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第一章⑧ 晩餐会の外で、女騎士と(後)


 俺はこれまでのペレネの活躍ぶりを振り返りながら、


「俺としては、さ。お前にはもっと自分を大事にしてもらいたいと思ってるんだよ。いち騎士としてじゃあ、それが一向に果たされないと思ってな。全軍をまとめる立場になれば少しは変わるんじゃないかと」

「そんな私的な事情で……。そもそも私は、既に騎士として国のために尽くす覚悟はできています」

「では聞くが、お前にとって騎士とは何ぞや? 職業か、地位か? あるいは憧れか?」


 ともすれば哲学的な問いかけに、ペレネは間髪入れずに自身の思いを言葉にした。



「――――生き様です。折れることの、朽ちることのない不滅の聖剣。時に敵を滅し、時に御身を脅威から護る……真っ直ぐな剣です」

「……」



 ……はあ。これだもんなあ。こっちがちょいと気を遣ったってのに、それを躊躇いもなく踏みにじる。まったく……子どもの頃から代わり映えのしない義姉だ。

 こうも淡々と答えられてはこれ以上丸め込むのは不可能だろうな。俺は両手を上げて降参の態度を示す。


「やれやれ……。相変わらずの頑固者だ。ちっとも揺るぎやしない」

「何かご不満でも? これほどあなたに忠義を尽くす変わり者なんて、私くらいのものと自負していますが」

「なにおう」


 とはいうもののあながち間違いでもないのが悩みの種だ。男連中はともかく城で働く女性陣の評価があまり芳しくないのが嘆かわしい。『十秒間見つめられたら妊娠させられる』なんて地味に凄い悪評が立ってるくらいだし。だいたい童貞がどうやったら妊娠させられんだよ。

 この流れだと俺の普段の生活態度にまた文句を付けられることは明白なので、先に言葉を発することで会話の主導権を握ることにした。


「だったらさ、そろそろ真剣に身を固めるくらいのことは考えたらどうだ? 考えただけでつい股を濡らしてしまうような男の一人や二人できたら、さしもの鉄壁の騎士団長様とて己の命も惜しくなるだろ」

「はあ……? 実はそういった見合い話も当然持ち上がってきているんですが、なかなか気を落ち着ける時間がなくて……」

「ほーう。なら会場に戻りたまえ、きっとお前に気のある殿方がわんさか待ち構えていることだろうさ」


 俺より魅力的じゃないのは当然として、中にはそこそこ顔立ちの栄える奴もいる。あと必要なのは相手の地位か。騎士団長と釣り合うとなると、侯爵家の跡取り息子くらいでないと務まらないな。そんな好物件がそうそういるはずもなく、実際はより取り見取りとはいかないはずだ。能力、人格、容姿、生まれ。これらが全て揃っていることはほとんどない。あ、俺を除いてね?


「というより、主が未婚だと私も身を固めづらいのですが……」

「正直すまんかった」


 ジト目でちくりと言われてしまった。マケオンみたいな皮肉ぶりだったな……。

 ペレネは自慢の金髪を触りつつ、うーんと唸り始めた。


「好意的なのは有り難いんですが、どうにも私の価値観とズレているんですよねぇ……」

「たとえば?」

「まず結婚したら私を戦場から引き剥がそうとする方が大勢います。『あんなのはキミみたいな美しい女性がいるべき場所じゃない』とかなんとか。私に一般的な妻としての生活を求めてくるんですよ!」

「はあ。けどそれ普通じゃね? 誰だって愛する者を危険な地へとむざむざと送りたくはないだろうし」

「だいたい私料理苦手ですし……。部屋の片づけもあまりやったことがありません。そういうのは従者が済ませてくれますから」

「あー、それは致命的かもなあ」


 第一貴族と結婚すれば儀礼的なイベントも多くなるし、騎士団長を続けるのは困難かもしれない。彼女もそれを知っているから見合いも全て断っているのだろう。

 いくらか酒が回って来たのか、普段よりも砕けた口調になったペレネが饒舌に続ける。


「あとは……よく彼らから贈り物を渡されるのですが……、そのどれもがドレスだったりアクセサリーだったり、とても私には似合わないだろう代物ばかりでして。……私は、騎士なのに」

「似合わないってこたあないだろ」

「けれど、そういうところからつい分かってしまうんですよ。地位とか、容姿とかばかりで、私のことを見てくれていないんだなーって」


 女性であることよりも騎士として見られたい奴だからな、こいつ。こんな難儀で珍種な女だとは他の男達も思うまい。

 この国全ての女性は余さず俺のものだが、これまでペレネに粉をかけてきた男達のことはちょっとだけ気の毒に思う。うん。贈り物はその人に合ったものにしようね。じゃないと質に入れられちゃうゾ☆


 するとペレネが何やらチラリ、と俺の顔色を窺ってくる。何だよ?


「……王様なら何を私にプレゼントしてくれますか? 私の何かの記念日のとき、何を……」

「え、うーん……そうだなぁ」


 彼女の喜びそうなもの……と、俺を試すかのような問いかけに頭を悩ますこと十数秒。思いの外すぐ答えが出た。


「ペレネに宝石を贈るくらいなら、そうさな……その費用を全額軍備に充てた方が喜ぶだろうな。装備の一新とか」

「それはいいですね! 兵たちも大喜びします」

「個人的には……香油とかどうだ? 最近王都で流行っているそうじゃないか」


 戦力の増強には顔をパッと明るくさせたペレネだが、香油の話をした途端僅かにムッとしたような表情になった。大方俺も『自分のことを女性扱いするのか』と疑っているのだろう。

 違う、と俺はその思考に待ったをかけて、


「ほれ。戦場で血生臭くて嫌な思いをさせることはあっても、良い匂いをさせて気分を害することはないだろ? 確かに戦場でのペレネは誰よりも『騎士』だが、凱旋すれば『女性』に戻るんだから、香油の一つ持っていても損はしない」

「…………!」


 俺は匂いフェチにも通ずる男だが、戦場だと匂う以前に全員臭いからな……。砦ならまだしも野営地ならまともに身体も洗えないときもある。そんな女性にも欲情する奴がいるなら握手したいね是非。

 だけど香油ならさして嵩張ることなく戦地まで持っていける。最近じゃ男にも常備してる奴がいるとか。


 俺の答えを聞いて嬉しいのか不満なのか、しばらく月を仰ぎ見ていた彼女の表情を確認することはできなかった。……だけど若干口角を吊り上げていた風に映ったのは、都合の良い想像だろうか。

 ペレネはふい、と俺の方を向き直り微笑みながら言った。


「……では、是非とも来年奮発していただきたい。我が王からの賜り物であれば、いかなるものでも頂戴致しましょう」


 最後の最後に、彼女はスカートの裾を持ち上げて、背筋を伸ばしたままスッと膝を軽く曲げた。それはまさしく、蝶よ花よと愛でられた少女のような振る舞いで――――



「――――豪華なドレスでも、アクセサリーでも」



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