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第一章⑥ 女湯での語らい(後)


「ここの浴場も広いですが、市井にあるテルマエはより広々としていると耳にしました。それは真なのでしょうか?」

「えぇ。つい数年前に一般開放しまして、料金もかなり押さえているため連日人が途切れないそうですよ」

「数年前、というとエロス六世の施策なのですか?」


 結局ここに戻ってしまう。私とペレネさんの共通項と言えば性別を除けばエロス王の話題くらいしかない。ツバキさんのときは弾まなかったから不安ではあるが。

 他人が話題に挙がると大抵その人の愚痴になるらしい。だが相手は一国の王。非難すれば国際問題になりかねない。だから当たり障りない褒め言葉を並べるほかないが、どうも淡々とした風になってしまう。それで会話が弾むわけがない。


 ある種賭けであったが、ペレネさんは微かに表情を綻ばせて語った。


「我が王は国民の衛生について深く思慮しております。温泉施設の創設は病気の発生率を著しく低下させました。その他にも公共事業を積極的に実施し雇用を増やし、農具の無償貸出も行っています」


 へえ、と感心する。若くして為してきた施策の数々に、ではない。そんなことは予め調べてきてある。あいつが優秀であることに疑いの余地はない。人格に問題ありだけど。


 私が感心したのは臣下に尊敬されていることだ。私も王族の端くれ、真に忠誠を抱いているかどうかくらい見分けられる。ペレネさんのそれは紛れもなく本物だった。

 噂だとペレネさんもエロス王にセクハラされていると聞いてたから、てっきり嫌っているとばかり予想していたけど……。


 今度はペレネさんに代わり私が彼女の背中を流す。かなり反発されたが何とかポジションをキープできた。


「……そう言えば、ペレネ卿はエロス王と幼少期からの親交があると伺っています。それはお家絡みですか?」

「はい。私の家は代々王家に仕えていまして、特に父は先代王と関わりがあり、自然と現王と知り合うことになりました」

「こう言っては何ですが、さぞ奔放な方だったのでしょう?」

「ええ、それはもう。茶目っ気が服を着て歩いているような方で……。それは今も変わりなく。王女様にもひどく迷惑をおかけしていると聞き及んでおります。公人を代表して謝罪させていただきます」


 ははは、と笑い声が漏れる。いつの間にか肩の力が抜けて、自然体で話せている気がした。

 ツバキさんのときはあまり効果がなかったけれど、ペレネさんには有効だったらしい。長年の付き合いとなればあいつにも思うところがあるだろう。


「我が王があのように振る舞うのは自国だけで、他国と接するときは比較的誠実なんですよ? といってもそれは相手のほとんどが男性の文官だからかもしれませんが」

「どこも女性は重用されづらい環境にありますからね……。あら、でもペレネ卿は騎士団の頭目を務めておいでではありませんか」

「……いえ私なぞ。分不相応な立場を賜っているばかりで、見合った働きができているとは到底思えません。我が王の期待に応えようと日々研鑽を重ねているのですが中々」


 ……だけど意外なのは、やはり彼女がエロス王に悪感情を抱いていないことだ。悪ガキをそのまま大人にしたような男に、本来生理的嫌悪感を抱いても不思議じゃないのに。

 もちろん口では不平を語っていることもあるが、そのだいたいは微笑ましいものを振り返るような声音である。あるいは仕方のないことと割り切っているのか。


 身体を洗い終え、お互いに長髪をまとめ上げて結う。それからそっと湯船に浸かる。全身に広がるような熱さが心地良い。


「へえー、だけどそんなドラゴン、いったいどのようにして斃したというのですか? 小さなお城ほどの巨躯を持ち、強烈なブレスを放つのでしょう?」

「今より遥かに未熟者であった私は、到底独力では届き得ないことを察しました。しかし悪竜を討たねば国の大事に繋がります。そこで――――むっ」


 竜殺しを為した当時の出来事を分かりやすく語ってくれていたペレネさんは、不意に立ち上がりその美しい体躯を晒し出した。わっ、同性の私でさえちょっとドキッとしちゃったよ……。

 すると彼女は浴槽ふちにある風呂桶を手に取り、出入り口に向けて何やら投げる体勢を取っている。私は動かないようにペレネさんに制されて、ただ茫然と一連の行動を眺めるしかない。


 まさか敵襲!? このエロイッサム城で!? 否応なしに緊張感が高まる。

 偶然にも私が生唾を呑み込んだのと、扉が勢いよく開け放たれたのは同時だった。


「王女と騎士団長が入浴してると聞いてごおおぉおっ!?」


 そしてそれを見計らった風に、ペレネさんは手にしていた桶を見事突入してきた男――というよりエロス王の顔面に命中させていた。何やってんだこいつ……。

 エロス王はそのままひっくり返り、「きゅう」と唸って動かなくなった。多分頭を打って気絶したんだろう。


 突発的なことだったにも拘わらず、ペレネさんは以前落ち着き払った態度のまま、静かにため息を漏らした。そして私の方へと向き直り、


「我が王が働いた不敬、本人に代わって深く謝罪します」

「え、あの、はい……。ていうか気付いていたんですか?」

「はい。薄っすらと聞こえていた足音が完全に王のものだったので」


 裏を返せば足音で分かるくらいに同じことを繰り返しているということだ。

 本当に何をやってるんだこいつは、と呆れを通り越し、私はぎこちない乾いた声しか返すことができなかった。



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