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第一章④ ばいばい脱童貞式


 国を預かる者として王族は幼少期から様々なことを学ばされる。その中に女性に惑わされぬよう、セックスに耐性を作る機会があるのだ。暦表に花丸付けてたくらい、当日がワクワクでたまらなかった。

 待ち望んでいたその日は、しかし俺にはやって来なかった。何故ならその実践練習の直前に、俺の父――エロス五世が死去したからである。


 当時第二王子だった俺はそのまま即位し、若干十三歳にして一国の主となった。

 国民の混乱を収めたり帝国との小競り合いを処理したり……多くの難関が立ち塞がったものだ。当然待ち望んでいた脱童貞式も先送りとなり、機会を逃し続けて今の状態(童貞)に至る。


 童貞なんて一刻も早く捨てたいのはマウンテンマウンテンだが、二十歳を過ぎると無理やり捨てるのが惜しくなってきたのが困り種だ。『初めては好きな子とが良い』なんてオナニー始めたてのガキみたいなことは言わないけど、俺史上最高と見定めた女に捧げたいくらいは思ってしまう。やっぱガキみたいだな。


「あーあ、さっさと正室見つけたいなぁ。スリーサイズは上からボン・キュッ・ボン! それ以外はお呼びでない」

「良い女と讃えられる方には総じて相手がおるものです」

「そうだ! いっそのこと立候補制を採用してみよう! 『俺の妻になりたい人、この指とーまれっ!』みたいな感じでさ! あーもう指の本数足りるかなぁ。もしかして他国からも流れてくるかもしれん! ウキウキ」

「世界中どこを探しても空を飛ぶ魚はいませんし、天駆けるモグラも存在しない……。つまりはそういうことですな」

「お前さっさと仕事戻れ!」


 いちいち否定的な合いの手を入れてくるマケオンを執務室から追い出して、ようやく静かな時間を取り戻すことができた。

 一息吐くために紅茶の入ったティーカップへと手を伸ばし、そこでほとんど液体が残っていないことに気付いた。淹れ直すか、と僅かに腰を上げた刹那、どこからともなくツバキがすぐ傍に現れた。


「紅茶であれば私めがお淹れ致しまする。少々お待ちを!」

「ん。頼む」


 フンスと気合の入った彼女は壁際に備え付けられたティーセットまで移動する。ツバキは茶葉を天秤ばかりへと載せ、一つ一つ丁寧に工程を踏んでいく。その所作はここで働くことになった当初とは雲泥の差だ。

 紅茶の完成を待つ間、俺は世間話くらいの感覚で話を振る。


「最近何か困ったことはないか?」

「とんでもございませぬ。城の者は皆良くしてくれますし、何よりエロス王に仕えるのは我が本懐。これ以上を望んでは罰が当たりましょう」

「うんうん。ツバキは良い子だなあ」


 他の部下もこのくらい崇拝してくれたらいいのに。特にマケオンとか。あいついっつも水差すからな。俺がオナニーしようとした瞬間にノックしてくるような奴だし。

 良い子扱いに動揺したのかカチャリ、とティーセットが音を立てた。


「お、恐れ多い言葉です……。それに良い子と言われるような歳ではありません」

「そうか? まだ十七だろ? それに子どもが皆良い子とは限らないんだから、素直に褒め言葉と受け取った方がいいぞ」.

「はい……」


 まあ俺がツバキくらいの歳頃には、既に王様だったから子ども扱いされまいと毅然と振る舞っていたため、良い子扱いなどされたことがない。そもそも王子時代はやんちゃ坊主だったしなあ。

 ツバキはどう反応すればいいのか困っているようだった。女子の困惑してる姿、良いよね……。悪戯心がくすぐられるというか。


 努めて冷静に俺は次なる話題に移る。


「ところで……セレスティア王女とはその後どうだ?」


 ピタリ、と彼女のサーブ用ポットを持つ手が停止した。

 それだけの動作で進捗具合がいかほどか察することができる。芳しくない、とツバキに言わせまいと、俺は先んじて笑いかける。


「いや、いいんだ。元よりツバキと彼女とでは身分に差があり過ぎる。それをないように振る舞え、と無理難題を押し付けてしまったな」

「いえっ! そんなことはございませぬ!」


 言った後で「しまった」と唇を噛む。一見彼女を庇う台詞だが、そうなるとツバキは意地でも結果を残してみせようと張り切るに決まっているのだから。それは彼女の人となりをよく知っている俺には予知できたことだった。

 ツバキはティーセットを一旦置いてこちらに向き直り、膝を折って頭を下げた。


「もうしばしお時間を頂戴できれば、必ずや勅命を果たしてみせますとも! どうか、どうか!」

「…………、」


 やれやれ、と肩を竦める。マケオンやセレスティアからぞんざいに扱われた方がまだ気が楽だったな。ツバキのような本来あるべき主従関係は、どうにも尻が落ち着かない。

 とはいえここまで昂然としているのだ、今さらお役御免を言い渡すわけにもいかない。


 だからたった一言、俺は彼女に対し諭す風にして告げた。


「分かった。ただ努々忘れるな? 意気込むのは良いが、あくまで自然体でいることだ。そうでなければセレスティア王女もやりづらかろう」

「はっ! 仰せの通りに!」


 やっぱり固いままじゃないか。少し笑いが漏れた。

 その後淹れてくれた紅茶は、以前とは比較できないほど美味しかった。



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