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【終章完結】神谷神奈と不思議な世界  作者: 彼方
三.三章 神谷神奈と呪う少女
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44.6 幸福――自分の手で――


 神奈と霧雨は少し離れた場所にいるどす黒いオーラが溢れている少女が誰かと考えるが、一人しか心当たりがいない。

 負の感情しかないのではと思う程の恐ろしい存在感、それは神奈にも伝わっていた。


「危険だ、危険危険! そこの男は危険だ! 今すぐ殺してやる!」


 既に速人など眼中になく、危険だと察知した霧雨に向かい幸は急接近するが――横から殴り飛ばされる。

 拳を繰り出したのは神奈であり、霧雨は反応すら出来なかった。

 壁に激突する痛みに耐えつつ幸は三人を改めて見やる。


(あの隼とかいうのはもう脅威ではない。もう一人の妙な武器を持った男は身体能力は一般人並。そして女の方は逆に身体能力がバカみたいに高い。さらに触れられないように実体を消し霊体になっていたにもかかわらず、それを関係ないように殴ってきた。あの女も危険だ!)


 まだ仕掛けてこない幸の様子を見つつ霧雨は神奈に問いかける。


「神谷、お前全力で殴ってないだろう」


 全力を出していないことくらい霧雨にも分かった。

 魔導書の事件のとき、破壊の巨人という桁違いの怪物を神奈は倒している。苦戦していたとはいえ、勝利した神奈の一撃があの程度でないことくらい理解出来るのだ。


「まあな、全力で殴ったらここら一帯吹き飛ぶし風圧でお前も死ぬぞ。でも多少は力入れたんだけど結構ピンピンしてるのは驚いてる」


「でもまあその言い分だと不安になるが勝てるんだな?」


「周りに誰もいなければ楽勝。あれで全力ならあいつ弱いわ」


「そうか、なら俺達は離れているからお前は遠慮するな」


「逃がすわけないでしょう!?」


 霧雨の逃亡宣言を聞き逃さず、瞬時に二人の目前に現れた幸は右手を振りかぶる。

 神奈は霧雨を守ろうと前に出る――が、その拳が振り下ろされることはなかった。


「やめて幸ちゃん!」


 幸はその声に信じられないような顔をして、腕を振りかぶったままの態勢で首だけでグルリと振り返る。神奈達もなぜという驚愕を隠せない。

 ――施設の入口付近には夢咲夜知留が泣きそうな顔をしながら立っていた。


「嘘……夜知留ちゃん……? 貴女は既に呪本(じゅほん)により衰弱死しているはず!? なんでここにいるの!?」


 彼女は静かに「……友達のお陰よ」と答えを返す。



 * * * 



 夢咲は幸から黒い本を受け取った後、憑りつかれたようにすぐ読み始めた。

 読みながら自宅へと入っていく夢咲の後を泉は追う。勝手だが家に入り込んで、二階にある夢咲の部屋へとお邪魔させてもらう。

 そして部屋に辿り着いた瞬間、夢咲の読書速度が異常になる。


(は、速すぎ、る! まるでそくど、く!?)


 夢咲は二秒ごとにページを捲っており、元々分厚くないその黒い本はもう残り四分の一になっていた。

 瞬く間に読み終わった夢咲は突然胸を押さえて床に倒れる。


 呪本。幸が泉に渡したのは読めば呪われるという噂があった本だった。その本は完読したその日に、衰弱死してしまうという強力な呪いが込められている。

 まず幸は最初の本で記憶を一部封じ込める呪いを掛けた。友人を自分一人にすることで信頼を最高にするという狙いで最初の記憶消失の本を渡し、それから衰弱死の呪いでじわじわと死に追いやろうとしたのだ。

 よほどの恨みがあったのか、それは幸以外には分からない。


「夢咲さ、ん!」


「う、うぅ? い、ずみさん?」


 一瞬記憶が戻ったのかと泉は思ったが、自分とは今日会っていることを思い出して違うと理解する。

 心臓の辺りを押さえる夢咲を見て異常事態だと悟る。急いで霧雨や神奈に連絡するも繋がらなかった。


「ど、どうしよ、う」


 泉はどうしていいか分からずに狼狽える。


(こんな時……彼、は)


 誰かのことを懐に入れていた絆の本で思い出していると、夢咲の喘ぎ声で現実に引き戻される。


「そう、だ。私しかいな、い」


 覚悟を決めたように泉は頭の中で夢咲が治るイメージを沸き起こす。


「お願、い……力を貸し、て!」


 瞬間、魔力が部屋中に満たされた。

 夢咲の身体が白い光に包まれ、苦しそうだった顔が徐々に元に戻る。


 泉は怠さを感じ息を荒げて床に倒れ伏す。

 何が起きたのか夢咲は全てを把握できたわけではないが、それでも近くに倒れている少女が助けてくれたことは理解できた。じわじわとくる痛みから解放されたと同時に、夢咲の封じられていた記憶が元に戻っていく。

