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【終章完結】神谷神奈と不思議な世界  作者: 彼方
三.四章 神谷神奈と厄狐
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44.71 夏といえば定番の海

 お待たせしました。いや今回はなんというか、構想していたものが膨れ上がった感じで思ったより時間かかっちゃいました。なんとかゴールデンウイーク中に投稿したいと思い、新・風の勇者伝説そっちのけで専念して、なんとか今日完成。


 厄狐編、スタートです。








「海だあああああああああああああああああああ!」


 太陽光で煌めく真っ青な水面が弱風で小さく波を立てるなか、そのどこまでも広がっている青い景色を視界に入れながら叫ぶ少年少女達がいた。


 その中の一人。四方八方に跳ねている癖毛の黒髪で、ストライプの水着の上に韓紅(からくれない)のパーカーを着ている少女――神谷(かみや)神奈(かんな)が他の者と同じく笑顔で叫んだ通り、現在地は海に面する砂浜である。


 神奈が友人達とこの場所へ来たのには特に深くもない理由がある。

 小学四年生夏休みとなった現在、また藤原家が所有する別荘へ行こうという流れになっただけだ。去年と違うのは参加者くらいだろう。

 去年いたレイは来ておらず、今年は(はやぶさ)速人(はやと)を抜いた文芸部メンバーが加わっている。


 ちなみについ今しがた叫んだのにも理由があった。

 海に来たら叫びたくなるから、などという台詞が創作物にあるのだがまさにそれだ。たった一人の発案で神奈達は恥ずかしさに耐えつつやったのである。


「……えっと、今みたいな感じでいい?」


「うーん、本当は熱井君みたいに元気にやりたかったんだけどまあいいや。満足! みんなありがとう!」


 オレンジ髪で笑顔の似合う活発そうな少女、秋野(あきの)笑里(えみり)がそう言う。

 ここが藤原家の所有する土地なので周囲には関係者以外誰もいない。もし一般人が立ち入れる海でこんなことをしようと言われようものなら、神奈は脱兎の如く逃げている。まあその後で願われ続けて結局やってしまうのだろうが。


(そこまで振りきれたら恥ずかしさとか消えてるんだろうな。ほんと誰も居なくて良かった。……てかこいつ去年と同じく名前が違うスク水だ)


 去年も紺色のスクール水着を着ていた笑里だが、その名前記入欄には【えみる】と書かれていた。学校での水泳の授業をやっている時から誰もが疑問視している。

 

「しかし、去年ここに来てからもう一年経つのね。時が経つのは早いわ」


 黄色のゆるふわパーマで、清楚な白い水着を着用している少女――藤原(ふじわら)才華(さいか)が呟く。それに同意するように神奈は「ほんとだな」と頷いた。


「去年は色々あったっけ……今年も色々あったっけ。濃い一年だな」


 別に特殊な事件が頻繁に起きているわけではない。ただ毎度毎度インパクトが強いので相当記憶に残っている。

 去年の春には悪霊や吸血鬼と戦い、夏には宇宙人と死闘を繰り広げ、秋……はまだマシだったが冬は警察署に連行されたことすらある。今年も今年で様々な事件が起きているので、神奈は自分がそういう事件に巻き込まれる星の元に生まれたのではと疑っている。


