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【終章完結】神谷神奈と不思議な世界  作者: 彼方
三.三章 神谷神奈と呪う少女
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44.3 遺恨――恨んでいるでしょう――


 老婆に通された部屋は殺風景だった。

 様々な本が詰まった本棚が一台。中央には長机、そして椅子が六個。家電製品などは存在しないが確かに生活している様子が窺える。

 最奥の大きな窓から入る日差しに照らされながら、神奈達と老婆は椅子に座り向かい合う。そしてまず老婆が確認の言葉を口にした。


「それであなた達は夜知留ちゃんの何なのかしら」

「友達です」


 速人のみ黙っていたがそれ以外の三人は即答した。答えに納得したのか老婆は目に涙を浮かべる。


「そうですか……あの子は、元気ですか」


「……はい、元気です」


 何か思うところがあったのだろう、そう思った神奈達は老婆が流した涙を拭きとるのを待っていた。その間話を進めずに、ただ黙って待っていた。

 そして泣いて少し落ち着いたのか老婆は話を進めようとする。


「申し遅れましたが私は静川(しずかわ)と申します。この施設を運営する者、そういう認識で結構です」


 四人も静川に自己紹介をして夢咲とどんな関係だったのかも話した。同じ部活で仲間として過ごしたということを聞き、静川は嬉しそうに笑みを浮かべる。


「あの子は良い友達を持てたようですね……」


「感傷に浸るのはいいが早くしろ、待ってやるほど暇じゃない」


「隼、空気読めよ」


「うるさい、ここに来た目的は何だ? この老いぼれに夢咲の話をしにきたのか? 違うだろ」


 正論ではあるのだが空気は読めていない。しかし静川は肯定するように頷いて、神奈達に「その子の言う通りです。あなた達は何かを調べに来たのでしょう?」と問う。


「夢咲さんと仲が良かった女の子っていますか? 私達はそれについて聞きに来たんです」


「あの子と仲が良かった女の子? そうですねえ、一人いました。夜知留ちゃんといつも一緒にいた女の子が」


 神奈達は考えが当たったことで顔を見合わす。


「その子について教えてくださることは? 今ここにいるなら是非会いたいんですが」


 食い気味に霧雨が情報を聞き出そうとするが、静川は浮かない顔をしていた。どう言おうか、何か決意のようなものを固めた静川は意を決して口を開く。


「教えることは出来ますが、会うことは出来ません」


「それは何故です? もうここにはいないとか?」


「――死んでしまったのです、二年年ほど前に」


「……え?」


 静川の答えは神奈達にとって予想外のものだったので唖然とする。犯人だと思っていた者が二年前に死んでいた、つまり振り出しに戻ってしまったのだ。

 そんな神奈達に静川は死んだ女児のことを説明し始める。


「その子は高山(たかやま)(さち)といいまして、よく夜知留ちゃんと遊んでいました。本が好きでして、よく読み合いをしていましたねえ。ああそれとよく言っていた言葉が――」


 神奈は静川の言葉を聞いている最中夢咲が話してくれた話を思い出していた。そして自分でも何故か分からなかったが静川の話を遮って、


「幸福になりたい」


 と呟いた。それが聞こえた静川は手を口に当てて驚く。


「――驚きました。彼女がいつも言っていた言葉ですよ。幸福になりたい……そう思うということは、ここでの暮らしが幸福ではなかったということになってしまいますがねえ……まあそれもしょうがないことでしょう」


 幸福になりたい。そう思うのは誰でも一緒だろうが、静川の雰囲気から何となくそう思うのとは違う気がした。まるで願い事を流れ星に言うように、初詣で祈るように強く強く願っている。そんな風に神奈は思えた。


「その……なぜ死んでしまったんです? 病気とか?」


 神奈のその問いに静川は理由を言おうか迷いがあった。

 静川からは深い悲しみが感じ取れ、これは何かあったなと察する神奈達。静川は深く呼吸してから答える。


「――自殺です」


「自殺?」


「ええ、原因は……虐めでした」


 その言葉に少なからず驚きがあった。こういった施設でも虐めなんてものがあると、意外な一面を知った神奈達は黙って静川の話を聞く。


「私が気付いたのは彼女が自殺した後、遺書を見てからでした。これがその遺書です、あれから捨てることが出来ずにいつも持っているんです」


 そう言って静川は一枚の紙を懐から取り出し、神奈達に見えるよう机の上に置く。

 紙を見た神奈達は言葉を失った。なぜならそこに書かれていたのは誰かへの恨み言だけで、決して遺書なんてものではなかったからだ。紙全体に書き殴られている【死ね】、【クズが】、【憎い】などの暴言や憎悪の言葉を見た瞬間に背筋が凍った。


