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【終章完結】神谷神奈と不思議な世界  作者: 彼方
三.三章 神谷神奈と呪う少女
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44.4 怨嗟――呪怨部屋――


 木造建築でボロボロな一軒家、夢咲家の前。

 いつ高山幸の幽霊が夢咲と接触するか不明なため、神奈達は交代制の監視を行っている。そして今日は泉の番であるのだが彼女は電話していた。


「そ、う。静川さんが……分かった。気をつける、よ」


 三日前に一度会っただけとはいえ、顔見知りの人間が死ねば泉も悲しく思う。連絡を受けた泉はショックを受けていたが、その分今回のことに対する怒りも増える。

 連絡を受けた後に携帯を懐にしまうと、近くにいた少女が「大丈夫?」と問いかける。


「大丈夫です、よ。それより話の続きをしましょ、う?」


「そう? ならいいんだけど」


 泉と話しているのは夢咲だった。

 遠くから見るのではなく敢えて接触し、友好を深める作戦に泉は打って出たのだ。今までの部活で本の好みを把握していた泉は巧みにそれを利用している。

 ミステリーや恋愛関係の小説が好みの夢咲に自分が読んだ本の話をし、読書の趣味が共通だという事実で急速に仲を深めていく。


 二人は暫く話していたがそこに近寄る人影が一つ。


「夜知留ちゃん」


「幸ちゃん! また会いに来てくれたの!?」


 近付いて来た少女は黒いローブを着ている。今日はフードを最初から外しており、誰かなどの確認は不必要になった。


「あの本を読んでくれた? ……そちらは?」


「ええ読んだわ、何というか悲しい物語だった。あ! こっちは泉さん、今日会ったばかりだけど本好き仲間なの」


「へぇ?」


 幸と呼ばれた少女は口元を面白そうに歪めた。

 泉はその少女を見て息を呑む。彼女の瞳は虚空を映し、こちらを見ているのか見ていないのかさえ分からない。ただ一つの邪悪、それだけは泉でも感じることが出来ている。


「それで今日はどうしたの?」


「ああ、これを渡しに来たの」


 幸が渡したのは一冊の黒い本だった。夢咲は怪訝に思うが、また本をくれるならばと受け取る。タイトルは違えど同じような見た目、興味はそそられるがすごく読みたいとは思えない――普通ならば。


「ありがとう……ああ、早く読まなきゃ!」


「ちょっと夢咲さ、ん!?」


「……いってらっしゃい」


 夢咲は急に焦ったかのように本を持って自宅に駆けこんでいく。その尋常ではない様子に泉は後を追いかけようとするが、その前にやっておくことを思い出して幸に話しかける。


「私は泉沙羅で、す」


「ご丁寧にどうも、私は高山幸といいます」


「よろしく」


 泉が手を差しだすと幸も応じる。二人は力強く握手をして数秒見つめ合う。

 決して友情などではない。泉は、いや神奈達は全員霧雨から作戦を伝えられていた。


 ――発信機を付ける。


 発信機を付けたらどこにいるかを霧雨が調べ上げる予定なのだ。泉は握手している手とは反対の手に忍ばせていた砂利のような超小型発信機を、幸に悟られないように足に投げつけた。黒いローブの下の方に付いたのを確認すると「もう離してくれないか、な」と幸を睨みつける。


「……へぇ、あなた面白いね。握り潰すつもりだったのにぜーんぜん潰せないや。あなた何者?」


「別にただの小学生だ、よ」


「ふふ、嘘吐き。じゃあね、また会いましょう?」


 幸は気分を良くしたのかご機嫌で身を翻して歩いていく。

 敵を見送り、周囲を見渡して誰もいないことを確認した後、泉は再び携帯電話を取り出して霧雨に連絡した。



 * * *



 霧雨は自室にてノートパソコンを見ていた。それにはこの辺りの地図と赤い点が一つ、どんどん南に進んで行く様子が映し出されている。すぐ近くには速人もおり柱に体を預けている。


 ――ウウウウウウウゥ!


