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第一章⑦ 晩餐会の外で、女騎士と(前)


 セレスティア王女が訪問した日に催された晩餐会は、内々で行うものとは規模が違っていた。

 我が国自慢のシェフが腕を振るい、彼女にも親しみやすいよう帝国風の献立を盛り込んでいる。遠目に見るとセレスティアは満足した様子で舌鼓を打っている。


 そもそも参加人数が普段の比ではない。帝国との繋がりを持とうと貴族やらがセレスティアに群がっている。助け船を出すにしても帝国という看板を背負って来ている彼女に対し、そう易々と口を出すわけにはいかない。もう少し後になってからフォロー入れておくか。

 そして今のセレスティアと同じように、公の場で囲まれている人物に心当たりがある。いや俺もいつもなら「エロス王様ぁ~!」と濡れた声で話しかけられるし? 今日はちょっとフェロモンが少ないだけだし?


 心の中でそう念じながら、件の人物を探すべく周囲を窺う。けれど『彼女』の姿が会場内のどこにも見当たらなかった。おかしいな、いつもなら慣れないドレスを着て、恥ずかしそうにしながら貴族たちの相手をしているのに……。

 会場内にいない……。となると彼女が行きそうな場所はだいたい見当が付く。


 俺はコンパニオンからカクテルの入ったグラスを二つ受け取り、それを持ってバルコニーへと向かう。いくつかあるうちの中で俺が向かったのは、半分ほどカーテンに覆われたバルコニーだ。いかにも一息入れるのにうってつけな感じ。

 カーテンを少し真横にスライドさせると、お目当ての人物が夜風に当たり涼んでいた。金髪を美しく風で遊ばせている。


「――――ペレネ」


 俺は場内に風が入り込まないようサッと外へと出で呼びかける。するとペレネは僅かにピクッと肩を上下させた。

 それから俺の顔を確認して、一言。


「なんだ、あなたでしたか」

「ちょっと失礼すぎんかねチミィ……!」


『なんだ』は個人的に傷付くワードトップ5に食い込んでいる。理由は落胆がシンプルに伝わってくるから。気を付けてよねホント。

 他に従者がいれば叱責の一つしてやるが、幸い俺たちは会場とは隔絶されたバルコニーにいる。ペレネもそれを前提としての言葉遣いだろう。

 俺はペレネにもう片方のグラスを手渡す。それを軽く頭を下げて受け取り、そのまま口を付けた。


「……感心しないなあ。公の場で他と言葉を交わすのは大事な公務のはずだが」

「そう言われましても、同じことばかり尋ねられると逃げ出したくもなりますよ。『休日の過ごし方は?』『ご趣味は?』なんて、対応もいい加減パターン化してきました。はあ、これなら戦場の方がよほど気楽ですね。煩わしさがない」

「贅沢言ってら。そりゃお前くらいになるとより取り見取りだろうけど、そんなんしてるといつの間にか生き後れになるぞ? うちのメイド長を見ろ、高嶺の華だなんだと持て囃され続け、今じゃ四十越えても独身なんだぞ?」

「うーん……、私はどちらかと言えば、選ぶよりも選ばれる側に在りたいですね。この人だっていう殿方から交際を申し込まれたい、なんて」

「はは。乙女みたいなこと言ってるぜこいつ。中身バスターゴリラなのに」

「は?」

「すみません」


 物凄い剣幕だ……。眼だけで虎くらいなら失神させられるんじゃないか?


 防音がしっかりしているため、会場内の騒ぎはほとんどここまで漏れてこない。眼下には市街に住む者達の光で溢れている。時折夜風がフッと吹き抜け、アルコールで上気した肌から熱を少し奪っていく。

 俺は夜景を楽しみながらグラスを傾けていると、ペレネがちょっと距離を上げて隣に移動してきた。


 あの、と躊躇い口調になって、


「以前からお伺いしようと思っていたのですが……、何故私を騎士団長に?」

「今さらだな。就任して既に一年半は経っているぞ?」

「聞くに聞けなかったんですよ……。いきなりの人事で、帝国との小競り合いも頻発していましたから、そう簡単に役職を投げ出すわけにもいきませんでした。ですが今なら多少の余裕があります」