 思い出した瞬間、罪悪感などが心の底から押し寄せてくる。それらを感じて夢咲は両手で顔を覆う。


「思い出した……嘘、私は……酷いことを」


「……夢咲さ、ん」


 泉のか細い声が聞こえたので夢咲は気を引き締める。


「泉さんごめんなさい! 何をしたのか分からないけれど貴女が助けてくれたのは分かる。今日、いえ先日から何が起きてるのか私にも説明できる!?」


 意識は辛うじてあった泉は詳細を話す暇がないので手短に纏めて話す。


 高山幸が悪霊となって施設の人間を恨んでいること。

 それを聞いた夢咲は泉を自分のベッドに寝かせ、小さく「ありがとう」とお礼を言い残して部屋を出ていく。泉はそれを聞いて気を失った。


 夢咲は一階へと下りて、クローゼットから一着の服を取り出す。ボディーにフィットするぴっちりした黒い服はたまに着ているパワードスーツ。


「待ってて!」


 夢咲はそれを着用して走り出す。目的地は知らないが見当はついていた。



 * * * 



 夢咲は幸を見つめて語る。


「貴女が恨みを持っているという施設を拠点にしているんじゃないかって……そう思って走ってきたの」


「そんな、呪いが解かれるなんて……何なの? この私を傷つけられる武器を持つ男、私より強い女、呪いを解くその人も……何なのよ!?」


 腕を下ろした幸は夢咲と向かい合って叫ぶ。


「大事な友達よ、みんなね。……ねえ教えて幸ちゃん、どうしてこんなことをするの? 復讐だなんて、そんなの……」


 その即答に神奈達は軽く笑みを作る。だが幸は憎悪が滲みだした瞳で夢咲を睨む。


「裏切った……夜知留ちゃん、貴女が裏切ったから! 私を置いて一人にして出ていった! そのせいで虐めはどんどん酷くなって私の心は壊れていった! この施設が、施設にいた誰もが憎い! 全員を惨たらしく殺してやりたい! そんな風に思いながら死んだら私は幽霊になってた。神が言ってるのよ、復讐しろって! 私は何も悪くない!」


「幸ちゃん……」


 神奈達は黙って聞いていた。今割り込むのはよくないと空気を読んだのだ。

 夢咲は幸に歩いて近付きながら口を開く。


「復讐して……その後どうするの?」


「決まってる! 決まって……る?」


 幸は答えられなかった。自らのことがもう分からなかった。今絶え間なく聞こえてくる自分への憎悪の声、そして自分の復讐心、それらが思考を乱す。


「幸福になりたい」


 その言葉を言っていたのは目の前まで来ていた夢咲だった。以前は口癖のように呟いていた言葉に幸はハッと息を呑む。


「それが貴女の口癖だった。今の状況って幸福なの……?」


 夢咲の問いかけに幸は叫ぶ。


「うるさいうるさいうるさいうるさああああああああい! 勝手にいなくなった貴女に何が! 私を差し置いて幸福を手に入れた貴女に何が分かるの!? 虐めなんてない平和な生活、平等な友達との何気ない日常、全て私が手に入れたかったものなのに! 一人で先に手に入れてズルい、ズルいよねえ!?」


「じゃあ、そのために何かしたの?」


 思わぬ発言に「は?」と声が漏れた幸は呆然とする。


「幸福を得るために幸ちゃんは何かをしたの? ただ流されて生きていただけなんじゃないの? 虐めをなくそうと努力したの? 誰かと仲良くなろうと努力したの? してないでしょ、私がいたから」


 呆然としている幸に夢咲は続ける。


「私がいたから貴女は他に友達を作ろうとしなかった。私がいたから私と遊んでいた。私が守っていたから虐めから抜け出さなかった。私がいたせいで幸ちゃんの精神が弱くなっちゃった」


「ち……う」


「私は確かに施設から離れた。母親がいた場所に、私もいたかったから。少しでも繋がりを持ちたかったから。でもそれだけじゃない……外へ出て行った理由は幸ちゃんのためでもあるんだよ。努力しようとしない、不幸な現実を受け入れて流されている貴女が、私がいなくなることで努力をすると思ってた……でも甘かった。本当に子供だったの。幸ちゃんがそんな風になるなんて想像してなかった」


 一度言葉を切ると俯き、夢咲は決意を固めて再び幸を見据える。


「だからこれは私のせい。だから今、昔言いたかったことをいうけれど」


「ち……が……」


「幸福は自分の手で掴み取らないと手に入らないものだよ。待っているだけじゃ、酷い境遇に耐えているだけじゃ絶対にやってこない」


「違う!」


 ずっと声にならなかった叫びがたった今、音を持つ。


「私は! 私の幸福には貴女が必要だったの! 一番の友達だった貴女がいてこそ私の幸福だったはず! でもいなくなった、幸福は私の手が届かない場所にある! 誰もが掴める場所には幸福なんてものはないんだ!」


 いつの間にか幸の瞳から涙が溢れていた。

 夢咲はそれを見て、その言葉を聞いて心が痛む。


(ああそっか……私は、何にも分かってなかったんだ)


 先程夢咲が告げたことに嘘はない。ただ、幸のことを考えているようで実は考えていなかったのだと思い知らされた。自分の都合で施設を出て行くのに幸の心のケアを行わなかった。もう関わらない方が、一度一人にした方が虐めに負けないくらい精神が強くなれる……そう思い込んでいたのである。


(そうだよね、友達と離れ離れになるのは誰だって嫌なはず……なのに私は施設を離れた。離れることで幸ちゃんが辛くなることなんて分かっていたのに……。当時の私は賢いって思い込んでいただけだった。今回の件は私の自業自得。軽率な思考と行動で友達を、たぶん一番、どんな虐めよりも酷い目に遭わせた。幸ちゃんを死に追いやったのは他でもない私自身なのかもしれない)


「……もう幸福は届かない、だから私は周りの幸福を壊すことにした。幸福はすぐ壊れるものだよ。私が追っていたものはガラスよりも脆かった……だから貴女達のも壊してあげる!」


 幸は夢咲――ではなく霧雨へといきなり襲い掛かり、二人の体が重なると幸の方が消えてしまう。終わったのかと誰もが考えていると霧雨から「ふ、ふふふ」と不気味な笑みが零れる。


 幸が行ったのは単なる物理攻撃ではなかった。それは以前神奈も受けたことがある幽霊の専売特許――憑依だったのだ。


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