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【終章完結】神谷神奈と不思議な世界  作者: 彼方
三.三章 神谷神奈と呪う少女
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44.2 施設――日常は遠い――


「あなた……誰ですか?」


 一瞬、思考が停止した。

 

「誰って……何の冗談?」


「冗談じゃなくて、あなたが誰か私は知らないの」


「そんなわけが……!」


 本気の困惑を目で見て悟ったが神奈は信じられない。まさかと最悪の状況を思い浮かべるも、首を振って否定する。


「ほら、私だよ私、神谷神奈! 宇宙人と戦って、一緒の部活入って、それについ最近非現実的な怪物と戦ったりもしたじゃないか?」


「宇宙人? それに怪物って……」


 これが悪ふざけでないなら可能性は一つ。記憶喪失。

 記憶がないなら神奈の言動に困惑するのも当然だ。全く知らない誰かが突然自分の知り合いだと言い張り、宇宙人と戦いましたなんて誰が信じるのだろうか。一部の記憶がない夢咲はそんなこと知らない――だから信じない。


 神奈は動揺し汗を流した。現実だと認めたくない気持ちが焦りを生む、冷静になれない。

 昨日までは平常だった。何気ない世間話をしたりする仲だった。それなのにたった一日で全てが壊れるなどありえてはならないのだ。


「あ、ドッキリだろ!? カメラはどこかな!?」


 神奈は部屋の中を探し回るがカメラは見つからない。

 勝手に部屋に上がり込み、更に意味が分からない言動で部屋を荒らす少女に、夢咲は苛立ちを覚えて顔を顰める。そして我慢の限界が訪れる。


「いい加減にして」


「……っ! でも!」


「これはドッキリなんかじゃないし、私はあなたなんて知らない。プリントを届けてくれたのには感謝するけど……早く帰って」


「待ってくれ! 私だよ! 同じクラスで、友達で……本当に……覚えてないのか?」


 神奈は掠れた声で顔を青ざめさせながら問いかける。だが夢咲の答えはどこまでも無慈悲なものであった。


「覚えてない、そもそも知り合いですらない。いい加減にしないと警察を呼ぶよ、私もことを荒立てたくはないの……だから、出て行って」


「――あ……分かった……」


 純粋な拒絶。

 それに対抗出来るわけもなく神奈は下を俯きながら小さく呟く。

 大人しく夢咲の家を出て、自宅に帰るその背中からは哀愁が漂っていた。そんな少女に通行人含め誰も声を掛けるものはいなかった。


 自宅に着き、風呂に入り、一人で夕飯を食べ、寝室のベッドに転がる。そんな一連のサイクルをした後、神奈は腕に通していた白黒の腕輪に向かい語りかける。


「なあ、もういいよ」


「……何がです?」


「気を遣って一人にしてくれたんだろ」


 腕輪は黙るが沈黙こそ肯定であった。

 神奈は夕方の夢咲のことを思い出していくつか疑問を浮かべる。


「神奈さんが何を考えているのか……当てましょう。何故夢咲さんから記憶が消えているのか、ですよね」


「ああ……なあ、どうしてだ……どうして私のことを忘れちゃうんだよ……! あれは本気で困惑してた、現実だった! 何が、あったんだよ……!」


「少なくとも魔法ではありません。魔力の残滓が感じられませんでした」


 魔法ではない、しかし魔法以外の可能性はある。腕輪の言葉を聞き神奈は考える。

 何のキッカケもなく突然記憶が、それも他者との思い出だけが消えるなどありえない。どこかに消えたキッカケがある。記憶喪失の原因を神奈は頭の中で探っていくが心当たりはない。


 その日、神奈は見つからない答えに泣きそうになりながら眠ってしまった。



 * * *



 夢咲記憶喪失発覚の翌日。

 学校にて。授業も終わった放課後、文芸部の部室に足を運んだ神奈は集まっている部員に昨日あったことを話していた。

 斎藤は入院中、夢咲も記憶を失くした今部活には来ない。来ているのは神奈、速人、霧雨、泉の四人のみである。


「何の冗談だ?」


「……信じられないかもしれないけど、本当だ。実際に会ってみれば分かる」


 霧雨は、いや他の二人もまずは疑った。当然信じられるはずもない。しかし文芸部は非日常を体験している。思いの外、三人は最終的に信じた。


「まあすぐバレる嘘を吐く理由がないしな」


「う、ん。この世界には不思議がいっぱいあるから、ね」


 速人は無言で刀の手入れをしており、神奈にはそれが別に疑っていない態度だと理解できた。速人の考えがある程度分かるという事実に嬉しさが欠片もない表情を浮かべるが、それも一瞬で真剣なものに戻る。