 騎士団長に任命したときペレネは22歳だった。我が国はおろか他国でも類を見ない、最年少の就任であったことだろう。

 当時既に『竜殺し』としての威光と数々の実績を積み上げてきた彼女を差し置いて騎士団長の椅子に座る者は他にいない。けれど皆が皆認めたかと言えばそうじゃない。若いというだけで反論の声が相次いでいた。


 相当の重圧があったに違いない。その点に関しては謝るべきだろうが、俺はこの選択を間違いと認識したことは一度たりともない。

 俺はちょっとだけ間を置いて、言葉を選びながら口を開いた。


「そうだな……理由はいくつかある。まず第一に、お前に居並ぶほど実績のある騎士が他にいなかったことか」

「強さを選考基準とするならば【火】の軍団長でもよかったのでは? 【火】の軍は猛者だけで構成された少数精鋭部隊。その軍団長は代々軍内で最も強い者が務めてきたはず」

「そこにはいずれ別の奴を据える予定だったからな。そう繰り返し頭を変えるわけにもいかん」


 まだ納得する気配を見せないペレネに対し俺はさらに言葉を重ねる。


「次に女性はあまり戦場に出るべきじゃない。捕らえられたとき最も苦しむのは女性だからな。身代金も相当要求されるし、敵国にどのような非道な真似をされるか分からない。だが騎士団長ともなれば、最前線に立つことは必然激減する」

「それは男女差別です」

「差別して何が悪い。誰が入れ知恵したのか知らんが、昨今は男女平等を謳い過ぎだ。男が前に立ち、女性がそれを後ろで出迎える、それでいいじゃないか。お前のように男より強い騎士なぞ例外中の例外だ。それに女性は定期的に動けなくなるからな。長期間戦うことを余儀なくされる兵士には本来不向きだ」


 こういうことを言うと「デリカシーがない!」と憤慨されるんだよなぁ……。いやでも事実じゃん、と言ってやりたい。事実から目を逸らして苦しむのは結局本人なんだから、危険の芽は予め摘んでおくべきじゃん。

 ペレネはきゅっと自分の右手を握り締め、何やら強く念じるように目を瞑った。



「それでも私は――――壁の華として君臨するよりも、いち騎士として護国の剣となりたかった……!」

「…………」



 悲痛な叫びに俺はすぐに声をかけることができなかった。

 騎士団長の仕事とは、とどのつまり部下たちに『死んで来い』と命じること。いくら言葉を濁そうともこの事実だけは変わらない。


 ペレネが少しでも被害を減らそうと策を巡らせていることは重々承知している。部下たちの評判も専ら好意的だ。同胞を失うことをペレネは誰よりも恐れていることが伝わった結果だろう。

 しかしできることなら彼女は最前線で戦い続け、自らの手で犠牲をなくしたいと考えているはずだ。後方で戦局を見ることの多い団長よりもよほど肌に合っていると。


 不平不満を滅多に漏らさない彼女からのそれに対し、俺が今できるのはなるべく真摯に答えることだけであった。


「――――……すまん」


 だがそれよりも先にまずは謝るべきだろう。別にどちらが悪いというわけでもないが、男女が衝突したときはどうあれ男の方が先に頭を下げるべきなのだ。あくまで持論の範疇だけど。


「え……っ」


 と、ペレネが狐につままれたような表情を作る。なんだその顔は。俺が謝罪を口にしたのがそんなにおかしいか。

 実際それは深々と頭を下げるようなものじゃなくて、言葉にして紡いだだけの簡素なものだった。けれど俺は普段から自らの非を認める言動を極力控えていたから、その分驚きが湧いてきたのかもしれない。


 王とは国の顔であり、その王が頭を下げるということは全国民の意思を反映させることにほかならない。大げさかと思われがちだが、事実王様の言動は決して軽くない。相手が強大な帝国であれ、俺はへりくだるような真似はしない。代表としての矜持を常に抱えて過ごしている。


 ――しかしここは喧騒から離れたバルコニー。俺の行為を書き記す者は不在。ならちょっとくらいいいじゃないか。



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