44.5 怨念――集合体――
何が起きたのか速人には分からなかった。分かったのはただ闇雲に殺そうとしても殺せないこと。しかしそれが分かっていても、速人には選択肢など用意されていない。
幸が嗤いながら速人に歩み寄る。当然、そんな風に接近を許すはずもなく手裏剣を投げる。それは幸の額に直撃して刺さる……だが倒れない。血すら出ない体にはダメージなどなく、刺さった手裏剣を鬱陶しそうに抜いて捨てる。
速人はそれでも手裏剣を投げ続けて攻撃する。常人ならばもう既に八回は死んでいるだろう。
「クフフフフッ! 無駄無駄無駄! 貴方じゃ私は倒せないよ」
「チッ!」
焦りが生まれているからこそ強く舌打ちした速人だが手は止めない。手裏剣の次に取り出したのは数個の炸裂弾だ、瞬く間に着火して導火線がどんどん短くなっていく。
そしてそれを投げつけるが幸は避けるという行動すら起こそうとしない。
数個の炸裂弾はかなりの爆発を起こし、彼女の体はグチャグチャの肉塊になる……だがすぐに元の形に戻っていく。
傷付けられない結果は同じだが手裏剣よりは時間を稼げる、なので速人は炸裂弾を投げ続けた。そして時間稼ぎをしている内に不死身の秘密を探ろうと思考を巡らす。
(血も出ない、あれは仮初の体。かといって本体があるというわけでもない。何か、何かないか! あの不気味な女の秘密! この部屋に何か……あれは!?)
部屋を見渡していると奇妙なものを見つけた。
爆発の揺れで崩れたのか藁人形の塔が崩れている。それだけではない、藁人形の内いくつかはボロボロだった……まるで爆発でも喰らったかのように。
炸裂弾が命中する瞬間、その藁人形を凝視していると……突然爆発したようにボロボロになった。
(あれはまさか、あの女のダメージを……)
「ねえ、そろそろ無駄だって気付かない?」
「そうだな、確かに今は無駄だろう」
「あら意外と素直」
「だがそれは今だけの話。お前の不死身の正体は藁人形だ、あの人形にどういうわけかダメージを全て移動している。あのストックが尽きた時点でお前の負けだ!」
勝ち誇ったように叫ぶ速人を幸は嗤う。
「出来るなら、どうぞ?」
「後悔するなよ」
幸は狂気的な笑みを浮かべながら速人に向かい駆けて来る。それを迎え撃つように手裏剣と炸裂弾を投げつける。
額や胸に手裏剣が刺さる。頭上からは炸裂弾による爆発が襲う。破壊を受けた分藁人形は破壊されていく。
幸もやられっぱなしというわけにもいかず直線に最短距離で走る。接近したら掌打を放つが、速人はくるりと回転して躱してから伸びた腕を刀で切断する。
短時間の戦闘で破壊され、使えなくなった藁人形は四十を超えていた。しかしそれでも彼女の顔に焦りは見えない、なぜなら藁人形のストックはあと数百個以上あるのだから。
いかに実力が違えど、数百の命があればどうとでもなる……そう思っていた。
「実力の差だ、ただの女がこの俺に挑もうとするならその命が一万あろうと関係ない。何度でも殺せる、隙なんて見せない、もう貴様の負けは確定事項だ」
(確かに……どうにかなると思っていたけどこれは不味い。こうしている内にもストックが減少していく。あちらの手裏剣や炸裂弾も限りがあるでしょう、既に炸裂弾は来ない。おそらくもうそれは数が尽きたのね、手裏剣ももう相当数を投げている。尽きるのは時間の問題!)
幸は手裏剣が尽きるのを待つために、敢えて躱そうともせずに喰らい続ける。そしてついにその時が訪れた。
速人は所持していた手裏剣が尽きたことに舌打ちしつつ刀を構える。好機と見て幸が突っ込むが……一瞬で手足が切断された。
幸は愕然とする。痛みを感じないとはいえ四肢が切断されれば驚きはある。
(見えない……! 今ので消費されたのは四つ! あの呪いの藁人形は私の致命傷クラスのダメージを一回ずつ肩代わりする。とにかくもう後がない、藁人形がなくなれば当然痛みが襲う! そうなればこの遊びも終わってしまう!)