「それで心当たりだったか……残念だが俺にはないな」

「私、も」

「当然だが俺もないぞ」

「だよな……」


 神奈も最初から心当たりに関しては当てにしていなかった。本当はこの事態の解決に一人では困難だと判断し、頭数が欲しかったのだ。三人寄れば文殊の知恵なんて言葉がある。一人では分からないことももしかすれば……そんな風に思った結果話すことにしたのだ。

 何より夢咲は文芸部の部長だ、ならその部員が無関係なわけがない。困るのは神奈だけではない。


 手がかりなし、しかし霧雨が「そういえば」と沈黙を破る。


「一昨日……確か特徴的な本を持っていたな」


 泉もそれは覚えているのか頷いた。速人は何のことだか分からないのでつまらなそうに無言で刀を磨く。


「あれは貰い物だって夢咲さんが言ってたよ、でもそれがどうした?」


 神奈は本など気にしてどうしたんだろうと思いつつ、本人から詳細を聞いていたので答える。そしてそれに霧雨が怪訝な顔をして神奈を見た。


「貰い物?」


「ああ、確か……昔施設にいた時の友達って言ってたっけ」


「施設?」


「夢咲さんは孤児院的な場所で育ったらしい、今いる家は施設の許可を貰って住んでるらしいけど。確か母親の家だったって」


 聞かれたことを素直に答える神奈に対し、霧雨はニヤッと笑う。


「そこだ」

「はい?」

「その場所に行こう、何か分かるかもしれない」


 霧雨は席を立ち上がり急かすように荷物をまとめ始める。神奈はこんなものが手がかりになるのかと疑問に思い納得出来ないまま席を立ち上がる。そこに速人が霧雨の言いたいことを分かりやすく、足りない部分を説明する。


「要するにその偶然会った友が怪しい、ということだろう?」


「ああそういうことか」


「なるほ、ど」


 その説明に神奈と泉は納得する。

 施設の場所を霧雨が調べたのだが場所は隣町だ。宝生町には孤児院のような施設がほぼないらしい。

 少し遠いが四人は部活動を中断して、件の施設へと向かうのだった。



* * *



 深い森の中、誰も住んでいないようなその場所に一つの建物があった。白い壁、教会のような建物で上には十字架まである。すぐ近くには人の手で整備されたであろう開けた場所があり、小さい子供達が元気に走り回っていた。

 神奈達はその光景を見て和みつつ、施設の呼び鈴を鳴らす。


「はあい」


 呼び鈴の音に反応して施設から出てきたのは年老いた女性だった。

 髪は全て白髪で染めている様子もない。杖をついており腰が曲がっている。赤ワインのように濃いセーター、そして濃い緑のロングスカートを着用しており、眼鏡を掛けていることから目が悪いと推測できる。


 老婆はやって来た客が小学生だったからか目を丸くして「何の用ですか?」と優しく問う。


「失礼ですが、あなたは夢咲夜知留という少女を知っていますか?」


「……話は長くなりそうですねえ。中で話しましょうか」


 老婆はその名前を聞いて目を細め、神奈達を施設内へと手招く。

 あまりにもあっさり話を聞けることに驚きつつ、神奈達は施設に足を踏み入れた。中は子供部屋のように玩具が散乱している。デフォルメされた可愛らしい動物の柄が刺繍された布団も干されている。中にも子供はいたようで、神奈達が物珍しいのかジッと見ていた。


 そんな施設内の扉を何度か通り、突き当たりの部屋に神奈達は案内された。

 部屋に老婆が入って泉と速人が続く。神奈も入ろうとした時、霧雨に後ろから声を掛けられ足を止める。


「なあ、神谷」


「何だ?」


「……日常は遠いな」


「それなら非日常も日常に組み込んじゃえよ。人生何があるか分からないんだから、日常が崩れることだってあるだろ」


 その言葉にとても同年代の少女が発した言葉とは思えない重みを感じ、霧雨は苦笑いする。


「そうだな……きっとその方がいいんだろう」


 そう返して二人も部屋の中に入っていった。


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