソコンを見ている彼に斎藤が歩み寄る。


「霧雨君、海に入らないの?」


「入らない。そういうお前こそ、もういいのか?」


「……まあ、ちょっと思うところがあって」


 そう呟くと斎藤は霧雨の隣に腰を下ろす。

 困ったような表情を浮かべているのが気になって霧雨は「どうした」と問いかける。


「神谷さんとか夢咲さんとか、仲良くなれたのは純粋に嬉しいんだけどさ。うんただ、男女比が偏るんだよね。正直僕女の子と仲良く遊ぶのが慣れてないっていうか……今さらだと思うんだけど気まずいんだよ。霧雨君は一緒に海入ってくれないし男一人で女の子の集団に入るのはちょっとさ……気後れするというかなんというか……」


 男女比については確かに偏っている。男子二名に対し、女子五名だ。どちらかといえば性格が陽ではなく陰よりな斎藤にとって羞恥心が強く出てしまう。せめてここに来ていない文芸部員の隼速人が居てくれればまだマシだっただろう。

 海から出てパラソルの下に来た理由に納得した霧雨は「なるほど」と呟く。


 今も女子グループ……女子と数えていいのか若干怪しい者はいるが彼女達は楽しそうに笑っている。海水のかけ合いをしてキャッキャとはしゃいでいる。

 性格が陰よりな斎藤があの場に混ざるのは精神的に辛い部分があるのだ。楽しさはあれど、どうしても女子のことを意識してしまって、無意識に男子とつるんでいた方が楽かもと思っていた。


「気持ちは理解出来る。同性と異性どちらと仲良くしているのが楽かと訊かれた場合、お前のようなタイプは同性と答えるんだろう。……俺は気にしたことないんだがな。それに、早いと小学生低学年からでも異性を意識しだすというデータがある。お前だけがおかしいわけじゃない、むしろ普通だろ」


「そ、そうだよね。僕、変じゃないよね」


「正常だよお前は。むしろ一般的に正常と言えるのはお前くらいなもんだろ」


「そうだよね!」


「同意するなよ。せめてフォローしろ」


 魔法少女ファン、怪力、金銭感覚狂い、ネタバレウーマン、機械狂いをどうフォローしろというのか。夢咲くらいならフォローしようがあるが他は斎藤の語彙力ではフォロー出来ない。それでも一応「ごめん」と謝っておく。


「斎藤くーん! ちょっと来てくれえ!」


 一際大きな神奈の声が砂浜に届く。

 視線を動かした斎藤の目には両手を振って読んでいる神奈の姿。そして他の少女四人もこちらを見つめている。


「行ってやれ。別にあいつらと居るのが嫌ってわけじゃないんだろ」


「……そうだね。むしろ……好き、なのかな」


 嫌なわけがなかった。文芸部のメンバーもだが笑里や才華も斎藤のことを友達として接してくれている。少し気恥ずかしくなるくらい親しくしてくれている。そんな彼女達と関われる日々は思い返せばとても楽しかったものだと思う。


「誰のことが恋愛的に好きなんだ?」


「もちろんそれはみんな……いや友達としてだよ!?」


 当然、今からかってきた霧雨のことも含めて、斎藤は全員のことを好いている。個性的だが自分は本当にいい友達を持ったと思いながら、斎藤は神奈達の元へと駆けだした。


 そんな何気にいい感じのことを言ったり思ったりしていた斎藤を迎えた神奈達。明らかに様子が変だった。

 頬を赤く染めている者もいれば、満足気に笑う者も、気恥ずかしそうに後頭部を掻く者もいて、鼻下を指で擦る者もいる。要するに全員が照れている。


「……何で照れて……あ、聞こえてたの!?」


「静かな場所で喋ってれば聞こえるわよ。ふふ、女の子と遊ぶのに照れるなんて可愛らしいところがあるのね」


「まあ嬉しかったけど、次は私達の話を聞いてくれ」


「僕は聞いてほしかったわけじゃないんだけど!」


 まさか聞こえているとは思わなかった斎藤は頬を赤くして叫ぶ。今すぐ逃げ出したい気持ちが強まったがなんとか耐えられた。


 その後、さて本題とばかりに神奈が話した内容は予想外なもの。

 神奈達が遊んでいる間に発覚した事実は斎藤も驚きを隠せない。


「――泳げない? 泉さんが?」


 泳ぎで勝負しようということになった際に発覚したらしい。斎藤がよく見てみれば泉一人だけが浮き輪を使用している。一人そっぽを向いている彼女が泳げないことなど、同じクラスの斎藤でさえ噂すら聞いたことがない。