「まあ、さすがに今日は何も起きないだろ。信じてるぞ運命」


「神奈さんは心配性ね。去年は何も起きなかったじゃない」


 この砂浜で宇宙人に殺されかけましたとは口が裂けても言えない。


「藤原さん、とりあえずもう例のアレを始めない?」


 ボリュームある紫色の髪が首に巻きついていて、桃色の線が入ったセパレートタイプの水着を身につけている垂れ目の少女――夢咲(ゆめさき)夜知留(やちる)がそう言う。

 彼女の言う例のアレを行うためにこのメンバーが集まったのだ。才華が「そうね」と告げて前に出ると振り返って全員を見やる。


「では始めましょう。例のアレ――潮干狩りを!」


 潮干狩り。実は春の季語でもあるそれは、砂の中に眠っている貝類を熊手(くまで)やシャベルなどで掘り出すというものである。

 春から初夏にかけて主に行われるのだが、せっかくなのでまた夏休みで藤原家別荘に宿泊するついでに行おうと才華が計画を立てていた。


「バケツはパラソルの下。掘る道具はシャベルと熊手を用意しているから好きな方を使ってちょうだい。この砂浜に埋まっているものなら何でも持って帰っていいからね」


 砂浜の中心辺りに刺さっている赤白のパラソル。その下には小さなバケツ、シャベル、熊手が人数分用意されていた。

 各々が自分の分を取りに行って潮干狩りがスタートする。


 狐色で狐の耳のような髪型をしている少年、斎藤(さいとう)凪斗(なぎと)は熊手とバケツを持って砂浜を歩いていく。海パンを履いている彼の視界に映ったのは白衣を身に纏った少年、霧雨(きりさめ)和樹(かずき)の姿。

 この場所へ来た小学校メンバーで男子が二人というのもあり、親近感がいつも以上に沸いた斎藤は霧雨へと駆け寄る。


「霧雨君、どう? 貝は見つかりそう?」


 声を掛けられた彼は「ふっ」と額にある大きなゴーグルを僅かに上へずらす。


「俺を舐めるなよ斎藤。潮干狩りをすると聞いてから発明した俺の新機械の出番が遂に来た! 出でよ、ざっくりアサリ発見機!」


 白い箱に銀のダウジング棒が取りつけられた謎の機械を霧雨が懐から取り出す。その奇妙な機械に斎藤は「ああ、いつもの発明か」と慣れた様子で驚かない。


「スイッチオン! この装置のスイッチが押された時、周囲三メートルの範囲内に索敵がかかってアサリの居場所を探し出す。そしてL字型の棒がアサリの方向へと向きを変える。しかも貝毒があるものは除外して探す画期的な発明だ」


「アサリ以外は探せないの?」


「探せん。あくまでアサリ限定だ」


 アサリは潮干狩りの中でトップクラスに見つけやすいと言っていい。そんな機械に頼らずともある程度探し出せる気がした斎藤だが、こういった発明品を作成する行為自体が尊敬出来るので何も言いはしない。


 霧雨が「こっちだ」と呟いて歩き出したので斎藤も続く。

 ダウジング棒が右へと動くので当然二人は右へ向かう。海まであと数歩といったところでダウジング棒が下へぐにゃっと曲がった。予想外の曲がり方に斎藤は「え」と思わず声を出してしまう。


「よしっ近いぞ! これでアサリ――ぼげばっ!?」


 嬉々とした笑みはアサリを見つけたことよりも発明が上手く機能したからだろう。そんな霧雨は目的地点を前にして派手に転び、両手が海へと突き出される。


「大丈夫!?」


 転んだ霧雨は海に浸かってしまった機械を見つめて「くっ」と悔しそうな声を出す。


「装置が水に濡れて壊れた……!」


「もう水場で使えないねそれ!」


 海の近くで使うのに少し水に浸かっただけで故障するなら役に立たない。せめて防水機能くらい付けた方が良かっただろう。霧雨はそんなことを次回への課題として心に刻み込む。



