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【終章完結】神谷神奈と不思議な世界  作者: 彼方
一章 神谷神奈と願い玉
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7 友達――コミュ力は最強の力――

2023/10/26 文章一部変更+会話文追加










 あの藤堂零の一件から三日経つ。

 藤堂が消滅して日常に戻ってから、笑里は悪霊の話を全て風助から聞いた。


 全ての事情を知った笑里の一言目は『神奈ちゃんって強いんだね!』だ。

 日頃守ってくれていた父への感謝はその次である。


 神奈は風助を不憫に思う。愛する娘から自分の働きに対する感想が後回しにされたことで、ショックを受けて三日間膝を抱えながら俯いているのだ。現在進行形で落ち込む彼が回復する兆しはない。


 何はともあれ一件落着して笑里の元気が戻り――すぎた。


 ――二日前の出来事。

 いつものように公園で遊ぶために神奈達は集まる。だが危険性を伝えられたため夜見野公園には行くことがない。近所にあるアサリ公園という場所で集まる約束をしていた。


「神奈ちゃん!」


「ん、おお笑里待ってたぶぐっ!? え、なんで殴るの……なんかしたっけ私……?」


 先に到着した神奈に、後から来た笑里の拳がめり込む。

 急に殴られたことに驚きつつ、頬を押さえながら神奈は何をしたか考える。


「昨日テレビで見たの! 仲良くなりたい人とは殴り合うのが一番早いんだって!」


「いやそれは漫画とかだけの話だろ。おいちょっと待て、拳はもう振り上げるな」


 告げられた殴られた理由は頭を抱えたくなる程バカらいい理由であった。

 笑里の攻撃程度なら痛くないし、悪気がないなら許す気にはなる。しかし殴られるのは痛みがなくても嫌悪感があるのが当たり前だ。もしも嫌悪しない者がいればそれは特殊な変態である。とにかく、神奈はもう彼女に殴られたくない。


「ところで今日は何するんだ?」


「かくれんぼしようよ、私隠れる方ね!」


「オッケー、じゃあ後ろ向いて十秒数えるよ。一、二、三」


 公園に生えている木と向かい合い神奈は十秒数えていく。


「八、九、十! かくれんぼなんか久し振りだな……捜すか」


 アサリ公園内をくまなく捜したが笑里は全く見つからない。木の後ろも、遊具の隙間も、トイレの中も、捜せるところは捜しまわったが見つからない。

 時間が経って日も暮れてきた頃、かくれんぼ開始から一時間が経とうとしていた。

 どうしようかと考えていたとき神奈は後ろから笑里に声をかけられる。


「神奈ちゃん、もう時間も遅いし帰らないと。時間切れで私の勝ちだね」


「全然見つからなかったぞ。かくれんぼ上手いじゃん。どこにいたんだ?」


「えっとねーシジミ公園ってところの木の裏だよ」


「別の公園じゃ見つからないはずだよ! かくれんぼのフィールド広すぎない!?」


 シジミ公園はアサリ公園から三キロメートル以上離れた場所である。普通に考えて別の公園に隠れるなんて、常識ある子供の発想ではない。わざわざ三キロメートル離れた公園に隠れる子供など笑里くらいなものだろう。

 この様に彼女の思考はぶっ飛んでおり、少し遊ぶだけでも精神的疲労が出る。


 母親の里香が告げていたように笑里の性格は元が活発。それが神奈の予想以上だったというだけだ。風助が死んだから酷く落ち込んでいただけで、再会を果たした今はすっかり元に戻っている。おかしいことではなく自然な反応なのである。そう、彼女の頭が元からおかしかっただけだ。


 変わってしまった笑里を思い出すのを止めて神奈の意識は現在に戻る。


 教室の窓から射す陽の光で机周辺が温かくなるなか、神奈は教師が話しているにもかかわらず上の空状態だった。視線は教師にバレないように笑里の方へと向けている。


 笑里は真面目に聞いているように見えるだけで、手元にあるノートに落書きしている。席が二つも右にあるとはいえ、目を凝らせば神奈にもそれが見える。ぐちゃぐちゃというか、もじゃもじゃというか、アフロのような髪型をした男を書いていた。

 