「それで私達が教えようとしたんだがどいつもこいつも下手糞でな」


「いや神奈さんが一番下手だったけどね」


 そう夢咲に暴露された神奈はジト目になる。


「夢咲さんは泳げるの? それに、藤原さんが教えるの下手って信じられないんだけど」


 神奈と笑里は身体能力が高いし、才華も一般的に見て高いうえに万能感がある。対して夢咲は泉と同じで貧弱そうに見えるので斎藤からすれば泳げる方が意外だった。


「海で泳げると魚を採りやすいかなって思って猛練習したんだよ」


「将来は漁師か何かにでもなるつもり……?」


「才華はなあ、教え方が正確すぎて逆に伝わらないというか」


「私としては分かりやすく教えているつもりなんだけれど……」


 そういう才華の教え方を聞けば本当に正確だったと斎藤は内心思う。

 まず斜め三十度から腕を槍のように鋭く水中に突き刺し、一気に後ろへ水を押すイメージで腕を動かす。そのモーションで水中から顔を横に出して息を吸い、勢いをつけてもう片方の腕で同じことを繰り返す。……分かりやすいようで、正確な角度を重要視しすぎたせいで泉は出来なかったらしい。


「泉さんから聞いたんだけど斎藤君って水泳の成績いいらしいじゃん。ちょっと泳ぎをレクチャーしてやってよ」


「うん、いいよ。泳ぐことなんてそう難しくないし」


「今あなたは泳げない全ての生物を敵に回したから、ね」


「ごめんね簡単じゃないね難しいね!」


 鋭い目を向けてくる泉に斎藤は叫ぶように返す。

 泳げない人間に対して「泳ぐことは難しくない」なんて言ってしまえば、反感を買うのは考えれば予想出来たことだったろう。これは何も水泳にとどまらず全てに当て嵌まる。出来ない人間にとってはそれが難しいのだから。


 反省した斎藤は早速レクチャーを開始することにした。

 他の女子達は水泳勝負を始めてしまった中、泉へと集中する。


「泳げないって言ってたけど、具体的に今どんな感じなのか見てもいい? 現状から改善点を見つけて指摘していこうと思うんだけど」


「浮き輪がないと全身の力が抜けて沈む、よ」


「悪魔の実の能力者か何か!?」


「ごめん言いすぎたかも。そうだね、一回見せる、ね」


 指導するにも泉の悪い所を知らなければ話にならない。

 素の実力をはかるため、浮き輪という沈まないチートアイテムは使用しない。泉が自分から斎藤へと手渡す。

 そもそも斎藤からしてみれば、浅いし足が地面につくのに浮き輪が必要なのかと疑問があったのだが口には出さない。


「じゃあ、行く、よ!」


 今、泉の真の実力が明らかになる時が来た。

 軽く助走してから水面と体を平行にする。ここまではいい……だが、問題となるのは次だった。泉がバタバタと手足を滅茶苦茶に動かすと勢いよく水飛沫が発生して――その場から一歩分も進まない。

 少しの間それが続いたがようやく動き出した――後ろに。

 そう、手の力が足より強かったため後ろへ進み出したのだ。これには斎藤も「……ええ」と引き気味な表情を浮かべる。


(みんなが教えたんだよね……? 教えて……このレベル……?)