 一方その頃。神奈と夢咲は少年二人から少し離れた場所で砂を掘っていた。

 三つに分かれた薄い鉄棒が特徴的な道具、熊手(くまで)で掘っていると神奈の足元にアサリが一個現れる。


「おっ、よっしゃアサリゲットー」


「いいなあ」


 神奈はアサリを拾って近くのバケツに入れておく。

 羨ましそうに見ていた夢咲だが、視線を自分の手元に戻してみると赤い何かが埋まっているのを発見した。


「あっ、見て神奈さん! 赤い貝、赤貝ってやつかな!」


「うっそ! そんなんまで落ちてんのかよここ!」


 赤貝といえば寿司屋でも提供されている美味しい貝。

 アサリなどしか取れないと思っていたのに、発見したのが本当に赤貝なら二人にとって嬉しい誤算だ。嬉々として夢咲が両手で真っ赤な物体を掴む。


「お二人共、それは赤貝じゃありませんね」


 神奈の右腕についている白黒の腕輪が喋り出した。

 意外な否定に二人は「え」と声を上げる。


「赤貝は二枚貝ですし、血液が赤いというのが名前の由来。身が赤いのはそのためですが殻まで赤くありませんよ。おそらくそれは貝ですらありません」


 腕輪の言う通り、夢咲が掴んでいたものは貝ですらなかった。

 赤い物体を砂から引っ張り出すと、現れたのは二つのハサミと十本の脚。つまり蟹である。

 蟹といえば高級食材。夢咲の目は輝きを増して――ハサミに右手の小指を挟まれたせいで悲鳴を上げる。


「ぎゃああああああ!」


「大丈夫か!?」


 当然だが蟹を捕獲する時は注意しなければならない。ハサミに挟まれて怪我することなど珍しい事例ではないが、種類によっては大怪我に発展するかもしれない。

 女の子らしい悲鳴を上げる余裕すらない夢咲は「痛い」と早口で連呼しながら右手を振り回し、そして――タイミング悪くもう片方のハサミで鼻の穴の左を挟まれた。


「ぎゃああああああああああああ! 痛い痛い痛い痛い痛い痛い!」


 右手の小指、左の鼻穴を挟まれる事態となったことで痛みから体勢も変わっていく。身を捩り出した夢咲の垂れ目は潤み、表情が歪む。


「取って取って! いだいよ神奈(がんざ)ざーん!」


「……ちょっと待ってくれ」


「待たなきゃいけないの!? いや痛いいだいひだいひぎゃい!」


 顎に手を当てた神奈は別にわざと放置しているわけではない。

 ただ単純にどうやって蟹と夢咲を離したらいいのか考えているのだ。


 強引に引き剥がそうとすれば夢咲側にもダメージがいくだろう。小指と鼻穴が切り裂かれて流血する可能性が高い。

 蟹を殺害するにしても出来れば身は残したい。握れば爆散してしまうし、魔力弾でも放とうものなら夢咲の顔面も吹き飛ぶかもしれない。

 無理に引き離すのも握るのも魔力弾すらも選択不可能。実質神奈は詰んでいるので、打開策を思いつくまで長考しなければならなくなった。


「ひや長考してないで(だず)げてよおお! ひだひよおお!」


「神奈さん神奈さん、魔力圧はどうでしょうか。ほら、魔力を形にしないで相手へ流すことで威圧する技術です」


「そうか、純粋な魔力を流してビビらせるだけなら夢咲さんへの被害もないってわけか」


「何でもいいから早くうううう! 鼻千切れそうだからああ!」


 夢咲の鼻と小指を挟み続けている蟹へ向けて、神奈は有り余っている魔力を特に何のモーションもなく雑に流し込む。

 真っ赤な蟹はカタカタと震え出す。震えは止まらずにまるで電動マッサージ機のような速度で小刻みに振動している。もし言葉を喋れたなら恐怖から思いっきり悲鳴を上げていただろう。


「あぶぶぶぶぶ……蟹が震えてててて……し、ししし振動がああああ」


「……マッサージ機か何かか?」


 エネルギーの怪物を目の当たりにした蟹はハサミを離す。


「うう、やっと挟むの止めてくれた」


 そして蟹は脱兎の如くその場から逃走した。

 二人は「あっ」と声を出し、目を丸くした顔を見合わせると頷き合う。


「待てやああああああああ! 逃がすかああああああああ!」


「今日は絶対にあなたを食べてあげるんだからねええええ!」


 鬼のように恐ろしい表情へ変化した二人が蟹目掛けて走り出す。

 今、蟹にとっては自身の生死を賭けたリアル鬼ごっこが始まったのだ。



 一方その頃。

 肩まで垂れたストレートな黒髪で、和風の花が描かれたビキニタイプの水着の少女――(いずみ)沙羅(さら)は笑里や才華と共に過ごしていた。

 泉と才華は、遠くで蟹を追いかけて走っている二人組を見て苦笑する。


「相変わらず賑やかね、神奈さんの周りは」


「日常があれなら楽しいと思う、よ」


 大人しい性格の二人にとって神奈の周囲にいるのは刺激的に思えた。

 毎日大小あれ何かしら起きている彼女の傍にいられることが嬉しくて笑みが浮かぶ。


「ねえ二人共! 見てみてこれ、ウニだよウニ!」


 その声に振り返ってみると、笑里が笑顔で黒いトゲトゲを掴んでいた。

 ウニの棘はかなり鋭いはずなのに彼女は素手で持っている。痛そうにしている素振りもなく、逆に握り潰しそうである。


「この海域というか砂浜どうなってる、の?」


「藤原家の私有地ではこれくらい普通だったんだけど、一般的な砂浜じゃ採れないらしいわね。私としてはウニが採れたことよりも笑里さんの皮膚の頑丈さに目がいくわ」


「……価値観が合わな、い」


 泉からすればこの私有地が不思議で仕方ない。

 綺麗な海や山が羨ましい気持ちはあるが、潮干狩りをしてウニが採取出来る場所が普通の場所と言えるだろうか。しかも既に採れている物の中には、伊勢海老やシーラカンスなど砂浜で採れないはずの存在まである。