焦る幸だが――突如視界が動く。
目を動かした覚えはなかったが状況は理解していた。単純に、素早く視認できない程の速さで首を落とされたのである。
「さて……今ので何個目だ?」
余裕で周囲を見渡した速人は再び笑みを浮かべる。
「ああ……あと三個だな」
「うそっ!? いつの間にそんな数に!」
「余所見していいのか?」
幸が驚愕している隙に速人は三回斬りつける。あまりの事態に声すら上げれずに幸の体は崩れ去り、元に戻る。
今、彼女は最後の再生を果たした。
「こんなことが……」
「フハハハハ! いくら再生しようと地力が弱ければ意味がない!」
(仕方ないか……あまりやりたくないけど、この状況は仕方ない)
幸は冷静になっていた。速人が勝った気になって油断している隙に……奥の手を使用することにした。
「今度こそ喰らえ! 真・神速閃!」
笑いながら速人が幸の首目掛けて刀を振るう。彼女の眼には音速など優に超し、まさに神業の速度の刀が迫るのが見えていた。
――そしてすり抜けた。
「はあ!? どうなってっんぐ!?」
幸は首を刀が通る瞬間その部分だけ実体をなくした。そしてすり抜けた直後右手を速人の首に突き出して掴み、技を超える速度で壁に激突させる。
衝撃で速人の意識は飛び掛けるがなんとか意地で保つ。
「ががな……ほうはって……!」
「バカな……どうなって……ってところかなあ?」
言葉を確認しつつ幸は首を掴んでいる手に力を込める。
「私もこれは乗り気じゃなかったんだけど、もしもの時のために準備しておいてよかったよ」
速人は込められた力が自分よりも強いことに苦しみながら驚く。首は血管が浮き出て、呼吸も満足に出来ない程圧迫されている。遠くないうちに意識を保てなくなって窒息死するだろう。
「この場所は怨念が溜まっているの、ここで死んだ私のもの、そして私が殺した皆のもの。それらを凝縮して私が取り込んで強くなった。……おかげで今、殺した張本人である私に対する呪詛が流れ続けているわ。はっきり言って気分が悪い、これから四六時中自分への悪口を聞いていなければいけないとかどこの地獄なんだか」
苦しそうに顔を歪めて言った幸の体からどす黒いオーラが溢れ出た。灰色の髪が黒く染まった幸から放たれる殺意、敵意などの感情に速人は恐怖した。今目の前にいるのは人間だとか悪霊だとかいうレベルの存在ではない……怨念の集合体だ。
「地力が足りないと言われてしまったから強くなったわ。これで呪いの人形がなくとも貴方を殺せるよね」
「……ぐっ……ぞが……!」
「バイバイ」
首を掴んでいる腕の力を幸が更に上げようとしたその時、彼女の脇腹に何かが押しあてられその部分が消滅した。そしてその何かがゆっくりと自分にめり込んでいくのを感じ悲鳴を上げる。
「うっ!? うああああああ!?」
痛みだった。その謎の現象が起こった瞬間、まるで焼けるような痛みが襲ったのだ。
謎の現象から逃れるために速人を手放し、その場から高速で移動する。離れてから正体を確かめるべく目を凝らすと二人の人影が見えた。
「大丈夫か隼!」
「あっちゃあ……こりゃ酷くやられてんな」
速人の傍にいつの間にかいた二人、それは霧雨と神奈だ。
死ぬ一歩手前まで呼吸を止められていた速人は過呼吸状態になっている。激しく呼吸を繰り返して立ち上がろうとするが膝をついてしまう。
「無理するなよ、危なかったんだから」
「そうだな、間一髪だった。だからあれほど一人で先走るなと言ったのに」
霧雨は懐中電灯のようなものを持っており、先程のはそれが原因だと知っていた神奈は何なのか問いかける。
「ところでそれ……懐中電灯じゃないんだな、何だよあれ! 一部分消滅したよね!?」
「幽霊の話を聞いてから考えていたんだ、対処するにはどうすればいいのかをな。そして考えたのだがいかに幽霊といえどその場所に存在出来ている。それならその場を乱せばいいんじゃないかとな……全く作るのに苦労したぞ」
「お前何言ってんの?」
「存在しているのならば何らかの物質が存在していると思ったんだ。説明するとこの中でガンマ線を作り出して電磁波との相互作用で陽電子を対生成し放出、そして物質の中に入った陽電子はその中の原子核の周りを取り巻いている電子殻と対消滅。そして物質はエネルギーに変化し奴の身体は光子とな――」
「いや何言ってるのか全然分からないから! もっと簡単に説明出来ないの!?」
「――これよりか? 無理だな」
「無理なのかよ!」
そんなやり取りをしていた内に速人も立ち上がれるまでは回復したようで立ち上がる。
無視されている幸は自分に危害を加えられる存在に危機感を抱き始めていた。




