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【終章完結】神谷神奈と不思議な世界  作者: 彼方
三.三章 神谷神奈と呪う少女
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44.1 見舞――誰ですか?――


 文芸部が一丸となって狩屋敦という男、そしてその男の召喚した生物と激しい戦いを繰り広げた日からもう数日が過ぎていた。

 戦いで重傷を負った斎藤凪斗は病室で退屈な日々を過ごしている。他の文芸部員はそれぞれ非日常から元の日常へと戻り、平和な時間を噛み締めていた。部長である夢咲もいつも通り商店街で本屋に立ち寄り、欲しかった本を購入して帰り道を歩いている。


 道中、気になった噂を思い出し小さく呟く。


「呪われた本、呪本(じゅほん)か……。本当にそんなものがあるのかな」


 本屋で近くにいた人が話していたのを聞いただけなのだが、その内容はインパクトが強かった。

 呪われた本。曰く読めば記憶を失う。曰く読めば死んでしまう。曰く、読めば不幸が訪れる。

 そんな物騒な噂を耳にすると本好きとして悲しい気持ちになる。もし本当に存在しているのだとしたらどうにかしたいとも思う。


「ちょっとそこのあなた」


「はい?」


 自宅へ入ろうとした夢咲だが誰かが家の前に立っていた。

 ボロボロの木造建築の前にいるのは黒いローブを着て、フードで顔を隠した怪しい人物。背丈は自分と同じ程度、そして声も幼いことから同年代だと夢咲は推測する。


 黒ローブを着た子供は一冊の本を懐から取り出し、夢咲に差し出した。その本は手帳のような大きさで、表紙も中のページも全て黒の不気味な本であった。受け取った夢咲がパラパラと捲ってみれば白い文字で書かれた文章が見える。


「その本をあげる」


「あなた誰ですか?」


「忘れたの? 私の顔を」


「いや……フードで見えないんですけど」


 その冷静なツッコミに「あ」と声を上げて黒ローブの子供はフードを持ち上げた。

 灰色の髪が肩にかかり、吊り目で、頬骨が出ているのが目立つ痩せている少女。現れた顔に夢咲は覚えがあった。


「もしかして(さち)ちゃん? 施設にいた時によく遊んでいた……本好きの」


「そう、ようやく分かったのね。会いたかったわ弥生ちゃん」


「夜知留だよ……」


 肝心の相手が自分の名前を憶えていなかったことにショックを受けつつも、再会の嬉しさから夢咲は笑う。

 その日、夢咲は幸という少女と夜遅くまで他愛ない話で盛り上がった。



 * * *



 宝生小学校、四年一組の教室にて。

 教室に入って「おはよー」と挨拶した神奈は、自身の席へ向かう通り道にいる夢咲にも挨拶しようとして「うわっ」と思わず声を零す。


「神奈さん、おはよう」


 声に反応して振り向いた夢咲が黒い本を閉じて挨拶してきたので、神奈は「おはよう」と告げて手元にある不気味な本へ視線を送る。


「何だよその本……。チラッと見えたけどさ、表紙だけじゃなくて中まで真っ黒じゃん。何、呪われた本なの? 装備すると呪われるやつと同じなの? 怖いよ……」


 夢咲が読んでいた本は特殊なものであった。

 まず紙が全て黒いし、表紙にタイトルが書かれていない。黒い紙だからだろうが文字は白い。やたら不気味な雰囲気を醸し出す、悪魔との契約書のような書物である。


「あはは、実はこれ、昨日友達に貰ったんだ」


「友達いいぃ? 誰だ、斎藤君? 泉さん? 霧雨?」


「何で私の友達が部員しかいないみたいな言い方するの。ちゃーんといるからね、学校には通ってないみたいだけど」


「つまりホームレスから魔女教の福音書を貰ったってことでいいのか。あれね、そのお友達は大罪司教なわけね」


「違うから。前、施設にいた頃の友達だよ」


 施設とはどういうことか。思い返してみれば神奈は夢咲の過去をほとんど知らない。

 予知夢の固有魔法に四苦八苦していたことは知っていても、今まで誰と関わり、どうやって過ごしてきたのかなどは全く聞いたことがない。友達ではあるのだし知るチャンスということで神奈は問いかける。


「夢咲さんって施設で育ったの? 孤児院的なとこ?」


「うん……お母さんは私を産んで死んじゃったって聞いてる。森の中の孤児院に預けたのは当時の教師らしいよ、お母さんは中学生だったらしい。そりゃ死ぬ可能性だって高いよね」