(アフロのオッサンの絵をノートだけじゃ飽きたらず、教科書にまで書き出した。ああ、頭痛い。私の友達になるやつは、どうしてこんなにもおかしいやつらなんだ。これからの付き合い方を考え直さなきゃいけないな……)


「神奈ちゃーん。先生が今言ったことを言ってみてくださあい」


「すいません。聞いてませんでした」


「ちゃんと集中して聞いてくださいねー」


 全く集中していなかったことに対し神奈は教師から注意される。

 割といつものことなので、神奈のせいで教師はもう一度話を繰り返す。


「近頃、この町では女性が攫われている事件が多いんです。だから寄り道しないで、遅くならないように帰るんですよー」


 教師の言葉を聞き流し神奈は学校について考える。

 ここ宝生(ほうせい)小学校には個性的な生徒が多い。それは幽霊が見えたり、大富豪の娘だったり、熱血すぎる男子だったりだ。個性という点から見れば、神奈も前世の記憶持ちという点が個性にはなるだろう。魔法を使う修行のため学校をサボっていたなど、実は神奈の前世も大概頭が痛くなるようなものだったりする。


 次に考えるのは友達についてだ。

 友達が少ない。いないのではなく少ないのだ。普通に喋ったりする生徒はいても一緒に遊ぶのは笑里しかいない。友達の括りに腕輪を入れても二人しかいない。


「神奈ちゃーん! 聞いていましたかあ!」


 別に寂しいわけではないが少し危機感を感じていた。このまま学校の友達が笑里だけなんてことになるのか、それとも新しい友達を作れるのか。


 全ては神奈が行動するかしないかの結果によるだろうが、前世の影響で微妙にコミュ障な神奈が自ら動くなど夢のまた夢。もっとも最近は完全に陽キャラの笑里に影響を受けて若干改善されつつある。


「もお! もお! ちゃんと聞いてくださいよお! これ結構重要で聞かないと危ない話なんですからねえ!」


「分かっていますよ先生。ちゃんと聞いていましたから」


 否。一文字も耳に入っていない。


「そうですか? ならいいんですけど。はぁい、というわけでみんなー。さっき話した怖い人には気をつけて帰ろうねえ。友達と一緒に帰るなら先生も安心だなあ。それじゃ、さようならー」


 教師が帰りの挨拶をすると、生徒のほとんどが「さようなら」と返して帰っていく。

 下校といえば、最近神奈は帰り道が途中まで一緒の笑里と下校している。いつものように教室から、校門からも出ていき、いつもの帰り道を笑里と共に歩く。


 帰り道。笑里が突然数メートル前にいる少女に話しかけた。


「ねえ、才華ちゃんだよね! いつも車で帰ってる!」


 ――藤原(ふじわら)才華(さいか)

 黄色い髪という神奈の前世では考えられない髪色のゆるふわパーマ。子供だが引き締まっていて整っていると思わせる顔立ち。彼女の親は世界的に有名な会社を経営しているらしく大金持ち。ついでに学力優秀、運動神経抜群と非の打ち所がない生徒だ。


「え、うん。そうだけど……秋野さん?」


「うんそうだよ? それより偶然だね、途中まで一緒に帰ろうよ!」


「えっと、分かったわ。こうやって元気な状態で話すのは二回目くらいだったかしら……」


「友達じゃないのかよ」


 才華は少し固まった後で共に帰ることを承諾する。

 二人の面識は驚くほど少ない。クラスメイトであること程度しかお互いに知ることはない。あまり知らない人と一緒に帰ろうと言える笑里のコミュ力が高すぎる。そして一緒に帰ることを承諾した才華もコミュ力が高い。二人のコミュ力はすでに神奈を遥かに超えていた。


「私は神谷神奈、よろしくな」


「藤原才華です、よろしくね」


「秋野笑里! 好きな食べ物はケーキとか甘い物! 嫌いなものは特にないよ! 将来の夢は――」


「別に誰もそこまで詳しく訊いてないだろ」


 急に笑里が詳しい自己紹介をし始めたので神奈は制止させる。


「えっと……私の好きな食べ物はココアシガレット、嫌いな食べ物は油の多い肉類かな?」


「別に答えなくても……ココアシガレット? あのタバコもどきだよな、好きなの?」


 意外な答えが返ってきたので神奈は少し興味を持った。

 ココアシガレットなんて、子供が好物を答える時に言うものではない。いたとしても少数派なのが確信できる物だ。嫌いな食べ物の方も子供らしくない。ピーマンなどの野菜が定番なのに、好きな者が多いであろう肉類だと答えたのだから。