 絶句している斎藤をよそに泉が「ぷはっ!」と顔を上げて振り返る。


「どうだった? 今進んだ感覚があったんだけ、ど」


「うん、進んだよ。後ろにだけどね」


「つまり私は後ろ向きに泳いでいけばいいってこと、か」


「もはや妙技だよねそれ……」


 閃いたとでも言うような表情の泉の考えを斎藤は推奨出来ない。

 プールだろうが海だろうが注目を集めるだろう。両手両足を動かすのに狙ってやるのも中々難しい。ときに素人はプロにすら再現が難しいことをやってのけるものだ。


「とりあえず、僕が手を引くから足だけ動かしてみようか」


 コクリと頷いた泉の両手を取って、斎藤が陸から遠ざかっていく。

 当然バタ足だけなので今度は前へ進む。これで後ろへ進んだらもはや呪いだ。


「うん、いい感じだよ。息継ぎも忘れないでね」


 水泳において重要なことの一つが息継ぎ。基礎中の基礎。

 人間は水中で特殊な者を除いて呼吸が出来ない。だからクロールだろうが平泳ぎだろうがバタフライだろうが泳いでいる間、顔を水上へと出して呼吸をしなければ長く泳げない。

 泉もそれを行おうと顔を上げて目を開き、次に口を開いて息を吸い込む。その息継ぎを目の当たりにした斎藤は「……ん?」と呟く。


 目を開いた、というのが注目すべき点。

 泳ぐ際は水中でも目を開けるものだ。確かに痛いかもしれないが慣れれば当たり前のように開けられるし、そうしないと真っ直ぐ泳げない。自分がどこを泳いでいるかも分からず気付けば謎の島なんてこともありえる。


 実際に確かめるべく斎藤が泉の手を掴んだまま潜ってみると、やはり泉の両目は固く閉じられていた。その時、和風の花が描かれたビキニ姿も目にして頬を僅かに赤く染まるが、今は関係ないと思考の奥へと追いやって浮上する。


「ストップ泉さん」


「ぷはあっ! ふぅ、どうして? 何か悪かった、の?」


 濡れて頬や首に張り付いた黒髪は雫を肌へ移す。計算されず上目遣いになっている普段と違う彼女を改めて視界に収めると、追いやったはずの思考が再び斎藤を支配した。

 気付かぬうちに赤面しており、泉から「顔が赤いけど、熱?」などと突っ込まれる始末。


『――早いと小学生低学年からでも異性を意識しだすというデータがある。お前だけがおかしいわけじゃない、むしろ普通だろ』


(ああああ、霧雨君があんなこと言うから意識しちゃうじゃないか……! 別に泉さんを女の子として好きなわけじゃないのに……あくまで友達として好きなのに……!)


「なんか目が変だ、よ」


 斎藤の表情が固まり、肩がビクッと跳ねる。


「もしかして、本当は嫌だったかな。こうやって教えてくれるのは私にとってありがたいんだけ、ど」


 視線を落として落ち込んだ様子になってしまった泉。

 勘違いさせてしまったことを反省しつつ斎藤は首を横に振り、すぐに「そんなことないよ」と慰めの言葉を掛ける。


「嫌じゃない。誰かに教えるっていうのも新鮮だし、友達が困ってるなら放っておけないしさ。それにもっと仲良くなりたいって思ってるからさ、困ってる時は頼ってくれて構わないよ」


 僅かに目を見開いた泉は軽く俯く。


「……ありがと、う」


「どういたしまして」


 異性であるのは変わらないが斎藤にとって泉は、いや泉達は大切な人間。友達であるから助けるのは当たり前とも言える。斎藤は礼を言われるほどじゃないと思いながら微笑んだ。


「……そういえば斎藤君って今【地下迷宮の楽園】って本読んでるよ、ね」


「え? あ、ああ読んでる読んでる。魔導書の件は片付いたから普通の本をメインで読み進めてるんだ。あれ面白いよね」


「うん、有名な賞を取ったくらいだしね。ヒロインの姉が黒幕だったのは驚いたよ、ね」


 そして斎藤の笑顔は消え去り、あっという間に真顔に変貌した。


「……僕まだ読み途中だったのに」


「あ、ごめん、ね。じゃあいっそ全部私が教える、よ」


 そういう問題じゃないと声を大にして言いたかったが口は開かない。


(ないな、うん。泉さんのことを好きになるなんて絶対にない)


 異性だから意識するだろうが何事にも例外はある。

 この日から斎藤凪斗は泉沙羅をほとんど女子として見なくなった。


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