「あっ! ねえねえ二人共、こんなの見つけちゃった!」


 ウニをバケツに入れた笑里はまたすぐそんな声を上げる。

 これはもはや場所というより笑里が豪運なだけかもしれない。珍しい食を見つけられる運、すなわち食運が高い。

 今度は何を見つけたのかと思い二人が目を向けると、笑里が持っていたのは地球のような模様のドラゴンフルーツであった。


「え……いやいや、何それ……?」


「あれはもしかし、て……」


「知っているの泉さん!」


 明らかに異質な果実に困惑していた才華だが、思わせぶりなリアクションをしている泉が隣にいるので問いかける。


「遥か昔、有名な料理人が発見したという伝説の果実だ、よ。戦争していた国のトップ層がデザートとして食べたら懺悔して平和が生まれたとすら言われている、の。世界を支配することすら可能とされている究極のフルーツ――GOD、グレイテストオーシャンドラゴンフルーツ! 分類は神格果実! 捕獲レベルは圧巻の一万! 間違いなく世界最高峰の食材だ、よ!」


「ごめんなさい、ちょっと最後らへんは何言ってるのか分からなかったわ。でも何か凄いのは理解出来た」


 明らかに異常な説明、というかなぜ泉がそんなことを知っているのかという疑問が出てくる。自慢ではないが才華はこの世のほとんどの知識を蓄えたと自負している。そんなウィキペディアならぬ才ペディアが全く知らないというのは些かおかしい。


「数百年に一度育つドラゴンフルーツで、全ての生命はGODグレイテストオーシャンドラゴンフルーツに還るとまで言われてい、る。まさに食の頂点であり、近くにいるだけでも他の生命のエネルギーを吸い取、る。全ての食材の王でありながら同時に究極の捕食者なんだ、よ」


「妄想じゃないならとんでもない危険物ね」


 さすがに妄想と疑いたくなるが、どれだけ想像力豊かならこんな設定がスラスラと出てくるのか。いや付き合いが浅いとはいえ友人に含まれる彼女を疑いたくはない。だが真実だとすればなぜそんな詳細を知っているのか。

 もう受け入れた方がいいかと思った才華はため息を零し、自分がまだまだ無知なだけだったのだと思い込む。


「それで、どうやって食べるのかしら。そもそもこれ食べれるの?」


「その中には養分として吸収された生命全ての記憶が刻み込まれているから、生で食せば情報が一気になだれ込んでくる負担で脳細胞が全て死んじゃう、の。まず――」


「よく分かんないけど食べてみよー」


 泉と才華の二人がシンクロして「あっ……」と声を上げる。

 あまり構っていない内に笑里が一口齧ってしまったのだ。このままでは全ての脳細胞が死滅してしまう――


「美味しいいいいいいい! 何これ何これ何これすっごく美味しいいい! ふぁあああああああああああ! ふぉおおおおおおおおおおおお! ふうああああああああああああ!」


 なんてことはなく笑里は旨味に驚愕して叫び出した。


「……ま、まさか、あまりに何も考えていないから生命の記憶を無視したの!? こ、これが最強の食運を持つ人間……こんな人間がいるなんて……!」


「ごめん私さっきから何一つ付いていけてないんだけど!?」


 状況がカオスすぎて才華の頭でも処理しきれない。

 整理しようとしても新情報が次々と出てくるせいで頭がパンクしそうである。というかまともな思考回路で会話に付いていこうとすると頭がおかしくなりそうである。


 結局彼女は理解を諦め、一人で海の方へ歩いて行く。

 死んだ目の上に手を当てることで眩しい日差しの強さを軽減しつつ、深い溜め息を吐いて気持ちを落ち着かせる。


「……さーて、アサリでも探そうかしら」


 まともなのは自分だけだ。そう思いながら才華は潮干狩りを再開した。


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