「パパが勧めてきたのが最初だったの。タバコが吸えなくてもココアシガレットで代わりになるから、威圧感なんかの足しになるぞって」


「変な理由で自分の子供に何勧めてんだそのお父さん」


「嫌いなものがお肉って本当? 私は大好きだよ?」


 子供らしさでいえば笑里が圧倒している。常識外れな行動を除けば子供そのものである。だがそれとは真逆に才華は周囲より大人びていた。大金持ちの娘ということで、他者より多くの経験を積んでいることが理由だろう。


「体型を維持するためにそう教え込まれてるのよ。相手によっては太っていると交渉の時に不利になる可能性があるからって」


「藤原さんのお父さんは少しおかしいな!?」


「言ってきたのはママだよ?」


「どっちもかよ! なんで子供のうちから交渉だとかの準備させるの!?」


 交渉や威圧感など仕事のことで頭の中が埋まりすぎである。

 自己紹介を終えた才華は隣を歩く笑里に目を向ける。じっと見ていたかと思えば目を逸らすということを繰り返す。何か思うところがあるのだと誰にでも分かる。


「才華ちゃんどうかしたの?」


 誰にでも分かるということはあの笑里でも分かる。


「あ、ごめんなさい。……その、本当に秋野さんなのよね? 以前までの様子と違う、というより以前に戻ったみたいで」


「安心しろよ、差が酷すぎて私も疑ってるから。……思い出した。笑里が落ち込んでから今まで、藤原さんってこいつのこと気にかけてくれてたよな。授業参観のための作文用紙渡した時とか」


「……何も、出来なかったけどね」


 過去落ち込んでいた笑里に才華は何度も話しかけようとしている。あからさまにおかしい様子をどうにかしたいと、正義感のようなものが幼い体に渦巻いていたのだろう。しかし大切な家族を亡くした少女に話しかけてもどう話を広げていいか分からず、話をしても反応が悪すぎる。結局のところ才華が出来たことは何もない。