 十代前半での出産ならば母体が無事で済む可能性は当然低くなる。死亡するのも珍しいことではない。


産褥期死亡(さんじょくきしぼう)っていうんだっけそういうの。父親は?」


「さあ……今まで生きてきて何も手がかりはないの。施設の大人はよくあるケースだって言ってたよ」


 よくあるケースだが何も良い事はない。

 夢咲の父親は知らぬ存ぜぬを通して他人として生きているのだろう。中学生を妊娠させた男は学生だったのか、はたまた成人していたのか、何にせよ親としての責任を放棄していることに変わりない。もし会うようなことがあれば一発殴ろうと神奈は胸に誓う。


「あれ、でもじゃあ何であのボロ家に住んでんの? 施設にいたならそっちに住んでるんじゃ」


「きちんと許可は貰ってるよ。私は一応賢い部類だから、なんとか説得して先生も許してくれた。もちろん援助付きでね。……あの家は母親が生前住んでいた家らしいの、私はただ親の何かが、繋がりが欲しかった。だからあの家を……私は」


「……悪い、もういいよ。あんまり聞くのも悪いし」


 神奈はそんな重い過去を聞くのは止めて、夢咲が持っていた黒い本について聞くことにした。


「それで孤児院に居た時の友達からその本を貰ったと。そんな真っ黒な本なんて本屋でも見たことないけど……そういや本っていえば変な噂を聞いたような」


「呪本でしょ。読んだら呪われるっていうやつ」


「ああそうそうそれそれ……え、それじゃね?」


 読んだら呪われるという噂は神奈の耳にも届いている。文芸部らしく本屋に立ち寄った時、偶然会ったグラヴィーとの世間話的なもので知ったものだ。死ぬだとか物騒な噂なので忘れてはいなかった。


(さち)ちゃんがそんな本を渡してくるわけ……いや、可能性はあるかもしれないけどたぶん違うよ。まあ呪本なんて所詮噂だと思うし平気平気」


 たかが本と言ってしまえばそれまでだが、ただの書物が非日常的な力を持つのを神奈は知っている。つい最近だって究極の魔導書なんてものを巡って争ったのだから、深く関わった夢咲も異常な本があることを理解しているはずだ。呪いというとオカルト染みているから信じられないのかもしれないが。


