第一章③ 童貞王エロス
「不穏な動きを見せていたトワイライト国の動向はどうなっている?」
「王もご存じの通り、以前の小規模戦争があったのちピタリと動かなくなってしまったきり、拠点から動こうとしておりません。エロス王自ら出るまでもありませんが……」
「敵が動きを止めている場合、いくつかの理由が考えられる。まず撤退の準備をしているとき。次に拠点で何か揉め事が起きているとき。三つ目が援軍を待っているとき。もしくは天候などの好条件が揃うのを待っている場合の四つだ。撤退ならば深追いするな、揉め事ならば放っておけ、援軍も然り。慌てる必要はない。あるいは敵の間者が潜んでいる可能性もある、警戒しておくよう伝えておけ。それからこちらからの援軍として【土】の軍第四部隊を向かわせておくように」
「仰せのままに。では次に先月から遠洋で目撃されている海賊についてですが……」
「その件は確か海賊を【水】の軍として迎え入れろ、と通達しておいたはずだが」
「は。しかしその交渉で相手方からさらなる厚遇を求められておりまして、エロス王の判断を仰ぎたいとのことです」
「こちらが提示した条件を呑めないのであれば沈める、と脅せばよい。『貴様らの働き次第ではさらなる報酬を与える』とでも付け加えてやれ。これ以上奴らに時間を取られるのも億劫だ」
「そのように。次はエロイッサム女学院の共学化についてですが」
「それは考えるに値せん。却下だ却下」
「ですが年々生徒数も減少傾向にあり、学校経営に支障が出始めているとの声が届いております」
「特別予算を組んでやればよい。エロイッサム女学院は女性が真なる淑女へと成長するための機関だ。そこに不純物を混ぜてはならない」
「なるほど。それで本音は?」
「将来のハーレム候補生に虫けらを近づけるわけにはいかん! 全員処女のまま、俺の元へと届けるのだ!」
「お言葉ですが我が王よ、アンケートによりますと半数の生徒が既に経験がおあり」
「うわあああああああああ聞きたくないぃいいいいいいいいいっ!!」
マケオン法務大臣が放った衝撃の事実に耳を塞ぐ俺。国立エロイッサム女学院は生徒も教師も用務員も、果ては飼育されている動物まで女性で統一しているはずだが、どうして男と関係を持つことができたのか。マジで許せねえ。
俺の偉大さを伝える特別科目まで設定したというのに……。夜な夜な俺のことを思い浮かべてマスターベーションしてるはずじゃないのかよ。
「俺ってさ、普段は右手使うけどオ○ニーするときは左手使うんだよ。これ実質両利きじゃね?」
「くだらないこと言ってないで仕事してください」
職務の流れが一旦途切れるとともに、持続していた集中力も途絶えてしまった。時計を見やると事務仕事を始めてから二時間近く経過している。
俺は首の骨をコキコキ鳴らして、
「俺は少し休憩に入る。マケオンもそうするといい。あとここからは俺一人でできるから、キミは通常業務に戻りたまえ」
マケオンには俺の教育・監視業務の他に、法務大臣としての仕事を多数抱えている。そちらの方を疎かにされては拙い、という判断で下した思いやりのつもりだった。しかしマケオンは最近薄くなってきたらしい頭皮を触りながら、冴えない顔つきになった。
「何だその顔は? 言いたいことがあるのならはっきりと申してみよ」
「ではお言葉に甘えて……。エロス王が度々職務を放り出して女性の臀部を追いかけられては困ります故、私が離れるわけにはいかんのですよ」
「むむぅ……!」
どうやら先ほどセレスティア王女と会うために職務放棄したことを根に持っているらしい。俺と違ってマラの小さい男だまったく。
仕方なし。頑固おやじにここは一つ持論を説いてやるとするか。
ごほん、と咳払いをする。
「いいかね? セレスティア王女は我が国において重要なお方である。そんな彼女をキング自ら出迎えることで誠意を見せたかったのだよ。分かるかねチミィ」
「そのわりにはまたも失礼な言動を為されたそうですが……」
「二つ目に! 王にとって伴侶とは誰であれ国家存続に欠かせない人物なのだ! 円満な夫婦の営みが国の命運を左右すると言っても過言ではない。断じて安産型の尻に目が眩んで追いかけたわけではない!」
自画自賛できる完璧な反論だ。どやぁ。
俺が得意顔をしていると、マケオンがやれやれと首を振る。
「ですがエロス王は童貞ではないですか」
「どどどドーテイ……? うーんうーん俺の辞書には見当たらないなぁ。よって俺は童貞ではなーい!」
「王族でありながら二十歳過ぎて童貞なのは、世界広しと言えど我が王くらいでしょうなあ。大抵は十代半ばまでには卒業しますから」
俺は童貞じゃない童貞じゃない……。呪言のように繰り返す。