終章 エロス六世のハチャメチャ王様ライフ!
「――――ロス王。エロス王!」
微睡の中、俺を呼ぶ声がする。腕代わりにしていた自分の右腕から頬を離す。
目を擦りながら声の主を見やる。ちょっとだけ心配顔をしたペレネが立っていた。
「大丈夫ですか? お疲れみたいですが……」
「ん? ……おお。ぁ、何してたんだっけ……?」
机に視線を移すと十数枚の用紙が散乱していた。ああ、そうだ。絵本のストーリーを練っていたんだった……。けど途中で行き詰って、悩んでいるうちに寝落ちしてしまったはずだ。
次第に意識がはっきりしてくる。
「――夢を見ていたよ」
「へえ。どんな夢ですか?」
「お前が出ていたな」
「……えっ?」
「それにツバキ、セレスティアとか。マケオンの爺もいやがったな。はっきりと覚えていないけど、多分思い出を振り返ってたんだと思う」
そういうことですか、とペレネが僅かに肩を落とす。どうしたん?
女心を理解しようとしても徒労が重なるだけだ、と割り切って話題を変える。
「あれ? マケオンどこ行った? あいつずっと見張ってるとか言ってなかったか?」
「少し前に戻りましたよ。書類仕事が溜まっているとかで」
「俺も溜まってんだけどなぁ……。あっ! べ、別に今のは性欲がーとか言いたいわけじゃなくて、純粋に判を押す仕事が溜まってるってだけでー!」
「いやそこ弁明しなくていいですから」
昔はこういう下ネタを交えるとすぐに照れていたのに、今となっては平常心で返されてしまう。昔はもっとからかい甲斐があったのになあ……。時の流れって残酷だ。
大きく伸びをして、今一度原稿の進捗状況を確認する。
「ほう。意外と進んでたんだな。残りはラストをちょっとと、タイトルくらいか」
「もうひと踏ん張りです。頑張ってください」
居眠りをしたおかげか、意識がいつも以上に覚醒している気がする。何を書こうか悩んでいたのが嘘みたいだ。
スラスラと書き進めつつペレネとの会話も楽しむとしようかね。
「さっき夢を見ていたって言ったけど、色々と思い出したんだよ。たとえば晩餐会のときバルコニーでペレネと話したこととか、『握手会』でお前と握手したこととか」
「あー……、そんなこともありましたね。数か月前の話になりますか」
「特に鮮明に思い出したのがちょっと前にあった俺の暗殺未遂事件だな。殺されかけたってのもあるし、スゴイデス王とも面会したし」
「私に何の報告もなく帝国へ行くなんて……信じられません。ツバキがいかに手練れと言えど、一人で御身を守り通すのは至難でしょうに」
「馬鹿を言え。一人戦術兵器の騎士団長様を引き連れていってみろ、戦争の意思ありと受け取られかねんだろうが。自身の力に無自覚なのは感心しないな」
「だったら別に使者を派遣すればよかったのでは? 何も王自身が出向く必要もなかったと思いますけど」
さしずめ『あなたには王としての自覚が足りない』とでも言いたげだな。何か俺が直接行く流れだから行っちゃった面もあるから強く反論できないが。
ごほん、と咳払いをすると、ペレネが若干沈んだ表情を見せる。
「……それと。セレスティア王女とはいつ頃結婚なさるおつもりですか? スゴイデス王に面と向かって宣言したと聞き及んでいますが」
「ああ、そのことね。今は他国との情勢が不安定で、国内でも不作が顔を覗かせている。しばらくは自粛する必要があるだろうな。その間は独身気分をエンジョイさせてもらうさ」
「……そうですか」
今度は微かにホッとした表情になる。今日はやけに感情豊かだな。
話しているうちにラストまで書き終えることができた。仕上げにタイトルを考えて終わりか。
だがこのタイトル決めこそが最大の難所と言ってもいい。適当に決めることも苦悩して決めることも書き手次第だが、その作品の顔となる部分だ。少なからず苦労して書き上げた物語を汚すようなタイトルは付けたくない。
あーでもないこーでもないと悩んでいると、不意に執務室の扉がノックされた。どうぞ、と招き入れた人物はセレスティアだった。
「エロス王ー? これから夕餉を共にしない……ってあら? ペレネ様」
「ご機嫌麗しゅう、王女様。私のことはお気になさらず、直ちに席を外しますので」
「いいえ! そんなこと! そうだ、せっかくだからペレネ様もご一緒なさらない? 貴方の英雄譚、以前は途中で終わってしまったから」
「王女様がそう仰るのでしたら、是非とも」
「となると、俺は両手に花ってわけだな。よし行こうさあ行こう!」
ペレネの背中を押して部屋を後にする前に、俺はどこへ向けるでもなく呼びかけた。
「そうだ。ツバキ! お前も一緒に来い! 両手に花もいいが、キングたる者さらに上を目指さなくてはな!」
綺麗どころを三人集めて食事をする……。うむ、考えただけで勃起ものですぞwww!
ツバキが天井から下りてくる。それを見たセレスティアが歓喜の声を上げる。
「…………」
俺はピタリと足を止め執務室へと引き返す。途中だった原稿を手に取り、俺は思いついた言葉を書き殴った。
「エロス王? どうなさいましたか?」
ペレネが声をかけてくる。
「ん? いや……、なんとなく思いついたから、さ」
覗き込もうとしてくるペレネを再び急かし、セレスティアたちの後を追う。
俺は先ほど書いた絵本のタイトルを反芻していると、つい微笑が滲み出てきてしまう。
決して楽な道のりではなかったけれど……、それに見合うだけのものを手に入れることができたのだと実感したのだ。
そんな思いの詰まったタイトルは――――
『エロス六世のハチャメチャ王様ライフ!』