 何も出来なかったせいで才華は無力感に苛まれている。


「神谷さん、あなたなんでしょう? 秋野さんを助けたのは」


「……さあな。私がしたことなんて大したことないんだ。私が助けたなんて胸張って言えないよ」


 実際神奈がしたことの影響は微弱なものだ。

 仲良くなろうとしても根本的な解決にはならない。なまじ風助が見えていたせいである意味才華よりも無力さを感じていた。


 根本的な解決に導いたのは神奈ではなく、藤堂の襲来と偶然の産物。

 複雑な事情を知る由もない才華は、神奈こそが全てを解決した救世主だと思い込んでいる。


「それでもあなたは、私より多くのことをして――」


「才華ちゃん」


 言葉を遮って笑里が才華の名を呼ぶ。


「な、なに……?」


「ありがとう!」


 そして満面の笑みで感謝を告げる。

 才華はどうして感謝されるのか分からず戸惑う。


「な、なんでお礼なんて……私はなにも」


「そんなことないよ。だってよく分からないけど私のこと心配してくれたんだよね? ならお礼を言うのは当たり前だよ。ありがとう。これからは心配かけないよう頑張るね」


 呆然とする才華の左肩を神奈は叩き、振り返る彼女に微笑む。


「こういう奴だ、諦めて感謝されとけよ。きっと気が楽になるぞ。今がいいならそれでいいだろ?」


「……そうね、今がいいならいいわよね。気負わないなんて厳しいけれど、感謝を受け入れることにするわ」


 諦めたように笑う才華は笑里に向き直る。


「秋野さん、元気になってよかったわね。これから仲良くなれると嬉しいわ」


「なるなる! 友達になろうよ!」


 そう言いながら笑里は拳を振り上げる。

 神奈は以前のことを思い出し、まさかと思いつつ念のため振りかぶっている腕を掴む。


「殴ろうとするなって。お前マジでシャレにならないからな」


「えー、殴り合いしたいよ。仲良くなりたいもん」


「だからそんなことしなくて大丈夫だっての!」


 まだ笑里は少年漫画のような迷信を真に受けている。

 拳を止めなければ絶対才華と友達になれなかったと思う。


「だいたい仲良くなりたいなら……」


 ――ドサリと人が倒れる音がした。

 なんの音か確かめるべく神奈が振り返ると、先程までおかしなところは何もなかったはずの才華が道路に倒れていた。


「ふ、藤原さん? どう……し、あれ、なんだこれ……」


 いつの間にか神奈達の周囲に粉のようなものが舞っている。

 白い粉は風に乗って舞い上がり、鼻などから体内に侵入していく。

 それが原因で起こる症状は強烈な――眠気。


「すかー、すかー」


 笑里は早くもいびきを掻いてすでに地面で寝ていた。

 いきなり睡魔が襲ってきた原因は白い粉だと神奈は睨む、というかそれしかない。神奈自身もそれには逆らえず、瞼が閉じそうになるのを堪えるのも長くは続かない。やがて神奈含めた三人は道端で寝てしまった。




 * * * 




 体が揺れて叩きつけられたような感覚で神奈は目が覚める。

 見渡してみると、手入れがされていない廃ビルらしき場所だった。


 誘拐という言葉が頭をよぎる。

 心当たりならある。普段は一緒に行動しない藤原才華の存在だ。

 大金持ちの彼女を身代金目的で誘拐する人間がいてもおかしくない。


 少なくとも今回の件は誰か悪人の仕業に違いない。

 眠りへと誘う粉が偶然飛んでくるわけないし、眠る神奈達を廃ビルへ運んだ何者かの仕業だろう。ご丁寧に両手両足を縄で縛っているので、善意で歩道から運んでくれたわけではなさそうだ。善意なら縛らないし廃ビルに運ばない。


「起きたのね神谷さん」


 既に目覚めていた才華が神奈に声を掛けてくる。


「藤原さんも起きていたのか。……この状況をどう思う?」


「誘拐でしょうけど、可能性は二つある。申し訳ないけど藤原家の財産を目当てにした私狙いか、先生が言っていた件か。どちらにせよ、逃げられるなら逃げた方がいいわ」


「え、先生なんか言ってたっけ。全然聞いてなかった」


「……神谷さんって先生の話いつも聞いてないわよね。今日先生が言っていたわよ、最近女性が攫われる事件が多いから気を付けてって。……秋野さんはずっと寝たまま起きないわね。逃げるなら起きてほしいところなんだけど」


「随分冷静だな。もしかして誘拐慣れてる?」


「五十回を超えてからは数えていないわね」


 心配そうに笑里を見守る才華をよそに、神奈は強引に手足の縄を千切っていた。いつでも脱出可能である。


 誘拐犯は相手が悪かったのだ。

 チートじみた身体能力で神奈は余裕で脱出できる……一人ならばの話だが。


 現在は三人で捕まっている。いくら神奈が強くても二人を抱えて脱出は厳しい条件だ。脱出自体はできるだろうが、誘拐犯が攻撃してきたときに二人が犠牲になるかもしれない。とりあえず脱出する機会を神奈は待つことにする。


 そして待ちの姿勢に決めた神奈の耳に、廃ビル内に響く足音が聞こえてくる。


「しっかし簡単な仕事だよなあ。誘拐なんて粉で眠らせて運べば終わりだもんな」


「ああ、しかもこれで一人につき三十万円も貰えるんだ。最高だぜ」


 二人の男の会話から神奈達は何をされたのか理解する。

 いくら体がチート染みているとはいえ睡眠というのは人間の三大欲求の一つ。逆らえるはずもない。


「俺さ、今回の仕事が終わったら家を出てった女房に会いに行くんだ。あの時は仕事が見つからなくて金もなかったけど、今はこの仕事で稼いだ金があるからな」


「へっ、いいじゃねえか。お祝いさせてくれよ」


(全然良くないだろ。別れた奥さんに犯罪で得た金を渡すどこが良いことなんだよ。お前らが最初に行くべきなのは警察署なんだからな? あとなんで死亡フラグを立てた?)