「どれほど恨んでいるのかよく分かる、きっと私のことも恨んでいるでしょう」


「……でもあなたが気付いたの、は」


「ええ、彼女が死んでからです。子供達も私にバレないよう隠していたのでしょうが、その遺書から虐めの可能性を感じ調べました。そうすればすぐに白状した子供達の証言でようやく彼女を苦しめていたものが分かりましたよ。虐めの内容は酷いものでした……。殴る蹴るなどの暴行は当たり前。お気に入りの本を泥塗れにしたり、あの子の服を破ったり、髪を千切ったり、辛い日々だったでしょう」


 その想像より酷い虐めに絶句する神奈と霧雨。対して泉と速人は意外にも冷静でいられた。なぜ冷静でいられるのかは二人の精神が強いから、それ以外に表しようがないだろう。


「もし彼女が幽霊となっているのなら、きっとその憎しみから復讐に動く。そんな確信さえ持てるほどです……もっとも幽霊なんていないでしょうが」


 その言葉を聞いて神奈の表情が変わった。

 神奈は以前悪霊に会っている、幽霊の存在を確信している。そんな神奈だからこそ辿り着いた仮説。


(高山幸は悪霊となって夢咲さんに復讐しようとしている? でもそれなら施設の人にまず復讐するんじゃ)


「夢咲さんは気付いていなかった、の?」


「気付いていた、と思います。今思えば彼女は幸ちゃんを庇うようにしていました。でも夜知留ちゃんがいなくなってからはさらに虐めが酷くなったのだと思います」


 唯一の友人がいなくなり、虐めは酷くなった。そんな状態で精神的に追い詰められ自殺をした。その結論が静川、そしてこの施設の他の大人の総意だったのである。

 神奈達は静川に礼を言い施設を後にした。静川はそんな彼女達を優しい笑顔を浮かべながら小さく手を振って見送っていた。


 森の中、神奈達は情報を整理する。


「夢咲さんの施設での友達は一人、高山幸」


「虐めにあってて、幸福になりたいというのが口癖」


「そして既に遺書を残して死亡している」


 情報整理を終えた後で速人が「チッ、時間の無駄か」と吐き捨てた。

 無駄と思う気持ちも分からなくはない。幽霊の存在を知らなければ答えには辿りつけなかっただろうから。


「いや、そうでもない。静川さんの話を聞いて確信した。記憶を奪った方法は分からないけど、夢咲さんの記憶を奪ったのは間違いなく高山幸だ」


 言い切る神奈に霧雨が訝し気な視線を向ける。


「だがその高山幸は死んでいるんだぞ? 死者がどうやって……まさか、幽霊だと?」


「そのまさかだよ、幽霊は実在してるんだ。高山幸は恨みから悪霊になってる可能性がある」


「幽霊、悪霊、本当にそんなものが?」


 驚いたのは速人と霧雨の二人。霧雨は信じられないような顔をして何度も「悪霊」と繰り返している。逆に泉はあっさりと信じている。


「それが非日常であっても現実的な答えだよ、ね」


「……だがどうする。悪霊だとして俺達に何が出来る? 幽霊は見えないし触れないぞ」


「それなら私が目になるし剣になる。私ならそういった存在がはっきりと見えるから」


 霧雨が顎に手を当てて考えていた。その考えが纏まったのか口を開く。


「夢咲は幽霊が見えたのか?」


 その問いに三人が押し黙る。そんなことは知るわけがない、聞いたことがない。


「仮に見えないとしてもだ……夢咲は見えた、話もした。夢咲が幽霊を見れるのではなく、もし幽霊の方が自分の意思で実体化出来るのだとしたら?」


「もしそんなことが出来るんだったら危ないな」


「そうじゃない、いやそうでもあるんだが違う」


「要するに、また夢咲に接触する可能性がある。実体化出来るのならばその時に見つければいい、そういうことだろう」


 速人の言葉に霧雨が頷き、神奈と泉もなるほどと納得する。

 それから神奈達は夢咲を交代制で監視することにした。誰が近付いても一人で先走らない、必ず全員に知らせる……そんなルールを課した。


 施設を訪れてから三日が経った頃。

 まだ夢咲に接触する人影はないことから監視は継続している。本日は泉の番であり、他の部員は仮初の日常を送っている。もっとも楽しく日々を過ごす暇などなく、高山幸の襲撃に備えての準備しかしていない。


 神奈は朝食を食べながらテレビを見ていた。報道では政治だったり、事件だったり様々なことをやっている。今さらかもしれないがこの世界はやたら事件が起きるので毎日内容が違う。


『次のニュースです。埼玉県兵刃町(へいばちょう)、森深くにある孤児院で死体が発見されました。死体の数は数十にも及び、全て惨たらしく殺されていました。この孤児院は――』


「え?」


 ニュースで映し出されていた場所はつい最近行ったばかりの施設。死体は映っていなかったが、八十代女性の死体と出た瞬間神奈は悟る。


「あの場所だ、静川さんだ、多分殺したのは……高山幸だ」


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