「内容は?」


「……幸せ者がドン底に落ちる。そんな話」


 そんな本を送るとか恨みでもあるのかよと心の中で思う神奈。内心神奈が呟いた後で夢咲は暗い顔をする。


「もしかしたら……そうかもね」


 その呟きを神奈は聞き逃さない。


「でも仲良かったんじゃないの? てか今なんで心の声が聞こえた」


「仲が良かった、そうだね……その通りだよ」


「あ、聞いてくれないパターンね……」


 妙な読心は置いておき、神奈は過去形なことに疑問を持つ。


「どんな奴だったんだよ、その幸って奴」


 恨みに心当たりでもある様子が気になって、黒い本を渡したという友達のことを聞いてみることにした。夢咲も嫌ではないのか残り僅かな自由時間で話し始める。


「幸ちゃんはいつも言ってた、幸福になりたいって」


「幸福?」


「幸って字は幸福の幸でしょ? だからかは分からない、でも彼女はそれが夢であり願いだった。私はいつもそれを聞かされていたよ」


「へぇ、そう言うってことは……その時は幸せじゃないって思ってたんだな」


「……当然、そうでしょうね」


 夢咲の顔がますます暗くなり、神奈は危ない何かを感じていた。そんな何かを感じたことで追及を止めた。

 とりあえず噂が真実でないこと、仮に真実であっても夢咲の持つ本が呪われていないことを神奈は祈る。



 * * *



 放課後。学校終わりに神奈達は病院に寄った。

 入院している斎藤のお見舞いだ。速人を除いた神奈達文芸部は各々お見舞いの品を持って病院前に集合している。

 神奈達は霧雨が持っている竹籠を凝視した。大きな薄緑のフルーツがあったことに驚きを隠せず、思わず呟く。


「まさかメロンを持ってくるとは……」


 その呟きに霧雨は首を傾げる。


「メロン? そんなものを誰が持ってきたんだ?」


「は? いやお前だろ?」


「……ああこれか! これはメロン……に見える入れ物だ。中にはスイカ……の形をした入れ物。その中にバナナが入ってるぞ」


「マトリョーシカか! てかそれなら籠要らないだろ!」


 そんなやり取りをしている神奈と霧雨を夢咲が中断させ、斎藤の病室へと足を運ぶ。

 丁度ベッドの上で起きていた斎藤は文芸部の面々が来たことに顔を綻ばせ、手にしていた魔導書を近くの机に置く。


「みんな……何かごめん、わざわざお見舞いの品を持ってきてもらうなんて」


「いいって……あんな戦いしたんだ。少しでも報酬があるべきだろ」


「そうよ、怪我してまで勝ったんだから。このリンゴは正当な報酬だよ」


「そうだな、これも正当な報酬というやつだ」


 霧雨が差し出したものを見て斎藤は「メロン!」と喜ぶが、事前に違うことを知っている神奈達は顔を逸らす。


「これは入れ物だ」

「あ……そう」


 メロンに見える入れ物の上半分をパカッと開けると、中にスイカが姿を現す。当然これも違うわけだが斎藤が知る由もない。


「でもスイカでも嬉しいよ。高かったでしょ」

「これも入れ物だ」


 スイカの入れ物の上半分をパカッと開けると、中から一本のバナナが姿を現す。さすがに今度は本物なわけだが斎藤が知る由もない。


「バナナ……に見せかけた容器でしょ。もう分かったよ」


「いや、これはバナナだぞ。何を言っているんだ?」


「合ってるのか……」


 極端に落ち込んだ斎藤。そこで元気付けるため泉が本を差し出す。


「これどう、ぞ」


 受け取った一冊の本は今話題のラブコメ小説。部活中に読みたいという呟きを泉は拾っていたのだ。


「あ、これって……ありがとう! 読みたかったやつだよ!」


 本を受け取ってテンションが上がる斎藤……だが神奈はその後の展開を察した。何せ手渡したのがあの泉沙羅なのだ。病気の域でネタバレを繰り返す彼女から本を受け取ったなら、どうなるかくらい容易に想像がつく。


「うんそれ読みたいって前に言ってたから、さ。私も読んだけど主人公の友人が全ての元凶でメインヒロインだと思っていた子が死亡してまさかのサブヒロインがメインに昇格して主人公とくっつく最後は全くの予想外だった、な」


「……ああ、そう」


 もはや楽しめないほどにネタバレを喰らった斎藤は、再びテンションが下がって落ち込む。

 その空気を変えようと、夢咲が神奈に何を持ってきたのか聞く。だが神奈は気まずそうに顔を逸らす。それに何か嫌な予感がした夢咲だったがもう遅い、斎藤が期待の眼差しで神奈を見ていた。


「ああ……その」


「うん」


「……これ」


「……え」


 神奈が申し訳なさそうに机の上に置いたのは……泉と全く同じ本であった。

 泉と同じように読みたいと言っていた本を偶然見つけて購入していたのだ。迷わず買った神奈だったのだが、まさか誰かと被るなど想像もしていなかった。というか泉と被る最悪な展開になるのは想像したくなかった。


 斎藤がみるみると灰になって病室に吹いた風で飛ばされていく……そんな幻覚を文芸部員達は見た気がした。



 * * *



 宝生小学校へいつものように生徒が登校し、教室が徐々に賑わっていく。

 神奈は教室に着くとすぐに自分の席に座り、朝のホームルームにて夢咲が熱で休んでいることを知った。


 以前勢いで絶交したこともある神奈は夢咲のことをなんだかんだ気にかけている。

放課後お見舞いに向かった神奈は夢咲家のインターホンを押し、出てくれなかったので勝手に侵入する。これについては鍵が掛かっていなかったのと、勝手に入っても夢咲なら何も言わないだろうことを考えての行動だ。

 一人暮らしである夢咲が高熱を出すと命の危険すらありえるので、今の様子だけでも確認したかったのだ。知らぬ間に友達が熱で倒れて死ぬなど最悪の展開すぎる。


「入るぞ夢咲さん。熱は大丈夫か?」


 部屋に入ってみれば意外と元気そうな夢咲の姿が目に入った。

 ベッドに座って読書しているなら熱は大丈夫だろう。明日にでも学校に来れそうだと判断した神奈はホッとする。


「……はい」


 本から視線を移した夢咲はややぎこちなく返事する。少々目に怯えが宿っているが神奈は気付かない。


(そういえば……初めて会った日もこんな風にプリント届けに来たんだっけ。ちょっと懐かしいな)


「あの……」


 懐かしい過去を神奈が振り返っていると、夢咲が申し訳なさそうに言葉を掛ける。


「あなた……誰ですか?」


 一瞬、思考が停止した。


 小数点の話は後から付け足した話。でも少し長くなって予想外です。

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