 コツッコツッともう一つの足音が神奈の耳に届く。

 誘拐犯二人が廃ビル奥に目を向けると、奥の方からもう一人の男が出てくる。

 彼の服装を一言で表すなら吸血鬼のコスプレだ。黒いマント、八重歯、尖った耳、赤い瞳、さらには蝙蝠のような羽。コスプレの衣装も容姿のおかげか様になっている。


「ほう? 今日は三人か、全員幼いのは我慢してやろう。さあ報酬をやるからこっちへ来い」


「へっへっへ。ありがとうございます、さあてと……」


 下卑た笑みを浮かべる男が近付いていくこの時点で、神奈には男がコスプレイヤーに殺されるということを感じ取る。殺したいという感情が殺気となり部屋に充満して、神奈に伝わってくるのだ。吸血鬼のコスプレイヤーは並の人間ではないと直感した。


「三十、六十、九十万……百二十万! こんなに貰っていいんですか?」


「ああ、手切れ金としてな。もう頼むことはない。お前達はここで死ぬのだから」


 鋭く空気を裂くような音がした。

 誘拐犯の片割れはあっさりと胸を貫かれ、倒れると動かなくなってしまう。

 吸血鬼のコスプレイヤーは貫いた男を面倒そうに放り投げる。それは神奈達の頭上を越えて、車が走るような速度で壁に衝突した。投げられたのが相当な速さだったので腕などがありえない方向に曲がっている。


「ひっ! い、嫌だ! く、来るなあああああうぐっ!?」


 もう一人も悲鳴を上げながら貫かれてしまう。

 赤い血液が水溜まりのように地面に溜まっていく。


 平然と殺人を犯した男は異常な瞳をしている。

 赤い瞳は他人を家畜のように見下しているような目だった。

 男は突然屈み込み、その床に溜まった血に顔を近付けていく。そして床寸前のところで止めると赤い舌を出して血だまりを舐め始めた。


「……ひっ、あの人……なに、してるの?」


「うーん分からんけど精神異常者に間違いないな。ああいうキモいバカが犯罪行為を加速させるんだよ。犯罪社会を作るのはああいう奴なんだよ、頭がおかしい奴な」


「なんでそんなに冷静なの……?」


「いや、なんか一周回って冷静になっちゃって。さすがの私もあれに対しては引くしかないし」


 粗方舐め終わった男は立ち上がり、赤い瞳で神奈達を睨む。


「やはり男の血は臭いし不味い。だが女は別だ、芳醇な香りと濃厚な味がある。捕えてきたお前たちも吸わせてもらおうか……その、生き血をな」


 面倒そうな顔をすると神奈は立ち上がり、男を見据える。

 彼は多少驚きはしたものの、大した問題と見ていないらしく鼻で嗤う。


「なんだ、まともに仕事もできないのか。下等生物はこれだから困る。おい、無駄な抵抗はやめておけ。結局死ぬことになるのだからな」


「下等生物って、お前が人間じゃないみたいだな」


「そうだとも、俺は偉大にして全種族の頂点の吸血鬼だ! お前たちはこの俺の食糧にすぎない。いずれこの世界をこの俺が支配し、吸血鬼を繁栄させて楽園を作り出す! そして……っておい何だその可哀想なものを見る目は!?」


「……自分を吸血鬼と思い込むとか恥ずかしくないの?」


 男は重度の厨二病のようだ。しかも自身を空想上の生物である吸血鬼だと思い込み、コスプレまでしている。ただのコスプレイヤーで厨二病ならいいのだが、犯罪を行うとなれば話は変わる。妄想と現実の区別も付かない愚者としか言えない。


「本物の吸血鬼だ俺は! 見ろこの羽と牙、あと尖った耳!」


「あーえっと、よく作られた玩具だな」


「節穴かお前の目は! なぜ頑なに信じない!?」


 信じるわけがない。魔法は実在しても、吸血鬼なんて空想上の生物。目前の男など、神奈の目には出来の良い衣装を自慢するコスプレイヤーにしか見えない。


「神奈さん、彼は正真正銘吸血鬼ですよ」


 全く信じない神奈にそう告げたのは白黒の腕輪だ。


「お前まで何を言い出すんだよ。吸血鬼なんて存在するわけないだろ」


「一応ここ、魔法があるファンタジー世界ですよ? この世界には吸血鬼だけでなく、多種多様な種族が実在しています。宇宙人とか鬼とかがいるんですよこの世界には」


「……え、じゃあまさか、あいつ本物の吸血鬼なの? コスプレイヤーじゃなくて?」


 腕輪が言うのなら信じてみる価値はある。

 考えてみれば、魔法がある世界には高確率で人外が現れる。……ただ、本物の吸血鬼だとしたら神奈はガッカリせざるを得ない。勝手な幻想かもしれないが、吸血鬼にはカリスマがあって当然と思っている。しかしどうだろうか、目前の男からはカリスマなど微塵も感じない。