 突然その部屋に警報音が鳴り響いた。

 速人が何事かと思い刀に手を掛けて身構えるが霧雨は動じていない。むしろホッとしたような表情を見せていた。そして警戒している速人に真剣な顔で告げる。


「泉から連絡が来た」


 一瞬、何を言っているのか分からなかった速人だったが、まさかと思い問いかける。


「今の……着信音か?」


「そうだが?」


「ふざけるな紛らわしいぞ貴様!」


 そんなやり取りをしつつ、霧雨はノートパソコンの横にある携帯に手を伸ばして通話ボタンを押す。すると冷静な泉の声が携帯越しに伝わる。


『ミッションコンプリートだ、よ』


「ああ、発信機の点が動き出した。よくやってくれた、実際に会えたのか?」


『ええ会ったには会ったのだけれ、ど。何だかそこにいるのにいないようにさえ感じた、の』


「ふん、幽霊だからな。どこかおかしくても、それはおかしくないんだろう。とりあえず神谷にも連絡をし――っ! 隼! 何処へ行った!?」


 霧雨は突如焦った声を出した。それも仕方ない、すぐ近くにいた速人の姿が消えておりどこを見てもいないのだから。


『そこに隼君もいた、の?』


「ああ、俺のところにいた方が素早く動けるとか言って……クソッ! あれほど一人で動くなと言ったのに、すまないが一旦切るぞ! 神谷に現状を伝える!」


『うんわかっ――』


 ピッという音がし、泉の言葉を遮る。

 霧雨は焦燥感に駆られて玄関に向かい、置いてあったダイヤモンドのような台に取っ手がついた機械に乗って家を飛び出す。その機械は台の後ろに付いている六本の小さな筒から風が放出されることで、物凄い勢いで進んで行く自作の乗り物である。その速度は自動車など優に超えている。

 霧雨は移動しながら神奈に電話を繋げた。


「もしもし神谷か!」


『お、おうそうだけど何? もしかして見つけ――』


「頼む今すぐ現地に向かってくれ! 隼が先走って一人で追いかけていった!」


『はあ!? ……まあいつものことだしあんが――』


「指示に従って今すぐ動け頼んだぞ!」


 そう言われて通話が一旦止まった時、霧雨の横に早くも神奈が並ぶ。

 通話してから十秒程度しか経っていないはずだが場所を特定して追いついたらしい。あまりの素早さに「はやっ!?」と驚愕してしまう。

 神奈は額に青筋を浮かべ「……せめて話聞けよ」と不機嫌そうに呟く。


「それで場所は?」


 幸の居場所を訊かれた霧雨だが答える余裕が消え失せる。

 ノートパソコンの画面に表示された発信機の位置が異常な速度で動いているのだ。もはや音速すら超えているので赤い点が瞬間移動でもしているようだった。


「な、なんだこの移動速度は……! もうここら一帯にはいない! 向かっている場所は……あの施設だ!」


「あそこか……」


 二人は夢咲や幸が過去にいた孤児院へと走って向かう。



 * * *



 発信機を利用した作戦など速人は全く知らんぷりしている。現在、幸がいると思われる孤児院までやって来た速人は、偶然視界に入った幸本人を追って辿り着いたのだ。

 以前来た時とは雰囲気が異なっていた。以前は穏やかという印象が強かったが現在は不気味、邪悪という言葉が丁度いい。子供達が遊んでいた場所には未だ赤い跡が残っており、森が枯れ始めている。十字架があったはずだがそれは一部折れて消失している。


 不気味さを感じつつも速人は強気で足を踏み入れる。そして入口の扉を開くと目を見開く。


「何だ……ここは」


 前回ここは確かに子供部屋だった、しかし現在はオカルト染みた内装になっている。

 まだ昼前だというのに薄暗い部屋、内部は数本の蝋燭が照らしていた。そして壁際には無数の藁人形がずらっと並び気持ち悪さを抱かせた。更によく見れば中央には黑いローブの少女、高山幸が無機質な眼で入り口付近にいる速人を見ている。


「ようこそ、呪怨部屋(じゅおんべや)へ」


「……誘い込まれたか」


 幸が発信機にも尾行にも気付いており、わざとこの場に招き入れたのだと速人は察した。


「夜知留ちゃんのお友達よね? 夜知留ちゃんの為にわざわざ命を捨てに来るなんてね」


「友達? 俺がか? 違う、俺はただ貴様の強さに興味があっただけだ。断じてあの女の為ではない」


「そう? まあどっちでもいいわ。どの道誰であろうとここから出ることは出来ない、この私を倒さない限りはね」


「なら倒せばいいだけの話だ。真・神速閃!」


 振った刀は幸を見事に切り裂き、ゴトッと大きな音を立てて首が地面に落ちる。


「何だ……意外と呆気なかったな」


 正直なところ速人は幸に多少期待していた。

 幽霊という存在には初めて会うのだ。どれくらい強いのか、修行相手になるのか、どんな攻撃を仕掛けてくるのか非常に気にしていた。蓋を開けてみれば自身の方が圧倒的に強く、新技の実験台にもならない実力に落胆の色を見せる。

 しかし予想外なことに速人には――返事が返ってきた。


「クフフフフ……! それはごめんなさいね」


「なっ、なんだと……? バカな、首を斬られて生きているはずが……貴様何だそれはどうなっている!?」


 速人が驚くのも無理はない。死んだと思った幸が、地面に落ちた自分の頭を両手で抱えていたからだ。そして更に幸はその頭を元々の場所に戻して何でもないように笑う。


「私は特殊な霊体なの。実体化が自由にできて、尚且つその体は損傷しても元に戻る。理由はあるけれど貴方には関係ないね……だってここで死ぬから」


 無機質な声で幸が淡々と言い放つ。

 速人の額からは汗が一筋、顎に流れていく。


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