「ふ、どうやら理解出来たようだな。俺の恐ろしさをグヴェワ!?」


 したり顔で語りながら歩いて来た彼を神奈が殴り飛ばす。

 完全に悪人ということで神奈は反省も後悔もしていない。

 すごい勢いで地面を跳ねながら飛んでいった吸血鬼はなんとか足を地面につけ、少しよろけながらも勢いを止める。


 並の人間でないことは先程の蹂躙で神奈は分かっているため、もちろん手加減していてもほんの少し力を解放していた。それでもほとんどダメージがないことを確認し、力加減が難しいなと思い加減しすぎたのを反省する。


「な、なんだお前、本当に人間か? だがどうでもいいな。この俺に攻撃したことを後悔させてやる!」


 吸血鬼は地面を一蹴りして、三十メートルはある距離を一瞬で詰める。そしてそのままの勢いを利用し神奈の顔面に容赦なく蹴りを入れようとする。だが対応できない速さではないため神奈は咄嗟に腕で防御する。


「効かないな、これが全力なのか?」


「な、なんだと?」


 今度はこちらの番だと思い、神奈も蹴りを入れやすい場所に跳んでから吸血鬼の右頬を蹴ろうとする。

 吸血鬼もつい今しがたの神奈のように咄嗟に腕で防御した。……といっても両者の身体能力はかなり離れている。肉体の強さには自信を持ち、負けるなど思わない神奈が力をさらに込めると、鈍い音がして腕は直角に折れ曲がったので強引に顔面を蹴りぬいた。


 蹴り飛ばされた吸血鬼は壁に衝突し、衝撃で埃が舞い上がる。

 せり上がる血の塊を吐き出すと吸血鬼は引きつった笑みを浮かべる。


「き、効かんなっ、これが、全力か?」


「腕がありえない方向に曲がってるんですけど」


「……認めよう、お前は強い。しかしこの俺には勝てんな。この俺は偉大なる吸血鬼。傷を治すことなど朝飯前であり、折れた腕もすぐに元通り! 種族の差だよ、所詮人間は下等な生き物だ。万が一にも勝てはしなヴィスッ!」


「うるせえ! 余裕で勝てるわ!」


 神奈達は接近し、怒鳴りあいながら拳を互いにぶつけ合う。

 力は神奈の方に分があるので攻めていくが、吸血鬼は再生力が高く普通なら重症の怪我もみるみると治っていく。このままだと決着がつかないのではと疑問が出たときに、腕輪の声が神奈に聞こえた。


「神奈さん、もうすぐ二人はゴリキュアが始まってしまいますよ? 遊んでいる暇はないのでは?」


 二人はゴリキュア。夕方に放送しているテレビアニメであり、神奈は毎週わくわくしながら視聴している。少女達がゴリラの精霊と契約し、ゴリラに変身して、ゴリラを絶滅させる野望を持つ組織と戦うイカれた魔法少女アニメだ。


「え、マジか……ならすぐにぶっ飛ばすわ」


 テレビアニメ見たさに神奈は先程よりも強く殴る。


「ぬぐあああああ! バカな、今まで手加減していたとでもいうのかァ……!」


 最初から神奈は手加減しすぎている。藤堂のときももし殺してしまったらと不安に思い手加減していた。しかし吸血鬼は悪者で、人外で、欠片も生きていていいことなどない。もし生かして放置すれば大勢の人間が犠牲になる。それを見越した神奈は決着をつけるため、少し力を解放して殴ることにした。

 全力で殴らなかったのは単純に、全力を出してしまえば隅にいる二人にまで被害が出るからだ。


 連続で殴ることにより吸血鬼は再生が追いつかずに倒れ伏す。

 血塗れの状態だったがその目はまだ勝てると信じて諦めていない目だ。何かの策があるんだろうと神奈は警戒する。


「まだ、だ。まだ、あれがある」


 そして吸血鬼がポケットから出したのは青色のビー玉のようなものだった。


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